本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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49話 意外な代表選手

 

 ダームストラングとボーバトンの生徒たちがやって来る日、ホグワーツは朝から落ち着かなかった。

 大広間のざわめきは、ふだんの三倍くらいあったと思う。

 朝食の席でも、授業の合間でも、廊下でも、誰も彼もが同じ話をしていた。

 ダームストラングはどうやって来るのか。

 ボーバトンはどんな制服なのか。

 炎のゴブレットには誰が名前を入れるのか。

 ホグワーツ代表は誰になるのか。

 

「外国の学校なら、蔵書も違うよね」

 

 そう言ったら、ドラコがこちらを見た。

 

「お前は本当に、どの角度からでも本に戻るんだな」

「だって、学校が違うんだよ? 教科書も違うし、禁書の基準も違うかもしれないし、図書室の分類も違うかもしれない」

「少し嫌な予感がするんだが気のせいか」

 

 ドラコは頭を押さえた。

 夕方、全校生徒が外へ出るように言われた。

 冷たい空気の中、わたしたちは正面玄関の前に並んで、来賓を待った。

 最初に現れたのは、空だった。

 正確には、空から巨大な馬車が降りてきた。

 青白い大きな馬が引いていて、馬車はホグワーツの塔と比べても見劣りしないくらい立派だった。

 ボーバトンの馬車らしい。

 

「大きい……」

 

 わたしは思わずつぶやいた。

 

「馬も大きいな」

「本もたくさん入りそう」

「馬車を見て最初に言うことがそれか?」

 

 ドラコが呆れていたけれど、あの大きさなら移動図書館にできる。

 絶対にできる。

 むしろ、しない方がおかしい。

 ボーバトンの生徒たちは、淡い青の制服を着ていた。

 みんな背が高くて、姿勢がきれいで、歩き方まで優雅だった。

 寒いのに肩を震わせている子もいたけれど、それでも優雅だった。

 そして、その列の中に、ひとり。

 とても見覚えのある黒髪の少年がいた。

 わたしはまばたきをした。

 もう一度見た。

 いた。

 トムが、しれっとボーバトンの生徒たちに混じって歩いていた。

 淡い青のローブを身につけ、他の生徒と違って涼しそうな顔をしている。

 顔立ちが整いすぎているせいで、ボーバトンの生徒たちの中でも目立って見えた。隣にいたやけに美少女な女子生徒と仲良さそうに話している。

 

 トムはほんの少しだけこちらを見てウィンクする。近くにいたパンジー・パーキンソンが小さな悲鳴を上げて気絶した。

 何やってるんだ。

 トムにこの前聞いたときはトライウィザード・トーナメントは関係ないと言っていたのに、参加はするのか。

 

 次に、湖が盛り上がった。

 水面が割れて、黒い船が浮かび上がってくる。

 まるで湖の底から古い物語がそのまま出てきたみたいだった。

 ダームストラングの船だ。

 船から降りてきた生徒たちは、重そうな毛皮の外套を着ていて、全体的に強そうだった。

 本も重そうなものを読みそうだ。

 偏見かもしれない。

 でも、あの外套には分厚い本が似合う。

 

「本物だ」

 

 ドラコは珍しく、声が上ずっていた。

 

「ドラコ、知ってる人?」

「知らないのか!?」

「本に載ってるのは見たことない」

「クィディッチのワールドカップに出ていたビクトール・クラムだぞ!」

「新聞に名前が載ってたかも」

「世界最高峰のシーカーだ!」

 

 ドラコの目がきらきらしていた。

 いつもの、スリザリンの誇りを背負っています、みたいな少し気取った顔ではない。

 完全に好きな本を見つけたときのわたしに近い顔だった。

 

