本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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すみません、更新時間を間違えて翌日に設定してました……



47話 本好きたちの推薦図書

 

 ビブリオバトル。

 好きな本を紹介して、一番「読みたい」と思わせた本が勝つ読書の勝負である。

 なんて素晴らしい響きだろう。

 しかも、勝った本はみんなに読まれる。

 つまり、合法的な布教である。

 新学期が始まってすぐ、魔法書研究会の第一回ビブリオバトルは、図書室の片隅で開催されることになった。

 

「ローゼマイン、今、悪い顔をしていたわ」

 

 ハーマイオニーに言われて、わたしは慌てて表情を戻した。

 

「してないよ。読書を広める健全な顔だよ」

「あなたの健全は、たまに図書館の禁書区画に片足を突っ込んでいるのよ」

「片足ならまだ大丈夫だよ」

「両足を入れる前提で話さないで」 

 

 ハーマイオニーはため息をついた。

 今日の参加者は、なかなか豪華だった。

 ハーマイオニー、ハリー、ロン、ドラコ、アストリア、アーニー、パドマ、それからわたし。

 フェルディナンド先輩は少し離れた席に座っている。本人は「見学」と言っていたけれど、あれはたぶん監視である。

 

「では、ルールを確認します」 

 

 ハーマイオニーが羊皮紙を広げた。

 

「一人ずつおすすめの本を紹介する。発表時間は五分程度。質疑応答は二分程度。最後に、一番読みたくなった本に投票して、チャンプ本を決める」

「チャンプ本」

 

 ロンがにやっとした。

 

「なんかクィディッチっぽくていいな」

「本でクィディッチはしないわよ」

「分かってるって。でも勝負なら燃えるだろ」

 

 ロンの前には、すでに年季の入った小説が置かれていた。表紙には、泥だらけのユニフォームを着た少年が、ゴールポストの前で箒にまたがっている絵が描かれている。

 いかにもロンが好きそうな本だ。

 

「じゃあ、最初はロンから」

「よし!」

 

 ロンは待ってましたとばかりに立ち上がった。

 

「僕が紹介するのは、『補欠キーパーは最後に飛ぶ』だ」

 

 題名の時点で少年漫画のように熱そうだ。

 ロンの目もどこか熱い。

 

「これは、弱小チームの補欠キーパーだった主人公が、最後の大会で正キーパーの怪我をきっかけに試合に出る話なんだ。最初はみんなに馬鹿にされる。兄貴は優秀で、親も兄貴ばっかり見てるし、チームメイトにも期待されてない。でも主人公は、誰よりもゴールポストを見てるんだ」

 

 ロンの声がだんだん大きくなった。

 

「最後の試合で、相手チームのチェイサーが絶対に止められないシュートを打つんだけど、主人公はそこで──」

「ロン」

 

 ハーマイオニーが止めた。

 

「結末まで言わないで」

「あ、そうか」

 

 ロンは悔しそうに口を閉じた。

 

「とにかく、熱いんだ。負けても腐らないところとか、ずっと補欠だったのに、ちゃんと見てる人は見てたところとか。あと、試合描写が最高。クィディッチ好きなら絶対読むべきだ」

 

 ロンは満足そうに座った。

 スポ根小説。

 努力。補欠。逆転。補欠の選手が認められる瞬間。

 ロンがそれを好きなのは、少し分かる気がした。

 

「次はハリーね」

 

 ハリーは少し照れくさそうに、自分の本を出した。

 

「僕は、『箒の上の一秒』。昔の有名なシーカーが書いた本だよ」

 

 ロンが身を乗り出した。

 

「それ、絶版じゃなかったか?」

「シリウスがくれた」

「すっげー!」

 

 ハリーは本を撫でながら、少し考えるように話し始めた。

 

「この本は、試合の戦術書というより、シーカーが何を見ているかを書いた本なんだ。スニッチだけを追っているように見えて、実際には風とか、観客の動きとか、相手シーカーの肩の向きとか、チェイサーの流れとか、いろんなものを見てる」

 

