ブブッ
「…………こりゃあ、アンチも湧くわな」
夏休み明けの最初の週末。
ベッドの上で横になり、画面に映る人物の一覧を見て思わず呟く。
ネット上に、俺たちのアンチが多いのは知っている。投稿した動画にも、どこから嗅ぎつけたのか多くのアンチによるコメントが残されていた。楽観するには数が多く、放っておけないと調査を始めた。
各種SNSや動画サイトなどを軽く覗き、アンチが多い理由が判明した。
一つ目はなんて事のない理由だった。
自分で言うのもなんだが、俺たちの『マテリアルヒーロー』の高い実力。そして俺たちが持つ、未知のカードに対する嫉妬だった。
大会が認めたにも関わらず、俺たちが何かしらの不正を働いていると主張している奴までいた。
持つ者に対する、持たざる者の嫉妬。前世では持たざる者側だったおっさんからすれば、まさかこんな感情を向けられるとは夢にも思わなかった。
持たざる者と言っても、プライドのプの字も持っていなかった身からすれば、嫉妬する側の気持ちも理解できないんだけど。
完全な言いがかりだ。自重しない俺たちにも、ほんの少し責任があるけど。
ブブッ
問題は二つ目。俺たちのアンチの大半は、こっちの理由に端を発している。
進学や就職にも関係している『マテリアルヒーロー』。当然エンタメにも深く関わっており、プロでなくても芸能人の嗜みでもある。
その中には当然、人気アイドルや配信者も含まれている。そんな人気者たちをボコボコにした結果がこれだ。向こうのファンが俺たちのアンチとなり、徒党を組んでいた。
夏休みの大会での観客のざわめきが気になった俺は、改めて有名どころのプレイヤーを調べていた。
少し調べて、被害者リストをなるものを発見。この騒動を面白がった輩が作ったようで、どの大会の何回戦。更に俺たちのうちの誰に負けたかなどが、事細かに載っていた。
中にはサプライズだったり、お忍びで参加したプロも載っていた。どうやら俺たちの不正を暴くとか息巻いて人気取りを狙っていた奴もいるようだが、素人を利用して人気取りを狙うような奴らだ。言われてみれば強かったなと思うくらいで、大して印象に残っていない。
ブブッ
以上の理由から、俺たちにはかなりのアンチがついている。軽く検索をかけるだけで、俺たちをこき下ろす内容の動画が見つかる始末。
精霊がついているので、外で襲われても安全ではある。龍美の精霊の一体が俺についているらしいから、それぞれの身の回りの安全は保障されている。
ただプロに勝った影響は大きいんだろう。学校や街中で見られはしているが、それ以上の行動を起こす馬鹿とは今のところ遭遇していない。
「けど、それも時間の問題か」
ブブッ
ネットの流行りなんてものは一過性のもの。ただその一過性のものが、なかなかに厄介だ。
良くも悪くも話題性を持つ以上、そこに目をつける連中は必ず存在する。面白おかしく事を騒ぎ立て、更に混沌とした状況を作り出す。
そうなれば炎上は確実。嫌がらせの類が増える事になるだろう。
俺はともかく、三人は華があるからな。テレビや雑誌の取材が来ても不思議ではない。
大会への参加も、名簿に名前を書いただけだ。デッキの登録として中を確認されはしたが、住所に繋がるようなものは見せていない。しばらくは大丈夫だろうが、絶対に安全というわけでもない。
不手際による情報漏洩だけでなく、SNSでも個人情報が晒される可能性がある。承認欲求を満たそうと、この騒ぎに乗じて俺たちの個人情報を晒す、掃き溜めのゴミにも劣るような奴が出てきても不思議じゃない。
ブブッ
ブブッ
事前にアポを取ってくるのなら、その取材を受ける事はないだろう。取材を受ける時間があるなら、その時間をバトルや研究、遊びに費やす。俺含め、自己顕示欲とは無縁だしな。
問題はアポ無しで凸って来る連中だ。家の前とかで待ち伏せして、出てくるなり自分の質問を押し付けてくる記者もいるだろうし。というか俺のイメージだと、ほとんどの記者がそういう輩な気がする。
「対策は全員で考えるか」
ブブッ
ブブッ
ブブッ
