自ら虚構神に魂を捧げた教皇は倒れた。
残ったのは破滅を撒き散らす虚構神のみ。建物が崩落を始めているのか、バトル空間が激しく揺れている。
対する俺の場には、マテリアルの『安眠枕』と『腕章』。そして『カラーコンタクト』を装着し、『土鍋』を盾に、ショットガンを内蔵した『ネギ』を携えた鴨が一羽。
およそ神と対峙するには不安しかない戦力だが、勝利の鍵は既に揃っている。この戦いの幕を引く最後の一手。
十分に溜まった鴨鍋カウンターを全て消費する。
「鴨鍋カウンターを五つ全てを消費して、効果発動。俺のフィールドに『ネギを背負った鴨』、およびその進化系統のマテリアルがある場合、相手のフィールドにあるヒーロー全てを撃滅する」
一つに集まり、より強い光となっていたカウンターが鴨と一つになる。全身から凄まじい気迫を放った鴨は、『土鍋』を前面に構えながら最後の突撃を敢行する。
虚構神が、形が崩れ不揃いとなったエネルギー弾を無数に撃ってくる。その中に無数の腕も織り交ぜ、鴨を迎え撃とうとする。
盾で正面からの攻撃を防ぎ、反動で速度が落ちた瞬間に迫った攻撃をステップで回避する。再び動き出してからトップスピードに至るまでに来た攻撃をショットガンで撃ち落とし、虚構神の目の前にまで接近する。鴨がショットガンを振り下ろし、鋭利な刃物となっている銃床を叩きつける。
ショットガンが虚構神を切り裂き、追撃とばかりに至近距離でショットガンを連発する。さっきから思ってたけど、なんでこの鴨、マテリアルのくせにここまでアクションが豊富なんだ?
最後に派手な発砲音と共に鴨が後ろに飛ぶ。
虚構神の顔に無数の穴が空くが、致命傷を受けたようには見えない。これ、効いてないか?
「杯月、大変! その虚構神、教皇の魂を食べちゃったせいで、破壊耐性を手に入れたみたい!」
「各ターン、一度までならあらゆる状況で破壊を防ぐみたい。第二形態を警戒するのは分かるけど、出し惜しみをして勝てる相手じゃないわ」
「早くしなさーい! このままだと、買い物する時間がなくなっちゃうじゃない!! せっかく近くの観光スポットも探しておいたのに!!」
「呑気かっ!!??」
スマホ片手に世界の命運がかかった勝負を観戦してんじゃねえよ!! 豊寿だけだと思ったけど、龍美は他の精霊と談笑してるし、玲霧は文庫本読んでるし。
緊張感が皆無だな。龍美が精霊と話してたから、虚構神の情報が得られたわけではあるんだけど。
一ターンに二回の破壊か。鴨鍋カウンターを使った以上、ここで攻めきれなければこっちが負ける。
幸い、虚構神を倒せばこのバトルに勝てるんだ。『菜箸』による超弩級のデメリットも受けてる以上、ビビる必要もない。
「『安眠枕』の効果発動! 鴨を破壊して、その場所に俺を移動させる!」
ぽふ。という音を立てて、『安眠枕』が鴨にぶつかる。すると鴨が光の粒子となって散り始め、同じ場所に俺は転移していた。
目の前にいる虚構神が迎え撃とうと、無数の腕を構える。もう遅いんだけどな。
「くらえっ!!」
虚構神の懐に飛び込み、その顎を渾身の拳で打ち上げる。多少鍛えてはいても、武術の心得もない人間が放つ拳の威力なんてたかが知れている。
それでも、効果でなんとかなるのがカードゲームだ。プレイヤーがカードにダイレクトアタックなんてしてる時点で、カードゲームとは呼べないけど。
『安眠枕』の効果。プレイヤーをフィールドに移動させ、殴ったカードを破壊するというもの。このカード、バトル空間の中でしか使ったことがないんだけど。普通のバトルだと、どうなるんだろ。
そんな事を考えながら、空に打ち上げられた虚構神の体が崩壊を始める。
周りを飛んでいる無数の腕が溶け出し、全身に亀裂が走る。亀裂からは煙のようなドス黒いオーラが漏れ出し、黒い閃光となって発せられている。
まさに爆発五秒前。慌てて振り返って、走り出す。勝敗はついて、バトル空間も解除されつつある。それでも爆発に巻き込まれれば、どうなるか分からない。相手は虚構神と呼ばれる存在。それが内包するエネルギーなんて、俺なんかが想像できるはずもない。
少しでも離れられるように、距離をとる。俺にできるのはそれだけだった。
「へぶっ!!」
爆発の衝撃が背中から襲いかかり、抵抗もできずに地面を転がる。おっさんにアクションは無理なんよ。
