本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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87話 羽ペン通信が起こした嵐

 

 小さな出来事が、大きな事件を起こすことがある。

 

 たとえば、蝶の羽ばたきが嵐を起こすとか、誰かが本棚の一冊を抜いたせいで積んでいた本が全部崩れるとか、ロン・ウィーズリーが真面目なコラムを書いたせいで秘密の部屋が開くとか。

 

 最後のものについては、朝の時点では誰も信じなかったと思う。

 わたしだって信じない。

 

 でも、その日、羽ペン通信は確かに朝食の大広間で羽ばたいた。

 

「ロン、これ本当にお前が書いたのか?」

 

 双子のどちらかがロンに聞いた。

 

「だから書いたって言ってるだろ!」

 

「ハーマイオニーに全部直してもらったんじゃないの?」

 

「全部じゃない!」

 

「全部じゃないってことはどっかは直してもらったんだろ?」

 

「そこ拾うな!」

 

 朝の大広間は、いつもより騒がしかった。

 

 原因は羽ペン通信である。

 

 もっと正確に言うなら、ロンのコラムだった。

 

 つまり、ハリー・ポッターは本当に英雄なのか? 

 

 見出しだけで、大広間の空気が揺れた。みんなが新聞を広げ、隣の席に見せ、反対側の寮のテーブルをちらちら見ている。ロンは自分の前に置かれたベーコンを食べる暇もなく、あちこちから声をかけられていた。

 

「ロンらしくていい文章だったわ」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

 ロンは一瞬、顔を赤くした。

 

「……そうか?」

 

「ええ。少し乱暴だけど、そこがいいの。誰かを説得するために飾った文章じゃなくて、あなたが本当に知っているハリーを書こうとしている」

 

「褒めてる?」

 

「褒めてるわ」

 

「少し乱暴って言った」

 

「そこも含めて」

 

 ジニーが横から新聞をひらひら振った。

 

「ロンにしては、ちゃんと読めたわ」

 

「お前は褒め方が下手だな!」

 

「褒めてるわよ。最後まで眠くならなかったもの」

 

「僕の文章は睡眠薬じゃない!」

 

 アーニーは、すでに三回は読み返した顔で頷いていた。

 

「これは論説だ。友情を根拠にしつつ、英雄神話への批判にもなっている。ロン、君はもっと自信を持っていい」

 

「アーニーにそう言われると、なんか急に堅い仕事をした気分になるな」

 

「堅い仕事だとも」

 

「なんか違う気がしてきた」

 

 ドラコはスリザリンの席で、紅茶を飲みながら新聞を読んでいた。顔はいつも通り偉そうだったけれど、読み飛ばしてはいない。

 

「悪くない」

 

「お兄さま式の拍手だ」

 

 わたしが言うと、ドラコは眉を上げた。

 

「手を叩くほどではない」

 

「拍手じゃなかった」

 

「だが、的外れではない」

 

 それは、ドラコにしてはかなり大きな評価だった。

 ロンはうれしそうにしかけて、すぐに顔をしかめた。

 

「ドラコに褒められると、なんか裏がありそうだ」

 

「褒めてない!」

 

 この辺で、わたしは少しだけ安心した。

 

 ロンのコラムは、ちゃんと届いている。

 ヘンリー・ポーターではなく、ハリー・ポッターを見ていた親友の言葉として、ちゃんと読まれている。

 

 羽ペン通信で読まれていたのは、ロンのコラムだけではなかった。

 

「ねえ、座談会の記事も読んだ?」

 

「読んだ読んだ。ロメルダのおすすめ本、気になる」

 

「『マグノリアの令嬢は名乗らない』でしょ?」

 

「アンブリッジ先生も参加したって本当?」

 

「魔法書研究会、アンブリッジ先生を味方につけたんじゃない?」

 

「いや、味方っていうか、ロメルダが距離詰めたんだろ」

 

「注釈でアンブリっち呼びしてるくらいだもんな」

 

 わたしは、かぼちゃジュースを吹き出しかけた。

 

 ロメルダが座談会の注釈に「アンブリっちってさ、意外と恋愛小説いけるタイプじゃん?」と書いたせいで、一部の女子の間であだ名が広まり始めていた。

 

 最悪なのは、あまり違和感がないことだった。

 

