本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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7話 ホグワーツ特急

 キングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームは人で溢れていた。大きなトランク、ふくろうの籠、泣きながら手を振る親、走り回る子供たち。

 わたしはその光景を、父の隣で見ていた。

 周囲の人間が全員大きい。視界の大半が他人のローブの裾で構成されている。

 

 まさか壁を通り抜けてホームに行くとは思わなかったので、通る時は変な気持ちになった。たまに魔法界に驚かされる。

 

 ホームは少しざわついていた。端の方で上級生らしい男子たちが集まっている。

 人だかりの中心には一際目立つ少年だった。長い銀髪をゆるく三つ編みにし、黒いローブをきっちりと着こなしている。整った顔立ちに愛想は一切なく、立っているだけで周囲の空気が張るような人物だった。

 その少年にがっしりした体格の男子学生が必死にお願いをしている。

 

「だから、今年は出ろって言ってんだよ、フェルディナンド」

「断る」

「一試合だけでいい」

「断る」

「せめて練習試合」

「断る」

「お前、去年“右の守りが甘い”って一目で言い当てただろうが」

「事実を述べただけだ」

「その事実が本番の試合で欲しいんだよ! な、頼むよ!」

 

 男子学生はまるで脅迫するみたいに食い下がっているのに、フェルディナンドと呼ばれた少年は冷静に断っている。どちらも年齢は変わらなそうなのに、遥かに大人びているように見えた。

 

「私は研究で忙しい」

「お前いつもそれ言うな!」

「忙しいからだ」

 フェルディナンドの視線が一瞬、こちらを向く。

 わたしは反射的に息を止めた。

 

 その目は冷たい。だがそれ以上に鋭かった。

 誰が誰で、何がどの程度使えるか、一目で値踏みしてしまいそうな目だった。

 フェルディナンドはドラコを認め、次にその隣のわたしへ視線を移し、ほんのわずかに目を細めた。まとわりつく男子学生を手で追い払い、わたしたちに向かって近づいてきた。

 

「お久しぶりです、ルシウスさん、ナルシッサさん。それからドラコも」

 

「フェルディナンド、立派になったものだ。わたしの娘に会うのは初めてだったね。紹介しよう。ローゼマインだ」

 

父が流れるようにわたしを紹介する。こういう時の父は本当に無駄がない。対人会話を台本付きで生きているのかもしれない。

 

「はじめまして。ローゼマイン・マルフォイと申します」

「フェルディナンド・ブラックだ。ドラコが所属するスリザリン寮の監督生をしている」

 

ドラコの先輩か。なるほど。圧が強い。

 

「私としては娘もスリザリンだと信じているんだがね。どうにも本が好き過ぎるから、鷲についていかないか心配しているところだ」

「優秀な娘さんをお持ちのようですね。スリザリンに入るのを楽しみにしています」

 

 営業トークみたいなことを言い残して、フェルディナンドはそのまま汽車に乗り込んでいった。

 去り際まで隙がなかった。

 

「今のは私のいとこなの。優秀だから、何かあったときに頼りにしなさい」

 

 母の発言にわたしは素直に驚いた。

 

 いとこ? 

 年が結構離れてない? 魔法界なら普通なのかな?

 

「マイン」

 

 父がわたしの前でしゃがんだ。

 

「体調が悪くなったらすぐドラコに言いなさい」

「はい」

「薬を飲み忘れるな」

「はい」

「本に夢中になって——」

「忘れないように努力する」

「努力ではなく確約しろ」

「善処する」

「マイン」

「……はい。忘れません」

 

 父は満足していない顔だったが、これ以上追及すると列車が出るので諦めたらしい。

 

「それから——日々を大切にしなさい」

 

 三日前の書斎での話が頭をよぎった。

 でも今は泣く場面ではない。泣いている暇に一ページ読める。

 

「大切にします。一日三冊ペース目標で」

「そういう意味ではないが……もういい」

 

 父が立ち上がりかけた、その時だった。近くにいた人がわたしにぶつかり、その拍子にわたしの身体がぐらりと傾く。

 

「マイン、危ない!」

 

 父はわたしを掴むのには成功したが、ローブの右ポケットから、トムの日記帳が転がり落ちた。

 

 しまった。

 

 慌てて拾い上げた瞬間、父の顔から一切の表情が消えた。

 さっきまでの父親の顔ではない。温度が三度ほど下がった気がした。

 

「マイン。それは何だ」

 

 声色が変わっていた。聞いたこともないような声だ。

 

「ん? 何って、日記帳だよ」

「……どこで手に入れた」

「お父さまの書斎、だけど」

 

 父の目が、ほんの一瞬だけ見開かれた。

 

 あれ、これ勝手に取っちゃいけないタイプの本だった?