 夕食の席では、三校の生徒がそれぞれホグワーツの寮の席に分かれて座ることになった。

 ドラコは素早かった。

 普段はマルフォイ家伝統の優雅さを重んじるくせに、その日は信じられないくらい素早かった。

 気づいたらビクトール・クラムの隣を確保していた。

 いや、確保というより、もはや狩りだった。

 

「こちらです、クラムさん。スリザリンの席はここです。食事は悪くありません。パンプキンジュースは好みが分かれますが、慣れれば飲めます。僕はドラコ・マルフォイです。クィディッチではシーカーをしています」

 

 ドラコが一息で言った。

 クラムは重そうにうなずいた。

 

「……ビクトール・クラムだ」

「存じています!」

 

 ドラコの返事が早い。

 わたしは隣で、これはすごい、と思った。

 ドラコがこんなに積極的に話しかけるところは初めて見たかもしれない。

 いや、父や先生たちに対して礼儀正しく話すことはある。

 でも、これは違う。

 完全に憧れの作家を前にした読者の顔だ。

 

「ワールドカップのあの急降下、すばらしかったです。あの角度でスニッチを追えるのは、やはり視界の取り方が違うんですか? それとも体重移動を先に──」

「ドラコ」

「何だ、マイン」

「呼吸してる?」

「している」

 

 していないと思う。

 クラムは、少し困ったような顔をしながらも、短く答えていた。

 

「練習あるのみだ」

「やはり練習ですか!」

「たくさん飛ぶことが大事だ」

「たくさん飛ぶ! さすがクラムさん!」

 

 ドラコは感銘を受けていた。

 今の会話に感銘を受ける要素がどこにあったのか、わたしには少し分からなかった。

 でも、きっと本好きにしか分からない装丁の良さがあるように、クィディッチ好きにしか分からない短い言葉の重みがあるのだろう。

 わたしは、他のダームストラングの生徒たちに本の話を聞くことにした。

 

「本は好き?」

 

 まず、近くにいたダームストラングの女子生徒に聞いた。

 彼女は微笑んだ。

 

「ええ。詩集なら少し」

「詩集。いいね。ホグワーツには詩集が少ない気がする。魔法薬の詩的表現とか、呪文学における韻律とか、もっと研究されてもいいと思う」

「……ええ?」

 

 なぜか少し引かれた。

 次に、ダームストラングの男子生徒に聞いた。

 

「本は好き?」

「好きだ」

 

 返事が早かった。

 わたしはうれしくなった。

 

「どんな本?」

「闇の魔術に関する本だ」

 

 周囲の空気が、少し固まった。

 その男の子は、黒っぽい髪を片目にかかるようにしていて、指には銀色の指輪をいくつもつけていた。左手には包帯がぐるぐる巻きにされている。

 襟元も妙に高い。

 たぶん寒いからではない。

 雰囲気づくりだ。

 

「闇は、人の本質を映す」

 

 男の子は低い声で言った。

 

「そうなの?」

「光の下では、人は仮面をつける。だが闇の中では、本当の知識が姿を現す」

「保存状態の悪い本も、暗所で保管した方がいいもんね」

「……え?」

「光は紙を傷めるから。羊皮紙も退色するし。闇の中で知識が守られる、という意味ならかなり分かる」

 

 男の子が一瞬黙った。

 それから、なぜか目を輝かせた。

 

「君は、分かるのか」

「本の保存の話なら」

「闇に眠る禁断の書を?」

「禁断かどうかは管理者の判断によるけど、閲覧制限がある本にはそれなりの理由があるよね。でも、理由があるからこそ読んで確認する必要もある」

「そうだ!」

 

 男の子が身を乗り出した。

 

「禁止されるということは、そこに力があるということだ!」

「危険な知識ほど、取り扱い説明書が必要だと思う」

「取り扱い説明書?」

「鍋だって扱いを間違えると爆発するし」

「鍋」

「魔法薬の授業で爆発する」

「……なるほど。日常に潜む闇か」

「たぶん違う」

 