ごろごろと地面を転がり、ようやく止まる。軽く目が回っただけでなく、不格好に転がったせいで全身も痛い。
ふらつく体に鞭打って、なんとか立ち上がる。しっかりと両足で立って振り返れば、虚構神なんて最初から存在しなかったかのような静寂に包まれていた。
どうやら勝負はついたらしい。最後がプレイヤーによるダイレクトアタックというのは、カードゲームとしてどうかと思うが。
「ふぅ、なんとか勝てたか」
虚構神というアドバンテージに、教皇の高い実力。その二つを考えれば、俺が負けても不思議ではなかった。
勝因を挙げるなら、あいつが虚構神に固執しすぎた事だろう。虚構神を中心に立ち回ってくれたおかげで、明らかな判断ミスを何度もしていた。
虚構神を無視、あるいは犠牲にしていればこっちが追い詰められていた場面が多々あった。緊張感はあった。それでも落ち着いて対応できたのは、神格のカードを解禁した龍美や豊寿よりも弱く感じたからだろう。
普段はあまり実感が湧かないが、やっぱ俺の周りって魔境なんだな。
………………あれ?
「足、が…………?」
「杯月!!」
足に力が入らなくなったと思えば、全身から力が抜けて倒れ込む。意識すら手放しそうになったところで、誰かが体を受け止めてくれた。
顔を向けようにも、気怠さが勝って動く気力も湧かない。
両肩を支えられていると遅れて気付くと、龍美が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? すごい汗だよ」
「きっと気疲れね。あれほどの悪意に立ち向かったんだもの。相当に疲弊してるはずよ」
「完全に慢心してたわね。アタシが戦ってたら、どうなってたか」
左から玲霧。右から豊寿の声が聞こえる。どうやら二人に支えられてるようだ。
玲霧が俺の状態について分析し、豊寿は自分の心構えについて反省しているようだった。
格で言うなら虚構神と同等かそれ以上の味方がいるし、バトルで何度か対峙した事もある。しかしそれは身内との軽いやりとりによるもので、相手から本気の悪意を向けられる事もなかった。
ぬるま湯に浸かっただけの、覚悟もない子供が出る場面じゃなかった。それを痛感させられた。
まあ俺は、中身がおっさんなんだけど。
「…………なんか、やばそうじゃない?」
分かってはいたが、事態は疲弊し切った俺を待ってくれない。建物全体が揺れ始め、崩落を始めた。
天井や壁が崩れ、大きな瓦礫となって落下している。ここにいれば押し潰されるのは明白。しかし直接ここにワープしたせいで、ここからの脱出口も分からない。
疲弊して満足に動けない俺という、お荷物までいる始末だ。本来なら、俺を置いて逃げてもらう場面。ただこの状況における最適解を知ってるから、何も言えないんだよな。
「ヴェルディ! みんなを守って!!」
龍美の呼びかけに答え、一体の龍が現れる。
『聖域の番人ヴェルディ』。守りに特化した能力を持つこのドラゴンは、正にこの状況における正解の一つだった。
ヴェルディの加護を受け、俺たちの体が仄かに光る。実際に試した事はないものの、この状態なら隕石が直撃しても無事で済むらしい。
…………なんでヴェルディなんだ? ローテンベーテンなら、ここに来た時と同じようにワープできるのに。
疑問を抱きながらも移動を開始する。ともかく身を守る手段を得たが、これはあくまでも保険だ。無事に出られるなら、それに越した事はない。
とりあえず、祭壇の反対側にある扉に向かおうとしたところで、一際大きな瓦礫が天井から落ちて床を貫いた。
その光景を見て、俺はある疑問を抱いた。何の気なしにこの建物から脱出しようとしていたが、ここは建物の何階なのだろうか?
窓があると思われる場所はカーテンが閉め切られていて、外の景色どころか一片の光すら差し込んでいない。
ワープしてからずっとこの部屋にいたので、建物の全容すら把握していない。
そしてもう一つ、バトル中に出た旅行気分だった豊寿たちの発言。近くのホテルを予約しているという事は、ここがどこか分かっているという事。
携帯の位置情報で、現在の位置を確認したのだろう。予約もしたというのだから、少なくとも携帯の電波が入る場所というのは確実だろう。
人里からそれほど離れていないと思われる場所。そんな所に秘密拠点を作るなら、どんな場所にするのか?
