本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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5話 ホグワーツ入学準備

 ダイアゴン横丁に行く。

 その言葉を聞いた瞬間、わたしは危うく薬瓶を取り落とすところだった。

 

「落ち着きなさい、マイン。まだ家も出ていないのよ」

 

 母がいつもの優雅さを崩さないまま、ほんの少しだけ困った顔で言った。

 

「だって、教科書だよ」

「ええ」

「新しい本だよ」

「ええ」

「しかもまとめて何冊も」

「知っています」

「これはもう祝祭では?」

「ただの買い物です」

 

 母はきっぱり言ったが、わたしは納得しなかった。

 教科書の購入がただの買い物であるはずがない。新しい知識との出会いであり、未来への扉であり、場合によっては人生の方向性すら左右する神聖な儀式である。

 薬を飲み干す。苦い。けれど今日は文句を言わない。この薬がなければ途中でふらついて、本屋にたどり着く前に強制送還されるからだ。

 朝食の席で、父がゆっくりと口を開いた。

 

「マイン。今日の外出には決まりがある」

「はい」

「第一に、わたしかナルシッサかドラコのそばを離れるな」

「はい」

「第二に、走るな」

「はい」

「第三に、具合が悪くなったらすぐ言え」

「はい」

「第四に——」

「本屋に三時間以上いない」

 

 向かいからドラコがうんざりした声で先回りした。

 

「先回りして言うな……だが、そうだな。それが一番重要だ」

「そんなあ」

 

 時間制限付きの本屋なんて、しょんぼりへにょんだよ。

 わたしは兄を睨みつけた。ドラコは去年ホグワーツに入学した。二年生だ。わたしよりずっと大きく見えるし、実際大きい。ずるい。こっちはいまだに初対面の人から「まあ、小さなお嬢さん」と言われるのだ。失礼である。

 父が杖を指先で回しながら、最後の条件を告げた。

 

「教科書以外の本は三冊までだ」

「せめて十冊」

「三冊」

「本屋に行く意味がないよ」

「ある。教科書を買う意味がある」

「じゃあ八冊」

「四冊」

「珍しい古書があったら?」

「……五冊」

「古代魔法理論の初版だったら?」

「六冊」

「ありがとう、お父さま!」

「まだ許可していないが」

「今したよね?」

「した」

 

 とドラコが横から言った。渋々父は頷いた。

 結局、追加購入は六冊まで。大勝利である。

 

 ポケットの中の日記帳をそっと撫でる。トムにも後で教えてあげよう。ダイアゴン横丁にはどんな本屋があったか。どんな教科書があったか。どんな掘り出し物があったか。もしかしたら、ホグワーツ時代の本屋事情も聞けるかもしれない。素晴らしい。

 移動は煙突飛行粉だった。

 お父様と一緒に暖炉へ入り、緑の炎に包まれる。ぐるぐる回る感覚はあまり好きではない。せっかくの外出前に酔って倒れたら笑えないので、わたしは真面目にお父様のローブの裾を掴んでいた。

 漏れ鍋を抜け、裏庭の壁を通り抜けた瞬間。

 

「——わあ……」

 

 声が勝手に漏れた。

 ダイアゴン横丁が、目の前いっぱいに広がっていた。

 色とりどりの看板。ふくろうの鳴き声。笑い合う魔女や魔法使いたち。大鍋屋、羽ペン屋、薬草店、そして——本屋。本屋がわたしを待っている。

 世界って、本当にこんなに広かったんだ。

 

「大丈夫か?」

 

 ドラコが横から覗き込んだ。

 

「大丈夫。また来れて嬉しい」

「大したものないだろう」

「去年ここに来た時、箒屋の前で三十分動かなかった人の言うことじゃないよ」

「……品質を見ていただけだ」

「へえ」

「その『へえ』やめろ」

 

 父が先頭、母が後ろ、ドラコが隣。完全に包囲されている。わたしはよほど危険物扱いらしい。否定はできないけれど。

 最初に入ったのはマダム・マルキンの洋装店だった。

 入学用ローブの採寸だ。巻き尺が勝手に身体を測っていく。

 

「あらまあ、お嬢さんはまだ入学には早いんじゃないかしら?」

「入学年齢です」

「そうでしょうとも。まあ、可愛らしいこと」

「早く身長を伸ばして図書室の本棚の上の方に手が伸ばせるようになりたいです」

「あらあら。ローブの長さにお好みは?」

 

