本編に入れそこねた魔法省研究会がリータ・スキーターに対抗する回です。羽ペン通信の記事が多めです。
リータ・スキーターの記事を読んだとき、最初に怒ったのはハーマイオニーだった。
次にパドマが黙った。
その次にドラコが舌打ちをした。
そして、最後にトムが笑った。
それが、一番怖かった。
朝食の大広間には、日刊予言者新聞が広がっていた。
いつもなら、ふくろう便で届いた新聞は、朝食の席で適当に回し読みされる。クィディッチの記事に文句を言う人もいれば、魔法省の発表を見てため息をつく人もいる。誰かがリータ・スキーターの記事を読んで笑い、誰かが「またか」と言う。
でも、その朝は少し違った。
新聞を読んだ生徒たちの視線が、ちらちらとこちらに向いていた。
魔法書研究会。
ハリー・ポッター。
惚れ薬。
恋愛小説。
その単語が、あちこちの席で小さく弾けている。
「魔法書研究会って、そういう集まりだったのか?」
「マルフォイの小さい妹が代表選手を惚れ薬で落としたらしい」
「ハリー・ポッター、また恋愛沙汰?」
「『薔薇色の惚れ薬は二度効く』ってロメルダがオススメしているやつだろ?」
「惚れ薬って本当に効くのかな」
記事には書いていなかったが、ロメルダが魔法書研究会で惚れ薬をオススメしているんじゃないかと疑う声が多かった。恋愛コラム記者で、コラムの中でたまに「薔薇色の惚れ薬は二度効く」をおすすめしていたからだ。
ロメルダは笑っていた。
けれど、いつもの笑い方ではなかった。
「ロメルダ」
わたしが声をかけると、ロメルダはひらひらと手を振った。
「うちが惚れ薬すすめる女にされてるの、普通に意味わかんなすぎて逆にウケる」
「平気じゃない顔してる」
「うん。平気じゃない」
ロメルダは笑ったまま、トーストを置いた。
「恋バナするのと、人の意思を奪う薬すすめるの、全然違うじゃん。そこ一緒にされるのは、さすがに無理」
「でもさ、ロメルダが惚れ薬をすすめるやつじゃないって、話せばすぐ分かるだろ」
ロメルダが瞬きをした。
「……ロンロン」
「いや、だってそうだろ」
ロンは新聞の該当箇所を指で叩いた。
「こいつ、恋バナはするけど、惚れ薬は嫌いな方だろ。相手の気持ちを薬でどうにかするのは違う、みたいなこと、前にも言ってたし」
ロンは少し耳を赤くした。
「だから、リータ・スキーターはロメルダにちゃんと話を聞いてないんだよ。ちゃんと聞いてたら、むしろ惚れ薬アンチだって分かっただろうに、馬鹿だよなあ」
ロメルダは、少し黙った。
それから、立ち上がった。
「ロンロン!」
次の瞬間、ロメルダがロンに抱きついた。
勢いがよすぎて、ロンの手からトーストが落ちた。
ハリーが反射的に皿をずらした。
ハーマイオニーが目を見開いた。
「ありがと!!」
「大げさすぎるって」
ロンの顔が真っ赤になっていた。ハーマイオニーは何か言いたそうに口を開きかけて、結局、何も言わなかった。
「チョウは信じてくれたけど、あんな書き方されたらたまったもんじゃないよ」
ハリーは拳を握りしめた。
人の心を勝手に見出しにするのは、嫌だ。
人の読書を勝手に別のものにするのも、嫌だ。
わたしたちが話していたのは、惚れ薬の使い方ではない。
ロメルダがすすめてくれた『薔薇色の惚れ薬は二度効く』という恋愛小説についてだ。
しかもその本は、惚れ薬で恋を叶える甘い話ではない。むしろ、惚れ薬を過ちとして後悔する恋愛小説である。
本を全く読んでいない人の書き方だった。
図書室の片隅。
魔法書研究会の机の上には、問題の日刊予言者新聞が広げられていた。なぜかトムも被害者として席についていた。
「この書き方、リータ・スキーターは本をちゃんと読んでないよね」
わたしが言うと、ハーマイオニーが即座にうなずいた。
「ええ。本文の解釈が完全に間違っているわ。この本は惚れ薬を肯定していないもの。むしろ、相手の意思を歪める行為の危険性を描いている作品なのに」
「でしょ? あれはさ、惚れ薬キュンキュン本じゃなくて、自分の欲望にぶっ刺されるタイプの恋愛小説なんだって。リータるにもほどがあるよね」
ロメルダが腕を組んで言った。
「リータる?」
皆が首を傾げる。
