本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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64話 脱獄者と消えた薬草

 

 朝食の席で、羽ペン通信全国版が至るところで広げられていた。一面の見出しはあまりに衝撃的で目立っていた。

 紙面の半分くらいを占領している文字を見た瞬間、わたしはかぼちゃジュースを飲む手を止めた。

 

 

 *

 

 アズカバンで集団脱獄

 

 死喰い人ら逃走 ロックハート、セラディーナ・ロウル両受刑者も所在不明

 

 北海上の魔法刑務所アズカバンで、複数の収監者が一斉に姿を消す集団脱獄が発生した。魔法省は「重大な保安上の事案」と発表したが、逃走者の人数や氏名、詳しい経緯は明らかにしていない。

 

 本紙の取材では、逃走者には死喰い人のほか、元ホグワーツ教授のギルデロイ・ロックハート受刑者、フェルディナンド・ブラック氏の母であるセラディーナ・ロウル受刑者も含まれていることがわかった。

 

 ロックハート受刑者は記憶改ざんなどの問題で収監されていた人物。ロウル受刑者はブラック家の当主問題にも関わる人物で、第三の課題を控えるフェルディナンド氏への接触も警戒される。

 

 今回の脱獄は、トライウィザード・トーナメントにも影響を及ぼしかねない。ホグワーツには第三の課題のため、各校代表や魔法省関係者、観客が集まる予定だ。代表選手の家族関係者が逃走している可能性がある以上、警備強化は避けられない。ディメンターをホグワーツ周辺に再度設置する案が魔法省内で検討されている。

 

 魔法省は市民に冷静な対応を求めている。しかし、逃走者の氏名を伏せたままでは、市民は誰を警戒すればよいのか判断できない。

 

 恐怖を煽るべきではない。

 だが、事実を伏せることは安全対策ではない。

 

 羽ペン通信は、逃走者の確認と第三の課題への影響について、引き続き取材する。

 

 *

 

 食堂の空気は、いつもよりずっと重かった。グリフィンドールの席ではロンが新聞をのぞきこんで青い顔をしているし、ハーマイオニーは眉間に皺を寄せて記事を読んでいる。ハリーは新聞を見ているようで、どこか別のものを見ている顔をしていた。

 

 わたしも、同じだった。

 

 記事には、アズカバンの集団脱獄を受けて、ディメンターをホグワーツ周辺に再配置する案が魔法省内で検討されている、とあった。

 

 その一文を読んだ瞬間、胸の奥が冷たくなった。

 

 ディメンター。

 

 あの、近づくだけで幸福を吸い取っていくもの。

 

 学校の周りに置くものじゃない。絶対に違う。生徒を守るためという言葉で包んでも、あれは守りではなく、空気そのものを牢獄に変えるものだ。

 

 けれど、わたしが複雑な気持ちになった理由は、それだけではなかった。

 

 わたしは、知っている。

 

 例のあの人は、もう戻っている。

 

 まだ多くの人は知らない。魔法省も、新聞も、たぶん知らないふりをしている。けれど、わたしは知っている。トムが知っていて、父や母やドラコが緊張していて、屋敷の空気が変わったことも知っている。

 

 だから、アズカバンの脱獄を「ただの脱獄」として読めなかった。

 

 死喰い人が逃げた。

 ディメンターが動く。

 ホグワーツの周りが固められる。

 第三の課題が近づいている。

 

 ばらばらの出来事が、ばらばらに見えない。

 

 こういうとき、本なら一度閉じて栞を挟める。続きを読む心の準備ができるまで待てる。

 

 でも現実は、こちらの準備を待ってくれない。

 

「おい、ポッター」

 

 低い声がした。

 

 スリザリンの席の近くを通りかかったハリーが、ぎくりと足を止めた。声の主はスネイプ先生だった。

 

 黒いローブが朝からとても黒い。機嫌の悪さも、だいたい黒い。

 

「また私の薬品棚から材料を盗んで、ポリジュース薬でも作ろうとしているのではないだろうな」

 

 食堂の空気が一瞬で固まった。

 