結局のところ、一人で考えても無駄だという結論に至った。俺だけの問題じゃないし、そもそもあまり頭の良くない俺が考えたところでまともな答えなんて出るわけない。
記者に追われた経験もないから、前世の経験なんて役にも立たない。もう少し週刊誌に目を通しておくべきだったか。
いや、週刊誌には記者からの逃げ方なんて載ってないか。
ブブッ
ブブッ
ブブッ
ブブッ
ブブッ
ブブッ
「……………………」
マナーモードに設定していた携帯が震える。その間隔は次第に短くなり、連続して携帯が震え始めた。
調べ物をして無視を決め込んでいたが、それも限界らしい。メール爆撃に我慢できなくなり、文句の一つでも言ってやろうと電話をかける。向こうの手元に携帯があったのもあり、一回目のコールが鳴り切る前に相手が出た。
『あら、メールじゃなくて電話で感想をくれるなんて。嬉しい事をしてくれるじゃない』
「メールは一通も見てねーよ。見たところで、感想に困るんだよ」
『難しく考える必要なんてないわ。感想なんて、可愛いとか綺麗とか、エロいとか抱かせろとかシンプルなものでいいのだから』
「後半はどうなんだ」
幼馴染の下着を見て、エロいという感想は許されないだろ。
長いような短いような平日が過ぎた土曜日。この日、玲霧から買い物に誘われたが、豊寿から下着を買いに行くと聞いて留守番を選んだ。龍美は不満そうだったが、今夜、家に泊める事を条件に我慢してもらった。
そうして以前から気になっていた有名なプレイヤーを調べていたところに、メールが届いた。
メールの見出しには、感想を求める文面があった。その下には一枚の写真が添付されており、嫌な予感がして中を確認する前に画面を戻した。
一瞬、紐のついた布切れのようなものが見えたのは気のせいだろう。
『私にとっては褒め言葉よ。もちろん、二人にとってもね』
「で、その二人はどこにいるんだ? いつもなら、龍美が割って入ってくる頃だろ」
自分以外の二人が電話越しに話していると気付くと、方法こそ違うが会話に加わる。
龍美は会話の流れをぶった斬ってでも、すぐに話に加わろうとする。
豊寿はタイミングを見計らって会話に加わってくるが、その第一声は少しばかり大きい。
玲霧はいつもの調子で、最初から会話をしていたかのように自然な流れで話に加わる。
で俺はと言うと、いきなり話を振られて会話に引き摺り込まれる。
だからこそ、この時点で龍美が話に割って入って来ていないのは不自然だ。豊寿も、そろそろ話に加わっていてもおかしくない頃合いだ。
『近くにいるわ。絡んできた配信者のファンを自称する無作法者を、龍美が虐殺してるのよ。豊寿には、周りに同類がいないか見張ってもらってるわ』
「穏やかじゃねえな」
『ええ。でも、悪い事じゃないわ。善行より悪行が目立つのは、社会の性質が善に寄っているという証拠なのだから』
言わんとしてる事は分かる。年中テロが行われてるような世界なら、新たなテロが起こったところで、わざわざニュースで取り上げられる事もないだろう。
悪と判断された者に対する過剰なまでの攻撃も、善という概念に基づいた行いとも言える。その内容を客観的に見れば、とても善行とは言えないけど。
にしても、既に凸られていたか。最初から狙っていたのか。偶然にも龍美を見つけ、勢いのままに行動を起こしたのか。どちらか判断つかないな。
「社会の善悪についてはともかく、俺たちにとっては災難でしかないだろ。買い物の時間も、削られてるんだからな」
『そうね。でも、心配いらないわ。もう終わったもの』
『────────!!』
悲鳴のような声が、スピーカーから僅かに聞こえてくる。どうやら、決着はついたらしい。
メール爆撃が始まった頃にバトルが始まったと仮定するなら、相手はそれなりに粘ったらしい。粘っただけで、勝てたわけでもないらしいが。
メール爆撃は、バトルが終わるまでの暇つぶしだったらしい。龍美たちと合流したタイミングでその必要がなくなり、玲霧が通話を切った。
お土産を買ってくると言っていたが、何か美味そうなものでもあったんだろうか?
