カードゲームでお馴染みのデメリット。
それを逆手に取ったり、メリットで塗り潰したり、最小限に抑えたり。デメリットをどう補うかも、戦術の一つだ。
『マテリアルヒーロー』にも同じ事が言える。現実にまで侵食するデメリットを負っているのは、俺くらいなものだろうけど。
いくらホビーアニメの世界観が根底にあるとはいえ、現実に干渉するデメリットが明記されているカードはない。使うたびに使用者の命を削るヤバいカードとかはあるかもしれないけど、俺がウケるデメリットはしょうもないものばかりだ。
夕飯に干渉したり、絶対にじゃんけんで負けるようになるなど。考えようによっては、その場で命を奪われるよりも恐ろしいかもしれないけれど。
『マテリアルヒーロー』をただのカードゲームだと言うつもりはない。しかしそれは、世界の中心となっているからという意味でもない。
しかしただのカードゲームと言わない一番の理由は、あいつらの意思によるところが大きい。
そして同時にこうも思う。『マテリアルヒーロー』は、所詮ただのカードゲームだ。
俺のマテリアルカードは不安要素も多い。現実に干渉するデメリットが最たる例だ。もし万が一にでも、このデメリットがあいつらに害をなすなら、俺は『マテリアルヒーロー』を捨てるだろう。この世界では携帯電話を持たない事以上に不便な思いをする事になっても、一片の未練も残さずに辞められる自信がある。
あいつらの安否に比べれば、『マテリアルヒーロー』なんてただの紙切れでしかないのだから。
「…………また杯月が、つまらない顔してる」
「どうやら、じゃんけんに負けすぎて哲学をしてるようね。男の人は、女性の胸を揉めば正気に戻るそうだけど」
考え事をしてるのがバレた。付き合いが長いおかげで、お互いに顔色ひとつでおおよその考えを察せられる。
特に頭の良い玲霧には、考え事の内容までバレる時もある。今の状況も、昨日の大会で使ったカードのデメリット。じゃんけんに必ず負けるというのが原因なので、予想も難しくはなかったんだろう。
それを理解した上で、嘘を織り交ぜて茶化してくる。そんなわけない。そう言ってやりたいが、その嘘を信じ込んだ龍美がいち早く反応した。
「ほんと!? だってさ、豊寿!!」
まさかの飛び火。
俺としては話を止める為に口を挟みたいのだが、すぐに訪れるであろう衝撃に備えて口を閉ざす。
両耳を塞いで目を閉ざす。姿勢を低くして、心を無にする。横からの怒号が飛んできたのは、その直後だった。
「なんでアタシなのよ!? この中だと、玲霧が一番デカいじゃない!!」
「えー。だって玲霧のおっぱいって、揉みづらいよ。ボクのおっぱいは揉めるほど大きくないし。豊寿のおっぱいがちょうどいいと思うんだけど」
「だぁぁぁあああっっっ!!!! 黙りなさい!! おっぱいおっぱい連呼すんな!!! アンタも!!! 何黙ってんのよ!!!」
「………………」
さらっと衝撃の事実が聞こえたり、なんか呼ばれた気がするが沈黙を貫く。悪い、会話の内容を聞き流すので精一杯なんだ。
おっさんとはいえ、この手の会話は童貞には厳しいものがある。
それから龍美が謝ったかと思えば、豊寿が必死な声で何かを止めたり。玲霧の声が聞こえないなと思えば、背中に柔らかい感触が広がったりと、ちょっとした騒ぎになっていた。
…………ここショッピングモールのエスカレーター近くの休憩場で、人通りもそれなりにあるから落ち着いてくれませんかね。
おっさんはね、人目を気にする生き物なんだよ。
買い物の途中で、休憩しようと言い出したのは俺なんだけどさ。
昨日の大会で無事に十万円を手に入れた俺たちは、近所のショッピングモールに買い物に来ていた。
大会にエントリーしたのは三人だし。俺も何か欲しいものがあったわけでもなかったので、優勝賞金は夏休みの軍資金に回された。
カードの購入には使わない事。というルールを設けた上で、最初の使い道はここでの買い物だった。
買い物自体はスムーズに進んだ。それぞれの欲しいものを買うはずが、いつの間にか龍美のコーディネートに変わったというハプニング? は起こったけど。
というのも、龍美が持っている服は、そのどれもが男物にしか見えない。龍美の母親がスカートとかも買ってくるのだが、本人が嫌がってるせいで箪笥の肥やしになっている。
とはいえ、本気で嫌がってるわけじゃなさそうなんだよなあ。服を選んでる時も、恥ずかしそうにしながらも積極的に選んでたように見えたし。
まあ、習慣というのがあるからな。中学の制服は下に短パン履いてるから、そんなに気にならないみたいだし。
…………ん? なんか、違う意味で騒がしくないか?