 ハリーの説明は、ロンほど派手ではなかった。

 でも、聞いていると、空の上の景色が見えてくる気がした。

 

「飛んでいる時って、考えているようで、考えていない時があるんだ。でも何も見ていないわけじゃない。むしろ全部見えているような気がする。この本を読むと、それが少し言葉になる」

 

 わたしは感心した。

 ロンの本は、読んだら応援したくなる本。

 ハリーの本は、読んだら飛んでみたくなる本だ。

 二人とも同じクィディッチ関連の本なのに方向性が違う。

 

 次はドラコだった。

 ドラコは妙にきちんと背筋を伸ばし、濃い緑色の表紙の本を机に置いた。

 

「僕が紹介するのは、『毒にならない魔法薬』だ」

 

 ロンが小さく呻いた。

 

「題名からして眠い」

「お前には理解できない内容だからな」

「うるさいな」

 

 ドラコはロンを無視して続けた。

 

「この本は一見、地味だ。華やかな効能の薬も、珍しい材料もほとんど出てこない。だが、魔法薬で一番重要なのは、材料そのものではなく、材料をどう扱うかだ」

 

 ドラコの声は落ち着いていた。

 

「同じ材料を使っても、刻み方、火加減、投入する順番、保存温度が違えば、薬にも毒にもなる。高価な材料を持っているだけでは意味がない。正しい知識と手順がなければ、価値あるものを台無しにするだけだ」

 

 フェルディナンド先輩が、わずかに目を細めた。

 ドラコはちらりとわたしを見た。

 

「特に、体質に合わせて薬を調整する場合、基礎を軽視すると危険だ。強い薬が良い薬とは限らない。必要なのは、効きすぎないように制御することだ」

 

 わたしは少しだけ背筋を伸ばした。

 それはたぶん、わたしの薬のことだ。

 ドラコは、わたしが倒れないようにスネイプ先生にもらった薬の管理をしてくれている。

 本当はクィディッチの本を紹介したかったかもしれないのに、魔法薬の本を選んだのは、そのせいかもしれない。

 

「お兄さま、その本、あとで貸して」

「君はまず薬を嫌がらずに飲め」

「貸してくれたら考える」

「交渉材料にするな」

 

 次はアーニーだった。

 アーニーは分厚い推理小説を取り出した。表紙には、古い屋敷と、割れた鏡と、血のような赤いインクで題名が書かれている。

 

「僕が紹介するのは、『三度目の肖像画殺人』だ」

 

 すでに事件が起きている。

 

「この本の素晴らしいところは、すべての手がかりが最初から提示されているところだ。読者は探偵と同じ情報を持っている。だが、気づけない。なぜなら、作者が巧妙に視線をずらしているからだ」

 

 アーニーは目を輝かせた。

 

「たとえば第一章で、執事が銀の盆を落とす場面がある。一見、緊張を示す描写に見えるが、実は盆に映った肖像画の位置が──」

「アーニー」

 

 パドマが静かに言った。

 

「ネタバレ厳禁」

「おっと」

 

 アーニーは慌てて口を押さえた。

 

「とにかく、この本は疑う楽しさを教えてくれる。見えているものが真実とは限らない。証言も、証拠も、沈黙も、すべて意味を持つ。僕は三回読んで三回とも違う犯人を疑った」

「さすがに犯人覚えるだろ」

 

 ドラコがツッコんだ。

 

「名作は何度読んでも新しい発見があるということだよ」

「外した言い訳では?」

「違う」

 

 アーニーはきっぱりと言った。

 ちょっと怪しい。

 次はパドマだった。

 パドマが机に置いた本を見た瞬間、ハリーが微妙な顔をした。

 

「それ、まさか」

「ええ」

 

 パドマは涼しい顔で言った。

 

「ギルデロイ・ロックハート著、『アズカバンの奥で私は見た』。獄中ルポタージュよ」

 

 ロンが変な声を出した。

 

「あいつ、アズカバンでも本書いてるのかよ!」

「書くことだけはやめないみたいね」

 

 パドマは本を開いた。

 

