本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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9話 初めての授業

 

 授業初日の朝、ローゼマイン・マルフォイはすでに有名人だった。

 主に、サイズ感のせいで。

 

「ねえ、あの子でしょ? ドラコ・マルフォイの妹」

「そうそう」

「でも……小さくない?」

「一年生だよね?」

 

 失礼である。

 だが事実なので反論が難しい。朝から事実はよく刺さる。

 大広間へ向かう廊下を歩いているだけで、ひそひそ声が飛んでくる。

 わたしはできるだけ聞こえないふりをした。聞こえている。完璧に聞こえている。だが、毎回振り向いて「小さいですけど何か?」とやっていたら朝食までに体力が尽きる。

 

「マイン」

 

 隣を歩くアストリアが小声で言った。

 

「気にしない方がいいですよ」

「気にしてないよ」

「顔がちょっとムスッとしてるじゃないですか」

「そうかも」

 

 大広間に入ると、視線がさらに増えた。

 スリザリンの卓に向かうだけなのに、なぜかやたら注目される。マルフォイ姓のせいなのか、小さいせいなのか、その両方なのか。たぶん両方だ。

 ドラコはすでに席についていた。わたしの顔を見るなり、開口一番こう言った。

 

「薬は飲んだか」

「おはようの前に?」

「重要度の問題だ」

「おはようの重要度が低すぎるよ」

 

 それでも薬瓶を取り出す。

 飲む。

 苦い。

 朝はまだ始まったばかりなのに、すでに苦い。

 

「ひどい顔をしてるな」

「今飲んだからだよ」

「いや、飲む前からだ」

「事実で人を殴るのやめて」

 

 アストリアが静かにパンを取った。

 授業初日だ。普通の一年生なら緊張で食が細くなるのかもしれない。わたしは普通ではないので、ちゃんと食べた。食べないと倒れる。倒れたら図書室が遠のく。それは困る。非常に困る。

 とはいえ、食べながらも視線は飛んでくる。

 

「ねえ、見て。あの子」

「ほんとに小さい……」

 

 ドラコはベーコンを切りながら、向かいのグリフィンドールの席をちらりと見た。

 

「あそこ、見ろ」

 

 わたしも視線を向ける。

 ハリー・ポッター、ハーマイオニー・グレンジャー、赤毛のウィーズリーの一人。たしかロンという名前だった。その中で、ロンが届いたばかりの赤い封筒を手にしていた。

 不吉なほど、真っ赤な封筒だった。

 

「あれ、何?」

「吠えメールだな」

 

 ドラコが心底楽しそうに言った。

 

「吠えメール?」

「開けなければ、もっと大きな声で怒鳴るやつだ。家族の恥を学校中に配達してくれる、実に下品で便利な手紙だよ」

 

 言いながら、口元がにやりと吊り上がる。

 ああ、これは完全に面白がっている顔だ。

 兄としては最悪だが、観客としては正直分からなくもない。

 ロンは明らかに顔を引きつらせていた。ハリーが何か言い、近くにいた男の子が「早く開けたほうがいい」とでも言いたげに身振りをしている。

 その数秒後。

 封筒が、ばっ、と開いた。

 次の瞬間、大広間じゅうの空気が震えた。

 

「ロナルド・ウィーズリー!!」

 

 ものすごい声だった。

 大広間の全員が、ぴたりと動きを止めた。

 ナイフを持ったまま固まる者、ミルクを注ぐ手を止める者、新聞から顔を上げる者。先生方の卓ですら、何人かが視線を寄越した。

 吠えメールは、ロンの手の中で紙の口みたいにぱくぱく動きながら、怒涛の勢いで叫び続ける。

 家の車を勝手に使ったこと。

 父親が職場でどれだけ恥をかいたか。

 兄たちがどんな顔をしていたか。

 命知らずにもほどがあること。

 帰ったら覚えていなさい、ということ。

 要するに公開処刑だった。

 ロンは耳まで真っ赤になっている。

 ハリーは気まずそうに俯き、ハーマイオニーは「だから言ったのに」という顔をしながらも少し気の毒そうだ。

 手紙の内容を聞くとハーマイオニーが汽車で探していた二人は空飛ぶ車に乗ってホグワーツに来て怒られたようだった。

 スリザリンの卓では、くすくす笑いが広がっていた。

 そして当然のように、ドラコが声を張った。

 

