ブラック家の広間は怒っている大人を詰め込むための箱だった。
長いテーブルがある。
椅子がある。
暖炉がある。
壁にはブラック家の先祖の肖像画がずらりと並び、いつでも純血の誇りがどうのと叫び出せる態勢でこちらを見ている。
シリウスに不死鳥の騎士団の会議があると言われ、出ていこうとしたらわたしはそのまま席に座らされた。
おかしい。
会議といえば、大人が真面目な顔をして難しい話をする場所である。子どもは普通、追い出される。実際、わたしも追い出されると思っていた。だから『グリンデルバルド時代の証言集』を持ち込んだ。
追い出されたら廊下で読むつもりだった。
ところが、追い出されなかった。
「本当に、その子たちを同席させるのか?」
魔法の目がぎょろぎょろ動く男の人が、低い声で言った。
ムーディ先生だ。
片方の目は普通にこちらを見ていて、もう片方の魔法の目は天井と背後とわたしの本の中身を同時に見ている気がした。
シリウスが椅子にふんぞり返りながら答えた。
「マインはヴォルデモート卿を間近で見て、ハリーが消える瞬間を見てる当事者だ。しかも占いに強い占い師だ。ハリー捜索に役立つから同席を認めろって、ダンブルドアが言った」
部屋の空気が、少しだけ変わった。
ヴォルデモート卿。
その名前が出た瞬間、モリー・ウィーズリーが小さく息をのんだ。アーサー・ウィーズリーは眉を潜め、ルーピン先生は表情を動かさなかった。 トンクスは椅子に座ろうとして少し滑った。器用に足を馬の足に変えてバランスを保つ。スネイプ先生は、いつも通り、世の中すべてを薄めた毒薬みたいな目で見ている。
「占い師?」
スネイプ先生が、ものすごく嫌そうに繰り返した。
嫌そうに言うだけで、職業全体を攻撃できるのは才能だと思う。
「トレローニーの後継者でも育てる気か、ブラック」
「俺に言うな。ダンブルドアに言え」
「では、トム・ジェドゥソールは? ボーバトンの代表選手が何のようだ? ええ?」
ムーディの魔法の目が、今度はトムで止まった。
トムは礼儀正しく微笑んだ。
「ボーバトンを卒業したばかりのトム・ジェドゥソールだ。表向きはそれでいい」
シリウスが言った。
「表向き?」
ムーディの声がさらに低くなる。
「裏向きの説明は、ダンブルドアに聞け」
「今すぐ聞く必要がある」
「聞いたらたぶん殺すか閉じ込めるかの二択になるぞ」
「どちらも悪くない」
「じゃあ殺そうぜ」
シリウスがふんと鼻を鳴らした。
会議が始まってまだ五分も経っていないのに、不死鳥の騎士団の会議内容はすでに物騒だった。
「僕としては、もう少し穏便な紹介を希望するけどね」
トムが静かに言った。
「ボーバトン卒業生のトム・ジェドゥソール。闇の魔術に対する防衛術の補助教員予定。ダンブルドア校長の依頼により協力中。これで十分では?」
「お前が自分で言うと、すべてが嘘っぽい」
シリウスが言った。
「失礼だね」
「事実だろ」
「事実と失礼は両立する」
「こっちは万が一裏切ったら殺していいってダンブルドアに言われてるんだ」
「言われてない」
トムが即座に言った。
「いいや、言ってた」
「少なくとも、僕に聞こえる場所では言っていない」
「いないとこで言ったんだよ」
「ダンブルドアは僕への扱いが酷すぎる! その上安月給の補助教員扱いなんてあんまりだ」
トムが珍しく声を荒げた。
どうやらダンブルドア校長への給料交渉は失敗したみたいだ。
「まあまあ」
アーサーが取りなすように手を上げた。
「裏切らないなら問題はないだろう。なあ?」
「アーサー、それは問題がないとは言わないわ」
モリーさんが即座に刺した。
「むしろ補助職員で良かったんじゃないか。ほら、闇の魔術に対する防衛術は一年しかもたないというジンクスがあるから」
ルーピン先生までトムに気を遣い始めた。
「我ら以外ろくなやつがならなかったからな」
ムーディが同意を求めるようにルーピン先生に言った。
そういえば、ルーピン先生もムーディも闇の魔術に対する防衛術の教師経験がある。二人とも良い先生ではあった。
「外から見るほど楽な仕事じゃないよ。呪われているというプレッシャーもあるし、急にバジリスクを出してくる生徒はいるし」
ルーピン先生がどこか遠くを見つめながら言った。わたしは目を逸らす。
「補助教員のがまだマシだと?」
「少なくとも補助教員なら来年の仕事が保証されている」
前より痩せたルーピン先生はしばらくまともな仕事に就けていなさそうな顔をしていた。
