こちらを見下ろす三体のドラゴン。そのどれもが凶悪な見た目をしており、RPGのラスボスと言われても違和感のない圧倒的な存在感を放っている。
殺気をはじめとする感情は抱いていない。それでも、その存在感は対峙するだけでも冷や汗が流れるほどだった。
「『炎塵龍ガルゾナ』の効果! 君のフィールドに存在するマテリアルを全て破壊する!!」
これがゲームであるのは間違いない。ゲームはゲームでも、トレーディングカードゲームだが。
そして三体の龍を従えるのは、幼馴染の一人、
これだけで、精神年齢おっさんの俺は胸焼けしそうだ。
なんて考えている間に、彼女が従えるドラゴンの一体が、俺のフィールドに存在する
おっさんとしては子供に花を持たせたいところだが、そうはいかない。わざと負けたなんて知られたら、滅茶苦茶に怒って再戦を要求して来る。
分かってるでしょうね? そう告げているようなもう一人の幼馴染からの鋭い視線を横っ面に受けながら、猛烈な勢いで迫って来る炎に対抗すべく手札を切る。
少女相手に本気を出す、大人気ないおっさんの姿、見せてやるよ。
「手札の『黒板消し』の効果で、フィールドに設置する。そして『炭酸水』をかける事により、『黒板消し』を三つに増やす。これにより、『ガルゾナ』の効果を無効化する。代償として、俺の今日の晩飯が麺抜きのラーメンになるがな」
何を言ってるか分からないだろ?
俺も分からん。
確かなのは、炭酸水によって三つに増えた黒板消しが、眼前に迫る炎を受け止め押し返しているという事。そして俺の晩飯が、どう足掻いても具とスープしかないラーメンになったという事だ。わけがわからん。
考えをポイして、処理を続ける。龍美のターンではあるが、ここから効果を繋げる。
「ヒーローの効果を無効化した事で、『フライドポテト』を地面に植える。これで、俺のライフを回復する」
デッキの一番上のカードを伏せたまま、ライフゾーンに移動させる。ここのカードが無くなったプレイヤーが負けになるので、ライフ管理は大事だ。
残り一つだったライフも、回復した事でライフが二つになる。ライフを削る方法も色々あるので、この回復はありがたい。
「そして…………」
「君がライフを回復した事で、スペル『龍の目覚め』が発動! デッキからカードを引き、そのカードがドラゴン属性のマテリアルならそのまま場に出せる! ボクが引いたのは『ドラゴンソウル』!! スペルの効果でフィールドに設置! これにより、ボクのフィールドに存在するドラゴンは全て、一度だけ破壊されなくなる!!」
やっぱこいつ主人公だわ。出すのが難しい最上位マテリアルを、こうもあっさりと出すのだから。
最上位のカードとなると、本来なら上位のマテリアルやヒーローが必要だったり、特殊な条件を満たす必要がある。それを無視してデッキに一枚しかないカードを引き当てるのだから、初見の相手からすれば、たまったものじゃないだろう。
逆に何度も経験している身としては、心構えができる分、余裕がある。
「行くよ! 『雷霆龍ローリス』でダイレクトアタック。アタック時の効果で、相手の手札を一枚破壊する。その手にある最後の手札を捨ててもらうよ!」
放たれた雷撃がライフを削り、その余波で残していた手札が吹き飛ぶ。悪足掻きではあるが、効果は使っておくか。
「破壊されたキッチンペーパーの効果! こいつで、『炎塵龍ガルゾナ』の攻撃を封じる!」
「まだだよ! 『鎧竜ブレイド』でダイレクトアタック! …………マテリアルは使う?」
「…………いいや。良かったな。おまえの勝ちだ」
最後のライフであったカードがデッキに戻るのを横目に、龍美の勝利を告げる。両手を突き上げて喜ぶ姿を見せられては、悔しいと思うよりも先に微笑ましく思えてしまう。
バトル用の不思議空間が解除され、元の龍美の部屋に戻る。サッカーができそうなくらいのフィールド。その両橋に向かい合って立ちながらも、お互いの声が聞こえるという不思議空間。『マテリアルヒーロー』という、そのままの名前のTCGでのバトル専用空間。聞くところによれば、優れたプレイヤー同士が戦う時に生じるらしい。龍美をはじめとする三人の幼馴染以外と勝負する事がないので、イマイチ実感は薄いけど。
四人の中で最弱な身としては、自分が優れたプレイヤーと言われても疑問しかない。他の三人が規格外で、一人であの空間を作り出しているのでは? というのが、おっさんの率直な意見だ。