 そこから、なぜかずっと闇の魔術の本について語ることになった。

 彼は「深淵」と「古き血」と「封じられた名」と「禁断の頁」という言葉を何度も使った。

 わたしはそのたびに、分類番号と索引と保管温度と閲覧許可の話をした。

 会話はかみ合っていなかった。

 でも、なぜか続いた。

 

「レオニード・ヴォルグレイヴだ。君とは、いずれ深き書庫で再び語り合うことになるだろう」

「ローゼマイン・マルフォイだよ。深き書庫ってダームストラングのどこにあるの?」

「比喩だ」

「本当にある場所じゃないのか……」

 

 少し残念だった。

 

 食事が進むにつれて、大広間の話題は一つにまとまっていった。

 炎のゴブレット。

 誰が代表に選ばれるのか。

 杯はすでに玄関ホールに置かれていて、ダンブルドア先生が引いたという年齢線が引かれている。

 十七歳未満は名前を入れられない。

 つまり、わたしは入れられない。

 入れる気もない。

 危ないから。

 危ないから。

 大事なことなので、心の中で二回言った。

 

 その夜、魔法書研究会の面々は、自然と大広間の隅に集まっていた。

 正式な活動日ではなかったけれど、大きな事件があると集まってしまう。

 これはもう、そういう習性だと思う。

 ハーマイオニーには念を押された。

 

「マイン、絶対に名前を入れてはだめよ」

「入れないよ」

「本当に?」

「本当に。そもそも年齢線があるし」

「年齢線がなかったら?」

「……本が賞品なら少し考える」

 

 ハーマイオニーは大きなため息をついた。それに対してドラコは自分に言い聞かせるように言った。

 

「マインはトラブルメーカーだが、本が関係無ければ驚くほど興味を示さない。今年は大人しくしてるさ、きっと」

「違うだろ。マインの場合、本が関係あるかじゃなくて、なんでも本に関係あることにするんだよ」

 

 ロンが即座に言った。

 

「秘密の部屋がどうなったか忘れたのかよ」

 

 ロンが小声で言って、ドラコは黙った。

 あながち間違いでないのが悔しい。

 

 パドマは羊皮紙を広げていた。

 いつものように、几帳面な字で情報が整理されている。

 見出しまでついている。

 

『トライウィザード代表選出に関する事前分析』

『候補者一覧』

『各寮別の有力者』

『関係者聞き取り結果』

『食堂内発言メモ』

 

 完全に取材だった。

 

「パドマ、これ、いつ調べたの?」

「さっきから」

「まだ他校の人たち来たばかりだよ」

「だからこそ、ホグワーツ内の候補者を先に固めておく必要があるでしょう」

 

 パドマは真剣だった。

 彼女の目は、新聞を読むときの目だった。

 誰が何を言ったか、どの情報が一次情報で、どれが噂なのかをきちんと分けている。

 

「現時点で、ホグワーツ代表の最有力はセドリック・ディゴリーだと思うわ」

「ハッフルパフの?」

「ええ。成績、運動能力、人望、年齢、寮内外の評判。どれも安定している。派手さではグリフィンドールの上級生やスリザリンのクィディッチ選手に劣るかもしれないけれど、炎のゴブレットが総合的に判断するなら、かなり強い候補よ」

 

 パドマは羽ペンで羊皮紙を叩いた。

 

「それに、本人が目立ちたがりすぎない。そこが逆に強い」

「炎のゴブレットって、謙虚さも見るの?」

「分からない。でも、危険な競技に出る代表を選ぶなら、無謀さだけではだめでしょう」

 

 なるほど。

 パドマの分析はかなり説得力があった。

 そこへ、アーニーが胸を張った。

 

「僕もセドリックになると思う」

 

 アーニーは自信満々だった。

 全員が顔を見合わせて黙った。

 

「間違いないね。僕の推理では、炎のゴブレットは彼を選ぶ」

 