 悪口なら止められる。

 

 でも、アンブリっち。

 

 アンブリッジ先生を少しだけ柔らかく呼んだようにも聞こえる。失礼なのか、親しみなのか、判断に迷う。判断に迷う呼び名は広まりやすい。言っている側にも罪悪感がないからである。

 

「アンブリっち先生、ビブリオバトルで何紹介したの?」

 

「なんかマナーの本?」

 

「図書室に見に行こうかな」

 

「ロメルダの本も借りたらしいよ」

 

「え、アンブリっち恋愛小説読むの?」

 

「意外! ちょっと親近感かも」

 

 ロンが新聞を握りしめたまま、顔をしかめた。

 

「おい、その呼び方、本人に聞かれたら絶対まずいぞ」

 

「でもロメルダが呼んでたよ」

 

「ロメルダ基準で安全確認するな」

 

 とても正しい。

 ロメルダは、少し離れた席で当然のように髪を払っていた。

 

「え、だってアンブリッジ先生って長いじゃん。アンブリっちの方が呼びやすいし」

 

「教師の名前を勝手に縮めないで」

 

 ハーマイオニーが頭を押さえた。

 

 ドラコは紅茶を飲みながら、心底嫌そうに言った。

 

「君たちは、魔法省の役人を友人のように呼び始めたのか」

 

「堅いこと言わないでよー」

 

 わたしは教師席を見た。

 アンブリッジ先生も、羽ペン通信を読んでいた。

 しかも、かなり機嫌がよさそうだった。

 

 ピンク色の帽子の下で、口元が満足そうに上がっている。普段のにっこり笑顔は、見ているだけで罰則の気配がするけれど、今の笑顔は少し違った。

 

 ご満悦。

 

 その言葉が、ぴったりだった。

 

 アンブリッジ先生が読んでいるのはちょうどビブリオバトル座談会の記事らしかった。

 

 わたしはかなり上手くまとめていた。アンブリッジ先生が途中参加したことももちろん書いている。ロメルダが『マグノリアの令嬢は名乗らない』を熱弁したところも、アンブリッジ先生に本を貸したことも、座談会の一場面としてきれいに処理していた。

 

 見方によっては、まるでアンブリッジ先生が座談会をよい方向に導いたみたいに読めるらしい。

 

 実際には、ロメルダが恋愛小説を握ってアンブリッジ先生に突撃しただけである。導いたというより、巻き込んだ。もっと正確に言うなら、逃げ道をふさいだ。

 

 けれど、紙面の上では違う。

 

 アンブリッジ先生は、生徒の自主的な読書活動に関心を示し、推薦図書をめぐる意見交換を促した、理解ある新教授になっていた。

 

 新聞は時々、現実より速く人物像を作る。

 

「ご覧になって、ジェドゥソール先生」

 

 アンブリッジ先生の甘ったるい声が、かすかに聞こえた。

 

「生徒たちは、適切に導けば、きちんと文化的な活動もできるのですわ。こうした座談会形式は、なかなか教育的価値がありますわね」

 

 隣にいたトム・ジェドゥソールは、いつもの作り笑みを浮かべていた。

 完璧すぎて、助けを求めているようにも見えた。

 

「そのようですね」

 

 声は穏やかだった。

 目は死んでいた。

 

「特に、このロメルダ・ベインさんの推薦図書」

 

 アンブリッジ先生は、もう一度紙面を開いた。

 

「少々軽薄な題材かと思いましたけれど、家名や血筋に頼らず、自分自身を見つめ直す令嬢の物語なんですよ。意外と、道徳的な読書もできるのですね」

 

 ロメルダが、少し離れた席で堂々と髪を払った。

 

「ほらね。アンブリっち、絶対刺さってたじゃん」

 

「本人が近くにいる時に言わないで」

 

 わたしは小声で言った。

 ロメルダは平然としている。

 

「大丈夫だって。あんま違和感ないし」

 

「違和感がないから怖いんだよ」

 

 わたしは教師席をもう一度見た。

 

 アンブリッジ先生はまだご満悦だった。

 

 記事に載った自分を、悪くないと思っている顔だった。たぶん、座談会を自分が導いたと思っている。あるいは、生徒たちが自分の教育方針を早くも理解し始めたと思っている。

 人は、自分がよく書かれている記事を読むと、その新聞を少し信じたくなる。

 