それにしても…………
「龍美、喜びすぎじゃないか? 俺に勝ったのも、今日が初めてじゃないだろ」
「そうだけど! でも、今日は一段と熱いバトルだったからさ!! 『ベネゼクティア』と『フォールーン』のコンボがあっさり躱されて、すっごく興奮したんだよ!!」
「というか、なんであれを凌んのよ。知ってたからって、破れるコンボじゃないでしょ」
興奮冷めやまぬ龍美に両肩を掴まれ、ぐわんぐわんと揺さぶられる。自慢のコンボを破られて喜んでいるこいつは、意外とMの資質があるかもしれない。
いい感じに脳みそがシェイクされる横で、バトルを見ていたもう一人の幼馴染、
確かにあのコンボは強力だ。自分の最上位マテリアを破壊する事で、相手のフィールドに存在する全てのカードを破壊する『契約龍ベネゼクティア』と、攻撃のたびに手札か墓地にある最上位マテリアをコストなしでフィールドに出せる『宝龍フォールーン』。
最上位ヒーローの中でも、更に厳しい召喚条件を持つ二体のヒーロー。一度のバトルで片方を出せれば御の字である二体を揃えるのは、歴戦のプレイヤーでも難しい。というのが、豊寿の言葉だ。
もっとも珍しいというほどでもない頻度で龍美が二体を揃えるので、大袈裟に言っているだけのような気がする。
「まあ、運が良かったからな」
龍美から解放され、豊寿の質問に答える。実際、あのコンボを破れるのは運が良かった時のみだ。
攻撃面では優秀な二体だが、防御面はそれほどでもない。防御用のカードがあれば話は別だが、大抵はあの二体を場に出す事にリソースを使い果たしてしまう。
そこからターンを重ねて防御用のカードを揃えたり、事前に低コストの防御スペルを用意されたら詰んでしまう。逆に言えば、防御が万全でなければ打開策はいくらでもある。
豊寿たちもあのコンボは何度も破っているはずなのに、なぜ俺だけそんな風に見られるのか。
「そもそも、アンタのデッキは異常なのよ。ヒーローデッキは無し! スペルも入ってない! マテリアルオンリーのハイランダーデッキを使ってるのなんて、世界中。全宇宙を探してもアンタくらいよ!!」
「そんな風に言わなくても良いだろ。おっさんには、もう少し優しくてくれ」
「うっさい! アンタの前世がおっさんでも、アタシには関係ないわ! 変なデッキを使う、変な幼馴染! それがアンタよ!!」
「ひでぇ」
と口では言ったものの、その言葉に嬉しくなった。
俺に前世の記憶があって、それも中年のおっさんの歳だった時に死んだのは豊寿たちに知られている。
俺から話したわけではない。彼女たちのカードに宿る精霊とやらに、目の前で暴露された。どうやら精霊には、プライバシーという概念が存在しないらしい。
それを知ってもなお、以前と変わらない付き合いをしてくれるのは素直に喜んでいる。暴露された直後、それがどうしたと三人が言い切った時には思いっきり泣いてしまった。
おっさんには勿体無い友達だよ。
ちなみに死因は、街中で上から落ちてきた何かで頭を打ったというもの。ぶつかった瞬間に即死したから、何がぶつかったのかも分かっていない。
まあ知らない方がいいだろう。今更知っても、どうしようもないし。
「そもそも、俺たちの中に普通のデッキを使ってる奴なんていないだろ。龍美のヒーローは上位から最上位のドラゴンのみ。豊寿はデッキの半分以上がスペル。玲霧は全て中位以下のカードのみ。これで俺だけが責められるのはおかしいんじゃないか?」
豊寿が使うのは、その殆どがスペルで構成されたデッキ。
『マテリアルヒーロー』において、マテリアルは基礎中の基礎だ。高位のカードを使おうとするとマテリアルは必須で、カードによっては使うカードにも条件がつく。
その関係で、デッキの半分以上が中位以下のマテリアルで構成される。ヒーローは専用のデッキがあるので除外するが、残った半分を高位のマテリアルかスペルでデッキを構成する関係上、デッキに入るスペルは少なくなりやすい。
だが豊寿は、デッキの半分以上をスペルで揃えている。ひどい時には、ヒーローやマテリアルを一切使わず、スペルのみで戦って勝つ時もある。というより、ヒーローを使わない方が調子がいいまである。