 ロンがむせた。

 ハーマイオニーが顔を上げた。

 ハリーは目を見開いた。

 

「違います!」

 

 即答すぎて、逆に過去に何かあったことがよく分かる返事だった。

 

 スネイプ先生の目が細くなる。

 

「そうか。では、私の私物保管室に何者かが忍び込んだ件について、お前は何も知らないと」

 

「知りません」

 

「本当に?」

 

「本当にです」

 

「本当に知らないんです」

 

 ハリーは必死だった。

 

 わたしは少しだけ同情した。スネイプ先生に疑われると、無実でも無実に見えなくなる。先生の視線には、そういう効果がある。

 

「では、なぜお前はその件について妙に心当たりがある顔をしている」

 

 ハリーの顔がさらに強張った。

 

 心当たりはあるらしい。

 無実ではあるけれど、何も知らないわけではない顔だ。

 

 ハーマイオニーが立ち上がりかけたところで、スネイプ先生は冷たく言った。

 

「お前の友人に弁護を任せる必要はない。ポッター、後で来い」

 

「でも──」

 

「後で来い」

 

 それは命令だった。

 

 ハリーは黙るしかなかった。

 

 わたしはそのやり取りを見ながら、嫌な予感がした。

 

 ポリジュース薬。

 

 誰かに化ける薬。

 誰かの姿で、誰かの場所に入り込むための薬。

 

 材料が盗まれた。

 

 そして、ハリーは心当たりがある顔をしていた。

 

 こういう時は、だいたい本筋だ。

 

 朝食の後、魔法書研究会のメンバーが図書室に集まると、ハリーは忍びの地図を机の上に広げた。

 

 ホグワーツ中の部屋と廊下、人の名前が細かく浮かび上がっている。校内構造と人物移動が同時に分かる。これは魔法道具というより、歩く索引だ。

 

「それで」

 

 ハーマイオニーがすぐに本題に入る。

 

「ハリー、何を見たの?」

 

「バーティ・クラウチだ」

 

 ハリーは地図の一点を指さした。

 

「クラウチが、スネイプの私物保管室にいた」

 

 図書室が静かになった。

 

「クラウチが? 何のためにさ」

 

 ロンが顔をしかめた。

 

「でも、クラウチがスネイプのところに忍び込んでたんだ。少なくとも僕にはそう見えた」

 

「ポリジュース薬の材料が同じ時期に盗まれた。きな臭いわね」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「でも、どうしてクラウチが誰かに化ける必要があるの?」

 

 アーニーが羽ペンを握った。

 

「潜入捜査だ」

 

 全員がアーニーを見た。

 

 アーニーは真剣だった。

 

「魔法省の高官であるクラウチが、極秘任務として誰かに化け、ホグワーツ内部で死喰い人を探っている。アズカバンの脱獄と第三の課題が重なった今、潜入捜査が行われていてもおかしくない」

 

 パドマが言った。

 

「でも、普通の潜入捜査なら、スネイプ先生の保管室から材料を盗む必要はないわ。正式に手配すればいい」

 

「では、非公式捜査だ」

 

「それはもう、だいぶ怪しいわね」

 

 アーニーは少し詰まった。

 

「誰かがクラウチになりすまそうとしているのかもしれない」

「忘れたの? 地図の名前は誤魔化せないのよ」

 

 ハーマイオニーは考え込んだ。

 

「妙だわ。クラウチならポリジュース薬の材料なんてすぐ入手できそうなのに」

 

「ややこしい」

 

 ロンが言った。

 

「ポリジュース薬が絡むと、誰が誰か分からなくなるから疑心暗鬼になって嫌なんだよ」

 

 それは本当にそう。

 

 人が人に化ける薬は、物語としては面白いけれど、現実にあるとかなり迷惑だ。

 

 ドラコはその間、ほとんど喋らなかった。

 

 前よりもっと物憂げになっていた。

 

 顔色が悪いわけではない。けれど、ずっと何かを考えている。わたしが話しかけても、返事が少し遅い。新聞を読む時も、地図を見る時も、ハリーを見る時だけ、ほんの少し視線が外れる。

 

 意図的にハリーを避けている気がした。

 