 さらに沈黙が深くなった。言いたいことはあるが、言いにくい。

 ルーナが首をかしげた。

 

「アーニーの推理が当たることも、あるのかな」

 

 ハリーが小声で言った。

 

「セドリック、かわいそうに」

「まだ外れたと決まったわけじゃないよ」

「マイン、今のは慰めになってない」

 

 たしかに。

 アーニーの推理は、熱意だけなら毎回すばらしい。

 でも、なぜか最終的に変な方向へ走っていく。

 シリウス・ブラックの件でも、彼の相関図は途中から事件より複雑になっていた。

 パドマは冷静に咳払いした。

 

「アーニーの推理は置いておいて、セドリック有力説はかなり堅いと思う」

 

 パドマとアーニー以外は皆別の誰かになるだろうと予想した。

 

 スリザリンの席でも、名前を入れた上級生の話題で盛り上がっていた。

 

「スリザリンからは誰が入れたの?」

 

 大広間でわたしが聞くと、ドラコがクラムの方を見たまま答えた。

 

「何人かいる。クィディッチメンバーの上級生も入れたと聞いた」

「クィディッチの上級生……」

「名前を思い出せていないな」

「そんなことない。ほら、あの、大きくて箒に乗ってる人」

「スリザリンのクィディッチ選手は全員箒に乗る」

 

 横にいたセオドール・ノットが淡々と言った。ドラコの同級生だ。

 

「ウォリントンか、モンタギューあたりだろう」

「ウォリ……?」

 

 どちら様? 

 

「覚える気がないな」

「クィディッチの選手は人が多いから見分けが難しいよ」

「全員大きくて箒に乗っているからか?」

「うん」

 

 セオドールは少しだけ笑った。ドラコがようやくこちらを見た。

 

「スリザリンから代表が選ばれれば、寮の名誉だ」

「お兄さまは入れないの?」

「年齢線がある」

「年齢線がなかったら?」

「入れない」

 

 即答だった。

 

「意外」

「僕は無謀ではない。クラムさんの前で無様な競技をする趣味もないし、僕は魔法薬を作るか箒に乗る方がよっぽど向いている」

「かなり現実的な理由だね」

「当然だ」

 

 ドラコはそう言ったあと、またクラムの方を向いた。

 

「ところで、クラムさん。試合前の箒の手入れは──」

 

 まだ話しかけるらしい。

 すごい。

 わたしは感心した。

 その一方で、ボーバトンの席の方を見ると、トムがボーバトンの光り輝く美女と自然に話していた。

 流暢なフランス語だった。

 トムはわたしの視線に気づくと、少しだけ口元を上げて手をひらひら振ってきた。

 

「あいつ誰だ? 知り合いか?」

 

 ドラコがわたしの視線の先のトムに気づいて声をかける。

 

「え、分からないの? トムだよ、ほら──」

 

「ペンフレンドだよ」

 

 自分の口から思っていたのと違う答えが飛び出る。

 

 違う! 

 

「お前、ペンフレンドがいたのか」

 

 ドラコが驚いたように言う。

 

 トムがまた秘密を漏らさないような魔法を使ったようだ。

 

 やがて、大広間の空気が変わった。

 ダンブルドア先生が立ち上がったからだ。

 

「さてさて、ゴブレットはもう代表選手を決めたようじゃ。代表選手は呼ばれたら、後ろの扉から控室に行くように。そこで最初の試練が明かされる」

 

 ざわめきが少しずつ静かになっていく。

 金色の皿も、銀の杯も、蝋燭の光も、すべてが少しだけ遠く感じられた。

 炎のゴブレットの青白い炎が揺れている。

 