「どうした、ウィーズリー! お母様はお元気そうじゃないか!」

 

 ロンがぎっとこちらを睨む。

 ドラコは涼しい顔のまま続けた。

 

「もっと聞かせてくれよ。せっかくだから大広間の端まで届くように」

「黙れ、マルフォイ!」

「いや、もう十分届いてるか」

 

 周囲で何人かが吹き出した。

 最低だ、この兄。

 実にスリザリンらしい。

 吠えメールは最後に、もう一度ロンの名をこれでもかと叫び、ばたりと燃え尽きて灰になった。

 数拍遅れて、大広間のざわめきが戻る。

 

「……すごい手紙だね」

「下品だろう」

 

 ドラコは満足そうにパンを齧った。

 

「でも効率はいいよ。絶対に伝わる」

「伝わりすぎるんだよ」 

「なるほど。つまり、相手に恥をかかせたい時に使うのに向いてるんだ」

「お前はすぐに使う側の発想をするな」

 

 その時、頭上に影が差した。

 大きくはないが、品のいい灰色のふくろうが、まっすぐこちらへ降りてくる。マルフォイ家のふくろうだ。

 わたしの前に着地し、脚に結ばれた封筒を差し出した。

 淡いクリーム色に、深緑の封蝋。封蝋には、見慣れたマルフォイ家の紋章。

 わたしは一瞬、固まった。

 ドラコも気づいたらしく、眉をひそめる。

 

「父上から?」

「みたい」 

 

 朝食の場で父から手紙が来ること自体は、絶対にありえないわけではない。手紙を送る約束もした。

 だが、早すぎる。嫌な予感しかしない。

 わたしは封を切った。

 

『ローゼマイン、スリザリン入寮おめでとう。日記のことだが、お前がそこまで手放したくないと言うのなら、今すぐ返せとは言わない。その代わり、彼に伝言を伝えてほしい。娘は純血だが、身体が丈夫ではない。彼の望むような高尚な務めに関わらせるにはあまりに不向きだ——と。身体には気をつけて過ごしなさい』

 

 高尚な務め? どういう意味かな? 

 それにしても父にしては随分丁寧な伝言だ。トムは父の知り合いなのか。でも日記に書かれていた年は50年前だった。父はまだ生まれていないはず。

 

『トム、お父さまからこういう伝言を頼まれたんだけど、高尚な務めって何?』

 

 トムからの返信は恐ろしく早かった。

 

『ああ、秘密の部屋のことだよ。そんなに隠さなくてもいいのに、娘が心配なんだね』

『……秘密の部屋? サラザール・スリザリンが隠したと言われている伝説の?』

 

 ホグワーツの歴史で読んだことがある。サラザール・スリザリンはマグル生まれを嫌っていて、スリザリンの怪物を秘密の部屋に封印したらしい。さすがにそんな怪物が学校にいたら誰か気づくと思うんだけど、冗談だよね? 

 

「マイン、早く授業に行きましょう。お姉様がホグワーツは移動に時間かかるって言ってました」

「うん、お兄さまも言ってた。今行く」

 

 アストリアに促され、トムからの返信を待つ前に日記を閉じて授業の支度をする。

 ホグワーツの移動は想像以上に大変だった。ドラコやダフネからの事前情報が無ければすぐに迷子になっていたに違いない。

 階段は動くから位置を信用できないし、学校全体も迷路のような構造だった。いたずら好きのビーブスというポルターガイストに出くわすと時間がとられて大変だった。

 だいたいの授業は思ったより簡単だった。変身術ではマクゴナガル先生にマッチ棒を針に変える呪文を教わった。家で予習していたのもあり、完璧に針に変えられた。

 問題は闇の魔術に対する防衛術だった。

 教室に入る前から廊下がざわついている。女子がそわそわしている。妙に黄色い空気が漂っている。

 

「なんだろうね、この空気」

 

 わたしが言うと、アストリアが少し言いづらそうな顔をした。

 

「女子人気がすごいんですよ」

「先生の本が?」

「先生ご本人が」

「へえ」

 

 扉が開く。

 中に入る。

 壁一面に、同じ顔の写真が飾られていた。

 全部笑っている。

 全部まぶしい。

 ギルデロイ・ロックハートがキメ顔をしている。

 

「うわ」

 

 思わず声が出た。

 

「自己愛がすごいね」

「マイン!」

 

