本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
時間割を見た時、わたしは思った。
これは本みたいだ。
ただし、読みやすい本ではない。
注釈が多く、行間に危険が詰まっていて、うっかり読み飛ばすと死ぬタイプの本である。
時間割では、わたしは月曜日と木曜日にはタイムターナーを使わないと履修ができなそうだった。
たとえば月曜日。
一、二限に数占い学。
同じ時刻に、魔法生物飼育学。
三、四限、古代ルーン文字。
同じ時刻に、占い学。
昼食。
つまり、月曜日の午前を二回生きることになる。
文字にすると簡単だ。
でも、実際にやるとなるとかなり大変そうだ。
しかも、その隙間に昼食と読書休憩を挟む必要がある。
小さな砂時計が、銀の鎖の先で光っている。
とても綺麗だ。
そして、とても危ない。
本好きに時間を戻す道具を渡すのは、空の本棚を見せるのと同じくらい危険だと思う。
でも、渡されたからには、正しく使わなければいけない。
そして、できれば少しだけ、ほんの少しだけ本も読みたい。
月曜日の一回目の朝は、数占い学から始まった。アストリアも数占い学を取っていたので一緒に向かった。
「マインも数占い学を取ったんですね」
「うん。数字を読む授業って聞いたから」
「“読む”がつけられる科目なら大体取るんですか?」
「否定できない」
アストリアは少し笑った。
数占い学は、思っていたよりもずっと難しそうだった。
黒板には数字が並んでいる。
数字の対応表。名前を数値に変える表。誕生日の分解。星の周期。係数。見慣れない記号。
ベクトル先生は、教室に入ってくるなり無駄のない声で言った。
「数占い学とは、数字に宿る魔法的傾向を読み解く学問です。名前、誕生日、契約時刻、魔力周期、出来事の発生日。それらを数値化し、関係を探り、未来を予測します」
わたしは黒板を見つめた。
これは、占いというより、かなり統計に近い。
「数学みたい」
小さく呟くと、アストリアがこちらを見た。
「数学?」
「うん。数字を使って、規則を見つけたり、未知の値を求めたりするマグルの学問。数占い学は、それに魔法的な意味づけを加えた感じがする」
「マグルは魔法なしで、そんなことをするんですか?」
「本棚の耐荷重、蔵書の収納数を計算するときには絶対に数学を知っている方が便利だと思う。昔からある学問だよ」
「面白いですね」
アストリアの目が静かに輝いた。
歴史の話をしている時に似た顔だ。新しい知識を見つけた人の顔である。
ベクトル先生がこちらを見た。
「ミス・マルフォイ。今の説明は悪くありません。数占い学は、マグルの数学と共通する手順を使うことがあります。ただし、我々が扱う数字には魔法的な意味があります」
「計算方法は似ていても、何を数えるかが違うんですね」
「その理解でよいでしょう」
褒められた。
わたしは嬉しくなって、ノートを取る手を速めた。
数占い学は面白かった。
名前を数値化する。
日付を分解する。
魔力周期と照らし合わせる。
数字がただの数字ではなく、出来事や人や契約の影を映すものになる。
ただし、問題がある。
計算自体は何とか追える。
でも、解釈が難しい。
数字は本の文字みたいに並んでいるのに、読み方が複数ある。
つまり、数占い学は本である。
ただし、ページが全部数字でできているタイプの本だ。
これは厄介だ。
とても面白い。
次の授業は古代ルーン文字。
これもアストリアと一緒だった。
古代ルーン文字の教室は、数占い学とは違う方向に危険だった。
黒板には見慣れない直線的な文字が並んでいる。
読めない文字がある。
それだけで、わたしは少し落ち着かなくなった。
読めない。