「ここは闇の魔術に対する防衛術の教師職について話す場ではないと思うが。無論、校長がついに正気を取り戻してその職に相応しい教師を見つけたという素晴らしい知らせなら、話は別だ」
スネイプ先生が、湿った刃物みたいな声で言った。
彼が闇の魔術に対する防衛術の教師になりたがっている話は生徒間でも知られているほど有名だった。
「それで、ポッターについてだが」
スネイプ先生が話を戻し、部屋が静かになった。
ハリー。
わたしは膝の上の本をぎゅっと押さえた。
「最初の数日は、マルフォイ邸にいたらしい」
スネイプ先生の言葉に、シリウスが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「マルフォイ邸だと!? あの野郎!」
「座れ、ブラック。君が今すぐ飛び出したところで、ポッターはもうそこにはいない」
「なんで分かる!」
「私が行った時には、すでに別の場所へ移された後だったからだ」
スネイプ先生は不快そうに言った。
「私はまだ闇の帝王に信用されていない。少し探ったが、場所までは教えてもらえなかった。あちら側も、誰に何を教えるかは選んでいる」
シリウスは怒鳴りたそうだった。
でも、怒鳴らなかった。
怒鳴っても、ハリーは戻らない。
わたしはその事実に、少し胸が痛くなった。
「……最初の占いと一致します」
自分の声が思ったより小さく聞こえた。
全員の視線がこちらに集まる。
大人たちの視線は重い。
しかもムーディの魔法の目は一つで二人分くらいある。
「最初の頃、いろいろな占いを試してたんです。茶葉とか、タロットとか、目録とか」
「目録?」
ムーディが眉をひそめた。
「本の目録です」
「それは占いなのか?」
「書物占いっていうんです。本のページを開いて占う占いです」
「わけの分からんものを会議に持ち込むな!」
怒鳴るムーディにむっとしてわたしは言い返す。
「最後まで聞いてください、れっきとした占いなんですから。最初の頃に白い館をよく見ました。その時はなんとも思っていなかったんですが、今思えばあれはマルフォイ邸に似ていました。占いの他の象徴も、よく考えたらマルフォイ邸のことだったのかもしれません」
「つまり、最初の占いはマルフォイ邸を示していた。けれど今は違う、と?」
フェルディナンドが確認した。
「はい」
わたしは膝の上の本を持ち上げた。
「最近だと、この『グリンデルバルド時代の証言集』が出てきました」
非常に困った沈黙だった。
「……それで? ポッターがどこへ行ったか占えたのか?」
ムーディが言った。
「今読んで探してます」
皆が黙った。
「占いをするのに本を読む必要があるのか?」
「占い結果が本なんだから、読まないと分からないですよね?」
わたしは反論した。
これは仕方ない。
書物占いなのだ。
読まないと何も分からない。
表紙だけ見てすべてを理解できる人間は、本好きではなく、たぶん詐欺師である。
「こいつは本当に占いの才能があるのか?」
ムーディが疑わしそうに言った。
わたしも疑わしそうにされるたびに自信がなくなる。
「ある」
答えたのはトムだった。
意外だった。
トムは手を組み、淡々と言った。
「以前聞いた彼女の占いはたしかに正確に当たった。占い師の才能があるからだと思う」
「お前が言うと余計に怪しいな」
シリウスが言った。
「君は僕を協力者として扱う気があるのか?」
「裏切ったら殺していい協力者としては扱ってる」
「それを協力者とは呼ばない」
トムがシリウスを睨みつけた。
「ダンブルドアも占いについては確認済みだ」
フェルディナンドが静かに言った。
「少なくとも、第三の課題でローゼマインの占いは無視できない結果を出している」
「それで、そのダンブルドアはどこにいる?」
ムーディが尋ねた。
「魔法省対応だ」
シリウスが苦々しく言った。
「ファッジがあの人を敵視してる。こっちに来るより、省の馬鹿どもをなだめる方が先らしい」
「ハリーを学期が始まる前には見つけろ、とは言われている」
フェルディナンドが続けた。
「なぜ学期前なんだ?」
アーサーが首を傾げる。
「守りの魔法に関係しているんだと」
シリウスが答えた。
「問題は、魔法省がこちらを助ける気がないことだ」
ルーピン先生が言った。
「ハリーの失踪も、ヴォルデモート復活も、公式には曖昧なままだ」
「羽ペン通信全国版では、ダンブルドア校長が闇の帝王が復活したと言うコメントが載っていました」
わたしは言った。
「でも、闇の帝王復活と確定した見出しを大々的には出してません。疑う識者コメントも載ってます」
