乙廣 葉にとって、それは初めての感覚だった。
力の象徴と言っても過言ではないドラゴン。一体でも強大な存在が、巧みな連携という技を持って襲いかかってくる。
それでも仲間と連携し、多大な犠牲を払いながらも対処した。
序盤から上位、最上位のドラゴンを立て続けに使っている以上、きっと後半になれば息切れするからと持久戦の構えを見せていた。
そう考える葉の心を折るかのように、ドラゴンの攻勢は激しさを増していった。最上位のドラゴンが、当たり前のように連携を組んでくる魔境。そこにより強力で未知のドラゴンが加わるとなると、押し切られるのも時間の問題だった。
対処を試みるも、力と技によりねじ伏せられて反撃の機会すら奪われる。ドラゴンに相応しい強者の威厳を見せつけられた葉は、自然と口元に笑みを浮かべていた。
結果は葉の敗北に終わったバトル。このバトルで脳を焼かれたという事実は、葉と彼女の
龍美とのバトルが忘れられず、スケジュールの許す限り大会に参加した。運悪く再戦は叶わなかったが、観客の一人としてその戦いを目に焼きつける事ができた。
そして龍美と互角以上に渡り合い、時には龍の猛攻すら食い破る三人の姿を見た。
観戦の対象が龍美から幼馴染を含んだ四人へと変わり、そのバトルを一秒でも撮り逃がしてなるものかとスマホのカメラを向ける。
録画した動画を自宅やちょっとした時間に穴が開くほどに見返し、龍美だけでなく三人とのバトルも強く望むようになった。
だからこそ、彼らの動画を見つけた時には歓喜した。
感極まり、産んでくれてありがとう!! と両親に直接、土下座をしながら伝えたほどだ。
そんな四人を箱推ししている葉ではあるが、玲霧たちの話を聞いた今は困惑しかなかった。最初こそ興奮していた葉だったが、豊寿がさらっと口にした事実に表情が固まる。
「あの、今なんて?」
「捨てたんですよ。申し込んだ覚えもない大会なんて、出るつもりないですし」
カフェで話し込んで少し。龍美へのリベンジは全国大会で果たしたいと答えた葉に対し、三人は揃って全国大会には参加しないと答えた。
『マテリアルヒーロー』の全国大会があるのは知っている。しかし夏休みのような長期休暇でもない限り、大会での武者修行をするつもりはない。
不特定多数と戦う事で得られる経験はある。ただ短い時間で強い相手と戦うなら、身内同士で戦っている方が効率がいい。参加する大会もその場その場で無計画に決めて殴り込んでいるので、大きな大会であろうと事前に準備をするような事はなかった。
なのでいつ始まるかも覚えていない大会に、事前に申し込むなんて事はしない。そんな大会の運営から、参加条件を満たしたという通知が来ても疑念しか持てなかった。
いくら無計画でも、申し込んだ覚えのない大会に参加するほど無警戒ではない。
全国大会への本戦出場は、将来の安泰を意味している。本職のプロに限ってはそうはいかない。しかし一般の企業や公務員として就職するのなら、その経歴だけで昇進は確約されている。
その参加を自ら辞退するというのは、葉にとっては信じ難い話だった。
「加えて、参加者の選定条件が不明瞭なのもあるわね。杯月に通知が来てない時点で、信用できないもの」
杯月の戦績は四人の中で最も低い。それでも玲霧たちを破って優勝している時もある。
更には海での大会。今でこそ檻の中だが、当時はプロだった白時を下して優勝もしている。
実力を示すというのなら、それだけで十分に思えた。
しかし今のところ、杯月に通知が来てないのが実情だ。
優勝した回数のように、結果のみを条件として設定しているのか。それ以外の条件があるのか。
大会のホームページにも明確な条件は載っておらず、参加を見送る方向で意見が一致していた。
「ごめんね。みんなで参加しないと意味がないから、全国大会でのリベンジは受けられないんだ」
「うぅ、そうでしたか。ですが、橋場さんが参加できないなら仕方ないですね…………」
全国大会でのリベンジは叶わないと知り、葉が肩を落とす。大会の最中、試合の合間に四人で楽しそうに話していたのを何度も見かけている。四人の仲睦まじい姿に、尊みの過剰供給を受けて何度も瀕死になった。