 アストリアが慌てて袖を引く。

 

「聞こえます」

「事実だよ」

 

 その時、奥の扉が勢いよく開いた。

 

「やあ、諸君!」

 

 金色に輝く髪。白い歯。眩しい笑顔。

 ギルデロイ・ロックハートが、まるで自分専用の舞台に登場するみたいに入ってきた。

 ああ、これだ。

 この人、たぶん一日に鏡を三十回くらい見るタイプだ。しかも全部「今日も素敵だ、ギルデロイ」と言いそうなタイプだ。

 ロックハート先生は颯爽と机の前に立ち、両手を広げた。

 

「ではまず、簡単な確認テストから始めよう。私の著作をどれだけ読んでくれたか、見せてもらおうじゃないか!」

 

 紙が配られる。

 わたしはそれを受け取って、少しだけ眉をひそめた。

 一問目。

 ギルデロイ・ロックハートの一番好きな色は? 

 二問目。

 ギルデロイ・ロックハートの秘密の野望は? 

 三問目。

 ギルデロイ・ロックハートが理想とする誕生日プレゼントは? 

 

 わたしは無言で紙を見つめた。

 

「どうしました?」

 

 隣のアストリアが小声で言う。

 

「授業って何だっけ」

「闇の魔術に対する防衛術です」

「今のところロックハートに関する武勇伝研究だよ」

 

 教室中がざわついていた。

 

 わたしはペンを持った。

 正直に言えば、全部分かった。

 ロックハートの本は全部読んでいたからだ。内容が本人の功績かは大変あやしいことこの上ないが、文章と内容は面白くフィクションとして楽しく読んでいた。読書家として当然である。

 

 つまり、このテスト、満点が取れる。

 でも、取ってしまっていいのだろうか。

 満点を取ったら、この先生はたぶん嬉しくなって近寄ってくる。絶対に絡まれる。

 それはそれで面倒くさそうで少しだけ迷った。

 だが、読んだ本の内容をわざと外すのは本に失礼だ。

 それに、点が取れるものは取っておけば先生に気に入られて損はない。

 わたしは解答を全部埋めた。

 しばらくして答案が回収される。

 ロックハート先生はその場でぱらぱら見始め、やがて大きく息を吸った。

 

「素晴らしい! 実に素晴らしい!」

 

 嫌な予感がした。

 

「マルフォイ!」

 

 教室中の視線がわたしに集まる。

 やめてほしい。朝からずっと集まってはいるけれど、こういう集まり方は別の意味で疲れる。

 

「満点だ!」

 

 教室がざわっとした。

 

 アストリアが目を丸くする。後ろの席から「満点!?」という声までした。

 

「私の著作をここまで正確に読み込んでいるとは! 実に感動的だ!」

「ありがとうございます」

「君は見込みがある! 勉強熱心で、しかも優秀だ!」

 

 いや、それは違う。

 勉強熱心というより、単に本を読んだだけだ。

 それにこのテスト、内容がかなり偏っている。

 

「では特別に、マルフォイには──」

 

 ロックハート先生がきらきらした笑顔で近づいてくる。

 まずい。

 これはまずい。

 満点はやはりまずかったのではないか。

 

「──私のサイン入り写真を」

「いりません」

 反射で言ってしまった。

 教室が静まった。

 あ。

 やってしまった。

 ロックハート先生の笑顔がほんの一瞬だけ止まる。

 だが、この人は立て直しも早かった。

 

「謙虚だ! すばらしい! では二枚あげよう! それからスリザリンに十点!」

「増えた」

 

 思わず呟く。 スリザリンに点が入るのは嬉しいが、サイン入り写真は別にいらない。 

 

「マイン」

 

 アストリアが袖を引いた。

 

「顔に出ています」

「困ってるよ」

「出ています」

 

 結局、サイン入り写真を二枚もらった。

 いらない。

 しおりにするにも顔が強すぎる。

 

 その後も授業は続いた。

 地下の魔法薬学教室は、最高だった。

 ひんやりした空気で、棚には瓶詰めの素材が並んでいた。金属の匂いと薬草の匂いが混ざって独特な雰囲気を醸していた。

 病院の薬っぽい匂いとはちょっと違うんだよね。薬草っぽさが癖になるというか。

 

 わたしがうっとりしている間に、スネイプ先生が教卓の前に立った。

 セブルス・スネイプ。何度か会ったことあるので知っているが顔に愛想という概念が一切ない。

 

