「じゃんけんで決めよ!!」
復活した虚構神を前に、龍美がそんな事を言い出した。教団の本拠地に乗り込んだ俺たちは、駆けつけた信者たち相手に連戦連勝を重ねた。
が、来る奴全員が負ければ魂を捧げるような覚悟の決まったやつばかりで、一段落着く頃には虚構神が復活してしまった。
聖女がいなくては復活できないと言う話だったが、必要数以上の魂を捧げて強引に封印を破ったらしい。まあ、よくある話だよな。ここから聖女が命を犠牲にして、封印するまでがセットだ。
残念な事に俺たちの中に聖女はいないから、プランB。虚構神の撃破しか選択肢はないわけだが。
封印から解き放たれた虚構神は、満を辞して現れた教皇のデッキに入った。結局のところカードである以上、使い手となるプレイヤーは必要らしい。
そして冒頭の龍美の発言だ。誰が教皇と戦うか、それを決めようという。世界の命運をじゃんけんで決めるというのは、俺たちらしいのかもしれない。
で、じゃんけんの結果、こうなった。
「杯月がんばれー!! 大丈夫、きっと勝てるから!!」
「すぐに終わらせなさい。近くのホテル、予約したんだから」
「着替えも買わないといけないわね。移動を考えると、あまり時間はないわ」
ラスボスの空気じゃない。俺らにとっては、相手はぽっと出のおっさんなんだけど。
龍美はともかくとして、豊寿と玲霧もこの戦いを観光の一部くらいにしか思っていないらしい。一泊二日虚構神討伐ツアー。尼統さんやこいつらから逃げた聖女さんとやらが見たら、なんて言うだろうか。ぶっちゃっけ、ぶん殴られても文句は言えない気がする。
空気を読め。俺ならそう言って、一発殴る。土下座の準備をしておこう。
「先攻は私ですね。虚構神の効果を発動。私のヒーロー全てに虚構神の祝福を与えます」
教皇のヒーローデッキが妖しい光を放つ。デッキの中にあるだけで発揮するという、なかなかに厄介な効果。多分これで虚構神以外のヒーローは、全て虚構の使徒となったのだろう。一見すると地味ではあるが、サポートするカード次第ではワンターンキルすらあり得る。
運を味方につける必要はない。ただ不運に憑かれないように祈るしかなかった。
────防御用のカードはあるが、どれだけ通用するか。
「マテリアル『朽ちた教会』を設置し、手札のスペル『増設』を発動。『朽ちた教会』を破壊し、『大灯台』を場に出します。『大灯台』の効果。ヒーローデッキの『虚構の使徒バルトニック』を選択」
意外と普通の手を使って来たな。フィールドにある建造物系のマテリアルを破壊する事で、より上位の建造物系のマテリアルを場に出す『増設』。
場に出た時にヒーローを一体指定し、四ターンの間、フィールドを離れなかったらそのヒーローを場に出す『大灯台』。
あからさまに虚構の使徒を強化してくると思っていただけに、この展開は予想外だった。
「そして、私の場に中位マテリアルが出た為、『虚構の使徒トビダン』の効果発動。コストなしで召喚。ターンエンドです」
トビダン、か。確か、『飛び出し隊長トビダン』ってのがいたな。そいつも中位マテリアルを場に出した時、コストなしで召喚できる効果があったはずだ。
白時もそうだったし、虚構の使徒ってのは名前が変わるだけで効果は同じと思っていいんだろう。虚構の使徒をアシストするカードの恩恵を受けられるというのは、看過できるものでもないけど。
「『大灯台』か。ブラフの可能性も見ておくか。ドロー!」
当たり前ではあるけど、マテリアルの破壊に反応するカードも存在する。大きすぎる釣り針が目の前に吊り下げられてる気分ではあるが、『大灯台』を放っておくわけにもいかない。
虚構の使徒なんてカードを使ってるが、それ抜きでもこいつの実力はかなりのモノみたいだ。
「俺はマテリアル『ネギ』と『くくり罠』を設置し、効果発動。二つをコストに、山札の『ネギを背負った鴨』を場に出す。このマテリアルは相手のターン中のみ、攻撃力2000のヒーローとして扱う効果を持つ」
鴨頼みと行くか。これでどこまで粘れるかが、この勝負の分かれ目になる。
「墓地の『ネギ』をざく切りにして効果発動。手札のマテリアルを一枚山札に戻し、好きなマテリアルを手札に加える。俺は『ラッパ銃』を山札に戻し、代わりに『カラーコンタクト』を加えてそのまま場に出す」
鴨とカラコンが揃った。これで最上位のヒーローが来ようと、一ターンは持ち堪えられる。
理想は、こっちから攻め込む事なんだけどな。今の手札じゃ、生半可な攻撃しかできない。そして相手は、そんな攻撃を許してくれそうにない。なら、次に備えて最善手は取っておくべきか。
「最後に、墓地の『くくり罠』の効果発動。紐を束ねて、燃えないゴミとして捨ててターンエンドだ」
なお、バトルには一切の影響がない模様。
『大灯台』の効果発動まで残り二ターン。次の俺のターン終了と同時に、その効果が発動する。とりあえず、破壊する準備はできた。
ここからは相手の出方次第か。
「私のターン。ドローフェイズにスペル『早贄』を発動。山札の一番上のカードを墓地へ送り、ドローフェイズをスキップする」
『早贄』か。大抵、デッキトップを操作するカードと組み合わせるのが定石だが、それもしないか。デッキの圧縮か、墓地の肥やしが狙いか?