さっきまでは、身内ノリ特有の激しくも明るい雰囲気だった。それが馴染みの声。特に豊寿のものと思われる声に、刺々しい雰囲気を感じる。
現実逃避をしてる場合じゃないかもしれない。意を決して目を開ける。あの会話が続いているようなら、すぐに意識を背けられるようにする。
「ガキが、オレたちに勝てると思ってんのか!?」
「ぎひゃひゃひゃ! 目の腐ったガキなんざ、お呼びじゃないんだよ!!」
「玲霧、そっちは任せるわ。さっきの言葉、後悔させてやりましょう」
「相手をより苦しめるなら、冷静に行くべきよ。怒っている時こそ、冷静にね」
「…………ん?」
思っていたよりも、シリアスな空気になっていた。
豊寿と玲霧が取り出したデッキを構えている。その二人と対峙するのは、へんなスーツを着た二人組。顔を覆うメットのせいで声がくぐもっているが、一応男っぽい。コスプレのロールプレイかとも思ったが、そんな雰囲気じゃない。
あれが演技だとすれば、この二人はハリウッドでもやっていけるだろう。
いや、マジで何これ? え、ホビーアニメお馴染みの悪の組織でも攻めてきた? このタイミングで? なぜ?
疑問は尽きないが、二人がバトルを開始する。休憩用のスペースにバトル用の台があるようなので、それを使って戦うようだった。
どうやら、スーツの男たちは謎空間…………バトル空間でいいか。バトル空間を出せないらしい。これ、もう勝負ついただろ。
龍美は神妙な顔つきで二人のバトルを見守っている。こいつが『マテリアルヒーロー』のバトルを、こんな顔で観戦するのは初めて見たな。街中で見かけた自分と関係ないバトルでも、楽しそうに見てるのに。
豊寿も玲霧も全然楽しそうに見えない。
…………なんか、腹立ってきた。
「先攻はオレだッ! 場に出した『血染めのギロチン』を使い、『熟練の処刑人』を召喚!! 処刑人の効果でヒーローデッキの下級罪人カテゴリー、『複舌の罪人』を処刑!! 『複舌の罪人』の攻撃力の半分を、『熟練の処刑人』の攻撃力に上乗せする!!」
豊寿と対峙する男のフィールドに、大鉈を手にした大男が現れる。
軽く出した割に攻撃力はなかなかのヒーロー。追加でマテリアルを一つ設置した男は、狂った笑い声を上げている。多分、すぐにその笑みも凍りつくんだろうけど。
豊寿のターン。最初の一手で、今回の豊寿の調子が分かる。
「アタシのターン。ドロー。『閻魔の再審』を発動。あなたの墓地にある『複舌の罪人』を、アタシの墓地に移動させる」
「うわ、本気だ」
初手スペルというのは、豊寿にとってかなり調子がいい。
しかも相手の事をあなたと呼んでいるという事は、かなり頭に来ている。溢れそうになる怒りを抑え込んでいる状態だ。
にしても、相手の墓地からヒーローを奪うか。あれが来るか。
「続けて『盗虫魔草』を発動。アタシのフィールド、墓地、山札のどれかに相手からコントロールを奪ったヒーローがある場合、それを除外する。たった今、あなたから奪った『複舌の罪人』を除外。これにより、次のターンからアタシは、カードを二枚ドローできるようになる」
出た、盗虫。
相手から奪ったカードをコストとして要求するからか、高位のスペルでありながらマテリアルや特定のヒーローを使わずに発動できるスペル。
自分のターンでは最低でも一回はスペルを使わなければ効果が失われるどころか、相手が二枚のカードをドローできるようになってしまう効果もある。そして効果対象が相手に移ると、スペルを使わなかった場合のデメリットも無くなる。
まあ豊寿のデッキ構成上、スペルを使わないターンがないのでこのデメリットもあってないようなものだけど。
豊寿はそのままターンエンド。防御用のスペルを使わなかったのは、盗虫を優先したからだろう。
攻撃に反応するスペルもあるので、それを使うつもりかもしれないけど。
「クソがっ!! これじゃあ、磔台が使えねえじゃねえか!! よくもやってくれやがったな!!」
「コンボなんて、破られるものでしょ。それを予期して、破られた場合の対処法を考えるのが優れたプレイヤーよ」
スーツの男がぶち切れてる。多分、墓地にあるヒーローと磔台で何かしようとしていたのだろう。
コンボが破られて苛立つ気持ちはわかるけど、相手にキレるのは違うだろ。豊寿の言うように、コンボが破られた時に備えるのは当然の事だ。
俺の場合、コンボが破られるのはいつもの事だから、そんなに気にならないけど。けど、悪い事ばかりでもないんだけどな。