 

「マイン、それを——」

「あ、お母さま! 新しい髪飾りありがとう! リボンがとってもかわいい!」

 

 母の方に体を向けて、父の台詞を華麗に切断する。

 

「マイン」

 

 父の声が低くなった。

 

「お母さま、ドビーに手紙預けてきたから、帰ったら読んでね」

「はいはい」

 

 母は微笑んでいた。この人はいつも穏やかだ。嵐の中でも微笑んでいられる人だ。マルフォイ家の本当の最強戦力は母かもしれない。

 

「マイン。聞いているのか」

「何? ホーム、すごくうるさいね」 

 

 聞こえている。完璧に聞こえている。父はすぐそこにいる。聞こえないわけがない。

 でもこの日記帳を渡すわけにはいかない。トムはわたしの大事な本好きの仲間だ。本の感想にいつも返事をしてくれる友達だ。たとえ父であっても、本好きの友達を取り上げようとする人間には断固として抵抗する。

 

「マイン! その日記帳を返し——」

「お兄様、トランク持って! そろそろ乗らないと!」

 

 ドラコの腕を引いて列車に乗り込む。ドラコがトランクを引きずりながらついてくる。

 

「マイン、今の聞こえてただろう」

「何が?」

「父上が日記帳のことを——」

「ホーム、ほんっっとにうるさいよね」

「お前な……」 

 

 背後から父の声が追いかけてくる。

 

「マイン! 待ちなさい! その日記帳は——」

 

 わたしは満面の笑みで振り返った。

 

「お父様! 行ってきます!」

 

 

 列車が汽笛を鳴らした。蒸気がしゅうっと吐き出されて、車体がゆっくり動き始めた。

 その瞬間、父の自制心が限界を迎えた。

 

「マイン!!」

 

 父が出発する列車に向かって叫んでいる。周囲の家族が一斉に振り向いた。

 

「その日記帳は——!!」

 

 わたしは窓から顔を出した。

 

「お父さま——!」

 

 父の目に一瞬の希望が灯った。

 

「——またクリスマス休暇にね!!」

 

 希望が消えた。

 父が走り始めた。列車と並走している。完璧に手入れされた金髪が風になびき、高級なローブの裾がはためき、革靴がホームの石畳を蹴っていた。威厳の欠片もない。ホグワーツ特急の出発を見送る父親の群れの中で、一人だけ全力疾走している父親。周囲の父親たちが道を開けていた。怖かったのだと思う。

 

「マイン!! 日記を返しなさい!」

 

 父の声が途切れた。列車が加速して、ホームの端に立ち尽くす父の姿がみるみる小さくなっていく。

 最後に見えたのは、ホームの端で膝に手をついて肩で息をしている父と、その横でハンカチを差し出している母だった。母は笑っていた。いや泣いていたのかもしれない。遠すぎてわからなかった。

 窓を閉めた。

 

「……マイン」

 

 ドラコが通路に立っていた。トランクを足元に置いて、非常に、非常に、複雑な顔をしていた。

 

「その日記帳、父上に返した方がいいんじゃないか」

「本好きの友達をわたしから奪ったら後が怖いと思うよ、お兄さま?」

「それはそうだけど……まあ、ただの日記帳だよな」

 

 ドラコのコンパートメントに入った。クラッブとゴイルがすでにいた。大きい。二人合わせてわたしの六倍くらいの体積がある。

 

「ドラコ、この子は?」

「妹だ。ローゼマイン。マインと呼べ」

 

 二人がわたしを見下ろした。

 

「……小さいな」

 

 座席に座る。足がつかない。

 ドラコがわたしのトランクを棚に押し上げた。腕が震えている。

 

「僕のより確実に重い」

「本がたくさん入ってるからね!」

「やっぱり」

 

 汽車で読むように避けた本を取り出そうとしたら、廊下から声がした。

 

「あら、ドラコ、久しぶり」

 

 黒髪の女の子が通りがかりに声をかけてきた。整った顔立ちで、深窓の令嬢のような佇まい。ローブを見なくてもスリザリン生だと分かるような上品さがあった。

 

「ダフネか」

 

 ダフネ・グリーングラス。ドラコと同学年のスリザリン生。名前だけはドラコの話で聞いたことがある。

 

「元気そうね。あら——」

 

