結論から言えば、龍美は誰も殺していなかった。正確には殺人の罪には問われないだけだが、原因も相手にあるので正当防衛を適用するまでもなく無罪放免となった。
取り乱した龍美を三人がかりで甘やかし、落ち着かせる事に成功する。豊寿の膝の上に座り、俺と玲霧に頭を撫でられながら幸せそうに笑っている。
「…………話しても大丈夫そうかな?」
先ほどまで玲霧と戦っていた男性、
鍛え上げられて引き締まった身体は、ビール腹やメタボとは無縁なのだろう。
正直、羨ましい。俺も、もう少し鍛えるべきだろうか。体質を考えると、今の鍛え方だと三十代からやばそうなんだよな。
とまあ、俺の事はどうでもいい。今は龍美が殺したと勘違いした相手についてだ。あれから、俺たちは尼統さんの組織が所有する近くのセーフハウスに来ていた。そこで龍美が殺したと勘違いしてしまった男の検査の結果を待ち、今は応接室のような部屋で聴取を受けている。
尼統さんの言葉に頷くと、彼は一枚の写真を取り出した。
「さっきも言ったように、彼は死んではいない。心拍数は安定しているし、呼吸もしている。意識こそ失っているが、体の内外に異常は見受けられなかった」
「それは、医学的検知によるものですよね? 豊寿が言うには、この男は龍美の魂を邪神という存在に捧げようとしたとか。それとの関係は?」
玲霧はそう言って、白時が写った写真を指差す。なんでも白時は、怪しい組織に所属しているとして以前からマークされていたらしい。
そんな白時に小さいとはいえ大会で勝利した俺を見張っていたところ、その組織が俺に接触。俺を散々にこき下ろして、豊寿たちに返り討ちにされるという展開になった。
白時が龍美を狙ったのは、俺の動揺を誘う為だったのだろう。狙った相手が俺以上の実力者だとも知らずに。哀れなやつだ。
「正直なところ、真偽の程は不明だ。魂の有無を計測する装置なんて、少なくとも表の社会には存在しないからね。けどここ半年、全国で中、小規模な大会優勝者が、意識不明の状態で発見されるという事件が頻発している。それと無関係、という事はないだろうね」
大会優勝云々は別として、全国で原因不明の昏睡状態に陥る人が増えているというニュースは見た。
俺たちの周りにそういった症状の人間がいなかったので現実味は薄かったが、その第一号が龍美となっていた可能性を考えると、考えると………………なんだろうな。原因が『マテリアルヒーロー』の勝敗に起因するものだと考えると、龍美が被害者になっている光景が思い浮かばない。
龍美が狙われた事に少なからず憤りは感じている。しかしそれ以上に、馬鹿なやつだったよ。という、敵に対する哀れみが浮かんでいた。
なんか、すまん。いつもより多めにわしゃわしゃしてやるから、多めに見てくれ。
「は、杯月! なんだか乱暴じゃない!?」
とか言いながら、龍美は満更でもなさそうだった。やっぱこいつ、SかMで言ったらMだな。
龍美を撫でる手を豊寿に止められる。
怒られる。と思ったら、同じようにわしゃわしゃと撫で始めた。もしかしなくても、俺と同じ事を思ったらしい。というか、こいつは龍美と白時のバトルを見てたんだから、余計に龍美が負ける姿が思い浮かばなかったのかもしれない。
「仮に、魂を奪われたのだとしたら、彼がバトルの最中に使ったという未知のマテリアル。『虚構神の祭壇』が怪しいというわけね」
龍美と豊寿の証言から、白時がバトル中に奇妙なマテリアルを使用した事が発覚している。不思議な事に白時のデッキからそのカードは見つからなかったが、豊寿がそのマテリアルを携帯電話のカメラで撮影していた。
撮影されたマテリアルは現在確認されている『マテリアルヒーロー』の全てのカード。マテリアルはもちろん、スペルやヒーローにすら該当する名前はなかった。
状況証拠ではあるが、このマテリアルが魂を捧げるという言葉に関係があるのだろうと予測を立てていた。
…………というのが今の話の流れだが、正直、上手く行き過ぎな気がする。尼統さんも言ったように今の技術では、魂の云々を測定するのは不可能だ。にも関わらず、こんな眉唾な話をさも当然のように受け入れて話している。
動揺していた龍美はともかく、実際にその目で見た豊寿ですら未だに疑っているというのに。もしかしなくても、尼統さんたちもこのマテリアルの存在について何か確証を得ているのだろう。ひょっとしたら原作主人公的な一団が先にこの組織と戦っていて、尼統さんたちも既に接触しているのかもしれない。