 ハリーの方も、それに気づいているのかもしれない。何度かドラコを見たけれど、ドラコは目を合わせなかった。

 

 変だ。

 

 ハリーとドラコが仲良しというわけではない。けれど最近は、同じ問題に巻き込まれることが増えたせいでよく会話していた。第二の課題ではドラコはハリーに協力までしていたのだ。

 

 そのドラコが、避けている。

 

 きっと理由がある。

 

 屋敷にいる例のあの人と関係があるかもしれない。

 

 でも、わたしにはまだ聞けなかった。

 

「あのさ」

 

 そんな重い空気を、ロメルダ・ベインはいつも通り横から蹴飛ばした。

 

「フラ様とセド王子、最近距離近くない?」

 

 全員が一瞬止まった。

 

 議題の飛び方がすごい。

 ロメルダの頭の中には、独自の新聞整理棚があるらしい。

 

「セド王子って誰」

 

 ロンが聞いた。

 

「セドリック・ディゴリー先輩に決まってんじゃん。ハッフルパフの顔面優等生。セド王子」

 

「顔面優等生って何だ」

 

「顔が優等生」

 

「意味が分からないようで、分かるのが嫌だな」

 

 ロメルダは羽ペンをくるくる回した。

 

「で、フラ様がセド王子に話しかけてるの、絶対なんかあると思うんだよね」

 

「普通に話しているだけじゃないの?」

 

 ハーマイオニーが冷静に言った。

 

「それはないっしょ」

 

「なぜ」

 

「フラ様だよ? 歩くだけで周囲の男子がだいたい一回語彙を失うフラ様だよ? そのフラ様がセド王子に話しかけてる。これは事件」

 

「まだ事件ではないよ」

 

 ロメルダは気にせず続けた。

 

「あたしの仮説では、トム様を嫉妬させるため」

 

「トムを?」

 

 わたしは思わず顔を上げた。

 

「そ。トム様、最近ちょっと雰囲気やわくなったじゃん?」

 

 それは、わたしも少し感じていた。

 

 前のトムは、笑っていてもどこか社交的な笑みで一線を引いていた。最近は振る舞いが少し自然になった気がする。

 

「トム・ジェドゥソールが柔らかくなった、ねえ」

 

 ロンは疑わしげだった。

 

「僕には、前より何を考えてるか分かりにくくなっただけに見えるけど」

 

「トムはいいやつだよ」

 

 ハリーが小さく言った。

 

 ドラコが一瞬だけハリーを見て何かを言いかけて、すぐに逸らした。

 

 やっぱり変だ。

 

「フラ様はそこを揺さぶってるわけ」

 

 ロメルダは自信満々だった。

 

「セド王子と接近して、トム様がどう出るか見る。恋の三角関係ってやつ」

 

「恋に見えるかどうかは置いておいて」

 

 パドマが羽ペンを構えた。

 

「人間関係の変化が第三の課題に影響する可能性はあるわね」

 

「あるのね……」

 

 ハーマイオニーが少し疲れた声を出した。

 

「あるわ。実際、第二の課題は代表選手の大切な人が人質に選ばれたじゃない。代表選手は人間だもの。周囲の視線、噂、恋愛、家族、全部影響する」

 

 さすがパドマ。新聞と裁判が好きなだけあって、現実の面倒くささをよく分かっている。

 

「クラウチの件は保留箱行きね」

「久しぶりに入れるな」

「羽ペン通信とハリーの課題対策のが今年は多かったものね」

 

「残りの時間は試験対策にしましょう。まだ期末試験の勉強が全然進んでないのよね」

 

 ハーマイオニーはそう言ったものの、彼女の参考書には既に大量の書き込みがしてあった。

 わたしは魔法史の年号と名前に負けかけていた。ゴブリンの反乱が多すぎる。ゴブリンはもう少し反乱の間隔を空けてほしい。こちらの暗記都合も考えてほしい。

 

 わたしは今年取っている科目が多い。全部で十二科目だ。

 薬草学、魔法薬学、変身術、呪文学、魔法史、闇の魔術に対する防衛術、天文学。さらに選択科目まである。わたしは本が好きだ。勉強も嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 