 大広間にいる全員が息をのむ。

 パドマは羽ペンを構えた。

 アーニーは祈るように手を組んだ。

 ドラコはクラムの方を見続けていた。

 トムは、ボーバトンの席から静かに炎を見ていた。

 そして、炎が赤く変わった。

 杯の中から、焦げた羊皮紙が一枚、弾き出される。

 青白かった炎は、ほんの一瞬だけ赤く燃え、それからまた静かに揺れた。

 ダンブルドア校長が羊皮紙を受け取る。

 誰も喋らなかった。

 ナイフとフォークの音も、椅子のきしむ音も、どこかへ消えてしまったみたいだった。

 ダンブルドア校長は羊皮紙に目を落とし、はっきりとした声で告げた。

 

「ダームストラング代表──ビクトール・クラム」

 

 大広間が爆発した。

 特に男子の声がすごかった。

 グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン。

 寮なんて関係なく、クィディッチ好きの男子たちが一斉に拍手した。

 ドラコも立ち上がっていた。

 

「当然だ!」

 

 ものすごく誇らしそうに言う。

 

「ドラコが選ばれたわけじゃないよ」

「分かっている!」 

 

 分かっている顔ではなかった。

 ダームストラングの席では、カルカロフ校長が満足そうに笑っていた。

 正直、これはみんな何となく分かっていたと思う。

 カルカロフ校長は、ビクトール・クラムにだけ明らかに気を遣っていた。

 椅子をすすめるときも、話しかけるときも、周囲の生徒を見る目とは少し違っていた。

 あれで選ばれなかったら、むしろ気まずい。

 クラムは拍手の中を、重そうに立ち上がった。

 大喜びするでもなく、照れるでもなく、ただ静かに前へ進んでいく。

 ドラコはその背中を、英雄の出陣を見るような顔で見つめていた。

 

「ドラコ、顔がすごいよ」

「黙ってくれ。今、僕は歴史を見ている」

 

 かなり大げさだと思った。

 でも、好きな本の初版本を見たらわたしも似たような顔をするかもしれないので、何も言えなかった。

 クラムが控室へ案内されると、大広間はまだざわざわしていた。

 炎のゴブレットが、再び赤く燃え上がる。

 二枚目の羊皮紙が飛び出した。

 今度は、ボーバトンの番だ。

 ダンブルドア校長が羊皮紙を開く。

 

「ボーバトン代表──トム・ジェドゥソール」

 

 トム・ジェドゥソール。

 トムの偽名だ。

 ボーバトンの席から、トムが優雅に立ち上がった。

 淡い青のローブを着て、いかにも最初からボーバトンの生徒でした、という顔をしている。

 拍手が起こった。

 ボーバトンの生徒たちは、当然のように彼を見送っている。

 ホグワーツの女子生徒たちは、美少年の登場に少しざわついている。

 わたしだけが、内心で叫んでいた。

 やっぱり、選ばれるために来たのか。

 そうとしか思えない。

 しれっとボーバトンに混ざっていた時点でおかしかった。

 トムは何食わぬ顔で拍手を受けながら、クラムの後を追って控室へ入っていった。

 ダンブルドア先生がその様子を眉をひそめて見ていた。

 大広間の興奮は、さらに高まっていた。

 ダームストラングはビクトール・クラム。

 ボーバトンはトム・ジェドゥソール。

 残るは、ホグワーツ代表。

 ホグワーツの生徒たちは、さっきまでよりさらに前のめりになっていた。

 グリフィンドールの上級生たちは、そわそわしている。

 ハッフルパフの席では、セドリック・ディゴリーの周りに視線が集まっていた。

 パドマはレイブンクローの席で、歴史的瞬間を記録しようと羽ペンを握りしめている。

 アーニーはセドリックに何やら声をかけていた。

 セドリック本人は、困ったように笑っていた。

 

 炎のゴブレットが、三度目に赤く燃えた。

 羊皮紙が飛び出す。

 ダンブルドア校長がそれを受け取った。

 大広間全体が、息を止める。

 わたしも、思わず背筋を伸ばした。

 ダンブルドア校長の声が響いた。

 