「全国版か」
スネイプ先生が鼻で笑った。
「かつて学生新聞だったものが、今や大人に記事を書かせ、識者コメントを使う時代か」
「正確には、ホグワーツ版と全国版は運営が別だ。元が同じ名前なだけでホグワーツ版は学生だけで運営している」
フェルディナンドが淡々と訂正した。
「魔法省は羽ペン通信全国版に圧力をかけたがっている」
フェルディナンドが資料をめくった。その中から羽ペン通信社共同出資契約書という名前の書類が出てきた。
「ただし、現在の羽ペン通信全国版は羽ペン通信社という共同出資会社が運営している。株式はマルフォイ家とブラック家が半分ずつ持っている。編集権は編集部が握っているから、魔法省も手は出しづらい」
「待て」
ムーディがフェルディナンドの言葉を制止する。
「マルフォイ家とブラック家が半分ずつだと?」
「その通りだ」
「なぜそんな危険な構造になった」
フェルディナンドは少しだけ沈黙して、シリウスを見た。シリウスが苦し紛れに言った。
「……結果的に」
「結果的にで済む話か!」
「意図したわけじゃない。あの時はルシウス・マルフォイと手を組んででも日刊予言者新聞に対抗しようと思ってたんだ。向こうは最初7割出資すると言ったんだが、どうもきな臭くて」
シリウスが苦々しく言った。
あの時は共通の敵に対抗すべくマルフォイ家とブラック家は一時的に仲良くしていた。その時期はもう過ぎている。
今はマルフォイ家は死喰い人側で、ブラック家は不死鳥の騎士団側。つまり、敵だった。
「半分ずつの出資は悪いことじゃない。向こうのが多かったらメディアを掌握された可能性もある」
フェルディナンド先輩の言葉が少し恐ろしく、わたしは身震いした。
「ある意味中立みたいな新聞になったのか」
アーサーが少し感心したように言った。
「中立って、そういう作り方するものだっけ?」
わたしは小声でトムに言った。トムは肩をすくめた。
「お互いがお互いの首輪を握って牽制しているだけだ。あの男もさぞや歯がゆいだろうね」
死喰い人に都合の良い記事を出そうとしてもブラック家が止める。逆も然りということか。
ヴォルデモートの思惑を阻止できたならシリウスはお手柄かもしれない。
「一方で、ダンブルドアの支持は下がり続けている」
アーサーが重い声で言った。
「魔法省内でも、ダンブルドアを危険視する声が増えている。羽ペン通信全国版はまだ中立を保っているが、それでも世論はかなり割れている」
「世論って、そんなに簡単に割れるものなんですか? 少しよく考えたら、アズカバンから大量に脱獄者が出たのはおかしいって分かりますよね」
わたしは首を傾げた。
「割れている原因の一つが、例の本だ」
ルーピン先生がため息をついた。
シリウスの顔が、あからさまに嫌そうになる。
「え、本?! どんな本ですか?」
わたしは思わず身を乗り出した。
本という言葉にはつい反応してしまう。
「読まなくていい」
シリウスが即答した。
「面白い本ですか?」
「食いつくな!」
何もしていないのにシリウスに怒られた。
理不尽だ。
面白い本かどうかは大事である。
「稲妻の少年シリーズ第一巻、『ヘンリー・ポーターと賢者の石』という本だ」
アーサーが言った。
「なんで言うんだよ。絶対こいつが読み始めるだろ」
シリウスがブツブツと文句を言った。
わたしはまばたきした。
「……ハリー・ポッター?」
「実在の人物、団体、事件とは一切関係ないそうだ」
フェルディナンドが淡々と言った。
「主人公の名前をハリーみたいな名前にしておいて?」
「そう書いてある」
「苦しくないですか?」
「かなり苦しい」
フェルディナンドは冷静に頷いた。
「だが、堂々としている。堂々としている言い訳は、言い訳ではなく販売戦略になる。あえて実在とは関係ないフリをしている、というな」
嫌な販売戦略だった。
「内容は? 誰か読んでいないのか?」
ムーディが低く尋ねた。
アーサーが恐る恐る手を挙げた。
「どんな内容なんだ?」
「一年生の少年ヘンリー・ポーターが、魔法学校に隠された賢者の石を巡る事件に巻き込まれる話だ」
アーサーが言った。
「ただし、作中では、石を狙う教師の背後に、真の黒幕として灰色の賢者がいることになっている」
「灰色の賢者?」
何人かの声が重なった。
「白い髭を持つ、偉大で一見穏やかそうな校長だ」
部屋が静かになった。
それはもう、隠す気がない。
「ダンブルドア校長じゃないですか」
「小説上はアルベルト・ダンベルドール校長だ」
ダンベルドール……?