読めないものが目の前にある。
これはよくない。
読みたい。
バブリング先生は、まず黒板に三つのルーン文字を描いた。
「古代ルーン文字は、読むためだけのものではありません。魔法を物に固定する時、呪文学や魔法、契約文と組み合わせて使われることが多いのです」
わたしは背筋を伸ばした。
物に魔法を固定する。
本にも使えるのでは。
「たとえば、扉に防護呪文をかけるだけでは、時間とともに力が弱まります。しかし、ルーンを刻むことで、魔法の方向性を保ちやすくなる。守る、閉じる、記憶する、拒む。それぞれの意味が、呪文の働きを補助します」
全部、本棚に必要そうな言葉だった。
「先生」
「はい、ミス・マルフォイ」
「本の保管にも使えますか?」
バブリング先生は一瞬だけ黙った。
「可能です」
実践への扉が半分開いている。
「湿気を防ぐとか、虫を避けるとか、ページの破れを遅らせるとか、勝手に持ち出されたら警告するとか」
先生は苦笑しながらも、説明した。
「図書館の管理魔法に近いですね。多くの図書館の本棚にはルーン文字を活用した保存魔法が組み込まれています。今年の授業でも保存魔法の導入部分はやりますよ」
「楽しみです!」
アストリアが隣で小さく笑った。
「マイン、目が輝いています」
「だって、本に使えるんだよ?」
「それは輝きますよね」
アストリアは否定しなかった。
良い友達だ。
午前が終わるころ、わたしの頭の中は数字とルーン文字でいっぱいになっていた。
お腹がかなり空いていた。
昼食を食べるの大事だ。
このあと時間を戻すからといって、昼食を抜いてはいけない。身体は一つしかない。スネイプ先生も、健康状態が悪化したら即時停止と言っていた。
つまり、昼食を食べるのは、タイムターナー運用における義務である。
わたしはちゃんと食べた。
そして、食後すぐ、アストリアとわかれて人気のない空き教室へ向かった。
戻るまでの時間は限られている。
五時間制限があるから、あまり遅く戻るわけにはいかない。
でも、まだ少し時間がある。
ほんの少しだけど、本を読むには十分な時間だ。
鞄から取り出したのは、フェルディナンドがこの前紹介していた炎のゴブレットの本だった。
内容はかなり面白そうだ。
代表の名を炎に捧げる行為は、単なる申し込みではなく、名に宿る魔力的な自己同一性を契約に差し出すこと。
炎のゴブレットが選ぶのは単純に一番優秀な者ではなく、あらかじめ設定された条件を満たし、代表として契約成立可能な者だという。ただし、年齢や性別などの条件は考慮できない。
今回の場合、代表選手を選ぶ基準としてあらかじめ設定された条件は何だろう。
一番生き残れそうな生徒とか?
時計を見る。
まだ続きを読めそうだった。
さらに読み進める。
「大丈夫。間に合っている。これは計画通り」
自分に言い聞かせる。
タイムターナーを取り出し、慎重に回す。
世界が巻き戻った。
音が遠ざかり、空気がほどけ、景色が細く引き伸ばされる。
目を開けると、朝の空き教室だった。
朝だ。
でも、わたしの身体は、数占い学二時間、古代ルーン文字二時間、昼食、読書をすでに終えている。
つまり、朝なのにもう昼食後である。
かなり変だ。
でも、授業に行かなければ。
二回目の朝、一回目の授業は魔法生物飼育学だった。
この授業はレイブンクローと合同で、ルーナがいた。彼女はわたしを見ると、ふわりと手を振った。
「おはよう、マイン」
「おはよう、ルーナ」
「魔法生物飼育学、取ってたんだね。さっき、アストリアと授業に向かうマインを見た気がしたんだ」
わたしは固まった。
「えっ」
「でも、たぶんナーグルのせいかも」
「そうだと思う」
ありがとう、ナーグル。