「ホグワーツ代表──フェルディナンド・ブラック」

 

 フェルディナンド・ブラック。

 

 スリザリンの席が、次の瞬間、大歓声に包まれた。

 

「我らが魔王だ!」

「スリザリンだ!」

「ホグワーツ代表がスリザリンから出たぞ!」

 

 ドラコは完全に大喜びだった。

 

「見ただろう、ローゼマイン! スリザリンから代表だ!」

「見たけど……」

「当然だ! フェルディナンド先輩なら不足はない!」

「それはそうだけど」

 

 わたしは、立ち上がるフェルディナンドを見た。

 長い髪をゆるく三つ編みにまとめている。いつも通り整った姿勢で席を離れた。

 周囲がどれほど沸いていても、彼の顔はほとんど変わらなかった。

 嬉しそうではない。

 誇らしげでもない。

 むしろ、口を固く閉ざしていた。

 まるで、最初からこうなることを知っていたけれど、望んでいたわけではない、みたいな顔だった。

 フェルディナンドは、こういった競技で立候補するタイプではないと思っていたので意外だった。

 危険な競技に進んで出るような人ではない。

 少なくとも、栄誉や拍手のために動く人ではない。

 

「フェルディナンド先輩、名前を入れたのかな」

 

 わたしがつぶやくと、ドラコは興奮したまま言った。

 

「入れたから選ばれたんだろう」

「でも、嬉しそうじゃない」

「緊張しているだけだ。代表選手なんだぞ」

「そうかな」

 

 わたしは納得できなかった。

 セオドールも、少し目を細めていた。

 

「あの人が、自分から目立つ場所に出るとは思えないな」

「だよね」

「ただ、必要なら出るだろう」

 

 必要なら。

 その言葉が、妙に引っかかった。

 フェルディナンド先輩は、スリザリン席の歓声を背中に受けながら控室へ向かった。

 その横顔は、やっぱり固い。

 大広間の興奮は最高潮だった。

 

 三校の代表が決まった。

 ダームストラング代表、ビクトール・クラム。

 ボーバトン代表、トム・ジェドゥソール。

 ホグワーツ代表、フェルディナンド・ブラック。

 

 世界一のシーカー。

 正体不明の美少年。

 クィディッチの魔王。

 

 十分すぎるくらい、波乱の人選だった。

 クィディッチ人材に偏りがある気もするが、気のせいだろう。

 

 マクゴナガル先生が代表選手たちを控室へ案内し、ダンブルドア先生が微笑んだ。

 

「代表選手が選ばれた。選ばれなかった生徒も代表選手の選手を心の底から応援し──」

 

 そのときだった。

 炎のゴブレットが、また燃えた。

 青い炎が、赤く変わる。

 誰も拍手しなかった。

 誰も歓声を上げなかった。

 

 だって、もう終わったはずだった。

 三校の代表は決まった。

 これ以上、名前が出るはずがない。

 それなのに、杯の中から、四枚目の羊皮紙が弾き出された。

 ダンブルドア校長がそれを受け取る。

 その顔から、さっきまでの穏やかさが消えていた。

 大広間の誰もが、校長先生を見つめている。

 ダンブルドア校長は、羊皮紙を見た。

 ほんの少しだけ沈黙した。

 そして、低く、はっきりとした声で名前を呼んだ。

 

「ハリー・ポッター」

 

 音が消えた。

 本当に、一瞬、何も聞こえなくなった。

 それから、ざわめきが広がった。

 最初は小さく。

 次に大きく。

 やがて、大広間全体が揺れるような騒ぎになった。

 

「ハリー・ポッター?」

「なんで?」

「四人目?」

「十七歳未満だろ?」

「誰が入れたんだ?」

「またポッターか?」

 