偉大な校長というより、毎朝腕立て伏せをしてそうな名前だ。
「灰色の賢者は、石を守るふりをしてヘンリーを試練に誘導する」
アーサーが続けた。
「ヘンリーが死にかけることで、彼が白銀卿に対抗できる器かどうかを確かめる、という筋書きだ」
「白銀卿?」
トンクスさんが眉を上げた。
「銀髪の美しい男だそうだ」
「それは似ても似つかないな……で、どうだったんだ?」
シリウスが聞くと、アーサーは少し言いにくそうに咳払いをした。
「小説としては、まあ、その……結構面白かった」
部屋の空気が凍った。
わたしは思わずアーサーを見た。
言ってしまった。
この場で、いちばん言ってはいけない感想を、言ってしまった。
「アーサー?」
モリーの声が低くなった。
「いや、もちろん内容は問題だ。大いに問題だ。事実の混ぜ方も悪質だし、ダンブルドアへの中傷も看過できない。ただ、構成としては読ませるというか、とにかく面白くてね」
「アーサー」
「特に、ヘンリーが初めて魔法使いだと知る場面が好きでね──」
「アーサー・ウィーズリー!」
モリーはついにフルネームで呼び始めた。危険な兆候だ。
「はい、すみません」
アーサーは萎縮した。
シリウスが机を叩いた。
「おい、アーサー。お前、ハリーを勝手にネタにした本を面白がってんじゃねえだろうな」
「違う、違うとも! 面白がっているんじゃない。危険性を分析するために読んだんだ。そうだ、本当か怪しい部分はたくさんあった」
アーサーが説明した。
「たとえば、作中では、ダンベルドールが実は昔の大悪党グリムバルドの親友で、お互いに特別な感情を抱いていて、グリムバルドは最愛の男のためにダンベルドールの罪を被ったことになっている」
「えっ」
「さらに、主人公に白銀卿を倒させ、マグルを支配しようとする真の黒幕がダンベルドールという筋書きだ」
「ええっ!」
「ヘンリーを当初マグルのダズベリーの家に追いやったのも、その計画の一部だと書かれている」
わたしは固まった。
情報が多すぎる。
小説としては確かに読み応えがありそうだ。
でも、読み応えがあれば何を書いてもいいわけではない。
「誰が書いたんですか?」
「匿名だ。名前は明かされていない」
ルーピン先生が言った。
「ただ、文章は妙にうまい。だから厄介なんだ。完全な悪文なら、笑い飛ばせるのに、最後まで読んでしまった」
アーサーは厄介だと繰り返すように言った。
「それはよくないですね」
わたしは真剣に頷いた。
嘘と誇張と妄想が、文章力によって読み物として成立してしまうのは危険だ。リータ・スキーター型の災害である。
現にアーサーも厄介と言いつつ、登場人物の名前やストーリーをちゃんと覚えているくらいにのめり込んでしまっている。
「あたしもちょっと読んだよ。あれが全部本当とは思わないけど、全部嘘でもないような気がしちゃうんだよね。小説って怖いね」
トンクスも少し笑いながら言った。
ますます読んでみたくなる。どんな本なんだろう。
「羽ペン通信全国版の検証記事では、妙に信憑性のある部分が多いとコメントした識者がいた。賛否両論になっている」
フェルディナンドが額を押さえた。
「実際、バチルダ・バグショットが証言している記事もあったような」
ルーピン先生が思いついたように言った。
「グリンデルバルドの大おばだもんな」
シリウスが少し納得したような顔をした。
「バチルダ・バグショットってグリンデルバルドの大おばなの?」
わたしは首を傾げた。
そんなことは今まで知らなかった、と思っていたが、何かが引っかかった。
わたしの膝の上には、『グリンデルバルド時代の証言集』がある。
偶然にしては、少し近い。
いや、近すぎる。
「待って」
わたしは本を開いた。
「この本にも、バチルダ・バグショットの名前が出てくるよ。何度も」