相手はドローをスキップし、最初のターンで三枚のカードを使った。残ったのは一枚の手札。何を狙ってる。
「スペル『魔力の残滓』を発動。効果で墓地の『早贄』を加える前に、手札がゼロになった事で『虚構の使徒シッカ』を召喚。シッカの効果でカードを一枚ドロー。ドローしたカード、マテリアル『虚構の逆十字』を破壊し、『虚構の使徒ピーレン』を召喚。『虚構の逆十字』の効果により、このカードが手札から墓地に送られる際、代わりにフィールドに設置。そして早贄を手札に加える」
興が乗ってきたらしく、教皇が饒舌になる。
にしても、このターンだけで二体のヒーローか。そして最初に出したトビダン。
どれも下位のヒーローのようだが、ようやく出てきた虚構の使徒をサポートすると思われるマテリアルが出てきたとなると油断はできない。
少なくとも、攻撃は来る。
「トビダン、シッカ、ピーレン。三体の魂を捧げ、『虚構の眷属ヴィスレガノラス』を召喚! 」
「最上位ヒーローかよ」
眷属と来たか。最上位ヒーローって考えると、虚構の使徒の上位版ってところか。禍々しい見た目からして、虚構の使徒とは違って最初からあの名前なんだとは思う。あんなのまでいるとはな。
あまり、おっさんを虐めないで欲しいんだがね。
二ターン目で最上位ヒーローの出現。普通なら驚くところなんだろうが、初手最上位ドラゴンの召喚とか平気でやる奴を知ってるのであまり驚けない。
反応薄くてごめん。そんな事を考えている間にも、教皇は眷属の効果を発動する。
「『虚構の眷属ヴィスレガノラス』の効果! 墓地にある虚構の使徒一体につき、攻撃力を300上昇させる!」
ただでさえ高い攻撃力が、更に上昇する。たかだか攻撃力2000の鴨がどうにか出来る状況じゃないな。
けど、そこをなんとかするのがカードゲームだ。その為に、『カラーコンタクト』を出したんだからな。
教皇が攻撃を宣言する。その宣言に従い、眷属が鴨に攻撃を仕掛ける。
「『カラーコンタクト』の効果発動。鴨に装備させる事により、一度だけ相手の攻撃を無効化する。やれ! ネギパリィ!!」
鴨を押し潰そうと、眷属がその剛腕を振り下ろす。体格差もあってまともに受ければひとたまりもないそれを、片目にカラーコンタクトをつける事でオッドアイとなった鴨が迎え撃つ。
振り下ろされる腕の先にネギを置き、タイミングを合わせて弾く。ガンッ! という重い音を立てて後退りながらも、鴨は傷一つ受けなかった。
とはいえ、一度で諦める眷属ではない。振り下ろし、薙ぎ払い、体ごとぶつける。様々な方法で攻撃を試みるが、そのことごとくを弾かれ無効化される。やがて眷属の攻撃の手が止まる。こころなしか、息を切らしているように見えた。
「鴨が攻撃を受け、フィールドに残った事により効果発動。鴨鍋カウンターを一つ追加する」
淡い光の玉が鴨の頭上に輝く。まるでスポットライトのように鴨を照らす。なんともシュールな絵面だ。
教皇はそのままターンエンド。手札がほとんどない以上、しばらくは大きな動きを見せない。と、願いたい。
「マテリアル『たわし』と『消臭剤』を設置。そして手札の『酸性洗剤』の効果で、『消臭剤』の中身を『酸性洗剤』に入れ替える」
『消臭剤』の中身が全てぶちまけられ、空になった容器に『酸性洗剤』が注がれる。『大灯台』も気になるが、今は目の前の虚構の眷属への備えも必要か。
よし、先手はもらうぞ。
「『消臭剤』の効果発動! 中身が『酸性洗剤』に替わった時、山札からマテリアルを一枚フィールドに設置! 『電光掲示板』をフィールドに出し、その効果を発動する! 『電光掲示板』がマテリアルの効果によって山札から直接フィールドに出た際、相手のライフを二つ破壊する!!」
現れた『電光掲示板』に表示されたいくつもの文字が宙を舞う。踊るように互いの場所を入れ替えて動き回った文字が動きを止めると、教皇に向けてレーザーを照射した。