「この本は、はっきり言って信用できないわ。文章は大げさだし、自分を悲劇の主人公にしすぎているし、事実確認も怪しい。本人の反省も薄い」

「紹介する本をそこまでボロクソに言う?」

 

 ハリーが小声で言った。

 

「でも、面白いの」

 

 パドマはきっぱりと言った。

 

「ロックハートは自分をよく見せようとする。そのせいで、逆に彼が何を隠したがっているのかが逆に見えてくる。アズカバンの描写も、全部を信じるべきではないけれど、恐怖をどう文章に変えるかという点では興味深い」

 

 パドマの目が、少し鋭くなった。

 

「それに、ルポタージュは事実だけでできているわけじゃない。書き手の視点、誇張、沈黙、逃げ。そういうものを含めて読むものよ。この本は、信用できない語り手を読む練習になる」

 

 わたしは思わずうなずいた。

 パドマは本を読むというより、人が何をどう書いたかを読む。

 さすが普段事件や裁判の内容を追っているだけある人の読み方だと思った。

 

「ちなみに、見出しはかなり上手いわ」

 

 パドマが本を閉じた。

 

「中身は?」

「見出しほどではない」

「辛辣」

「でも読ませる力はある。そこが一番腹立たしいのよ」

 

 それはかなり分かる気がした。

 

 次はアストリアだった。

 アストリアが取り出した本は、古く、淡い灰色の表紙をしていた。題名は『火刑台の記録──魔女狩りと魔法界の沈黙』。

 その題名を見た瞬間、場の空気が少し変わった。

 

「私が紹介するのは、魔女狩りの歴史についての本です」

 

 アストリアの声は静かだった。

 

「魔女狩りというと、マグルが魔法使いを恐れ、捕らえ、火刑にした歴史として語られることが多いです。けれど、この本はそれだけではありません。魔法界が何を見捨てたのか、何を隠したのかについても書いています」

 

 誰も茶化さなかった。

 ロンも、ハリーも、じっと聞いていた。

 

「魔法使いは火あぶりになっても火傷を避ける術を持っていました。だから昔の魔法史の本では、魔女狩りは愚かなマグルによる失敗として語られることがあります。でも、この本は問いかけます。では、魔法をうまく使えなかった子どもは? 魔法使いだと疑われただけのマグルは? スクイブは? 誰が彼らを助けたのか」

 

 ハーマイオニーの表情が硬くなった。ドラコが興味深そうに真剣に聞き入っている。

 わたしも、胸の奥が少し重くなった。

 

「人は、理解できないものに名前をつけて燃やします。魔女、怪物、異端、呪い。名前をつけると、怖いものを処分していい理由ができるからです」

 

 アストリアは本の表紙を指でなぞった。

 

「でも、歴史は燃え残ります。記録が残る限り、なかったことにはできません。この本は、燃やされた人たちの名前を拾い直す本です」

 

 沈黙が落ちた。

 アストリアの発表は派手ではなかった。

 でも、静かな重さがあった。

 わたしは思った。

 本は、楽しいことだけを残すものではない。

 痛かったこと、怖かったこと、誰かが隠したかったことも残す。

 だから、読まないといけない。

 

「……アストリア、それ、あとで読ませて」

 

 わたしが言った。

 

「ええ。あなたなら、きっと丁寧に読んでくれると思う」

 

 次は、見学のはずだったフェルディナンドだった。

 

「見学ではなかったんですか?」

 

 ハーマイオニーが言う。

 フェルディナンドは、涼しい顔で一冊の本を机に置いた。

 黒に近い紺色の表紙に、銀色の杯が描かれている。杯の縁からは、炎のような装飾が細く伸びていた。

 題名は、「炎のゴブレット──選抜、契約、不可侵の魔法史」。

 

「本をおすすめする会で、何も紹介しないまま帰るのは失礼だろう。それに、今この時期に読むには悪くない題材だ」

「……三大魔法学校対抗試合の話が出ているからですか?」

 

ハーマイオニーがすぐに反応した。

 

「そうだ。炎のゴブレットを、単なる学校行事の道具だと思っているなら、なおさら読む価値がある」

 