「リータ・スキーターみたいに、人の話をちゃんと聞かないで、勝手に切って、変な感じに盛って、違う意味で広めること」
「ああ……たしかに、リータってるね」
アーニーが面白い表現だと何度もうなずいた。
パドマは黙っていた。
静かに新聞を読んでいる。
でも、それは落ち着いている沈黙ではなかった。
編集長の沈黙だった。
言葉を選んでいる沈黙。
どこを切り、どこを残し、どこを正面から問うべきかを測っている沈黙だった。
そのとき、トムが笑った。
静かに。
口元だけで。
その瞬間、机の周りの空気がすっと冷えた。
「……トム?」
わたしが声をかけると、トムは新聞から目を上げた。
笑っているのに、全然楽しくなさそうだった。
「ずいぶん器用なことをする」
「器用?」
「完全な嘘ではない。僕たちが恋愛小説について話していたのは事実だ。惚れ薬という単語も出た。ユールボールの後で、恋愛の話題が増えていたのも事実だ。だが、意味をねじ曲げている」
トムは指先で新聞の一文を軽く叩いた。
「言葉を盗んで、切って、別の形に縫い直している」
その言い方が、怖かった。
怒鳴っていない。
声も荒くない。
でも、怒っている。
ものすごく。
「やば」
ロメルダが小声で言った。
「闇落ちトム様、ちょっとステキなんだけど」
「ロメルダ」
パドマが低い声でたしなめた。
「いや、分かってる。今それ言う場面じゃないのは分かってる。でも、怒れる美形は紙面映えする」
「紙面にしないでください」
「しないしない。たぶん。いや、しない」
トムはロメルダの発言を聞いていたはずなのに、特に反応しなかった。
それどころではない、という顔だった。
彼は、しばらく新聞を見つめていた。
そして、急に顔を上げた。
「……虫がいた」
「虫?」
わたしは瞬きをした。
「君と本を読んでいたときだ」
わたしはそのときのことを思い出した。
ユールボールの終わりかけ。広間の隅で、わたしはトムと『薔薇色の惚れ薬は二度効く』の話をした。
トムが「愛とか分からない」と言って、わたしがこの本をすすめた。
あのとき。
「窓際に、小さな甲虫がいた」
トムが言った。
「冬の城内で、暖炉から離れた場所に、あまり動かずにね。妙に長く同じ場所にいた」
ハーマイオニーの顔色が変わった。
「まさか」
「未登録アニメーガス」
トムはあっさり言った。
「彼女なら、やるだろうね」
机の周りが静まり返った。
リータ・スキーターが虫になる。
虫になって、窓際や本棚や机の上に潜み、人の会話を聞く。
本人が取材を受けていない言葉を、盗む。
それを記事にする。
わたしは、自分の手がぎゅっと握られていることに気づいた。
「……本の上に止まろうとしていた虫?」
「可能性はある」
トムが答えた。
「本を汚そうとしてたなんて許せない!」
「そこ?」
ロンが言った。
「大事」
わたしは言った。
「でも、それだけじゃない。人の言葉を勝手に盗んで、知られたくないことを盗んで、本を読まずに本を悪者にしてる。記事じゃない。泥棒だよ」
ハーマイオニーがすぐに羊皮紙を取り出した。
「過去の記事と、密室に近い場所での発言を照合しましょう。本人が取材を受けていないのに載っている発言が複数あるなら、状況証拠になるわ。魔法省のアニメーガス登録簿も確認したいところだけど……」
「リータ・スキーターが登録されていると思うか?」
ドラコが言った。
「登録されていないわ。断定はしないけど」
ハーマイオニーはきっぱり言った。
「証拠がそろうまでは」
「未登録アニメーガスのことは記事にする?」
ロンが聞いた。
「証拠がそろうまでは書かない」
ハーマイオニーが即答した。
「疑惑だけで断定したら、リータ・スキーターと同じになるから」
パドマが、そこで羽ペンを取った。
編集長の顔だった。
「記事を書くわ」
「反論記事?」
ハリーが聞く。
「反論では足りない。検証記事よ」
パドマは羊皮紙を広げた。
「惚れ薬疑惑について、魔法書研究会で実際に話していたのは恋愛小説の内容であり、その本は惚れ薬を肯定するものではないと説明する。加えて、リータ・スキーター氏の記事が、誰に、いつ、どこで取材したものなのかを問うわ」
「でも、本人には伝えたいよね」
ロメルダがにやっと笑った。