無数のレーザーが教皇を焼き、ライフを破壊する。『電光掲示板』である必要性を感じない攻撃だが、先手を打てたから良しとしよう。
とはいえ、このままとんとん拍子で事が運ぶとは思えないんだよな。教皇の口元が緩んでるように見える。
二つのライフのうち、一つは山札に戻らずに教皇の手に握られてるし。何か仕掛けてくるのは明白だ。
「スペル『緊急手術』。このスペルがライフから山札に戻ろうとした時、山札に戻す代わりに効果を発動する! カードを二枚ドローする!」
定番のカウンタースペル『緊急手術』。発動するとライフを一つ回復するか、手札を二枚引くかのどちらかを選んで発動できる。
高位のスペルなので正攻法で発動するにはそれなりにコストがかかるが、今の方法ならライフを代償に効果を発動できる。
相手のライフを削る際に、最も警戒するスペルとして有名ではある。ここで引かれるとはな。
よし、切り替えていこう。ライフは削れたんだ。
俺のターン終了と同時に、『大灯台』の効果が発動される。その効果で『虚構の使徒バルトニック』が喚び出された。
そして教皇はドローフェイズに再び『早贄』を発動。山札の一番上のカードを破壊し、新たな虚構の使徒を召喚した。
「私の場にいる二体の虚構の使徒を捧げ、『虚構の眷属ニュルスム』を召喚。そして!! 二体の虚構の眷属と『虚構の逆十字』を捧げる!! 降臨せよ!! 『虚構神フィルネスメイストリィズ』!!」
名前が長い。なんて言ってる間に、歓喜の声を上げる教皇が空を仰ぐ。その目は血走っており、狂っているようにしか見えない。
教皇の視線の先、何もない空間に亀裂が走る。一部が崩れ落ち、そこから手が伸びる。伸びた手が空間を広げ、もう一つの手が更に空間を掴む。三つ四つと空間が広がるごとに手が増えていき、しまいには空間そのものを引き裂いてその本体が現れた。
「本体は小さいんだな」
虚構神が復活した時も、実体のない曖昧な靄のような姿しか見えなかった。おかげでその本体を見たのは今が初めてだが、その姿は思っていたよりも小さい。
成人女性よりも少し小さな体格をしていながらも、その見た目は人間とは大きく異なっている。
装飾過多な鎧のような見た目をしていながら、その質感は見ただけで生物のそれだと分かる。一本しかない脚先が別れ、三つの足を形作っている。本体に腕はなく、虚構神の周りを大小様々な腕が現れては消えるというのを繰り返している。
そのくせ顔立ちは人間のそれだ。無感情ながらも目を大きく見開き、不健康なまでの白い肌と深い闇を思わせる黒い長髪を揺らしている。
雑コラとしか形容できない容姿をしていながらも、全身から放たれる威圧感が茶化す事すら許さない。
「…………神からの悪意って奴か」
前世の俺が向けられたであろう、あらゆる負の感情を凝縮しても、この威圧感に込められた悪意の足元にも及ばないだろう。おっさんだった俺に向けられた悪意と言えば、陰口とかの小さなものくらいだけど。
悪口を言うのは別に構わないんだけど、せめて俺に聞こえないところでしてほしかったな…………。
「『虚構神フィルネスメイストリィズ』の効果! 効果によってフィールドに出た全てのマテリアル、ヒーローを破壊する!!」
「手札の『土鍋』の効果発動! フィールドにあるマテリアル『電光掲示板』を除外する事で、『ネギを背負った鴨』の破壊を防ぐ!!」
虚構神の三つの手が開き、俺のフィールドに向けられる。深い闇の塊が降り注いで俺のフィールドにある『電光掲示板』と『消臭剤』の容器に入った『酸性洗剤』が破壊される横で、『土鍋』を構えた鴨が塊をネギで叩き落とした。
そこは鍋を使わないのか…………。
降り注ぐ闇の塊をネギとステップを駆使して捌き切った鴨は、挑発とばかりにネギを振る。虚構神の煽り耐性は低いらしく、目に見えて怒気を撒き散らし始めた。