 三校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)では、各校から代表選手を選ぶのに炎のゴブレットを使うとダンブルドア先生が発表した。魔法契約の一種ということはその際に聞いた。

 

「たしかに、炎のゴブレットが魔法契約の方法とは知っていましたが、どういうものなのか、あまり考えたことがありませんでした。気になります」

 

 アストリアが真剣な顔をしてうなずいた。

 

「この本は炎のゴブレットが今までどんな使い方をされてきたのかを明らかにする方法だ」

「炎のゴブレットって、三大魔法学校対抗試合で使うやつだろ? それ以外に使い方があるのか?」

 

 ロンが顔を上げた。

 

「それは、用途の一つにすぎない」

 

 フェルディナンドは静かに言った。

 

「炎のゴブレットは、もともと“代表者を選ぶ”ための魔法具だ。学校対抗試合だけではない。古い記録では、家門間の代理決闘、危険任務の選抜、複数勢力による協定、そして戦争の和平契約にも使われている」

 

 和平契約。

 

 その言葉で、空気が少し変わった。

 ハーマイオニーが身を乗り出す。

 

「戦争の和平に、ですか?」

「そうだ」

 

 フェルディナンドはページをめくった。

 

 余白には、年代と地名らしきものが細かく書き込まれていた。戦争名、家名、代表者名。きれいな字なのに、並んでいる言葉はどれも重い。

 

「争っている勢力同士が、互いに信用できない時に使われた。誰が交渉の席に立つのか。誰がその勢力を代表して誓約を結ぶのか。誰の言葉を、その陣営全体の言葉として扱うのか。それを炎のゴブレットに選ばせる」

 

 パドマの羽根ペンが動き出した。

 

「つまり、代表者を認定する道具……」

「そうだ」

 

 フェルディナンドはうなずいた。

 

「だから炎のゴブレットに選ばれた者は、単なる参加者ではない。契約上の代表者になる。代表者が結んだ言葉は、その背後にある家、学校、組織、あるいは陣営の言葉として扱われる」

 

 ハリーが眉をひそめた。

 

「それって、すごく重いね」

「重い」

 

 フェルディナンドは短く言った。

 

「だからこそ、和平交渉にも使われた。誰かが後になって“あれは我々の代表ではない”と逃げることを防ぐためだ」

 

 ロンが嫌そうな顔をした。

 

「便利だけど、怖いな」

「便利なものほど怖い」

 

 フェルディナンドは淡々と言った。

 

「この本は、炎のゴブレットを栄光の道具として扱っていない。むしろ、信用できない者同士が、信用の代わりに使う拘束具として見ている」

 

 拘束具。

 

 綺麗な銀の杯が描かれた表紙なのに、急に鎖みたいに見えてくる。

 

「でも、題名には不可侵とあります」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「代表者は拘束されるだけではなく、守られるということですか?」

 

「正確には、扱いにくくなる」

 

 フェルディナンドは本から目を上げた。

 

「和平契約の場で代表者を攻撃することは、その者個人への攻撃では済まない。交渉そのもの、背後の陣営、杯によって成立した契約への干渉になる。だから、代表者には一定の不可侵性が発生する」

 

「守られるのではなく、扱いにくくなる……」

 

 パドマが小さく繰り返した。

 

「そうだ」

 

 フェルディナンドは、そこで一度だけページを押さえた。

 

「代表者は安全になるわけではない。むしろ危険な場所に立たされる。ただし、誰かが勝手に動かすには厄介な存在になる」

 

 炎のゴブレットとは思ったより厄介な魔法契約の方法みたいだ。

 

 次はハーマイオニーだった。

 

「私が紹介するのは、『見えない労働者たち──ハウスエルフの歴史』よ」

 

 ハリーとロンがまた始まったと苦い顔を見合わせた。

 ドラコが少し眉を上げた。

 

「ホグワーツにもハウスエルフはいるわ。でも、それを見たことある人はほとんどいない。食事は出てくる。暖炉は整えられる。廊下は掃除される。寝具は清潔に保たれる。でも、それを誰がしているのか、私たちは普段ほとんど考えない」