「うちら、分かってますけど? って」
トムが微笑んだ。
やっぱり怖い。
「見出しはどうかな」
パドマが羽ペンを構える。
惚れ薬疑惑、根拠を問う
虫のように嗅ぎ回る取材ではなく、本人の言葉を
全員が黙った。
それは比喩として読める。
悪質な取材を批判する言葉として、何もおかしくない。
でも、もしリータ・スキーターが本当に虫なら。
彼女には分かる。
わたしたちは知っている、と。
「これでいきましょう」
パドマが言った。
ロメルダが小さく拍手した。
「編集長、攻めるね」
「正確に刺すだけよ」
「それを攻めるって言うんだよ」
記事は、すぐに形になっていった。
ハーマイオニーが『薔薇色の惚れ薬は二度効く』の内容を整理する。
パドマが文を整える。
ロメルダが見出しの強さを確認する。
ハリーは、自分の名前をどこまで使っていいかを確認した。
ロンは「この表現は分かりやすい」「これは難しくて理解できない」とパドマの記事を読みながら、「つまりどういうこと?」コーナーを書いた。
アーニーは「つまりリータ・スキーターは惚れ薬密売組織と関係がある可能性が」と言いかけて、全員に止められた。
「飛躍しすぎてる」
「証拠がありません」
「相変わらず推理が元気すぎる」
アーニーはしょんぼりした。
でも、その後すぐ「密室での発言が記事化された事例を時系列で整理する」と言い出したので、パドマに少し褒められて復活した。
その日の夕方、羽ペン通信が刷られた。
図書室の机で刷られた新聞は、いつもより少しだけ厚かった。
見出しは、大きく。
本文は冷静だった。
*
羽ペン通信
惚れ薬疑惑、根拠を問う
虫のように嗅ぎ回る取材ではなく、本人の言葉を
記者:パドマ・パチル
三大魔法学校対抗試合に関連し、魔法書研究会で惚れ薬の使用または推奨が行われているかのような記事が日刊予言者新聞に掲載された。しかし、同研究会において惚れ薬の使用、配布、推奨が行われた事実はない。虫のように嗅ぎ回る取材に反対を表明し、事実を検証する。
問題とされたのは、恋愛小説『薔薇色の惚れ薬は二度効く』をめぐる読書会での会話だ。同書は、惚れ薬によって恋を成就させる甘い物語ではない。むしろ、相手の意思を歪める行為が、使用者自身の欲望と未熟さを露呈させる作品だ。惚れ薬は作中で「愛を生むもの」としてではなく、「相手の選択を奪うもの」として描かれている。
ロメルダ注:ネタバレできないのが悔しいからみんなちゃんと本読んで! まじでおすすめだから!
魔法書研究会では、同書について「惚れ薬は恋愛を成立させるのか」「相手の意思を変える魔法は許されるのか」「恋愛小説における欲望の描き方」などが話題となった。これは惚れ薬の使用を肯定する議論ではなく、作品内容の読解だ。
日刊予言者新聞の記事では、こうした会話が「生徒間で惚れ薬の知識が共有されている」「惚れ薬を使って恋人を作った」と受け取れる形で記述されていた。しかし、本紙が確認したところ、該当する発言は文脈を大きく変えられており、本人確認も行われていない。
記事中で名前を挙げられていたローゼマイン・マルフォイ氏は「友人に本を貸しただけで惚れ薬は使っていない」と否定した。なお、友人に本を貸した際に周囲には誰もいなかったという。
ハリー・ポッター氏は本紙の確認に対し、「僕は惚れ薬なんて使っていないし、使えとも言っていない。勝手に使ったと決めつけられるのは迷惑だ」と答えた。
また、同書を読んだことのあるロメルダ・ベイン氏は、「恋バナと惚れ薬は全然違う。人の意思を奪う薬をすすめることは絶対にない」と語った。
ロン注:ロメルダが惚れ薬アンチなのはちょっと話せば分かる。
情報源の入手方法にも疑問が生じている。ホグワーツの司書、イルマ・ピンス氏は「魔法書研究会はいつも図書室で活動しているが、リータ・スキーター記者のことは一度も見かけたことがない」と話した。
アストリア注:リータ・スキーター記者の情報取得方法が正当なものなのか、違法ではないのか、歴史上同様の手段を取った人がいないか確認が必要です。
編集部注:本紙は、恋愛において惚れ薬の使用を推奨しません。相手の意思を歪める魔法および魔法薬は、恋愛ではなく支配です。
つまりどういうこと?