 それはとても危ない。

 

 信じた新聞が、次に自分の嫌いなことを書くかもしれないからである。

 

 そして、もう一つ危ないことがあった。

 

 ロンのコラムと座談会の記事が読まれたことで、『稲妻の少年』シリーズも読み返され始めていた。

 

「『ヘンリー・ポーターと秘密の部屋』って本当にあったことなのか?」

 

 昼休み、図書室の片隅でアーニーが言った。

 

 羽ペン通信の反響を確認するため、わたしたちはいつものように集まっていた。正確には、集まったというより、集まってしまった。ロンのコラム、ビブリオバトル座談会、そしてトムの実技課外授業の広告。その三つが同じ号に載ったせいで、魔法書研究会の周りには人が多すぎた。

 

「どのへんが?」

 

 ジニーが聞いた。

 

「全部だ」

 

 アーニーは真剣だった。

 

「まず、秘密の部屋を見つけたというところ。さらに、そこには長い間閉じ込められていた孤独なバジリスクがいて、ヘンリーは蛇語で心を通わせる」

 

「バジリスクと友人になる話ね」

 

 ハーマイオニーの声は硬かった。

 

「石化事件も、バジリスクが悪意でやったわけではないんだろう? ダンブルドアが仕組んだ事件で、怯えたバジリスクが見ようとしたのではなく、見られてしまった。だからヘンリーは、友人になったバジリスクを殺さなければならなくなる」

 

「かわいそうじゃん」

 

 ロメルダが言った。

 

「地下に閉じ込められてた巨大蛇でしょ? 普通にかわいそう」

 

「かわいそうでも巨大蛇だぞ」

 

 ロンがすぐに返した。

 

「心があっても、目を見たら死ぬんだぞ」

 

「そこなのよ」

 

 ハーマイオニーが頷いた。

 

「同情させることで、危険性判断を鈍らせている。物語としては上手いけれど、現実に近づけてはいけない書き方だわ」

 

「でも、本に書かれている手がかりが本当なら?」

 

 レイブンクローの二年生が、古びた本を抱えて言った。

 

 わたしは嫌な予感がした。

 

「手がかり?」

 

「泣きわめくゴースト。水の流れる古いトイレ。誰も近づかない鏡の前。地下へ続く秘密を守っていた」

 

 その場が静かになった。

 

「それって、三階の女子トイレじゃない?」

 

 誰かが言った。

 

「やめよう」

 

 わたしは即座に言った。

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

 ロンが言った。

 

「言う前から分かる」

 

「でも、もし本当にあるなら、誰にも見つからないんじゃないか?」

 

 静かな声がした。

 セオドールだった。

 

 彼は魔法書研究会の机に座っていたわけではない。少し離れた棚の近くで本を選んでいただけのはずだった。けれど、いつの間にか会話に入っていた。

 

 わたしはその時、ほんの少しだけ首を傾げた。

 

 セオドールは、いつから聞いていたのだろう。

 

「秘密の部屋が本当にあるなら、ジェドゥソール先生の課外授業もそこでやればいいんじゃないか?」

 

「何言ってるの、セオドール」

 

「でも、防衛術の実技をやる場所は必要だろう?」

 

 アーニーが言った。

 

「まだ考えなくていいよ。トムに聞いてからにしよう」

 

 皆聞いていなかった。すぐにでも実技をしたいような顔をしている。

 

「図書室は?」

 

「だめ」

 

 ハーマイオニーとわたしが即答した。

 

「本があるから?」

 

「本があるからよ」

 

「実技じゃなくて座学なら」

 

「マダム・ピンスに怒られる」

 

 その時、背後から冷たい声がした。

 

「すでに怒っています」

 

 全員が振り返った。

 

 マダム・ピンスが立っていた。

 

 図書室の守護者。

 本の敵にとっての死神。

 

 わたしは背筋を伸ばした。

 

「これは、ええと、読書活動の延長で」

 

「実技という言葉が聞こえました」

 

「比喩です」

 

「課外授業という言葉も聞こえました」

 

「文学的表現です」

 

「防衛術という言葉も聞こえました」

 