その疑問はすぐに解決する事になる。
「…………落ちるわ」
玲霧のその言葉と同時に、足元の床が崩れる。重力に従って頭が下を向き、その先で起きている惨状を目にする。
先行した瓦礫が床を砕きながら落ちており、既に二、三階はぶち抜いているようだった。どうやら下はどこかのオフィスだったようで、書類やらパソコンなどの機器。つい先ほどまで働いていたであろう人々が、宙を舞っている。
一見すると地獄絵図だが、瓦礫に直撃した人は当たった場所を手で押さえるだけで大きな怪我はしていないようだ。
そうか龍美が頼んだのは俺たちだけじゃなくて、下の人たちも含まれてたのか。勤め先が崩壊してるのは御愁傷様としか言えないが、命があるだけ良しとしてもらおう。
命の危険がないヒモなしバンジーも、すぐに終わりが見えてきた。床を砕いて落ち続けていた瓦礫が、地面に突き刺さりようやく動きを止める。
地下駐車場でもあったのか、落ちながら削られた瓦礫はその半分が床下に埋まっていた。
「よし、逃げるか」
「いいの? みんな混乱してるみたいだけど」
「だからこそ、逃げるべきよ。私たちに気付いた彼らが、何をするか分からないもの」
無傷で地面に落下し、近くの瓦礫に身を隠す。当然ながら周りは大騒ぎになっていて、部外者が見つかればどうなるか分からない。
中学生四人組が高層ビルを破壊したなんて言っても、普通なら信じられないだろう。けど落ちた人々は混乱の真っ只中にいるわけで、普通なら信じられない事も難なく信じてしまいそうだ。
それがこの事態の原因ともなれば、なおさら。ビルを破壊した理由の一因ではあるが、さすがに警察に捕まるのは避けたい。多分、聖女擁する主人公組が乗り込んでも同じようになってただろうし。
時間帯は深夜とかの人がいない、かもしれない時間だろうけど。
…………いないと断言できないのが、元おっさんの悲しいところだな。深夜の残業中にビルの崩落に巻き込まれて死亡とか、絶対に避けたい。
瓦礫に隠れて、様子を伺う。ビルの中は我先にと外へ出ようとする人々ばかり。外からはいくつものサイレンが聞こえ、あちこちに空いた壁の穴から、遠巻きに崩れるビルを眺める野次馬たちの姿が見えた。
この体、ルックスを犠牲にしてるのか、全体的な身体能力はかなり高い。経験のないアクションとかは流石にできないけど、視力やら聴力も無駄に高くなっている。
おかげで野次馬の中に、何人もの人間がスマホをビルに向けているのが見えた。正常性バイアスというやつかもしれないが、あの状態はまずい。少なくとも俺たちが撮影されるのは、なんとしてでも避けたい。
「…………ヴェルディによる守りも済んでるはずよ。私たちが離れても、大丈夫でしょう」
「そうね。杯月もヤバそうだし。先にホテルに向かいましょうか。ローテン、お願い!」
とりあえずの安全を確保したところで、豊寿がローテンベーテンに呼びかける。その声に応えて、俺たちを再び転移させる。無人の路地に着地すると、スマホの地図で現在位置を確認。予約したというホテルに向かって進み始める。
正直、歩くのも辛くなって来たから助かる。これ、鍛えてなかったら今頃ぶっ倒れてたかもな。
予約していたのはビジネスホテルだった。未成年四人が泊まろうとしているせいで受付が何か言おうとしていたが、そこは玲霧が口八丁で丸め込んだ。
俺の顔色が悪いのも手伝って、スムーズに事が運んだみたいだ。中学生ながらに妙に色気がある玲霧なら、俺の体調が万全でもなんとかなったんだろうけど。
「…………今日ほど、エレベーターに感謝した日もないな」
エレベーターで部屋のある階に上り、部屋へと入る。行儀が悪いけど、このまま寝させてもらおう。服のシワとか、気にしてる余裕はない。
「悪い、寝る」
「ん、おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
危うい場面もあったが、なんとか無事に済んでよかった。少なくとも夏休みの間は、これ以上のイベントなんて欲しくない。フラグのような気もするけど、まあ、いいか。