よく分からないけれど助かった。
「そういえば、この前のビブリオバトル面白かったみたいだね。パドマが自慢してた。あたしも参加したいからまた開催して」
ルーナはこの前のビブリオバトルはセストラルにご飯をあげに行くと言って参加しなかった。相変わらずマイペースだ。
ハグリッド先生は、授業の最初からにこにこしていた。ホグワーツの外の小屋で住んでいるのは知っていたが、実際に近くで見るとかなり大きい人だ。三年生の中で一番小さいわたしと比べると巨人と小人のようで差が分かりやすい。
「今日はすげぇやつを見せるぞ!」
現れたのは、ヒッポグリフだった。
鷲の頭と翼。馬の身体。誇り高そうな目。つややかな羽根。
大きい。
そして、とても美しい生き物だった。
「大きい生き物って、きれいですよね」
思わず言うと、ハグリッド先生の顔がぱっと明るくなった。
「分かるか!」
「はい。怖いだけじゃないです。大きい生き物には、大きい生き物の礼儀がある感じがします」
「そうなんだよ!」
ハグリッド先生は感動していた。
「でかいから危険ってわけじゃねぇ。ちゃんと礼儀を守れば、賢くて、誇り高くて、優しいやつもいる」
「ニュート先生のおうちでも、そう思いました」
「ニュート先生?」
「ニュート・スキャマンダー先生です。この前少しお会いして」
ハグリッド先生が目を輝かせた。
「ニュート・スキャマンダーに会ったのか!」
「はい。お家にいろんな魔法生物がいてすごかったです」
ハグリッド先生は笑った。
「ハリーたちから聞いてたぞ。マルフォイ家の子にしちゃ、話の分かるスリザリン生がいるってな」
「ハリーたちが?」
「ああ。でかい生き物を見て、すぐ悪者扱いしない子だって」
少しうれしかった。
ハグリッド先生は照れくさそうに頭をかいた。
「今度、時間があったら小屋に来るといい。お茶でも出す。お前さんにはカップはでかいかもしれんが」
「行きたいです!」
ヒッポグリフへの接し方は、ハグリッド先生が丁寧に教えてくれた。
「まず、お辞儀だ。敬意を示す。向こうが返したら近づいていい。返さなかったら、下がるんだ」
礼儀は大事だ。何かを間違えると兄のように怪我をする。
わたしはヒッポグリフの前に立った。
目を合わせる。
ゆっくり頭を下げる。
大きなヒッポグリフは、じっとこちらを見ていた。
そして、ゆっくり頭を下げ返してくれた。
「返してくれたら乗せてもらえ!」
ハグリッド先生が嬉しそうに言う。
わたしはそっと近づいた。
羽根がきれいだ。
ヒッポグリフが乗ってみろといわんばかりに身体を屈めた。明らかにわたしには大きすぎるみたいで、全く乗れそうにない。
「あの、ハグリッド先生。乗せてもらってもですか?」
ハグリッド先生は大笑いしながらも乗せてくれた。
日刊予言者新聞でハグリッド先生が昔ホグワーツにいた頃に危険な魔法生物を飼育して生徒を危険な目に遭わせて退学になったと書いてあるのを見たことがあったが、ハグリッド先生はいい人そうでそんなことをしたとは思えなかった。
きっとわたしみたいに飼育というより成り行きでホグワーツに昔からいた生き物を飼うことになってしまったに違いない。
次の授業は占い学だった。
北塔の教室は、香の匂いが濃かった。
階段を上っている途中で、わたしは問題に気づいた。
お腹が空いている。
おかしい。
昼食は食べた。
たしかに食べた。
でもそれは一回目の昼食で、今は時間を戻したあとの二回目の午前である。
魔法生物飼育学で外を歩き、ヒッポグリフにお辞儀をし、北塔まで階段を上るのはかなりの重労働だった。
結果、お腹が空いた。
ルーナが隣でこちらを見た。
「お腹が鳴った?」
「鳴ってないよ」
ルーナは鞄から小さな包みを出した。