「……参考文献です」

 

「図書室から出ていきなさい!」

 

 完全に負けた。

 

 わたしたちは、図書室を追い出された。

 

 本のある場所から追い出されるのは、わたしにとってかなり重い罰である。しかも、わたしは止めていた。止めていたのに追い出された。理不尽だ。

 

 廊下に出ると、みんながまた場所の候補を出し始めた。

 

「中庭は?」

 

「見えすぎるわ」

 

「クィディッチ競技場は?」

 

「箒を持った人が混ざる」

 

「空き教室は?」

 

「肖像画に見られる」

 

「物置部屋は?」

 

 ロメルダが顔を輝かせた。

 

「狭いところだとうっかり恋愛が発展したりする?」

 

「防衛術に恋は関係ないだろ」

 

 ドラコが言った。

 

「防衛術が必要な恋もあるじゃん」

 

「それは恋ではなく事故だ」

 

 わたしは何度目か分からない言葉を口にした。

 

「トムに、ジェドゥソール先生に聞こうよ」

 

 誰も聞いていなかった。

 

 聞いてほしい。

 

 トムは補助教員である。防衛術の実技をするなら、トムに聞くのが一番早い。というか、トムが一番怖いので、トムに聞かずに進めるのが一番危ない。

 

 しかし、羽ペン通信を読んだ生徒たちは妙にやる気を出していた。

 

 ロンのコラムで英雄神話を疑い、ビブリオバトル記事で本への関心が高まり、実技課外授業の広告で防衛術を学ぶ気になっていた。

 

 これは良いことのはずだった。

 良いことのはずなのに、なぜか三階の女子トイレへ向かっている。

 

 おかしい。

 

「みんなどうしちゃったの?」

 

「分からないわ。でも止めないと」

 

 ハーマイオニーやロンは秘密の部屋のことを知っている。どうにかして止めたいと前を先走る生徒たちを追いかけた。

 三階の使われていない女子トイレの前に着いた時、わたしはかなり疲れていた。

 

 わたしは止めた。止めたのに、なぜ自分まで来ているのか。答えは簡単だ。止めるためである。止めるためについてきた人間は、だいたい現場にいる。現場にいると巻き込まれる。巻き込まれると記録係にされる。人生は理不尽だ。

 

「女子トイレに男子がこんなにいるの、普通に問題じゃない?」

 

 ロメルダが言った。

 

「秘密の部屋以前に規則違反だわ」

 

「そういう常識が今出てくるの、すごく大事だと思う」

 

 わたしは深くうなずいた。

 

 その時、個室の一つから水音がした。

 

 ぽちゃん。

 

 全員が固まった。

 

 次の瞬間、便器の中から、半透明の少女が勢いよく飛び出してきた。

 

「ここは女子トイレよ!」

 

 泣きわめくマートルだった。

 

 悲鳴が上がった。

 

 主に男子から。

 

「女子トイレなの! 女子が泣いたり、沈んだり、静かに死後を過ごしたりする場所なの! どうして男子がこんなにいるのよ!」

 

「死後を過ごす場所としてもどうかと思うけど」

 

 ロンが小声で言った。

 マートルはぎろりとロンを見た。

 

「何か言った?」

 

「何も!」

 

「言ったわ! 赤毛の男子はだいたい失礼なのよ!」

 

「僕、家族単位で怒られてる?」

 

 ジニーが腕を組んだ。

 

「マートル、私たちは別に荒らしに来たわけじゃないの」

 

「じゃあ何しに来たの?」

 

「秘密の部屋の入口を探しに」

 

 言った瞬間、全員がジニーを見た。

 

「言い方!」

 

 わたしとハーマイオニーが同時に叫んだ。

 マートルの目が、いやな光り方をした。

 

「秘密の部屋?」

 

 その声は、さっきまでより少し低かった。

 

「やっぱり。あなたたちもそうなのね。泣きわめくゴーストがいる、水の流れる古い部屋。誰も近づかない鏡の前。地下へ続く秘密を守っていた……って、あの本に書かれたから来たんでしょう」

 

 ハーマイオニーの顔が硬くなった。

 

「読んだの?」

 

「読んでないわよ!」

 

 マートルは鼻を鳴らした。

 