 ローブの長さを聞かれて、わたしは真剣に答えた。

 

「裾は少し短めでお願いします」

「動きやすい方がいいものねえ」

「図書館の本棚の梯子を登る時に裾が長いと踏むので」

「あなたの頭の中は図書館しかないの?」

「え?」

「何を当たり前のことをって顔やめろ」

 

 付き添いのドラコがなぜか笑いを堪えていた。

 

 杖は少し大変だった。

 オリバンダーの店に入った瞬間、棚の箱がかたかた鳴った。

 

「おやおやおや……」

 

 オリバンダー老人が現れ、わたしを見て嬉しそうに目を細めた。

 嫌な予感がした。こういう顔をする大人は、たいてい「非常に興味深い」と言ってから面倒なことを始める。

 その予感は当たった。

 杖の利き腕を聞かれ、右腕を出してから永遠に杖を選ぶ時間が始まった。

 

 一本目。振った。窓ガラスにひびが入った。

 

「申し訳ございません」

 

 二本目。棚の箱が五つ吹っ飛んだ。

 

「大変申し訳ございません」

 

 三本目。天井の照明が全部消えた。

 

「本当に申し訳——」

「謝らなくて結構ですよ! 次を試しましょう!」

 

 四本目で父がため息をつき、五本目でドラコがわたしの後ろに隠れ、六本目でオリバンダーの髪が逆立ち、七本目で通行人が覗き込み、八本目で通行人が逃げ、九本目で隣の店の看板が落ち、十本目で父が「いったい何本あるのだ」と言い、十一本目でドラコが「もう帰ろう」と言い、十二本目でわたしが「まだ本屋に行ってないから帰れない。もはや本屋から先に行くべき」と言い張って止められ、十三本目で床板が一枚浮き、十四本目でオリバンダーのメガネが吹っ飛び、十五本目でネズミが壁の穴から飛び出して逃走し、十六本目でわたしは本気で帰ろうとした。

 

「本屋に行く時間が少なくなっちゃうから、もう別の店でもいいんじゃない?」

「まあまあまあ、もう一本だけ。きっと見つかりますから!」

 

 十七本目でようやく合う杖が見つかった。

 柊の木、不死鳥の尾羽根、十インチと四分の一、よくしなる。

 振った瞬間、身体の中に一本の道が通ったような感覚があった。これまでの杖が「ぎゃあ!」なら、この杖は「わお!」だった。とてもよい。

 

「素晴らしい」

 

 オリバンダーがうっとり呟く。

 

「やっとか」

 

 父が財布を取り出して会計の準備をする。

 

「もう当分来たくない」

 

 ドラコが疲れた顔で言った。

 

 そして——ようやく、ようやく、本屋である。

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店。

 わたしは店の看板を見上げて、その場で一瞬止まった。心が置いていかれた。

 入口には大きな垂れ幕。

 

『ギルデロイ・ロックハート サイン会開催中!』

 

「ロックハート先生が来てるの?!」

「うわっ」

 

 わたしが大声で言い、ドラコがびくっとした。

 

「何その声」

「だってロックハート先生だよ」

「まさか、ファンなのか?」

「ファンも何も、大ファンだよ!」

 

 行列ができていた。きゃあきゃあしている女性たちの熱気がすごい。だがわたしは違う。わたしは純粋に文章のファンだ。表紙の顔ではなく本文を愛している。ここはとても重要だ。

 

「並ぶ!」

「本当にいいのか? 3時間のうちの貴重な時間を使って」

「うん、ロックハート先生に会ってみたい。並びながらでも本は見られるし」 

 

 ドラコがぶつぶつ言いながらも列に並んでくれた。いい兄である。

 列に並びながら店内を見回す。あちこちに本。山積みの本。棚にぎっしり詰まった本。特設台の本。本。本。本。

 ここに住みたい。

 

「今、『ここに住みたい』って顔してる」

「わかる?」

「見たまんまだ」

 

 店の奥では、ギルデロイ・ロックハートが完璧な笑顔を振りまいていた。なんと、彼は今年からホグワーツの教師になるらしい。その隣にやけに困った顔のドラコと同い年くらいの黒髪の男の子がいた。

 

「げ、ポッターだ」

「ハリー・ポッターって現実に存在するんだ」

「ただの出しゃばりだ」

「ふうん」

「……なんだその興味のない返事は」

「ロックハート先生のサインの方が大事だから」

「そうか」

 