「ビスケットいる?」
「いる!」
ルーナのおかげで胃袋は少し収まった。
トレローニー先生は、不思議な雰囲気のある人だった。本物の占い師と言われたら信じてしまいそうだけど、詐欺師と言われても信じてしまいそうだった。
今日はお茶の葉占いをするらしい。
お茶を飲み、カップの底に残った葉の形を見る。
読む。
お茶も読む。文字が出てきたらいいのにと思いながら、わたしはカップを覗き込んだ。
最初に見えたのは、黒い犬のような形だった。
「グリム……!」
トレローニー先生が震える声で言った。
「死の予兆ですわ……!」
教室がざわめく。
わたしは真剣にカップを見た。
「黒い犬なら、去年飼っていました」
教室がざわざわと騒がしくなった。
「ただ、おじさんでした」
急に静かになった。
トレローニー先生が、ゆっくり瞬きをした。
「……おじさん?」
「はい。黒い犬だと思って飼っていたら、おじさんでした。アニメーガスだったんです」
ルーナがにこにこした。
「でも、グーテンベルクかわいかったよね」
「うん」
トレローニー先生は椅子に座り直した。
予言者にも処理しきれない情報だったらしい。
「黒い犬が死の予兆ではなく、おじさんだった場合の解釈はありましたかしら……」
先生が小声で呟いている。
わたしはさらにカップを見た。
黒い犬から紐のような枝のような長細いものが出ていて、その先に小さな砂時計がつながっていた。
その横に、数字のような形。
5だ。
はっきりと、5に見えた。
わたしは息を止めた。
タイムターナーのことは誰にも言ってはいけない。
でも、茶葉には出ている。
出ているなら、それはどう扱えばいいのだろう。
「他に何が見えますか、ミス・マルフォイ」
「砂時計と5の数字が見えます」
トレローニー先生の顔が、少し変わった。
「……ルール破りにはお気をつけ遊ばせ」
わたしはカップを握る手に力を込めた。
グリムは死の象徴だ。タイムターナーを使い過ぎたら死ぬことを暗示しているのだろうか。
少し恐ろしくなり、わたしはさらに先生にたずねた。
「5は悪い数字ですか?」
「変化を表す数字ですわ。好奇心は身を滅ぼしかねませんわね」
ルーナが隣で静かに言った。
「砂時計は、ひっくり返すと同じ形に見えるわ。でも、中の砂は同じ場所には戻らないんだ」
ルーナは時々、とても怖いことを優しい声で言う。
その瞬間、お腹が鳴った。
教室に響いた。
「空腹の予兆です」
あわてて言い訳をして、皆が笑った。
授業が終わると、昼食の時間だった。
正確には、二回目の昼食である。
空の下でご飯を食べようとルーナに提案して、上手い具合に時間をずらし、大広間で自分と出くわすのを回避した。
二度目の昼食もおいしかった。
午後は魔法薬学だった。
スネイプ先生は、わたしを見た瞬間、少しだけ眉を寄せた。
「ミス・マルフォイ」
「はい」
「顔色が悪い」
「午前が少し長かったので」
「午前は全員に等しく同じ長さだ」
わたしは黙った。
それは、たぶん今のわたしには当てはまらない。
言ってはいけないとスネイプ先生は釘を差しているに違いない。
「……はい」
スネイプ先生の目が細くなった。
「余計な思考をする前に、材料を刻め」
「はい」
魔法薬学は、魔力で押せる科目ではない。
分量、順番、火加減、時間。
どれも間違えると台無しになる。
つまり、寝不足と空腹と時間逆行後の身体には、かなり厳しい科目だった。
わたしは真剣に材料を刻んだ。
途中で一度、刻んだ根が本の栞に似ていると思ってしまったが、口には出さなかった。偉い。
授業が終わると、スネイプ先生が低い声で言った。
「ミス・マルフォイ。最後の授業が終わった後、私の部屋へ来なさい」
「はい?」
「寮監としての話だ」