 

 ハーマイオニーは本を胸の前で持った。ロンが居心地悪そうに動いた。

 

「でも、ハウスエルフって、働くのが好きなんだろ? 自由になるのを嫌がるって聞くし」

 

「それは支配されたことしかないからよ。“本人が望んでいるように見える”というだけで制度を正当化してはいけないの」

 

「実際やつらは望んでいる。だろう?」

 

 ドラコはわたしやフェルディナンドに同意を求めるように聞いた。

 

「あまり考えたことがなかったが……今度聞いてみよう」

 

 フェルディナンドが意外にも真剣な顔で答えた。ドラコは思わぬ返答に黙った。

 

「この本は、労働者として、証言者として、魔法社会を支えてきた存在として書いている。そこが大事なの。たとえば、ヘプジバ・スミス殺害事件。記録では、ハウスエルフのホーキーが過失を認めた。でも、主人に逆らえない存在の自白を、自由な証言として扱っていいのか。この本はそこを問うているわ」

 

「非常に興味深い」

 

 フェルディナンドが強くうなずいた。ハーマイオニーは自分の紹介した本を先輩に肯定してもらえた嬉しさで少しはにかんだ。

 

 そして、最後はわたしの番だった。

 わたしは膝の上の本を、そっと机に置いた。

 

「わたしが紹介するのは『深い闇の秘術』です」

 

 その瞬間、場の空気が凍った。

 ロンが口を開けた。

 ハリーが瞬きをした。

 ハーマイオニーの顔から血の気が引いた。

 ドラコは額を押さえた。

 パドマは羽根ペンを止めた。

 アーニーはなぜか少し前のめりになった。

 アストリアは静かに表紙を見つめた。

 フェルディナンドは、笑っていなかった。

 

 ハーマイオニーが、ものすごく慎重な声で言った。

 

「ローゼマイン。その本、どこで手に入れたの?」

「借りたの」

「誰に?」

「家に来たお客さんに」

 

 ドラコが完全に顔を覆った。

 ハリーが小声で言った。

 

「誰?」

「知らない方がいい」

 

 ドラコが即答した。

 

「気になるんだけど、マインに危険な本を貸すってどんな人?」

「知らない方がいい!」

 

 ハリーがますます不安そうな顔になった。

 わたしは咳払いをした。

 

「この本は、魂と死と魔力について書かれた本です。たぶん、すごく危険な本です」

「たぶんじゃないわ」

「でも、何が危険なのか知るのには役に立ちます。闇の魔術に対抗するにはそれを深く知っている必要があると思うんです」

 

 ハーマイオニーが口を閉じた。

 それから、少しだけ眉を寄せた。少し関心がありそうな顔だった。

 

「……続けて」

 

 ハーマイオニーの許可が出たので、わたしは続けて話した。

 

「この本を読んで、わたしが一番大事だと思ったのは、魂は傷つくものだということです。もし魂が傷ついたら、同じ本を読んでも、同じように感動できなくなるかもしれません。それはすごく怖いことです」

 

 わたしは、ゆっくりと言葉を選んだ。

 

「特に、人を殺すと魂が裂ける、というところが印象に残りました」

 

 フェルディナンド先輩が咎めるように声を発した。

 

「ローゼマイン」

 

 声は静かだった。

 でも、図書室の温度が少し下がった気がした。

 

「その本の、その先はここで語るな」

「その先?」

「魂が裂ける、という記述の先だ」

 

 フェルディナンドは、黒い本を見ていなかった。

 わたしを見ていた。

 

「読んだなら分かるはずだ。あれは、危険な知識の入口ではない。踏み越えた者が戻れなくなる境界だ」

 

 ハーマイオニーの顔が強張った。

 

「先輩、その知識をご存じなんですか?」

「知っていることと、語っていいことは違う。知らない方がいいこともある」

 

「でも、わたしはむしろ、こういう本を怖がらずにむしろ一線を超える前に知った方がいいと思いました」

 

 わたしがフェルディナンドに反論すると、ハーマイオニーは少しだけ困った顔をした。

 