 ダフネの目がわたしに止まった。

 

「この子は?」

「妹だ。ローゼマイン。今年入学する」

 

 ダフネがわたしを上から下まで見た。マルフォイ家の令嬢としての威厳は皆無。ダフネの表情に一瞬「この小さい子が?」という戸惑いがよぎった。気持ちはわかる。

 

「ローゼマイン・マルフォイです。マインって呼んでください」

「ダフネ・グリーングラスよ。ちょうどいいわ、ドラコ」

 

 ダフネがぱっと顔を明るくした。

 

「うちの妹も今年入学するのよ——アストリア!」

 

 ダフネはコンパートメントにいる妹に声をかけた。返事がない。

 

「アストリア!」

 

 返事がない。

 

「……ちょっと待ってて」

 

 ダフネがコンパートメントに消えた。数秒後、女の子の腕を引っ張って戻ってきた。

 

「もう、呼んでるのに」

「ちょっと待って、お姉様。あと二ページ」

 

 引きずられてきた女の子——アストリア・グリーングラスは、片手でダフネに腕を掴まれ、もう片手で本を持っていた。視線は完全に本のページに向いている。姉に引きずられながらページをめくっている。器用だ。いや、同族だ。

 わたしの目が、瞬時にその本の表紙に吸い寄せられた。

 

 『ホグワーツ:知られざる建築魔法の歴史』

 

 知らない本だった。

 わたしが読んだことのない本だった。

 ホグワーツ関連で。しかも歴史。しかも建築魔法。面白くないわけがない。

 これは読めという天啓では?

 心臓が跳ねた。指先がじんじんした。まずい。深呼吸。

 深呼吸が間に合わなかった。

 

「その本!!」

 

 声が裏返った。コンパートメント中の全員がびくっとした。クラッブがカエルチョコレートを落とした。ゴイルが咳き込んだ。ドラコが反射的に杖に手をかけた。戦場の反応だ。

 アストリアはのんびりと顔を上げた。黒髪を丁寧にまとめた、品のある顔立ち。涼しげな目元。わたしと同い年のはずだけれど、落ち着いて見える。

 

「……はい?」

「その本どこで買ったの!?」

「フローリシュ・アンド・ブロッツの古書コーナーの——」

「読んだ? 面白い? 何章まで? 城の構造魔法の記述は? 創設者ごとの建築担当は? レイブンクローの図書室設計の話はある?」

「マイン」

 

 ドラコの声が低かった。

 

「グリーングラスが怯えてる」

「怯えてないよ。ね?」

 

 アストリアを見た。少し目が丸くなっていたけれど——怯えてはいなかった。むしろ、自分の本にこれほど食いつかれたことへの驚きと、隠しきれない嬉しさが混ざった顔をしていた。

 

「あの……全部答えていいですか?」

「いいの!?」

「古書コーナーの奥から二番目の棚で発見しました。今第五章です。城の構造魔法は第三章からがとても詳しくて、創設者ごとの建築担当は第四章。レイブンクローの図書室設計は第四章の後半に六ページあります」

「六ページ!!」

 

 声が裏返った。ドラコが額を押さえる。クラッブが二個目のカエルチョコレートを落とした。

 

「あの、読みますか? 一緒に」

 

 天使だ。

 アストリアは天使だ。

 出会って二分で本を一緒に読ませてくれる人間を天使と呼ばずして何と呼ぶのか。

 

「いいの!?」

「ええ。一人で読むより話しながらの方が楽しいかもしれません」

 

 ダフネがドラコに向かって、少し呆れたような笑みを浮かべた。

 

「うちのアストリア、歴史オタクなのよ。普段は一人で本ばっかり読んでて。同い年で話が合う子がいないって心配してたんだけど——」

 

 ダフネがわたしとアストリアを見た。すでに二人で本を開いて第四章を覗き込んでいる。出会って二分で並んで読書。進展が早い。

 

「……杞憂だったみたいね」

「お互いな」

 

 ドラコとダフネが同時にため息をついた。妹を持つ苦労は共感を生むらしい。

 わたしとアストリアは、そんな会話をよそに第四章を読み進めていた。

 

「レイブンクローが図書室の設計を担当したんだ……」

「ええ。天井の高さも棚の配置も、全部合理的な意味があるらしいです」

「この蔵書保護の呪文、千年経っても機能してるって書いてある」

「すごいですよね。後世の改修がほとんど不要だったらしくて」

「つまりわたしが使う図書室は千年前の設計そのまま?」

「そういうことになります」

「最高だね」

「最高ですね」

 