記者:ロン・ウィーズリー
つまり、魔法書研究会は惚れ薬を広めていたわけじゃなくて、惚れ薬が出てくる恋愛小説について話していただけだ。
しかもその本は、「惚れ薬って最高!」というより「惚れ薬で人の気持ちをどうにかすると最悪なことになるぞ」って話だ。
リータ・スキーターは、人の話も聞かず、本も読まずに記事を書いたらしい。新聞記事より妄想に近いと思う。
あと、惚れ薬が本当に魔法書研究会で流行っているなら、僕にも彼女ができているはずなので、その点から見ても記事はおかしい。
ハーマイオニー注:個人の恋愛事情を根拠にするのは、論証として不十分です。
アーニー注:でも説得力はある。
ロン注:かなしいことにね。
*
翌朝、ホグワーツ生の大半は魔法書研究会を信じた。
理由は、単純だった。
羽ペン通信の記事の方が、筋が通っていたからだ。
「ただの恋愛小説だったのか」
「まあ、魔法書研究会っていつも本読んでるしな」
「ウィーズリーの惚れ薬が流行ってたら僕にも彼女できてるはず、で笑った」
「ロメルダがすすめた本、普通に読みたい」
「え、まだ読んでないの? この前買ったけど感動しちゃった。もう入荷待ちになってるらしいよ」
「リータ・スキーター、最近ずっと盛りすぎだろ」
大広間で、そんな声があちこちから聞こえた。
ハリーは、少しだけほっとした顔をしていた。
ハーマイオニーは、日刊予言者新聞の文章にまだ赤を入れたそうな顔をしていた。
ロメルダは「恋愛小説ブームじゃん」と満足そうにしていた。
パドマは静かに紅茶を飲んでいた。
でも、耳が少し赤かった。
そのとき、図書室の窓を白いふくろうが叩いた。
ドラコが顔を上げる。
「父上からだ」
ドラコは手紙を受け取り、封を切った。
読み始めた顔は、いつものドラコだった。
読み進めるうちに、眉が寄った。
さらに読み進めると、顔色が変わった。
最後には、手紙を持ったまま固まった。
「ドラコ?」
ハーマイオニーが心配してたずねた。
「……父上が」
ドラコは乾いた声で言った。
「羽ペン通信の全国版を作るらしい」
「全国版?」
わたしは聞き返した。
「羽ペン通信って、内輪ノリが多いただの学校の新聞だよ?」
「父上は、それで終わらせる気がないらしい。大人の記者が書いた全国版を作るつもりだ。注釈はその分野の専門家が書く」
ドラコはもう一度手紙を見た。
「日刊予言者新聞から、まともな記者を移すと書いてある」
「まともな記者から移すんだ」
ロメルダが言った。
「じゃあ、残る人材が地獄じゃん」
「地獄にする気なのだろう」
ドラコは頭を抱えた。
「シリウス・ブラックも資金援助するらしい」
「シリウスが?」
ハリーが驚いた声を出した。
わたしも驚いた。
「ブラック家の資金まで入るの?」
ロンがぽかんとした。
「日刊予言者新聞、何を敵に回したんだ?」
「父上とシリウス・ブラックだ」
ドラコが言った。
「終わったな」
でも、パドマはすぐにはうなずかなかった。
全国版。
校内紙ではない。
ホグワーツの廊下や図書室の机の上で読まれる新聞ではなく、魔法界のあちこちへ届く新聞。
それは、たぶん、とても大きなことだった。
「どうする、編集長?」
わたしはパドマにたずねた。
「私が決めていいの?」
「パドマは編集長だから」
パドマは低く言った。
「羽ペン通信は、図書室の机の上で作っている校内紙よ。全国版なんて、冗談みたいな話だわ」
「でも、父上は本気だ」
ドラコが言った。
パドマはしばらく黙った。
それから、手元の羊皮紙をきちんとそろえた。
「……だからこそ、条件が必要なの」
「条件付き?」
ロメルダが聞く。
「当然よ」
パドマはまっすぐ答えた。