「席につけ」

 

 声も冷たい。

 生徒たちが慌てて座る。魔法薬学はグリフィンドールと合同だ。わたしはアストリアと一緒に一番前に座った。前のほうが黒板も標本も本も見やすい。合理的である。

 スネイプ先生の視線が教室をなめるように動いた。

 

「ここでは、愚かな杖振りよりも、正確さと忍耐が求められる。理解力のない者には向かない。君たちが今まで教えてきた生徒たちより少しはマシだと助かるが」

 

 ぴりっと空気が張る。

 ああ、好きだ。こういう「ついてこられないなら落ちろ」という授業態度、スネイプ先生らしい。それから魔法薬学がいかに素晴らしい学問かをたっぷりと語り、生徒を置いてけぼりにした。

 スネイプ先生は何の前触れもなくこちらを見た。

 

「マルフォイ。ベゾアール石はどこで見つける?」

 

 抜き打ちチェックだ。

 わたしは極めて落ち着いて答える。

 

「ヤギの胃です」

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを混ぜると何になる」

「生ける屍の水薬の基礎になります。強い眠り薬です」

「結構。よく予習しているようで何より。何故君たちはメモを取らないのかね」

 

 生徒たちがたちまちメモを取り始める。

 グリフィンドールの男の子が何でわかるのという顔でこちらを見ていた。そういう顔をされると、逆に傷つく。

 授業前に教科書を読まないの? 

 

「今日の授業ではおできを治す薬を作る。一番最初に作るのに最適なとても簡単な薬だ。失敗するとどうなるか知ってる者は?」

 

 わたしは手を挙げた。

 

「おできを治すのではなくおできができます。すりつぶし方によっては苦くてまずくなります」

 

 スネイプ先生が一瞬だけ黙った。

 

「余計な説明までつけるな。味はお前の好みだろう」

「はい」

「だが正解だ。スリザリンに二点」

 

 アストリアが軽く小突いてくる。

 スネイプ先生はスリザリン贔屓だとドラコから聞いていたものの、わたしはちょっと嬉しくなった。

 

 授業では作り方の手順をもとにおできを治す薬を作った。

 隣にいたグリフィンドールの男子がぎこちなく薬草を刻んでいた。ナイフの使い方が危うそうで冷や冷やする。

 ざしゃっ。

 材料を全部まとめて鍋に入れた。

 

「あっ」

 

 と思った時には遅い。鍋が不穏に泡立ち、紫色の煙を吐き始める。

 

「火から離れて!」

 

 わたしは反射的に杖を抜いた。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

 薬液はぴたりと液体ごと空中に浮いて止まった。

 止まったのだが、なぜか薬液だけでなく、近くのスプーン、羽ペン、ノート、秤まで一緒に浮いた。しかも教室の半分くらい。

 薬液のしずくが空中でぷるぷる震え、羽ペンが天井付近を回り始め、誰かのノートがばさばさと開いてページを撒き散らす。

 ……やりすぎた。

 

「マルフォイ」

 

 スネイプ先生の声が静かすぎて、逆に怖い。

 

「はい」

「被害を止めたのは素晴らしいが、教室を浮遊展示室に変えろとはひと言も言っていない」

「おっしゃる通りです」

「だが、一年生が使える最大限の魔法で爆発を未然に防いだ判断そのものは悪くない」

 

 先生は杖を一振りし、浮いたものすべてを一瞬で元に戻した。美しい。無駄がない。感動する。

 それから、わたしではなく失敗した生徒の鍋を見下ろして、冷たく言った。

 

「クリービー、火加減も見ず、手順も考えずに材料を放り込んだな。グリフィンドールから一点減点」

 

 ひいっと小さな声が上がる。

 そして先生はもう一度こちらを見た。

 

「マルフォイ。勝手な魔法行使は命知らずだが、運が良いことに成功して被害を防いだ。スリザリンに三点」

 

 教室の後ろで、スリザリンの子たちがあきらかに得意げな顔をした。

 うん、これでこそスリザリン贔屓のスネイプである。

 

「ありがとうございます」

「もう少し制御を学ぶように」

「善処します」

 

 

 放課後になり、ようやく、ようやく図書室へ行ける時間が来た。

 

「落ち着いてください、マイン」

 アストリアが言う。

 

「落ち着いてるよ」

「早歩きになっていますよ」

「心が先に到着してるだけ」

 