 二人で頷いた。同時に。息がぴったりだ。出会って十分で呼吸が合っている。

 

「アストリア、好きな時代は?」

「中世が一番好きです。でも、ホグワーツ創設期もワクワクしました」

「創設期! わたしも! 『ホグワーツの歴史』は読んだ?」

「もちろん読みました」

「名著だよね! 特に第三節の——」

「マイン」

 

 ドラコの声。

 

「なに?」

「ダフネが待ちぼうけだ」

「あ」

 

 ダフネがコンパートメントの入り口に立っていた。

 

「ダフネさん、アストリアを紹介してくれてありがとうございます」

 

 わたしはダフネにお礼を言う。

 

「こちらこそ。アストリアと仲良くしてくれると嬉しいわ」

「ローゼマインさん、また後で話しましょう」

「マインでいいよ。うん、またね!」

 

 ダフネとアストリアが元いたコンパートメントに戻る。ふとコンパートメント内を見ると、クラッブとゴイルは無心でお菓子を頬張り、口の周りをチョコで汚していた。うん、やっぱりこの二人とは仲良くなれる気がしない。

 

 その時、コンパートメントの扉が勢いよく開いた。

 

「ねえ、ハリーとロンを見なかった!?」

 

 栗色の髪。大きな茶色の目。息を切らしている。

 ハーマイオニー・グレンジャーが立っていた。

 そして——固まった。

 コンパートメントの中を見渡した。ドラコ・マルフォイ。クラッブ。ゴイル。

 ハーマイオニーの顔に、後悔が浮かんだ。

 

「……あ」

 

 ハーマイオニーの口から、小さな音が漏れた。

 

「しまった」という顔。「ここじゃなかった」という顔。「なんで誰がいるか確かめなかったの自分」という顔。三つの後悔が表情に全て出ていた。

 ドラコがふんと鼻で笑う。猫の前に転がり出たネズミを見る目だ。

 

「グレンジャー。マグルの世界ではノックもしないのか」

「そんなわけじゃ——」 

 

 言いかけて、もう一度コンパートメント内を見た。ドラコの冷笑。クラッブとゴイルの巨体。実際はカエルチョコレートを食べているだけだが、体積が大きすぎて壁に見える。

 ハーマイオニーの足が半歩退いた。

 

「ハーマイオニー先輩!」

 

 わたしが本から顔を上げて声をかける。

 

「あら、ローゼマインだったわよね」

 

 スリザリンの巣窟に、本好きの後輩がいた。予想外の救いだ。ハーマイオニーの表情に安堵がよぎった。知った顔がいるだけで人間はこんなにほっとするものらしい。

 

「ハリーとロンが列車に乗ってないかもしれないの。見なかった?」

「ハリーとロン、って誰?」

 

 わたしが首を傾げると、ハーマイオニーはそこからかと少しがっかりしたような顔だ。

 ドラコがため息を吐いた。

 

「見てない」

「そう……」

 

 ハーマイオニーの顔は本気で心配していた。もうスリザリンのコンパートメントに突入した後悔はどこかに消えている。友人の安否の方が大事なのだ。そういうところがこの人の良いところだと思う。

 

「わたしも探すの手伝——」

「座ってろ」

 

 わたしが立ち上がりかける前にドラコが言った。

 

「薬はいつ飲んだ」

「七時」

「四時間以上経ってる。追加を飲め」

「はい……」

 

 トランクから薬瓶を出して飲んだ。苦くて思わず舌を出す。

 ハーマイオニーがわたしとドラコのやり取りを見ていた。表情が複雑だ。

 

「……マルフォイ。あなた、妹さんの薬の時間まで把握してるの」

「当然だ」

「あなた意外と——」

 

 ハーマイオニーの口が何か言いかけて閉じた。「あなた意外と」の「意外と」の先が出てこなかったのだろう。ドラコに良い印象を持つことへの抵抗が邪魔をしている。

 二人は何故そんなに仲が悪いんだろう。

 

「大丈夫よ。わたしが探してくるから」

 

 ハーマイオニーがドラコに向き直った。

 

「マルフォイ。妹のこと、ちゃんと見ててよ」

「言われなくても見てる」

「本当に?」

「僕に妹の心配をされる覚えはないが」

 

 二人の間に火花が散りそうだった。わたしが間に入った。

 

「二人とも仲良くして」

 

「無理」と二人が同時に言った。

 

「息ぴったりだね」

「ぴったりじゃない」とまた同時に。

 