「羽ペン通信は、マルフォイ家の宣伝紙にはなりません。ブラック家の宣伝紙にも、魔法省の宣伝紙にも、ホグワーツやダンブルドア校長の宣伝紙にもなりません。出資者が誰であっても、事実確認をする。本人確認を取る。訂正すべきときは訂正する。未成年を守る。被害者の言葉を盗まない。読者を煽るために、確認できないことを見出しにしない」
パドマはそこで、少しだけ息を吸った。
「それを全て守れるなら、羽ペン通信全国版を認めてもいい」
かっこいい。
編集長って、すごい。
ロメルダがぼそっと言った。
「編集長、普通に歴史動かしてない?」
「条件を確認しているだけよ」
「それを歴史動かすって言うんだよ」
ドラコは手紙を見つめたまま、深く息を吐いた。
「父上に伝える。おそらく、むしろ喜ぶ」
「そうなの?」
パドマが聞く。
「日刊予言者新聞を潰すだけなら、金と圧力で足りる。だが、その後に信用される新聞を作るには、君の条件が必要だからだ」
わたしは、少しだけ黙った。
父の仕事は、早い。
それは頼もしい。
でも、少し怖いことでもある。
リータ・スキーターは、人の言葉を盗んだ。
父は、言葉の届く道を押さえようとしている。
どちらも、新聞を動かす力だった。
だからこそ、パドマの条件が必要なのだと思った。
正しい記事を届けるために、どこまで力を使っていいのか。
それを決めずに動く新聞は、たぶん、すぐに別の怪物になる。
その翌朝、異変が起きた。
日刊予言者新聞が届かなかった。
いつもなら、ふくろうたちが一斉に朝刊を運んでくる。
けれど、その朝、大広間に舞い降りたのは日刊予言者新聞ではなかった。
代わりに、薄い広告が届いた。
*
羽ペン通信 全国版創刊準備号
近日発行
噂に注釈、誤報に赤インク
羽ペン通信は、近日中に全国版の発行を開始する予定です。
本紙は、事実確認、本人確認、訂正責任を重視します。未成年、被害者、証言者の言葉を本人の同意なく切り取り、文脈を変えて消費する記事を、報道とは認めません。
出資にはマルフォイ家およびブラック家が関与しますが、本紙は特定家門、魔法省、学校、個人の宣伝紙にはなりません。出資者が誰であっても、事実確認を優先します。
創刊準備号では、魔法生物担当記者ロルフ・スキャマンダー氏の参加を予定しています。
羽ペン通信全国版は、読者に問いを届ける新聞を目指します。
誰が言ったのか。
誰に確認したのか。
何が事実で、何が憶測なのか。
その言葉は、渡されたものか、盗まれたものか。
噂に注釈を。
誤報に赤インクを。
*
大広間がざわめいた。
「日刊予言者新聞は?」
「届いてない」
「うちも」
「ふくろう便が止まったって」
「新聞販売店が配送を見合わせてるらしいぞ」
「ふくろうを持ってる販売店が、日刊予言者新聞を運ばせないって」
「何をやらかしたんだ?」
「昨日の記事じゃない?」
「いや、もっとあるんじゃないか?」
「羽ペン通信の方頼んでみるか」
ドラコが広告を見て、頭を抱えた。
「お父さま、仕事が早いね」
「早すぎる。これは流通を押さえにいっている」
とても父らしい。
正面から怒鳴るのではなく、新聞が朝食の席に届く道を止める。
新聞は書くだけでは読まれない。
届かなければ、読まれない。
父はそこを押さえたのだ。
「ロルフ・スキャマンダーも移籍するらしい」
ハリーが広告の下の方を読んで言った。
「え?」
わたしは顔を上げた。
ロルフ・スキャマンダー。
魔法生物担当記者。
アルドゥスの件で、わたしたちの周りに現れた記者だ。
アルドゥスの記事で、わたしたちの話を一番正確に書いた人でもある。
だから、父が彼を引き抜いたと聞いたとき、驚きはしたけれど、不思議ではなかった。
「もう決まっているみたいだ」
ハリーが広告を見せてくれた。