 図書室の扉が見える。

 紙とインクの匂いが、もうここまで届いてくる。

 好きだ。

 入る前からわかる。ここは絶対に好きな場所だ。

 

「……住みたい」

「まず入ってから言ってください」

 

 わたしは一歩、図書室に足を踏み入れた。

 高い棚。

 古い本とインクの匂い。

 ——あ、だめだ。

 胸の奥からぶわっとなにかがせり上がる。

 いけない。人前で魔力を漏らしてはいけない。そう分かっているのに、感動が勝つ。

 

「なんて素晴らしい……!」

 

 次の瞬間、ぱあっと淡い光が図書館の中に広がった。

 本棚の上の埃がふわりと舞い、一掃された。数冊の本が勝手に揺れ、遠くでマダム・ピンスの悲鳴が上がる。

 

「何をしているのです!!」

 

 しまった、と思ったところで、視界がぐらりと傾いた。

 そこで視界が白くなった。

 

「え」

 

 まずい、と思った。

 でも遅かった。

 本棚が揺れる。床が遠くなる。アストリアの顔がぼやける。

 

「マイン!?」

 

 その声を最後に、わたしの意識は落ちた。

 

「起きたか」

 

 低い声が降ってくる。

 顔を横に向ける。

 そこにいたのは、フェルディナンドだった。

 監督生の徽章。銀髪の三つ編み。冷たい目。整いすぎて逆に近寄りがたい顔。

 椅子に座って本を読んでいるだけで絵になりそうな人が、腕を組んでこちらを見下ろしていた。

 

「……なんでフェルディナンド先輩が」

「図書室の入口で倒れた一年を回収したら、君だった」

「回収」

「回収だ」

 

 言い方が雑である。

 でも事実だった気がするので反論できない。

 

「アストリアが近くにいた私を頼り、私がマダム・ポンフリーに話を通した」

「すみません……」

「そう思うなら、図書室を見た瞬間に倒れるな」

「見た瞬間ではないです。入ってからです」

「変わらない」

 

 ベッドの脇には薬瓶が置いてあった。

 

「スネイプ教授が薬を持ってきた。昼に飲むのを忘れたのだろう、すぐに飲みなさい」

「起きたばっかりです」

「だから今すぐ飲みなさい」

 

 苦かった。

 倒れて起きても苦いものは苦い。世界は一貫して厳しい。

 少し遅れてアストリアが入ってきた。

 本気で心配そうな顔をしている。

 

「大丈夫ですか?」

「たぶん」

「図書室に入った瞬間に倒れたんですよ」

「その言い方だと感動で失神したみたいになるよ」

「違うんですか?」

「……間違ってない」

「正直ですね」

 

 フェルディナンドが深いため息をついた。

 

「ひとつ確認する」

「はい」

「君は明日も図書室に行くつもりか」

「行きます、絶対に行きます!」

「マダム・ピンスがまた体調が悪くなると困るから今度から監督生が付き添いをしない状態で入れるなと言われた」

「そんなあ!」

 

 フェルディナンドはまた一つため息をつき、トントンとこめかみに指を当てる。

 

「今度から私が付き添おう。私も図書室にはよく行く。図書館に行くときは言いなさい」

「ありがとうございます、フェルディナンド先輩!」

「あまり興奮しすぎないように」

 

 それだけ言うとフェルディナンドは医務室から出た。

 

「今日これからまた行けますか、って聞けばよかった。図書室で本借りたかったのに」

「仕方ないですよ。今日は談話室の本を読みましょう」

「そうだ、談話室の本!」

 

 トムが言っていた本もあるかな。

 飛び上がるように起きて、アストリアとわたしは談話室に戻った。アストリアが歴史の本を物色している間に日記を取り出して、すぐに書き込む。

 

『トムが置いていった本ってなんていうタイトルの本?』

『「純血一族一覧」という本』

『その本なら、読んだことあるよ。せっかくなら読んだことない本がいいんだけど』

 

 マルフォイ家も載っていたから内容は覚えているけど、そこまで面白かった覚えはない。

 

『実は本にしかけを施したんだ。本が好きな君なら気づけると思う』

 

 談話室の「純血一族一覧」は前読んだ本と同じように見えた。だが蔵書印にはスリザリンの蛇の紋章とサラザール・スリザリンの名前が刻まれていた。

 

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