「でも、最近みんながこそこそ言うの。泣きわめくゴーストってあいつだろ、とか、あのトイレならありそうだ、とか。わたしは案内するためにいるんじゃないのよ!」

 

「それは本当にそう」

 

 わたしはうなずいた。

 

「本に書かれたからって、マートルを手がかり扱いするのはよくないよ」

 

「そうよ!」

 

 マートルは勢いづいた。

 

「わたしは手がかりじゃないわ! 被害者よ! それなのにみんな、泣きわめくとか、水の流れる古い部屋とか、好き勝手に書いて!」

 

 アーニーがそっとハーマイオニーに囁いた。

 

「今の話だと、本の手がかりってかなり当たってるんじゃ」

 

「黙って」

 

 ハーマイオニーは即座に言った。

 

「当たっていることと、言っていいことは別よ」

 

 マートルはふわふわと宙に浮かびながら、蛇口の方を見た。

 

「それで? あなたたちも開けようとするつもりなの?」

 

「開けません!」

 

 わたしとハーマイオニーとロンが同時に言った。

 

 けれど、その声は、周囲の好奇心にはあまり届かなかった。

 何人かの生徒が、蛇の彫刻がついた蛇口を見ていた。

 マートルの言葉で、逆に確信してしまった顔だった。

 

 泣きわめくゴースト。

 

 水の流れる古い部屋。

 

 誰も近づかない鏡の前。

 

 本に書かれていた手がかりが、目の前で一つずつ揃ってしまった。

 わたしは頭を抱えた。

 

 最悪だ。

 マートルが証拠になってしまった。

 

「でも、開け方なんて分からないだろ」

 

 ロンが言った。

 

「そうよ」

 

 ハーマイオニーがすぐに乗った。

 

「本には開け方の詳細までは書かれていないわ。ヘンリーが蛇語で語りかける描写はあるけれど、それは物語上の演出であって──」

 

「ハーマイオニー!」

 

 ハーマイオニーの言葉はほとんどヒントになってしまっていた。

 

「ハリーなら、開けられるんじゃないのか?」

 

 セオドールが突然言った。

 全員の視線が、少し離れたところにいたハリーへ向いた。

 ハリーは困ったように笑った。

 

「別に、試すくらいならかまわないよ」

 

「だめ!」

 

 わたしとハーマイオニーとロンが同時に叫んだ。

 ロンが一歩前に出た。

 

「お前が開けられるかどうかなんて、証明しなくていい」

 

 ハリーはロンを見た。

 

 その顔に、少しだけ迷いが浮かんだ。

 でも、周囲の視線は強かった。

 

 疑い。

 

 期待。

 

 面白がり。

 

 信じたがる目。

 

 ロンのコラムで揺らいだはずのヘンリー・ポーターが、本当に本の通りなのかどうか。みんなが見たがっていた。

 

「僕は英雄だ。みんなの期待にはこたえないといけない」

 

 ハリーは蛇の彫刻がついた蛇口の前に立った。

 

『開け』

 

 次の瞬間、蛇口が動いた。

 床が震えた。

 石がこすれる重い音がして、洗面台の下にぽっかりと暗い穴が開いた。

 

 誰かが息を呑んだ。

 

「本の通りだ」

 

「やっぱり、ヘンリー・ポーターは本当だったんだ」

 

「秘密の部屋は実在したんだ!」

 

「ここ、課外授業に使えるんじゃないか?」

 

「使わない!」

 

 わたしは叫んだ。

 

 ハーマイオニーも声を張った。

 

「扉が開いたことと、本が正しいことは別よ!」

 

「でも、開いたじゃん」

 

 誰かが言った。

 

 それが一番まずかった。

 

 目の前で起きたことは、正しさより速く人の頭に入る。

 わたしはそれを知っていた。

 

 新聞も本も、読まれた後は勝手に歩き出す。

 今、秘密の部屋の入口も、勝手に開いてしまった。

 

「まあまあまあ」

 

 甘ったるい声が、背後から響いた。

 

 全員が固まった。

 

 ピンク色のローブ。

 

 小さな帽子。

 

 にっこり笑ったガマガエルみたいな顔。

 

 ドローレス・アンブリッジが、廊下の向こうに立っていた。

 





体調崩してましたが復活しました。
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