 でも、好きな本を読むのと、試験範囲を全部頭に詰め込むのは違う。

 

 楽しい読書はご飯。

 試験勉強は、瓶詰めの材料を口に突っ込まれる感じ。

 

 爆発寸前だった。

 

 実際、魔力もたまに爆発しかけた。

 

 スネイプ先生に「試験前に自爆するつもりか」と言われたので、たぶん顔にも出ていた。

 

 そんな中、フェルディナンド先輩は相変わらずだった。彼もわたしと同じで十二科目を取っているはずだ。

 フェルディナンド先輩は羊皮紙を広げていた。

 

 最初は試験勉強をしているのかと思った。

 違った。代表選手は期末試験は免除されている。ハリーも第三の課題に向けて対策を調べていた。

 だが、フェルディナンド先輩はどうやら卒業研究を進めているようだった。

 

 第三の課題前で、母親がアズカバンから逃げたかもしれないのに、それでも卒業研究。

 

 この人は余裕そうだ。

 

 いや、本当は余裕なんてないのかもしれない。けれど、少なくとも余裕があるように見せるのがうますぎる。

 

「先輩」

 

 わたしは魔法史の本に顔を半分埋めながら言った。

 

「人間って、そんなに同時にいろいろできますか」

 

 フェルディナンド先輩は顔を上げた。

 

「できることを増やすのではなく、やらないことを切る」

 

「切った結果、卒業研究が残るんですか」

 

「残る」

 

「第三の課題は?」

 

「必要最低限で足りる」

 

 発想が強い。

 

 わたしは必要最低限で足りる自信がない。だって、必要最低限がどこか分からないから全部読んでしまう。

 

「君は全部読もうとするから詰まる」

 

 先輩が言った。

 

「なぜ分かるんですか」

 

「見れば分かる」

 

「全部大事かもしれないじゃないですか」

 

「全部大事なものは、試験には向かない」

 

 それはそう。

 

 でも本好きにとっては難しい。

 

 全部大事に見えるのだ。

 

 フェルディナンド先輩は机の上に、古い資料を置いた。

 

 炎のゴブレットに関する資料だった。

 

 古いトーナメント規約。三校間契約の写し。魔法契約に関する注釈書。過去の事故記録。どれも図書室の奥から引っ張り出してきたような本ばかりで、紙の端が少し茶色くなっている。

 

 わたしは一瞬、試験勉強のことを忘れた。

 

 古い規約。

 契約。

 注釈書。

 

 大好きな匂いがする。

 

「炎のゴブレットについて、重要なことに気づいた」

 

 フェルディナンド先輩が言った。

 

 図書室の空気が変わった。

 

 ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、パドマも、アーニーも、アストリアも、ルーナも、ロメルダも顔を上げた。

 

「炎のゴブレットそのものですか?」

 

 ハーマイオニーが聞いた。

 

「正確には、炎のゴブレットを介して成立する契約だ」

 

 先輩は羊皮紙を広げた。

 

「一般には、代表選手はトライウィザード・トーナメントが終わるまで課題に参加する義務を負う、と理解されている」

 

「違うんですか?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「それは一部だ」

 

 フェルディナンド先輩は淡々と答えた。

 

「問題は、契約期間だ」

 

「契約期間?」

 

 わたしは思わず身を乗り出した。

 

「トーナメントの間だけじゃないんですか」

 

「そこが穴だ」

 

 先輩は指先で古い規約の一文を示した。

 

「代表選手個人に課される競技参加義務は、原則としてトーナメント終了までだ。だが、炎のゴブレットが発動する契約は、それだけではない。三校間の不戦、代表選手の保護、課題に起因する損害処理、そして違反時の拘束条項が含まれる」

 

「拘束条項?」

 

 ロンが嫌そうな顔をした。

 

「代表選手が、他校の代表選手を故意に殺害、または死亡に至らしめた場合」

 

 先輩の声が少し低くなった。

 

「当事者個人だけでなく、所属校間に追加契約が発生する」

 

 閲覧室が静まり返った。

 