 グリフィンドールの席で、ハリーが固まっていた。

 本人が一番、意味が分かっていない顔をしている。

 ロンが何か言っていた。

 ハーマイオニーは真っ青になっていた。

 ドラコも、さっきまでの喜びが消えていた。

 

「そんなばかな」

 

 彼は呆然とつぶやいた。

 珍しく、声に棘がなかった。

 ただ本当に、信じられないという声だった。

 

「ハリーが? 代表? ありえない」

「お兄さま、そういう言い方は……」

「フェルディナンド先輩と戦ったら瞬殺だ」

 

 それはそう。

 わたしもそう思った。

 競技の内容は分からない。

 でも、フェルディナンドとハリーが同じ土俵に立つと言われたら、正直、勝負になる気がしない。

 

 年齢制限がある競技に、年下のハリーが選ばれるのはおかしい。

 おかしいというより、危ない。

 ハリーはゆっくり立ち上がった。

 大広間中の視線が、彼に突き刺さっている。

 さっきまでクラムやフェルディナンドに向けられていた憧れの視線とは違う。

 疑い。

 驚き。

 好奇心。

 嫉妬。

 困惑。

 そういうものが混ざった視線だった。

 ハリーは何か言いたそうにしていたけれど、言葉にならないみたいだった。

 マクゴナガル先生が厳しい顔で彼を促す。

 ハリーは、皆に見られながら、控室へ向かって歩いていった。

 その背中が、いつもより小さく見えた。

 扉が閉まる。

 それでも、大広間のざわめきは収まらなかった。

 

 わたしは言った。

 

「これは、おかしい」

 

 ドラコはまだ控室の扉を見ていた。

 

「あいつが自分で入れたとは思えない」

 

 意外なことを言った。

 わたしはドラコを見る。 

 

「そう思うの?」

「死ぬほど危険な競技に自分から入るほど馬鹿ではない。たぶん」

「たぶん」

「たぶんだ」

 

 その評価は少し辛口だったけれど、納得はできた。

 ハリーは無茶をする。

 でも、こういう種類の無茶ではない気がする。

 そのとき、レイブンクローの席から誰かが立ち上がった。

 パドマだった。

 彼女は羊皮紙と羽ペンを抱えたまま、まっすぐスリザリンの席へやって来た。

 周囲のスリザリン生が少し驚いた顔をする。

 でも、パドマは気にしなかった。

 完全に取材中の顔だった。

 

「マイン」

「パドマ?」

「これは絶対に、次の魔法書研究会の議題にすべきよ!」

 

 目が本気だった。

 

「四人目の代表選手。年齢線の突破。契約魔法の強制力。誰が、何の目的で、ハリー・ポッターを参加させたのか」

 

 パドマは一息で言った。

 

「全部、調べる必要があるわ」

 

 わたしは控室の扉を見た。

 

 三人で終わるはずだった代表選手が、四人になった。

 四人目は選ばれるはずではなかったハリー・ポッター。

 これはもう、ただの学校行事ではない。

 たぶん、事件だ。

 

「うん」

 

 わたしはうなずいた。

 

「次の魔法書研究会の議題にしよう」

 

 パドマは力強くうなずいた。

 ドラコが苦い顔をする。

 

「君たちは、なぜ何でも研究会の議題にするんだ」

「だって、調べないと分からないから」

「調べた結果、もっと面倒なものを掘り当てるだろう」

「それは……」

 

 わたしは否定しようとして少し考えた。

 

「よくあるけど」

「認めるな」

 

 大広間のざわめきは、まだ続いていた。

 炎のゴブレットの火は、何事もなかったみたいに青く揺れている。

 でも、わたしにはもう、その火がただの炎には見えなかった。

 






炎のゴブレットよりお詫び

セドリック・ディゴリー様、フラー・デラクール様。
本来なら極めて有力な代表候補であったにもかかわらず、今回は原作改変による影響で選出を見送る形となりました。

深くお詫び申し上げます。

炎のゴブレット
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