 ドラコがちょっとだけ機嫌を直した。

 ようやく順番が来た。

 

「やあ、かわいいお嬢さん! お名前は?」

「はい。ローゼマイン・マルフォイです。サインをお願いします」

「もちろんとも!」

 

 さらさらと金色のサインが入る。美しい。署名が美しい。これだけで本の価値が上がる。

 

「ありがとうございます。それともう一つお願いが」

「なんだい?」

「わたし今年ホグワーツ入学で、先生の著作の参考文献にある本が読みたいので、こちらの許可証にもサインをいただけますか。先生の本とても好きで、絶対により良い理解に役に立つと思うんです」

 

早口でまくし立てると、ドラコが怪訝な顔をする。 

 

「お前、入学前から何を言ってるんだ」

 

ドラコが小声で言った。

 

「計画性があると言って」

 

「もちろん! サインならいくらでもあげよう。また入学後に会おう」

 

 ロックハートは笑顔でさらさらとサインして、かっこよくウィンクした。さすがプロである。

 やった。

 禁書の棚の許可証(仮)を手に入れ、わたしの心はすでに勝利していた。

 そこからは戦争だった。

 教科書の棚を見つけ、必要な本を籠に放り込み、追加の六冊をどう配分するか計算する。

 

「変身術があそこ、呪文学が隣、魔法薬学は奥——」

「なんで初めて来たのに棚の配置がわかるんだ?」

「本屋の棚には法則があるの」

「怖いこと言うな」

「本好きには常識だよ」

「その常識、世間では非常識寄りだからな」

 

 教科書を確保した後、追加六冊の選定に入る。

 奥の古書コーナーに向かうと、先客がいた。

 栗色のくるくる髪の女の子。恐らくわたしより少し年上で、真剣な顔で本を見比べている。足元にはすでに数冊の本が積まれていた。しかも選んでいる本がいい。非常にいい。教科書だけでなく、面白そうな参考書も混ざっている。強い。

 

「あの本、面白いよ」 

 

 思わず話しかけると、女の子が振り向いた。

 

「……どの本?」

「その変身術の参考書。第七章の考察がとても興味深いの。ちょっと難しいけど」

「読んだことがあるの?」

「うん」

「あなたの年齢で?」

「教科書を読み終えたら参考書も読むでしょう?」

「その『でしょう?』の圧がすごいわね……」

 

 でも、彼女の目がだんだん輝き始めた。わかる。この人は本の話が通じる人だ。

 

「わたし、ローゼマイン・マルフォイ。今度入学するの。マインって呼んで」

 その瞬間、輝きかけた目がぴたりと止まった。

 温度が十度ほど下がった気がした。

 

「……マルフォイ?」

 

 警戒、というより、身構えるような目だった。

 彼女の視線がわたしの金髪を捉えた。

 

「ドラコ・マルフォイの関係者?」

「妹だよ」

「妹」

 

 彼女の声がさらに冷えた。

 ドラコは学校で何をしたのだろう。わたしの知らないところで相当な恨みを買っているらしい。兄の人望のなさが今、わたしの本好き仲間候補を遠ざけようとしている。由々しき事態だ。

 

「申し訳ないけど——」

 

「あなたが今読んでるその参考書、すごく丁寧に扱ってるでしょう? ページの開き方でわかるの。背を割らないように角度を調整してる。わたし、そういう人は信用しているの。とても仲良くなれるって。それで思わず声かけたの」

 

 女の子が自分の手元を見下ろした。確かに、本の背に負担がかからないように片手で支えている。無意識の所作だろう。

 

「……変わった判断基準ね」

「よく言われる」

「褒めてないわよ」

 

 女の子の口の端がわずかに動いた。まだ警戒は完全には解けていないけれど、敵意はもうない。

 

「ハーマイオニー・グレンジャーよ。二年生」

「先輩だ!」

「そこ、そんなに喜ぶところ?」

「本好きの先輩は貴重だから」

「本好きの先輩って何」

「本のことを語り合える年上の人。ずっと欲しかったの」 

 

 ハーマイオニーが一瞬きょとんとして、それから少しだけ顔を和らげた。

 完全な信頼ではないけれど、「とりあえず話してみてもいいかもしれない」くらいの顔だ。それで十分だった。本の話ができれば、本好き同士は自然とうまくいく。 

 