一人でも参加できないなら、参加しない。四人にとっては当たり前の答えで、葉も残念に思いながらも納得していた。
もっとも連絡先は交換したので、リベンジを申し込める環境は整っていた。あとは強くなってから、折を見て挑むだけ。
その第一目標に向けて、大会へのモチベーションを引き上げる。龍美たちが参加していれば、間違いなく蹂躙していただろう全国大会で優勝する。対戦相手全員に勝って優勝しなければ、龍美たちに挑む権利はないと考えていた。
葉が大会に向けて、静かに闘志を燃やす。考えが表情に出ており、それを見た玲霧が微笑む。
「こうなると、大会に出るのも悪くなかったかもしれないわね」
「えー。でも、杯月は出られないんだよ。仲間外れみたいで嫌だ」
「どうせ玲霧の事だから、杯月にするお詫びが目的なんでしょ? 今日だって、エッグいベビードールとか買ってたし」
「エッグいベビードール…………」
葉が顔を赤くする。高校生である葉も思春期真っ盛りの少女であり、配信者として多くの人と関わりを持つ機会が多い。コメントやスレッドでもその手の話題が上がる事もあって、性的関心は人並み以上にある。
そんな彼女の前で、推しである中学生がベビードールを買ったという。それを聞かされては、意識しない方が難しかった。
「それは否定しないわ。でも運営側のメンツを潰すのも、面白そうだと思わない? 私たちで表彰台を独占した上で、棄権するの。大会への参加条件に、疑問があると告げてね」
「それ、その他大勢を敵に回すだけじゃない。これ以上アンチが増えると、杯月の気苦労が増えるだけよ」
「あら、怖いのかしら?」
玲霧が挑発的に笑う。それに対し、豊寿が睨みを効かせた。
「もちろんよ。それが原因で杯月が倒れたら、どうするつもりよ?」
「私が一生面倒見るわ」
「独り占めはずるいよ!! やるなら、ボクと豊寿も一緒だよ!!」
「ええ、歓迎するわ」
険悪な雰囲気からの握手。いつもの悪ふざだった。
雑談配信と称して、このやりとりをそのまま流すだけで再生数が稼げそう。配信者としての、葉の勘が囁いた。もっとも本人にそのつもりがないのも知っているので、考えを口にする事はなかった。
この光景を世間に見せられないのを残念に思う反面、自分だけが知っているという優越感もある。
幼馴染という、葉にとっては物語の中でのみ存在する関係。特に同性の幼馴染の距離感は新鮮で、気兼ねない関係が少し羨ましかった。
蚊帳の外ではあるものの、悪い気はしていない。ただぼんやりと眺めていたのを勘違いした豊寿が、気まずそうに体を寄せる。
「その、ごめんなさい。つい、いつもの調子で話してしまって」
「先に割り込んだのは私の方ですから、気にしないで下さい。それに皆さんのやりとりは見てるだけで面白いので、むしろ大歓迎です。けど全国大会に出るのが目的でないなら、どうして予定を詰めてまで大会に出ていたのですか?」
生配信したいくらい、という言葉は伏せる。代わりに純粋な疑問ぶつけた。
四人が楽しむ為、というのが主目的に思える。しかしそれ以外にも、目的があるように思えた。
葉の疑問に、三人が顔を合わせる。10秒ほどかけたアイコンタクトによるやり取りの後、玲霧が声を落として答えた。
「強くなる為よ。夏休みの最初に、ちょっとした騒ぎに巻き込まれてね。その時は事なきを得たのだけど。杯月以外が対処していたら、確実に犠牲者が出ていたのよ」
「しかも事が済んだ後に、その可能性に気付いたっていうのが余計にムカつくんですよね。自分がどれだけ調子に乗ってたか、痛感しました」
「…………杯月にも、苦労させたんだ。部屋に入るなり、すぐに寝ちゃって。あんなに疲れてるところ、初めて見たから。もう起きないんじゃないかって、嫌な事ばかり考えちゃった」
「………………」
葉は静かに、三人の話を聞いていた。
何があったのか。相手は誰かという、疑問も挟まない。
そこを掘り下げても無意味だというのは、理解している。だからこそ、疑問を抱いても口にはしない。聞きに徹し、少しでも気持ちを軽くしてもらおうとしていた。