こう言っちゃ悪いけど、尼統さんって実力は確かだけどホビーアニメの主人公とするには歳をとり過ぎている。主要キャラの一人ではあるけど、主人公とするには無理があるだろう。
その一団とも会う事になるのだろうか。そんな事を考えていると、豊寿が考え込んだ様子を見せる。
「未知のマテリアルねえ。杯月、何か知ってるんじゃない?」
「知らねえよ。俺の持ってる祭壇といや、『ぬの祭壇』ぐらいだ。効果も、『ぬ』を捧げるとか、『ね』を滅する。とか、わけわかんねえ効果だぞ」
「…………その人の魂が、『ぬ』とか『ね』なら、今の状況と矛盾しないのではないかしら?」
「『ぬ』とか『ね』が魂とか、嫌過ぎんだろ」
冗談でもやめてほしい。座右の銘が魂ならまだ分かるが、『ぬ』や『ね』に限らずひらがな一文字は嫌だ。
だめだ、この話はやめよう。そのうち、マテリアル『ぬ』とか出てきかねない。
「真面目に考えるのなら、虚構神というのが怪しいわね。祭壇を通して神に魂を捧げる。ありえない話ではないわ」
「…………あー、精霊が知ってるみたい。何でもこの世の全ては虚構で、その虚構を全て取り払えば楽園が訪れる。とか何とか言って封印されたみたい」
デッキに宿る精霊に確認したのであろう豊寿が、顔を顰めて聞いた内容を口にする。その内容は、豊寿が嫌そうにするのも納得のものだった。
封印された邪神が、どのようにしてこちらに干渉しているのかは分からない。ただその教義が、放置できないものであるのは確かだ。そのふざけた教義が現実のものとならないよう、尼統さんたちには是非とも頑張ってもらいたい。
「なんというか、頭の悪い話ね。生中くんの書いた妄想小説の方が、まだ読み応えがありそうだわ」
「厨二病の妄想以下の教義ね。煽りとしては十分かしら」
「精霊…………?」
「お前ら、勝手に話進めるな。尼統さん困ってるだろうが」
当たり前のように精霊に確認を取ったが、尼統さんはポカンとした顔でこちらを見ている。精霊の存在も知っているかもと思ったが、この反応を見る限りそうでもなかったらしい。
どう説明したものか。とりあえず精神病院のお世話にならない説明を考えていると、髪の毛がくしゃくしゃになった龍美が一枚のカードを取り出した。
「こういうのだよ。来て『エレンシア』」
「まったく。妾にも立ち場があるゆえ、気安く呼んでくれるなといつも言っておろうに」
龍美のすぐ後ろで火柱が上る。周りを一切焦がさずに霧散した火柱の中から、露出の多い白いドレスに褐色の肌。腰まで伸びた真紅の髪とその隙間から五本の角が生えた美女が現れた。
『紅龍』
下級ヒーローのようなシンプルな名前をした彼女だが、その格は最上位ヒーローの更に上に位置する。一般人にとっては、未知の領域のヒーローだ。
分類上は最上位ヒーローとされているが、あくまでも彼女を定義する格が存在しないからそう呼んでいるに過ぎない。俺たちが公式として名付けられるとしたら、その格はありきたりだが『神』だろう。
…………虚構神という邪神の話をしてたら、神クラスの味方が現れた。話が進んだ終盤ならともかく、邪神の手先と戦った矢先に出てくる存在じゃねえな。
エレンシアの方が先に俺たちと接触していたので、邪神の方が後出しにはなるんだけど。
なお、普段の龍美のデッキにエレンシアは入っていない。豊寿のデッキもそうだが彼女のような神レベルのカードは、精霊の気まぐれだったり。使い手である龍美たちが呼びかけたりしない限りは、デッキに入らない。
自分の意思でデッキに出入りするカードとか、一種のホラーだな。
エレンシアの登場で全てに説明がつく。わけもなく、尼統さんが完全にフリーズする。
この空気どうするんだよ。
「それなりに経験を積んでいるように見えたが、そうでもなかったようであるな。杯月ですら、驚きこそすれ、問答をするだけの余裕はあったというに」
「彼ほど非凡な経験をしてる人間は、珍しいと思うのだけど。ねえ、おじさま♪」
「…………お前にそう言われると、いけない事してるみたいになるからやめろ」
というより、未遂とはいえ、玲霧から売春を持ちかけられた事はある。玲霧が買う側で、俺が売る側として。
妙に色気のある笑みを何とか受け流す。今はエレンシアや玲霧の過去について、考えてる場合ではない。
こほん、と咳払いをして尼統さんの注意を引く。申し訳ないが、これ以上の精霊に関する説明はより状況を複雑にするだけだ。
「とりあえず、敵は虚構神とやらを崇める教団。ってのは分かったわけですし、これからについて考えませんか?」