そこには小さく、こう書かれていた。
魔法生物担当記者ロルフ・スキャマンダー氏、羽ペン通信全国版へ参加予定。
「行動が早い」
ハーマイオニーが言った。
「新聞社の移籍って、こんなに早く決まるものなの?」
「普通は決まらない」
ドラコが言った。
「普通ではない人間たちが動いている」
ロメルダがうきうきした顔で広告を見た。
「ロルフさん、第一号で何書くんだろ」
答えは、数日後に出た。
羽ペン通信全国版の創刊準備号に、ロルフ・スキャマンダーの署名記事が載った。
*
羽ペン通信 全国版創刊準備号
未登録アニメーガスへの刑罰強化へ
ピーター・ペティグリュー事件を踏まえ、登録制度の抜本見直し
小動物化による潜伏・盗聴・逃亡リスク、専門家が警鐘
記者:ロルフ・スキャマンダー
魔法省は、未登録アニメーガスに対する罰則強化を検討している。ピーター・ペティグリュー事件により、未登録アニメーガスが長期間にわたって身元を偽り、一般家庭や学校関係者の周辺に潜伏できる危険性が改めて明らかになったためだ。
アニメーガスは、高度な変身術によって動物の姿を取る魔法使いである。登録制度は、変身後の姿、特徴、識別情報を魔法省に届け出ることで、悪用を防ぐために設けられている。しかし、未登録のまま動物化した場合、本人確認は極めて困難となる。
特に問題となるのは、小動物への変身である。ネズミ、甲虫、小鳥などの姿は、住宅、学校、職場、病院、新聞社、魔法省施設などに侵入しやすい。密室の会話を盗み聞きし、私的な文書を覗き見し、必要に応じて逃亡することも可能となる。
ピーター・ペティグリューは、ネズミの姿で長期間潜伏していた。この事実は、未登録アニメーガスが単なる登録違反にとどまらず、身元偽装、不法侵入、盗聴、逃亡幇助と結びつきうることを示している。
魔法省関係者によれば、今後は未登録状態そのものへの罰則に加え、未登録アニメーガス状態での盗聴、不法侵入、取材、証言収集、逃亡行為について、重罰化が検討される見込みだ。
ある専門家は本紙に対し、「動物化は便利な魔法である一方、登録制度を逃れれば、他人の私生活を踏みにじる道具にもなる。とりわけ小動物化による盗聴は、証拠化が難しく、報道、裁判、政治に悪用される危険がある」と語った。
言葉は、本人が渡すから証言になる。
本紙は、未登録アニメーガス制度見直しの続報を追う。
*
わたしは記事を読んだ。
魔法生物担当記者らしく、アニメーガスを単なる変身術ではなく、社会的リスクとして説明していた。
未登録アニメーガスは、姿を変えることで監視を逃れ、他人の私生活に侵入し、密室の会話を盗み聞きすることができる。
ピーター・ペティグリュー事件では、ネズミの姿で子どもがいる家に長期間潜伏していた事実が、魔法社会の安全管理に大きな穴を示した。
今後は、未登録状態そのものへの罰則を強化し、盗聴・不法侵入・身元偽装と組み合わせた場合には重罰化を検討する。
わたしは、ゆっくり記事から顔を上げた。
これは父が何かやったに違いない。
絶対にやった。
ピーター・ペティグリュー事件を使い、未登録アニメーガスの危険性を世間に示す。
そのうえで、リータ・スキーターが未登録アニメーガスである可能性に、世論と法制度の両方から網をかける。
まだ直接名前は出していない。
でも、準備は進んでいる。
トムは紅茶を飲みながら、記事を読んでいた。
「良い記事だね」
「トム、知ってた?」
「何を?」
「この流れ」
「予想はしていた」
絶対知ってた顔だった。
「お父さまが何かしたよね」
「ルシウスは、娘の本の上に虫が止まる可能性を、あまり好まないだろうからね」
「それだけじゃないと思う」
「もちろん」
トムは微笑んだ。