寮監。
その言葉で、周囲のスリザリン生が一斉に気まずそうな顔をした。
わたしも少し背筋を伸ばした。
スネイプ先生はスリザリンの寮監である。
つまり、スリザリン生にとって、授業中の先生であり、寮の監督者でもあり、悪いことをした時に一番逃げられない人でもある。
「わたし、何かしましたか?」
「心当たりが一つで済むなら苦労はない」
ひどい。
最後の授業は、闇の魔術に対する防衛術だった。1年以上同じ先生がなれないと言われている授業で、ロックハート先生は気がついたらアズカバンにいたし、ルーピン先生は体調を考慮して1年だけで転職した。
今年の先生は、アラスター・ムーディー先生だ。
教室に入った瞬間から、空気が違った。
机はまっすぐ並んでいるのに、なぜか戦場みたいだった。窓際、扉、黒板の前、先生の机。その全部が、逃げ道や死角として見えてくる。
それはたぶん、ムーディー先生のせいだ。
傷だらけの顔。木の義足。ぎょろぎょろ動く魔法の目。
片方の目はわたしたちを見ている。もう片方の魔法の目は、天井も背後も床も、全部見ているようだった。
怖い。
でも、教壇には本がある。
授業である。
授業なら、受ける。
「座れ」
掠れた声が教室を切った。
全員が座った。
「闇の魔術に対する防衛術を、教科書の中だけのものだと思うな。この授業では本は使わん」
ムーディー先生は、杖で黒板を叩いた。
黒板に大きく文字が浮かぶ。
警戒。観察。生存。
「闇の魔術は、礼儀正しく正面から来るとは限らん。美しい呪文の形をしていることもある。優しい声で命じてくることもある。助けの手に見えることもある」
魔法の目が、ぐるりと教室を見回した。
「お前たちが覚えるべきは、呪文の名前だけではない。気配だ。違和感だ。生き残るための疑い方だ」
「ミス・マルフォイ」
「はい」
ムーディー先生は後ろを振り返らないまま呼んだ。
ムーディー先生の魔法の目がこちらを見ている。
「ぼうっとするな。闇の魔術は、眠そうな生徒を待ってはくれん」
「はい」
「眠いのか」
「少し」
「なぜだ」
わたしは慎重に答えた。
「授業が多いので」
「勉強熱心だな」
「はい」
「それだけか」
魔法の目が、ぐるりと回った。
わたしは背筋を伸ばした。
「実は本をたくさん読んだので目が疲れました」
ムーディー先生は、一瞬黙った。
それから、口元を少し歪めた。
「油断するな。危険は本の形でも来る」
「はい。危険な本は丁寧に読みます」
教室が静かになった。
ムーディー先生の普通の目が、わたしを見た。
魔法の目も、わたしを見ていた。
「……丁寧に、読む」
「はい。雑に開くと危ないので」
「それは、防衛術としては間違っていない」
間違っていないらしい。
よかった。
「だが、近づかないという選択肢も覚えろ」
「それは難しいです」
「ときには近づかない方がいい」
ムーディー先生はそう言って、杖を振った。
机の上に、いくつかの古びた品物が現れた。黒ずんだ指輪、欠けた鏡、焦げた羊皮紙、変色した木片。
「今日は、呪いの痕跡を見る。闇の魔術は、終われば消えるわけではない。物に残る。場所に残る。人に残る。見抜けなければ、手遅れになる」
生徒たちは一つずつ観察するように言われた。
わたしは焦げた羊皮紙を見た。
文字はほとんど読めない。
でも、端に黒い染みのようなものがある。
インクではない。
魔力の跡、らしい。
「触るな」
ムーディー先生が言った。
「触ってません」
「触りたそうだった」
「読めるかなと思って」
「読むな」
即答だった。
「でも、何が危険なのか分からないと」
「読む前に、危険と判断しろ」
難しい。
危険なものほど、読まないと危険性が分からない。