……
…………
………………
目的のものを買い終え、龍美が挑戦者を返り討ちにした後。騒ぎが大きくなる前に、玲霧たちはその場を後にしていた。
ファンを自称する挑戦者が言っていた配信者に覚えがなかった三人は、休憩も兼ねててきとうなカフェで敵場視察。という名の動画視聴を行なっていた。
「あ、この人覚えてる! 決勝で戦った乙女ゲーの人だ!!」
「いたわね。美形のイケメンヒーローばっかり使って、ヒロインになりきってる女」
「私も覚えてるわ。ヒーローを様付けで呼んでいたから、印象深かったわね」
三人の意見を合わせると、強いけど変わったプレイヤーだった。
デッキのコンセプトとして、共に戦うヒロインという設定があるらしい。実際に使っていた『ヒーロー』はどれも、乙女ゲーの攻略対象として出てきそうな容姿をした男ばかりだった。
そしてヒロインとしてのイメージを損なわない『マテリアル』や『スペル』を使い、『ヒーロー』たちをアシストするデッキ構成となっていた。
その病的なまでにこだわって構成されたデッキと、徹底したプレイングは見事に噛み合ってた。おかげでこの夏どころか、龍美がこれまで戦った中でも上位に食い込むほどの実力者として記憶されていた。
さっきまでは、名前と顔が一致していなかった。だからこそ完全に一致した今、しばらくは忘れる事がなさそうだった。
「…………動画を見る限りは、熱血系って感じね。デッキコンセプトからは想像がつかないけど」
「勝利に慢心せず、敗北からも学ぶ姿勢は嫌いじゃないわ。これが動画用のペルソナでなければだけど」
「ソバ? この店にお蕎麦はないよ」
「ふふ、そうね。うっかりしてたわ」
三人が見てるのは、大会を振り返ってという、生放送のアーカイブだった。勝った試合も振り返ってはいるものの、メインとなるのは龍美に負けた試合を中心としたもの。
あの時ああしていればという仮定の話から、視聴者と共に対策を考えたりと。放送時間の大半を使って、龍美とのバトルを振り返っていた。
そして動画の締めとして、龍美たちへのアンチ行為はしないように呼びかけていた。試合に負けたのは自分たち────自分の『ヒーロー」を含めているらしい────の実力不足によるもの。
大会の装置が認識している以上、未知のカードもまた公的には認められている事。
それでもアンチ行為を続けるなら、それは龍美との戦いを楽しんでいた自分へのアンチにもなると強い語気で言い放っていた。
この配信中に一度も見かけなかった鋭い目で、画面向こうの視聴者を睨みつけるような表情。その言葉が嘘でないのは、その目を見れば明らかだった。
もっとも、あまり触れると逆効果だというのは理解しているのだろう。軽く目を通しただけだが、以降の動画では龍美どころか、この大会に関する話は一切していなかった。
「次は負けないかぁ。えへへ。なら、がっかりさせないように、ボクも頑張らないと!」
動画の中で出た次は負けないという、リベンジの宣言。それが嬉しかった龍美は、嬉しそうに頬を緩ませていた。
強い相手とのバトルは龍美としても望むところ。研鑽を怠る理由は最初からないが、より一層気合を入れていた。
帰って特訓だー! と張り切る龍美を、二人が微笑ましく見守る。同時に、隣のテーブルに座る女性が反応したのを、玲霧は見逃さなかった。
席から立ちあがろうとする龍美に、玲霧が微笑を崩さずに待つように告げる。
「リベンジはいいけど。再戦の機会をどう設けるのかという、問題が残っているわ」
「あっ、そうか。ボクたちはメッセージを送れるけど、向こうはそうはいかないもんね」
「こっちのタイミングでいいんじゃない? あのタイプは、勝つまで挑んでくるでしょうし。一度こっちから連絡しておけば、あとは向こうからやってくるでしょ」
「それもいいけど。なりすましを警戒されると、話が拗れかねないわ。私たちの評判を落とそうと、あの手この手を尽くすような輩もいるみたいだし」
「じゃあ、どうするのよ?」
豊寿の疑問に対し、玲霧は無言のまま席を立つ。そして先ほど反応した隣のテーブル席の女性の前で前屈みとなって、その顔を覗き込んだ。
「ここで連絡先を交換すればいいのよ。ねえ、配信者の『乙葉』さん?」
「ぴぃっ!?」
後に入ってきたこの女性。隣のテーブルに座るところを見かけた玲霧は、今見ていた配信者『乙葉』だと気付いた。
マスクやメガネなどで顔を隠してはいるものの、ぱっちりとした丸い目という特徴は一致している。
また下ろした髪は動画の髪型と異なるが、全体的な毛量は同じと見ていい。
そしてなにより、三人が彼女の動画を見ていると分かるや否や、急に落ち着かない様子を見せ始めた。
もはやカマをかけるまでもなく、本人と断定していた玲霧は直接連絡先を尋ねる事にした
まさか声をかけられるとは思っていなかった乙葉こと、