「人の言葉を盗む虫も、好まないだろう」
数日後、魔法省はリータ・スキーターを未登録アニメーガスとして拘束した。
大広間は騒然となった。
「本当に虫だったのかよ」
「羽ペン通信の見出し、そういう意味だったのか?」
「虫のように嗅ぎ回るって、比喩じゃなかったの?」
「リータ・スキーター、終わったな」
「日刊予言者新聞もやばくない?」
「過去の記事、全部どうやって取材したんだ?」
その声を聞きながら、わたしは自分の手元の紙面を見た。
リータ・スキーターは死んでいない。
でも、彼女の記事はたぶん死んだ。
これから誰かがリータ・スキーターの記事を読むとき、まず思うのだ。
これは、誰の言葉なのか。
本人が渡した言葉なのか。
それとも、虫の姿で盗んだ言葉なのか。
それは少し怖いことだった。
言葉は届く。
本も、新聞も、手紙も、人から人へ遠くまで届く。
だからこそ、一度信じてもらえなくなると、言葉そのものが死んでしまう。
嘘を書いた記事だけではない。
書いた人の言葉まで、死んでしまう。
わたしは図書室に戻り、魔法書研究会の棚に置かれた箱を見た。
要検証記事。
悪い新聞の見本。
リータ箱。
ロメルダがつけた最後のラベルは、軽い。
でも、とても分かりやすい。
パドマはその箱に、新しい資料を入れた。
リータ・スキーター逮捕の記事。
未登録アニメーガス法改正の記事。
羽ペン通信の反論記事。
日刊予言者新聞の問題記事。
ハーマイオニーが赤いインクで注釈を書いた。
出典確認。
本人確認。
取材手法。
訂正責任。
ハリーは箱の中を見て、少し黙っていた。
「僕の記事も、ここに入るのかな」
「必要なら」
パドマが答えた。
「ただし、あなたが望む形で。勝手には入れない」
ハリーは少しだけ目を見開いた。
それから、小さくうなずいた。
「ありがとう」
わたしは、少し考えて、箱の内側に小さく書いた。
盗まれた言葉は、記事ではない。
トムが横からのぞき込んだ。
「いい言葉だね」
トムは楽しそうに言った。
リータ・スキーターは日刊予言者新聞を辞めることになった。未登録アニメーガスがバレてしまったからだ。罰として執筆活動を禁止されることになったようだ。
でも、リータ・スキーターがしてきたことを考えると、たぶん当然のことでもあった。
新聞は、本と少し似ている。
言葉を遠くへ届ける。
だからこそ、信じてもらえなくなったら終わりだ。
リータ・スキーターは虫だった。
それは比喩ではなく、事実だった。
でも、わたしが一番忘れたくないのは、そこではない。
彼女が盗んだのは、姿だけではない。
人の言葉だった。
人の沈黙だった。
人が誰に何を話すかを選ぶ権利だった。
だから、わたしたちは記事を書いた。
怒るためだけではない。
取り返すために。
その日の夕方、図書室の窓辺に別の小さな虫が一匹止まった。
ロンがびくっとした。
「……ただの虫だよな?」
ハーマイオニーがじっと見た。
パドマが羽ペンを止めた。
ロメルダが小声で言った。
「虫、しばらく紙面NGワードになりそう」
トムは笑った。
怖くない笑いだった。
少しだけ、楽しそうな笑いだった。
わたしは、机の上の本をそっと閉じた。
「本の上に止まらなければ、今日は見逃す」
「寛大だね」
トムが言った。
「本の上じゃないから」
「そこは譲らないんだ」
「うん」
だって、本の上に止まる虫には気をつけなければならない。
それがただの虫でも。
記事を書く虫でも。
本編に出すには記事比率高めで読みにくいかな?と思ってたら入れ損ねてしまいました。番外編でもOKだと信じています。
大人たちに比べたらやっていることは地味です。でも、学校での噂にはちゃんときいています。
次回、マルフォイ家の家族会議です。