「あなたのそういうところ、危ないのよ」

「どこ?」

「怖がる前に読もうとするところ」

 

 それは、たしかにそうかもしれない。

 

「あの、質問いいかな?」

 

 アーニーがすっと手を上げた。

 

「人を殺すと魂が裂けるなら、殺人事件の犯人の魂を調べれば証拠になるんじゃないか? 何か裂けている痕跡があるかもしれない」

「それは今聞くことじゃない」

 

 パドマがピシャリと言った。

 

「人をたくさん殺したやつはどうなるの?」

 

 ハリーが思わず口にする。

 

「ごめん、気になって」

 

 誰も何も言わなかった。

 ハリーが誰のことを言っているか、分かったからだ。

 

 わたしは黒い本に視線を落とした。

 

「たぶん……本でいうなら、一ページ破れたとか、そういう話じゃなくなるんだと思う」

 

 わたしは本に例えて、魂がどう裂けるのかを想像して返す。

 

「魂がボロボロ状態になるってこと?」

「うん。最初は一ページだけかもしれない。でも、何度も何度も破っていたら、章が抜ける。文字が欠ける。破れたところを隠すために、黒いインクで塗りつぶす。そうしているうちに、何が書いてあったのか、自分でも分からなくなる。新品の本でもあっという間にボロボロになる」

 

 ハリーは黙っていた。

 

「誰かの言葉を読んで、嬉しいとか、悲しいとか、きれいだとか、怖いとか思う場所。そういうところが、少しずつ鈍くなる。破れたページを見ても、もう痛いと思えなくなる」

 

 図書室は静かだった。

 

「だから、たくさん殺した人は、ただ魂が傷ついているだけじゃなくて……たぶん、自分がどれだけ傷ついているかも分からなくなっているんだと思う」

 

 ハリーは、何も言わなかった。

 フェルディナンドがほんの少しだけ目を細めた。

 

 発表がすべて終わると、投票の時間になった。

 票はかなりバラけた。皆の本が面白そうだったからだ。

 わたしはパドマに投票した。パドマのロックハート獄中ルポは、信用できないけど覗き見たいという意味で読みたくなったからだ。

 

「第一回チャンプ本は、フェルディナンド先輩の『炎のゴブレット──選抜、契約、不可侵の魔法史』です! チャンプ本は来月までの課題図書にするのでぜひみんな読んできてください」

 

 わたしが発表して、みんながパラパラと拍手を送る。ロンが課題図書の知らせにうへえとうめき声を上げた。

 

「それから、勝者にはこれを贈呈します」

 

 わたしは、細長い銀色の栞を取り出した。

 

 薄い金属板に、羽根ペンと本の模様が刻まれている。先端には小さな青い石がはめ込まれていて、光に当たると静かにきらめいた。

 

「魔法の栞です」

 

 ロンが身を乗り出した。

 

「何ができるんだ?」

「ふっふーん。色々と機能があるんだよ! まず、挟んだページを見失わない。最後に読んだ一文を覚えてくれる。あと、重要そうな文章の近くで少し光る」

「重要そうな文章?」

 

 ハーマイオニーが興味を示した。

 

「たとえば契約文とか、条件文とか、小さくて見失いがちな注意書きとか」

 

 フェルディナンド先輩が、わずかに目を細めた。

 

「……誰が作った?」

「わたしです!」

「だろうな」

 

 わたしは栞をフェルディナンド先輩に差し出した。

 

「第一回魔法書研究会チャンプ本選出者、フェルディナンド先輩に贈呈します」

 

 フェルディナンド先輩は、銀色の栞を受け取った。

 

 嬉しそうではない。

 でも、すぐにしまわなかった。

 指先で模様をなぞり、青い石の光を確かめている。

 

「実用性はありそうだ。悪くない」

 

 フェルディナンドの悪くないは褒め言葉だと思う。わたしはにこにこと微笑んだ。

 

 わたしが選んだ「深い闇の秘術」はというと、「読みたくはなったけど、読んではいけない気がする」という評価を得て誰も投票してくれなかった。

 

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