「そうだね。我々としては、一般人である君たちをこれ以上、巻き込みたくはないのだが…………」
「アタシとしては、今すぐにでも乗り込んでやりたいんだけどね」
「そうはいかない。君たちの立場もあるが、それ以外にもいくつか理由がある」
豊寿が口にした希望。教団に狙われているからか。攻め込むなんて無謀な真似をさせない為なのか。尼統さんがいくつかの課題をあげていく。
教団に攻め込むにあたって、いくつかの問題を抱えている。
一つ目は本拠地の場所。凡その見当こそついているらしいが、詳細な場所については捜索している最中らしい。
二つ目は潜入方法。部隊長クラスの敵が敗北の間際に漏らした情報によると、本拠地に入るには割符となる何かと合言葉が必要らしい。
そして三つ目。これが最も重要らしい。教団で聖女と崇められていた少女が逃走。今はある少年の家に保護されている。
虚構神の復活には聖女の存在が不可欠。しかし聖女というのは虚構神の封印の要にもなるようで、虚構神を封じ込めるには彼女を連れて本拠地を制圧する必要があるそうだ。
やっぱり主人公的チームはいたんだな。
「随分と消極的な対処ではないかえ? 妾の力があれば、虚構神なぞ敵ではないぞな」
「『エレンシア』もそうだが。こっちには『創世』に『事象』、『可逆』までいるしな。神程度が勝てる道理もないか」
『エレンシア』たち神格のカードの更に上。龍美たちの真の切り札。
『世界』そのものとも言えるそのヒーローは、あまりにも強力な力を持っている為、バトルで使われた回数は三柱全てを合わせても両手で数え切れるほどしかない。
召喚するだけで大規模な地震が起こったり、曇り空が快晴に変わったり、周囲の人々が意識を失ったりと。存在するだけで、超常の現象を引き起こす。
他の精霊が力をフル稼働させてなんとか被害は出なかったが、協力がなければ街の一つや二つは消滅していたと思う。
…………虚構神よりタチが悪いのでは?
三柱の名前を出した途端、『エレンシア』が口を閉ざす。数少ない格上だからな。三柱ともおおらかな性格ではあるんだけど。
問題は、人間の倫理観が通用しないという点だ。隙を見つけて。いや、隙がなくても俺たちを精霊の世界に連れていこうとする。一度行けば、二度とこっちには帰って来られないというのに。
「…………やっぱり、私たちで攻め込むべきね。封印の要になるという、聖女さまの安否も気になるわ」
「あー、よくある話よねー。自分の命を犠牲にして、敵を封印する。残される方からしたら、ふざけるなって話よね」
「ダメだよ! 死んじゃったら、それで終わりなんだよ!! ボクが虚構神を倒す!! それで、その聖女さんを助ける!!」
見ず知らずの聖女の為にと、龍美がやる気を見せる。見せちゃったかあ。こうなると、俺たちにできる事は一つしかない。
「玲霧、賞金の残りっていくらだ?」
「数を揃えたくて安くて可愛い服を選んでたから、まだまだ余っているわ。これだけあれば、四人で日帰りの旅行くらいは行けるでしょうね」
「そうか。豊寿、宿題の進み具合は?」
「いつも通りよ。早めに終わらせて、龍美のを手伝うつもり」
「了解。龍美、デッキの試運転は終わったのか?」
「うん! 新しいカードにも慣れてきたし。必要なら、『みんな』にも来てもらおうと思うんだ!!」
「頼もしいな。…………よし、俺も覚悟を決めた。虚構神の教団とやら、ぶっ潰しにいくぞ」
「「「お────!!!」」」
俺の号令に、三人が腕を突き上げる。一体何が。尼統さんが疑問を口にするよりも前に、俺たちの周りの景色が変わる。
『時空術師ローテンベーテン』
豊寿のヒーローが遠くに察知した虚構神の力を辿り、教団の本拠地に俺たちを転移させた。
どうやら、気を利かせてくれたらしい。何やら集会を開いている教会と思われる空間。その祭壇に俺たち四人が降り立った。
「ボクの友達を悪くいう奴らは許さない!!」
「杯月を醜男と言った事、後悔させてあげるわ!!」
「見た目だけで彼の生殖機能の高さに気づかなかった、自らの浅はかさを呪いなさい!!」
「お前らなんざ、聖女なんていなくて、も…………?」
なんか、おかしくない? ここに乗り込んだのって、聖女を助ける為だよね? なんで、俺が悪口を言われたような反応なの? ここに来てから、相手は何も言ってないのに。
ショッピングモールであのチンピラ兼教団の下っ端と戦った時に、何かあったのだろうか? あの時もかなり怒っていたよな。なんて考えながら、喚び出したデッキを構えた。
正気に戻って考えるようになってきたので、しばらくお休みします