「追加契約って何?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「再発防止と報復抑止のための契約だ。古い時代、トライウィザード・トーナメントは学校間の代理戦争になりかけたことがある。代表選手の死亡をきっかけに、家同士、学校同士の対立へ発展するのを防ぐための条文がある」

 

「それが、トーナメントの後も続くんですか?」

 

 パドマが言った。

 

「そうだ」

 

 フェルディナンド先輩は頷いた。

 

「資料によれば、違反時に発動する拘束期間は最長百年」

 

「百年!?」

 

 ロンが声を上げた。

 

 ハーマイオニーに睨まれて、少し声を落とす。

 

「百年って、長すぎないか?」

 

「古い魔法契約では珍しくない」

 

 ドラコが低く言った。

 

 今日も顔色は物憂げだった。けれど、この話には反応している。

 

「家門契約や学校間契約なら、当事者の寿命を超えることもある」

 

「つまり」

 

 ハーマイオニーがゆっくり言った。

 

「第三の課題で代表選手同士が殺し合うような状況になれば、その場だけの事件では終わらない。学校間の契約問題になる」

 

「そうだ」

 

 フェルディナンド先輩は言った。

 

「そして、さらに厄介なのは、故意かどうかの判断だ」

 

「どういうことですか?」

 

「課題中に幻覚、変身、錯乱、偽装が使われた場合、代表選手本人の意思による殺害と見なされるのか。あるいは課題の仕掛け、第三者の介入と見なされるのか。条文が古すぎて曖昧だ」

 

 わたしは背筋が冷たくなった。

 

 クラウチ。

 ポリジュース薬。

 誰かに化ける必要。

 潜入。

 第三の課題。

 代表選手。

 故意かどうか。

 

 点と点がつながっていく。

 

 つながってほしくない方向に。

 

「誰かが代表選手に化けたら?」

 

 わたしは言った。

 

「誰かが、代表選手の姿で何かしたら?」

 

 フェルディナンド先輩は、わたしを見た。

 

「それも問題になる」

 

「じゃあ、ポリジュース薬の材料が盗まれたのって」

 

 ハリーが低く言った。

 

「第三の課題で、誰かに化けるためかもしれない?」

 

「可能性はある」

 

 フェルディナンド先輩は否定しなかった。

 

「あるいは、代表選手の誰かを別人に見せるため。誰かを代表選手に見せるため。証言や地図を混乱させるため。用途はいくつもある」

 

 アーニーが震える手で羽ペンを握った。

 

「つまり、僕の潜入捜査説が──」

 

「当たっているとは言っていない」

 

 ドラコが即座に刺した。

 

「だが、潜入の可能性はある」

 

 パドマが言った。

 

「そして、第三の課題で代表選手同士の衝突が起きるよう仕向けられた場合、ただの競技事故では済まなくなる」

 

 ハーマイオニーの顔色が悪くなった。

 

「そんな契約の穴、運営側は把握しているの?」

 

「把握している者もいるだろう」

 

 フェルディナンド先輩は言った。

 

「だが、全員ではない。古い契約は、儀式として継承されるうちに、意味が忘れられる」

 

 意味が忘れられた契約。

 

 それは、読まれなくなった本に似ている。

 

 でも、本なら埃を払って読み直せばいい。

 契約は違う。

 

 読まれなくても、燃え尽きない。

 

 炎のゴブレットの炎は、一度代表を選んだら終わりではない。

 その奥で、古い言葉がまだ生きている。

 

 わたしは机の上の規約を見つめた。

 

 契約期間は、トーナメントの間だけではない。

 

 その事実が、重たく沈んでいた。

 

 ハリーが小さく言った。

 

「もし、誰かがそれを利用しようとしてるなら」

 

 フェルディナンド先輩は答えた。

 

「第三の課題は、優勝杯を取る競技ではなくなる」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ホグワーツではディメンターがまたホグワーツの周りに来るかもしれないと騒がれている。

 トライウィザード・トーナメントでは第三の課題を誰かが利用しようとしている。

 

 試験勉強どころではない。

 

 でも、試験勉強もしなければならない。

 

 わたしは頭を抱えた。

 

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