「ホグワーツの図書室って本当にすごいの?」

「すごいわよ」

「何万冊?」

「ええ、何万冊」

「先生はどんな人?」

「厳しいけど、本のことなら何でも教えてくれる」

「最高だね!」

「あなた、変なところでテンションが跳ねるわね」

「変かな」

「かなり」

 

 ハーマイオニーはそう言いながら、もう笑っていた。さっきまでの「マルフォイ」への冷たさが嘘みたいだった。本の話はすごい。本の話は壁を壊す。

 ハーマイオニーのおすすめで三冊、自分で三冊。完璧な六冊を選び終えたところで、ドラコが戻ってきた。

 

「マイン、そろそろ——」

 

 そしてハーマイオニーを見て固まった。

 

「グレンジャー」

「マルフォイ」

 

 空気が一瞬ひやっとした。

 さっきわたしが苦労して溶かした氷が、兄の登場で一気に再凍結しかけている。

 

「お兄さま、ハーマイオニーはわたしの本好きの先輩だから」

「だから、って何だ」

「仲良くしてね」

 

ドラコがむっとした顔をする。

 

「無茶を言うな」

「無茶じゃないよ。本好き同士なんだから」

「僕は本好きじゃなくて必要なら読むだけだ」

「それを世間では本好きって言うこともあるよ」

「ない」

「あるかもしれない」

「ない」

 

 ハーマイオニーが肩を震わせていた。笑いをこらえている。

 ハーマイオニーが——少しだけ声を落として——わたしに言った。

 

「マイン。あなたは本当にドラコ・マルフォイの妹なの?」

「血の繋がった妹だよ」

「全然似てないわね」

「似てるところもあるよ。好きなものを目にしたら三十分以上そこから離れないとか」

「聞こえてるぞ」

 

 ドラコが背後から言った。耳が赤くなっている。

 ハーマイオニーがとうとう声を出して笑った。この先輩は大丈夫だ、と思った。最初は警戒していたけれど、本の話ができる人は最終的にみんな仲良くなれる。わたしの経験則だ。

 そこまでは、とても楽しかった。

 問題は、その後だ。

 店の入口の方から、父の声が響いた。

 

「これはこれは、ウィーズリー」

 

 その声色で、わたしは嫌な予感がした。

 父が家で使う声ではない。外向けの、よそゆきの、氷みたいな声だ。

 本棚の陰から覗くと、赤毛の大人と、父が向かい合っていた。周囲には赤毛の子どもたち。ハリー・ポッターもいる。

 まずい。これは、まずい流れだ。

 案の定、言葉の応酬はすぐ険悪になった。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合ってるようではね……」

 

 その瞬間、二人がもみ合いになった。赤毛のウィーズリーという人が父に飛びかかり、本棚が、ぐらりと揺れた。

 数冊の本が上から落ちる。

 

 ——本が落ちる。

 

「だめ」

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 

「マイン?」

「だめ」

 

 大人の喧嘩のせいで、本が落ちる?

 信じられない。人類は何を学んできたのだろう。少なくとも「本屋で喧嘩をしてはいけない」はかなり基本の倫理では?

 怒りで頭が真っ白になった瞬間、身体の奥から熱がどっと噴き上がった。

 びりっ、と空気が鳴る。

 本棚が震えた。いや、本棚だけではない。店中の本が、がたがたと震え始めた。

 

「何だ!?」

「本が!」

「本が動いてるぞ!」

 

 一冊、また一冊と、本が棚から浮き上がる。新刊も、古書も、教科書も、ロックハートの著書も。店中の本が、まるで「こんな危険地帯にいられるか」と言わんばかりに一斉に宙へ逃げ始めた。

 すごかった。大惨事だった。でも少しだけ綺麗でもあった。

 ロックハートが「これは一面に載るべきでは?」となぜかキラキラした顔をしている。ハリー・ポッターが呆然と口を開けていた。赤毛の双子が、なぜか楽しそうな顔をしている。

 

「マイン!」

 

 ドラコが肩を掴む。

 

「本が落ちたの」

「本は無事だ! 見ろ!」

 

 言われて見れば、確かにそうだった。床に落ちかけた本も含めて、本は全部宙に避難していた。わたしの魔力が無意識に、本を傷つけないように全部浮かせていたのだ。

 

「あ……ほんとだ」

「そうだ! お前の魔力、本にだけ甘いな!?」

「そうみたい。本が大事だからかな?」

「知ってるよ!」

 

 ドラコがわたしの頬を両手で挟み、強制的に視線を合わせる。

 