 ハーマイオニーが踵を返して出て行った。扉を閉める直前に振り返って、わたしに「またね」と小さく言った。ドラコが鼻を鳴らした。

 わたしは窓の外を眺めた。田園地帯がどこまでも続いている。緑の丘と羊の群れ。ホグワーツはまだ先のようだ。

 隣でドラコが腕を組んで座っていた。何か考えている顔だ。

 

「マイン」

「なに?」

「組み分けのことだが」

 

 来た。この話題が来ると思っていた。

 

「お前、どこに入ると思う」

 

 ドラコの声は何気なさを装っていたけれど、目は真剣だった。マルフォイ家は代々スリザリン。父もそうだった。母もそうだった。ドラコもそうだ。さっき会ったばかりの母のいとこのフェルディナンドもそうだ。今日ホームで父が「娘もスリザリンだと信じている」と言っていた。

 

「レイブンクローかな」

 

何と言っても知識を尊ぶ寮だ。寮にある本の冊数込みでだいぶ期待している。

 

「僕はやっぱり、マインはスリザリンだと思う」

「どうして?」

「最近のお前を見てたら確信した」

 

 ドラコが指を折り始めた。 

 

「まず、ロックハート。お前、にこにこしながらサインと一緒に禁書の棚の許可証にまでサインさせただろう。あの男は自分が何にサインしたかもよく理解してない。入学前の一年生が、教師の虚栄心を利用して禁書の棚のアクセス権を手に入れた。これはスリザリンの狡猾さだ」

「計画性って言って」

「同じだ。次に、父上。ホームで日記帳を返せと言われて、聞こえないふりで切り抜けた。しかも『元気でね』で追撃して、父上を衆人環視の中で無力化した。あのマルフォイ家当主のルシウス・マルフォイをだぞ。まっすぐ正面からぶつかるグリフィンドールには絶対にできない。レイブンクローの知恵でもない。あれは絶対、スリザリンの狡猾さだ」

「聞こえなかっただけだよ」

「嘘をつけ」

 

 わたしは口を開きかけて、閉じた。否定できなかった。

 

「それから交渉術。教科書以外三冊から始めて、六冊まで引き上げただろう。古書の可能性を持ち出して一冊追加させたあの話術。ハッフルパフの勤勉さでもレイブンクローの知性でもない。あれはスリザリンの——」

「お兄さま! 全部本のためにやっただけだよ」

 

全てをスリザリンの特性につなげるドラコにうんざりして声を荒げる。

 

「目的が本であることと手段がスリザリンであることは両立する」

 

 困った。ドラコの論理がやけに筋が通っている。

 

「あとは組分けのときに何を言われるかだな」

「何を言われる……? 組分けって面接なの?」

「いや、悪い。それは言えないんだ」

 

 組分けのやり方はホグワーツのどの本を読んでも書いてなかった。あえて隠されているみたいに。

 

「心配なんだよ。スリザリンに来れば僕が見ていられるのに」

 

 ああ。

 そういうことか。

 ドラコの「お前はスリザリンだと思う」は、「スリザリンに来てほしい」だったのだ。寮が分かれたら妹を見ていられない。薬の時間を確認できない。暴走した時にそばにいられない。だから「お前の才能はスリザリンにふさわしい」という形で、自分の心配を正当化しようとしている。

 不器用だ。

 マルフォイ家の男はどうしてこう、素直に言えば一秒で済むことを遠回りして三倍面倒くさくするのだろう。

 

「まあ——レイブンクローに入っても、飯はちゃんと食え」

「うん」

「倒れたら呼べ。寮が違っても行くから」

「スリザリンからレイブンクローまでたぶん遠いよ」

「知るか」

 

 ドラコは少しだけ笑った。笑ったのを見て、わたしも笑った。

 列車が駅に到着した。

 

「一年生はこっちだ!」

 

 大きな声が響いた。ここでドラコとはお別れらしい。

 

「お兄さま」

「何だ」

「行ってくるね」

「——行け。さっさと行け」

 

 ホームでアストリアと合流した。アストリアは例の建築魔法の本を大事そうに抱えている。

 

「マイン、ボート一緒に乗りましょう」

「うん」

 

 ボートが湖面をゆっくり進む。夜風が冷たい。

 城が近づいてくる。灯りが一つ一つ大きくなっていく。

 ホグワーツにやってきた。

 あの中に図書館がある。たぶんわたしを待っている。

 





本好きの下剋上からフェルディナンドを登場させました。ナルシッサのいとこということは、つまりそういうことです。
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