でも、読んだら危険かもしれない。
本好きにとって、これはかなり難しい問題だ。
授業が終わる頃には、わたしはさらに疲れていた。
ただ、面白かった。
闇の魔術に対する防衛術は、今年はかなり実戦的らしい。
実戦は怖いけれど、知るべきことが多いということでもある。
授業後、わたしは約束通りスネイプ先生の部屋へ向かった。
地下牢の廊下は、いつも少し湿っていて冷たい。
時間を二回過ごしたあとの身体には、冷えが少しつらい。
扉を叩くと、すぐに声が返ってきた。
「入れ」
スネイプ先生の部屋は、相変わらず薬品の匂いがした。棚には瓶が並び、机の上には羊皮紙が重なっている。
スネイプ先生は椅子に座ったまま、こちらを見た。
「ミス・マルフォイ。なぜ呼ばれたか理解しているか?」
「全然分かりません」
「君が危険な本を持っているという話をブラックから聞いた。まさか、図書室の閲覧禁止の棚にこっそり入ったりはしてないだろうな?」
心臓が、少し跳ねた。
わたしは慎重に答えた。
「図書室の本ではないです。持ち主の許可は取っています」
「では、危険な本は持っているのか」
「……危険かもしれない本ならあります」
スネイプ先生の眉間にしわが寄った。
「危険かもしれない、ではない。君の“かもしれない”は、大抵の場合、危険確定だ」
「でも、読み終わっても何も起きてないですよ? 『怪物的な怪物の本』と違って、噛んだりもしません」
「……読み終えれば安全になるわけではない。噛まないから安全なわけでもない」
正論だった。
「誰から借りた」
「……家の客人です」
スネイプ先生は、わたしをじっと見た。なにかを確かめるような顔だった。
「…………なるほど」
何か勝手に分かられた気がする。
スネイプ先生は、すぐ表情を読んで分かってしまうところが怖い。
「君が闇の魔術にどっぷり浸かるような生徒ではないことは知っている。だが、その本を寮の共有スペースで開くな。人が見えるところで読むな。誰かにタイトルを見られないように気をつけろ。闇の魔術に精通していると知られて良いことは一つもない」
かなり心のこもった言い方だった。きっと昔闇の魔術関連の本を読んでるのが誰かにバレて、失敗したことがあるに違いない。
「でも、先生。もう魔法書研究会でビブリオバトルをしたときに出しちゃいました」
「……ビブリオバトル?」
「おすすめの本を紹介し合うんです」
スネイプ先生は、とても嫌そうな顔をした。
「ローゼマイン」
「はい」
「読書は構わん。勉学も構わん。だが、危険な知識に手を伸ばすなら、自分が何を読もうとしているのか、どれくらい危険な本なのかは理解してからにしろ。少なくとも、闇の魔術の本は共有して楽しめる本ではない」
「それが分からないから読むのでは?」
「その答えが最も危険だ。例の本はもうホグワーツ内では出さないようにしまっておけ」
スネイプ先生は、疲れたように目を閉じた。
「あと、今日はもう寮へ戻って休め。かなり顔色が悪くなっている。時間を巻き戻した日は図書室へ行くな」
「でも、今日の授業の確認が」
「行くな」
「少しだけ」
「行くな」
「本当に少し」
「ローゼマイン・マルフォイ。タイムターナーを返したいのか?」
「はい。戻ります」
わたしはうなずいた。
寮監の言うことは聞いた方がいい。
特に、スネイプ先生が低い声で名前を呼んだ時は。
スリザリン寮へ戻ると、談話室は静かだった。湖の底のような緑の光が揺れている。
午前を二回やると、午後が重い。
でも本は読める。
わたしは少し考えた。
スネイプ先生は図書室へ行くなと言った。
今日はもう行けない。
でも、寮の談話室で本を読むくらいは許されるはずだ。
寝室へ向かう途中、わたしのお腹がまた小さく鳴った。