「何だと?」
シリウスが身を乗り出した。
「まだ読んでる途中だけど、証言者としてだけじゃなくて、グリンデルバルドがバグショットの家に滞在したときの話もある。ええと……」
その時だった。
こんこん、と窓が鳴った。
全員が振り返る。
窓の外には、ふくろうがいた。
足に手紙を結んでいる。
「このタイミングで手紙?」
トンクスが目を丸くした。
「アストリアからかも」
わたしは立ち上がり、窓へ向かった。
ふくろうは、まるで「遅いです」とでも言いたげに、窓枠で羽を整えている。足から手紙を外すと、すぐに飛び立っていった。仕事が早い。
封を切る。
一行目を読んで、すぐに分かった。
これは、アストリアが本気を出した手紙だ。
『書物占いで出た本について、私なりに分析しました。
結論から言うと、注目すべき場所はゴドリックの谷だと思います。特に、バチルダ・バグショットの家です。
ゴドリックの谷はゴドリック・グリフィンドールの故郷として知られていますが、それだけではありません。古い魔法使いの家系や墓が多く残っている土地でもあります。
たとえば、ペベレル家の墓がゴドリックの谷にあります。「墓碑銘で読む近代魔法史」では、ペベレル家の墓碑は重要な記録としてかなり大きく扱われています。つまり、ゴドリックの谷は墓碑銘や古い家系を調べる上で避けられない場所です。ゴドリック・グリフィンドールの墓だけでなく、ハリー・ポッターの両親の墓もあります。
さらに、「魔法史」の著者はバチルダ・バグショットでゴドリックの谷に住んでいます。「グリンデルバルド時代の証言集」には、グリンデルバルドが若い頃ゴドリックの谷にあるバチルダ・バグショットの家に滞在する話が出てきます。
ハリー探しに役立つと嬉しいです』
「ハリーは、ゴドリックの谷のバチルダ・バグショットの家にいる可能性が高いです」
読み終えた後、わたしが思わず呟くと、シリウスが立ち上がった。
「今すぐ向かう!」
「ブラック」
ムーディが低く言った。
「罠の可能性もある」
「だから行くんだろ!」
「だから準備して行くんだろうが!」
ムーディが怒鳴った。
「わたしも行く」
「それは駄目だ」
シリウスが即答した。
「でも、ハリーがそこにいるかもしれない」
「それはヴォルデモートもいる可能性が高いってことだ。だからこそ家にいろ」
シリウスの声が、珍しくふざけていなかった。
わたしは口を閉じた。
行きたい。
ハリーを助けたい。
でも、わたしが行って足手まといになるのはもっと嫌だ。
わたしは膝の上の本を抱え直した。
「……分かった。待ってる」
「よし」
シリウスは頷いた。
その横で、トムが静かに立ち上がった。
「僕は行く」
「お前も駄目に決まってるだろ!」
シリウスが怒鳴った。
「理由を聞こう」
「お前が怪しいだからだ!」
トムが眉を寄せた。
「ゴドリックの谷に罠があるなら、彼が何を仕掛けるかを読める者が必要だ。僕がいた方が絶対にいい」
「裏切ったら?」
「殺すんだろう?」
トムがにっこり笑った。
シリウスが余計なことを言ったと言わんばかりに顔をしかめた。
「どうする、ムーディ」
ルーピン先生が言った。
「連れて行ってもいい。ただし、俺は常時警戒してるぞ」
ムーディが杖を握り直した。
「瞬き一つ見逃さん」
「あなたの目なら本当に見逃さなさそうですね」
トムが言った。
「褒めていないなら黙れ」
不死鳥の騎士団の会議は、だいたい怒られてばかりである。
フェルディナンドが立ち上がり、紙をまとめた。
「私も行く必要があれば行くが」
「フェルディナンドが行く必要はない。お前は当主代理として書類仕事をしてくれ」
シリウスがこんもり盛り上がった机の資料の山を見ながら言った。
「書類仕事がしたくないだけだろう。まあいい、私は残ろう。シリウスも戻ったらちゃんと仕事しろ」