途中でコンボを破られて、なんとかリカバリーしようとしなら予期せぬコンボができた。なんて経験もあるし。
「ガキがぁっ!! 場のマテリアルを捨てて、『使い古された磔台』を設置!! 処刑人でダイレクトアタック!!!」
「呆れた」
豊寿の見下す視線がスーツの男に向けられる。処刑人が大鉈を振り下ろしライフを削ろうとしているが、そちらは一瞥するだけで興味を失っていた。
「スペル『破損した武器』。武器カテゴリーのマテリアルで召喚された、『熟練の処刑人』の攻撃を無効化。ふぅ、話すのもバカらしくなってきたわね」
処刑人の攻撃を無効化した豊寿が、ため息を吐く。戦意は失っていない。油断もしていない。ただ相手の力量があまりにも低いせいで、少し憂鬱になっているようだった。
攻撃が不発に終わった事で、スーツの男がターンを終了する。どうやら、本当に磔台のコンボを使う事しか考えていなかったようだ。
悪の組織の下っ端なんて、チンピラみたいなもんだしな。こんなものだろう。
「アタシのターン。『盗虫魔草』の効果で、カードを二枚ドロー。スペル『複合魔法』。手札のスペル二枚を捨てて、スペル『薔薇の残り香』を発動。三ターンの間、『熟練の処刑人』の攻撃を封じる」
「ははっ! 偉そうな事言う割に、何も分かってねーんだな!! さっきからスペルばっか使って。時間稼ぎしかできねーのか!?」
「いいえ。もう勝負は着くわ。スペル『イタズラ時計』。ターン経過により処理される全ての能力を、ターンが経過したものとして処理する。これにより、『薔薇の残り香』の攻撃無効の効果はターン経過によって失われる。『イタズラ時計』の代償として、アタシはライフを一つ減少させる」
安い挑発を受け流す。普段は感情的になりやすい豊寿だが、こういった盤外戦術にはめっぽう強い。多分、俺たちの中じゃあ一番強いと思う。
普段は冷静な玲霧も、バトルが進むにつれて熱くなってくる。龍美は言わずもがな。
おっさんは、普通だ。挑発とか気にせず素の反応を返すだけ。豊寿のように挑発を返したり、軽口を叩いたりはとかはできない。
「そして手札から墓地に送られた『千切れた弟切草』の効果で、アタシのライフは一つ減少する。この瞬間、一ターンの間に五つのスペルの効果を使った事で、条件は満たしたわ。アタシはヒーロー、『万唱・ヴェンデッダ』を召喚」
『万唱・ヴェンデッダ』
豊寿が使うヒーローの中で、数少ない人権を得ているヒーローの一体。最上位マテリアルを使うか、今言った条件を満たすと召喚できる。
スペルの能力さえ使えばいいので、スペルとして使う必要はない。
前のターンから効果が継続している『盗虫魔草』
このターン使った『複合魔法』『薔薇の残り香』『イタズラ時計』
墓地に送られる事で効果を発動した『千切れた弟切草』
この五つの効果を使った事で、二ターンという短い間に最上位ヒーローを召喚していた。
本来なら、簡単に満たせる条件ではない。それを豊寿は、あっさりと召喚に必要な条件を満たした。
「ターン終了時、ヴェンデッダの効果発動。ヴェンデッダは各ターンの終了時に、アタシの減っているライフ以下、つまり二枚までのスペルを山札、墓地、除去したカードの中から手札に加えることができる。墓地の『破損した武器』と山札の『魔石製造機』を手札に加える』
ヴェンデッダは攻撃力こそ上位ヒーローのほとんどに劣るが、その能力は強力なもの。自分と相手のターンの終わりに、場所の区別なくスペルを手札に加えられる。
Q.魔法のスペシャリストに、魔法を自由に使わせたらどうなる?
A.相手は死ぬ。
相手のターンの終わりにもスペルを手札に加えられるので、相手の行動に合わせてスペルを手札に加えて即応。じわじわとスペルでライフを削り、男を完封しての勝利を収めた。
万唱・ヴェンデッダ
最上位ヒーロー最弱候補の一体。
能力こそ強力だが、最上位ヒーローとあって出てくるのはだいたい終盤。
プレイヤーのライフも半分以上削れている時も多く、能力で一度に三、四枚のスペルを回収できる事が多い。と聞くだけでは強力なヒーローだが、一般的にデッキに入っているスペルの数は少ない。場所を選ばないというのは便利だが、一回発動すればそれでいいやというプレイヤーが多い。
またサーチや墓地からの回収はもっと低コストで使いやすいものが多いという理由から、スペルが多め(一般人基準)のデッキであっても採用される事はないという悲しみを背負っている。