陰鬱な雰囲気が漂う。しかしそれもすぐに霧散する。
「だから、決めたんだ。一緒に特訓して、どんな敵にも勝てるくらい強くなる。もちろん、みんな無事にね」
「強くなって、四人で力を合わせて立ち向かう。相手が神だろうと悪魔だろうと、全部叩きのめしてやるだけです」
「いわゆる、ALL for Wonよ。今はまだ難しいけど。いずれは、完全勝利なんて容易いものになるわ」
それは今までの積み重ねによる、絶対的な自信だった。
信頼、努力、才能…………
自分たちの全てをぶつけて挑めば、不可能などない。それは少し先の未来の話。しかし確実に実現すると、自負していた。
陰鬱な雰囲気が一転。荒々しく獰猛な獣を思わせる雰囲気に変わる。
圧すら感じるその雰囲気は店内の他の人間が沈黙し、姿を見た者を畏怖させるほど。
そんな圧を間近で受けた葉は、しばらくポカンと口を開けて呆気に取られていた。時間をかけて言葉の意味を頭の中で反芻し理解すると、両手をグッと握り前のめりとなる。
「なら私も、もっと強くなって見せます!今はまだまだ及びませんが、皆さんのライバルを名乗れるくらいに!!」
推しである四人の魅力を引き出すには、どうすればいいか? そう考え、ライバルとして立ちはだかる道を選んだ。
推し活の為に人の道を踏み外すつもりはないが、ライバルというポジションを譲るつもりはなかった。
とはいえ、ライバルという言葉は自分の胸の内に秘めておくつもりだった。しかし三人の宣言を聞いて、衝動が抑えられなくなった。
笑われるかも…………。身の程も弁えず、大口を叩いた事をすぐに後悔する。恐る恐る三人の顔を見ると、程度の差はあれど揃って驚いた表情を浮かべていた。
一番驚きが少ないように見えた玲霧が、葉をまっすぐ見つめる。微笑みを浮かべ、穏やかな声で告げる。
「私たちと戦って、心が折れない人は何人もいたけど。ライバル宣言をする人は、初めてね」
玲霧たちに面と向かって、ライバルを宣言する相手は今までいなかった。陰で努力しているのは何人か知っているが、正面から堂々と告げるのは葉が初となる。
ライバルとしての第一歩。ここにいる三人から、その存在が認知された瞬間だった。
……
…………
………………
光と闇。
太陽と月。
キノコ筍のように、アンチもいれば俺たちを擁護する意見もある。
極めて少数ではあるものの、確かに存在していた。
比率で言うなら、中立の立場から客観的な意見を述べているだけのものが多い。
ただそれ以外にも、俺たちが倒した著名人のアンチ。負けた時の泣き顔が良い表情だったので、もう一度負けさせてください。という、倒錯した著名人のファンからの要望。
それとほんの一握りでしかないが、俺たちのファンだという人々からの応援。
アンチの乱入を避ける為に別でスレッドを立て、時折乱入してくるアンチを無視しながら書き込みが続いている。
俺が言うのもなんだけど、物好きな連中だな。
スレッドを見ていると、俺たちについての話題だったり。全国大会への参加を期待しているという、声を見かける。
その中に気になる書き込みを見つけた。全国大会への参加条件。明確にこそされていないが、その基準が容姿に左右されているという。
何のソースもないスレッドの書き込みだ。それを鵜呑みにするほど、純粋じゃない。事実だとしても、俺たちに関係のない話だ。
三人に送られて来た参加資格を得たという通知書は、既に破り捨てたからな。
…………そういえば。
「あいつら、通知の書類破り捨てたけど。不参加の連絡って、したっけか?」
思い返してみれば、通知書には参加か不参加を記入する欄があったような気がする。切手の部分には何か印字されていたし、もしかしたら返事をする必要があったのかもしれない。
…………運営の人、困るだろうなあ。
近い内に、返事を確認する為の文書が来るだろう。運営の人を困らせるのも本意ではないし、次に書類が来たら返事は出すように言っておくか。
上の方針に逆らえないのが、社会人の辛いところだ。