フェルディナンド先輩にお小言を言われ、シリウスは少し負けた顔をした。
わたしは本を抱きしめる。
「わたしは、本を読んで待ってる。何か分かったらすぐ伝えるね」
「頼んだ」
ルーピン先生が穏やかに言った。
少しだけ背筋が伸びる。
でも同時に、怖かった。
ばらばらだった本の題名が、一本の線になり始めている。そういうときの本は読者に優しくない。
シリウスたちは慌ただしく準備を始めた。ムーディは罠探知用の道具を並べ、ルーピン先生は地図を広げ、フェルディナンド先輩は何かの契約書みたいな紙にさらさらと署名している。トムは杖を確認しながら、なぜか少し楽しそうだった。
楽しそうなトムは危険である。
「トム」
わたしは小声で呼んだ。
トムがこちらを見る。
「ハリーを連れて帰ってきてね」
トムは一瞬だけ黙った。
それから、いつもの薄い笑みを浮かべた。
「もちろん」
シリウスが暖炉の前で振り返った。
「マイン」
「うん」
「絶対に家から出るな」
「出ない」
「本棚の奥の鍵がかかってる棚も開けるな」
「……開けない」
「今、間があったぞ」
「開けないよ」
シリウスは疑わしそうにわたしを見たが、時間がなかった。
炎が緑に変わる。
一人ずつ、暖炉の中へ消えていく。
最後にトムが炎の中へ消えた。
残されたのは、わたしと、モリーと、アーサーと、トンクスと、何枚もの資料に埋もれたフェルディナンド先輩だった。
「クリーチャー」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
クリーチャーが素早く部屋に入ってきた。動きに無駄がない。
「『ヘンリー・ポーターと賢者の石』を本屋で買ってきてほしいの。読んでみたくて」
「かしこまりました。クリーチャーはすぐに行ってまいりましょう」
クリーチャーはわたしからお金を受け取るとすぐにまた姿くらましで消えていった。
「マイン」
モリーとアーサーは少しそわそわした様子でわたしに声をかけてきた。
「いつもロンをありがとうね。監督生になれたのはきっと魔法書研究会のおかげだって言ってたわ」
モリーがわたしに微笑んだ。
「ロンのコラムはいつも面白いですから。モリーさんも羽ペン通信ホグワーツ版を購読しませんか」
モリーはアーサーと顔を見合わせた。
実は羽ペン通信ホグワーツ版の購読者の三割はホグワーツの保護者が占めている。学校で何が起きているのかがすぐ分かるのが好評なのだ。
「それもそうね。ホグワーツで何が起きているか私たちも知るべきかもしれないわ。特に双子が何を起こしてないかをね」
さすが母親は鋭い。
双子の悪戯道具の広告は保護者向けには別の広告に差し替える魔法をかけているから、バレることはないだろう。
モリーは羽ペン通信ホグワーツ版の購読書類にさらさらとサインを書いた。
わたしはふと何の気なしに「グリンデルバルド時代の証言集」を開いた。
ページに書いてある一文が目に止まる。
『彼に従った若者の多くは、攫われたのではない。彼らは「戻りたくない場所」を持っていた。グリンデルバルドは、そこへ帰らなくていいと言っただけだった』
わたしは、ゆっくり顔を上げた。
やっぱり本は、読者に優しくない。
羽ペン通信が全国版とホグワーツ版が出てきてややこしくなったので整理です。作者も書いてて、どっちの羽ペン通信か書き忘れることがあるので注意が必要ですね。
羽ペン通信全国版:大人たちが作る新聞。マルフォイ家とブラック家が半分ずつ出資する羽ペン通信社が運営。敵対組織が半分ずつ出資することで奇跡的にどの陣営も圧力をかけられないメディアが誕生した。
羽ペン通信ホグワーツ版:ホグワーツの学生新聞。どこにも縛られず、厳格なパドマ・パチル編集長の方針のもと運営。