「吸って」

「すって」

「吐いて」

「はいて」

「よし、もう一回」

 

 少しずつ魔力が落ち着いていく。

 空中の本が、ぱたぱたとページを揺らしながら、ゆっくり元いた棚へ戻っていった。まるで自分の意思で帰巣する渡り鳥みたいだった。

 最後の一冊が棚に収まり、静寂が訪れた瞬間——わたしの膝が抜けた。

 

「マイン!」

「ちょっと疲れた……」

「『ちょっと』じゃないだろう!」

 

 ドラコに支えられる。

 母がすぐ来て額に手を当てた。父も少し離れたところで固まっていた。ウィーズリーとの喧嘩どころではなくなったらしい。当たり前だ。

 わたしは父を見上げた。 

 

「お父さま」

「……なんだ」

「本屋で喧嘩しないで」

「……」

「本がかわいそうだった」

「……すまない」

 

 ドラコがわたしを抱え上げる。

 

「父上。今日はもう帰りましょう」

「……ああ」

 

 父は店内を見回しながらかなり気まずそうな顔をしていたが、周囲の人々は誰がこの騒動を起こしたのか把握していないようだった。

 ロックハートは「今の騒ぎはわたしの熱烈なファンが目立つためにやったに違いない」と記者に力説していた。元気そうで何よりである。

 店を出る時、ハーマイオニーが入口のところでわたしを見ていた。目を丸くしていたけれど、ちゃんと手を振り返してくれた。

 赤毛の双子は誰がやったのか気づいたようで、「今のもう一回できる?」と聞いてきた。あれには絶対答えてはいけないと思う。

 漏れ鍋に戻ってから、父が不意にわたしの前で膝をついた。

 

「マイン」

「なに?」

「今日のことは……すまなかった」

 

 わたしは目を瞬いた。

 父が謝った。ものすごく珍しい。

 

「本を危険にさらした」

「うん」

「二度としない」

「約束?」

「ああ」

 

 耳が少し赤い。ドラコそっくりだった。血は争えないらしい。

 屋敷に戻ると、わたしは追加の薬を飲まされ、そのままベッドへ直行になった。

 苦い。けれど今日は文句を言わない。枕元には今日買った本が積んである。六冊。教科書を含めればもっとある。勝った。

 

 ドラコが部屋の入口に立っていた。

 

「マイン」

「ん」

「今日の暴走、お前が悪いわけじゃないからな」

「わかってる」

「本が落ちたくらいで店中をひっくり返すなとは思うけど」

「ひっくり返してないよ。本は守ったよ」

「そこを誇るな」

「でもお兄さまのおかげで止まった。ありがとう」

「……別に」

「ドラコ、世界一優しい兄だね」

「黙って寝ろ!」

 

 耳まで真っ赤にして出て行った。

 やっぱりマルフォイ家の男は照れると耳が赤くなるらしい。面白いので覚えておこう。

 わたしは枕元の日記帳を手に取った。

 

『トム、今日ダイアゴン横丁に行ったの』

 

 すぐに返事が浮かぶ。

 

『どうだった?』

『最高だった。本屋がすごかった。教科書も買えたし、追加で六冊も買えたし、本好きの先輩にも会えた』

『それはよかった』

『あと、お父さまが本屋で喧嘩して本が落ちたから、怒って魔力が暴走して店中の本が全部浮いた』

『……』

『トム?』

『ごめん、意味が分からないかな』

 

 わたしはちょっと笑った。

 

『でも本は一冊も傷つかなかったよ』

『君らしいな』

『褒めてる?』

『半分は呆れている』

『もう半分は?』

『……心配している』

 

 その文字を見て、少しだけ胸があたたかくなった。

 

『ねえトム。ホグワーツに行ったら、図書室の話をいっぱいしようね』

『ああ』

『禁書の棚の話も。実はもう先生にサインをもらったんだ』

『どこの馬鹿教師が君に禁書の棚のサインを?』

 

 日記帳を閉じて枕元に置く。

 ホグワーツに行けば、きっと今日よりもっとたくさんの本に会える。

 図書室も、禁書の棚も、まだ見ぬ参考書も、きっとわたしを待っている。

 その未来を思うと、胸がどきどきして、ちっとも眠くならなかった。

 だから教科書を一冊だけ開いた。

 一冊だけ。ほんの少しだけ。

 ……なお、その後三章まで読んだところで母に見つかって、薬より苦い顔で叱られた。 

 

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