龍美は、デッキのマテリアルなどの構成こそ平凡だが、ヒーローは上位、最上位のドラゴンのみで構成されている。他の奴が使えば間違いなく事故るデッキだが、龍美の主人公気質によって事故った事がないというとんでもないチート仕様になっている。
そしてここにはいない三人目の幼馴染、
彼女が使うデッキに、明確な切り札はない。低位のカード同士によるシナジーを積み重ね、最上位のヒーローすら打ち破る。ならばそれを阻止しようとすれば、それすらも利用して更に強力なシナジーを生み出す。パズルのような戦い方を得意としている。
玲霧の使うデッキは、全てのカードが切り札と言っても過言ではない。
そして俺は、転生の特典? 呪い? なのか、マテリアル以外のカードがろくに使いこなせない。というより、普通のマテリアルすら満足に使えないという有様。
いつの間にか手元にあるマテリアルと呼んでもいいのか怪しいカードでデッキを組んで、なんとか戦えている。
そのせいなのか、俺のデッキに精霊は宿っていない。俺の素質が、精霊が宿るレベルでないだけかもしれないけど。
とまあそんなわけで、俺たちの中にまともなデッキを使ってる人間はいない。なので、そうやって指を突きつけるのはやめてほしい。
そんな要望を込めて豊寿を見つめる。すると、見知った顔が現れたかと思うと、その顔が急接近して唇に柔らかい感触が伝わってくる。
「おぉー。玲霧、大胆だね」
「玲霧!! 挨拶よりも前に、キスするなって言ってるで、むぐっ!?」
俺とのキスを済ませた玲霧は、振り返ると豊寿の唇に吸い付いた。そうしてしばらくすると豊寿とのキスも終わり、吸い寄せられるように龍美ともキスを交わす。
玲霧のテクにやられたのか、豊寿は鋭い目で玲霧を睨みながらも力無く座り込んでいた。と思いきや、俺の方を睨んでくる。
「アンタ、何なすがままにされてんのよ!? 少しは抵抗したらどうなの!?」
「玲霧がキス魔なのは前からだろ。気にするだけ無駄だ」
「それは心外ね。私は、あなた達が相手だから挨拶の代わりにキスをしてるのよ。他の人となんて、死んでもごめんだわ」
龍美とのキスも終えた玲霧がこちらを向く。
相変わらずクールな雰囲気だが、その発言は雰囲気とは真逆のものだ。
成績優秀、才色兼備、文武両道、品行方正。うちの中学の生徒会長を務める程の人望を持つ完璧超人。というのが、俺たち以外からの評価だ。
実際は脳内ピンク一色で、俺と龍美と豊寿の三人と結婚すると本気で言っている。そして悲しい事に、『マテリアルヒーロー』を餌に龍美が結婚に乗り気になってしまっている。
龍美曰く、恋愛とかは分からないけど、四六時中一緒ならバトルも研究も一緒にできるよね! だ、そうだ。
この世界の全てが、『マテリアルヒーロー』中心に回ってるから許される思考だな。だからと言って、龍美ほど極端な思考の持ち主も滅多にいないだろうけど。
「もういいわ。玲霧が来たんだから、テスト勉強始めるわよ。赤点取って、海に行けなくなったら許さないから」
「海かあ。俺が学生の頃は、そんなリア充イベントなかったなあ」
「それなら、頑張って教えないといけないわね。龍美、勉強は苦手なのは分かってるけど、そうも言ってられないわ。今日は厳しく行かせてもらうわね」
「ま、任せてよ! 必ず、みんなと一緒に海に行く!! それで、いっぱい遊んで思い出を作るんだ!!」
一瞬、怯んだ龍美だったが、すぐにいつもの調子に戻る。
気持ちは嬉しいけど、おっさんとしては浜辺でのんびりしたい。下下下の下な顔面偏差値に、太りやすい体質に抗って鍛えた体。おかげで、同級生にオーガと呼ばれるほどのインパクトがある容姿となった。
幼馴染という贔屓目なしに美女美少女である三人に比べて、悪い意味で目立つ容姿をしている俺。ただの引き立て役としてなら構わないが、俺をだしにして言い寄ってくる男も多い。
その手の連中は大抵、俺を散々にこき下ろして誘いをかけてくる。そして龍美たちの逆鱗に触れ、『マテリアルヒーロー』でボコボコにされて一生モノのトラウマを負ってしまう。
つまり、そういう事だ。彼女達に言い寄ってくる男。彼らを守る為に、俺は浜辺でゴロゴロしていたい。
ナンパ野郎は死ね。と言いたいが、たった一度の過ちで人生を棒に振らせるのはさすがに可哀想だ。人生に失敗はつきもの。俺の前世だって…………
と、いけない。今の俺は、
特別、致命的な何かがあったわけじゃないんだし。仕事で失敗して落ち込んだとか、そんなレベルの話だ。切り替えていこう。