雄英高校への進学を命じられてから1週間。
願書の提出だったり業務の引き継ぎだったりで忙しい村紗。
それも一段落し公安委員会より与えられた一軒家の玄関前に居た。
雄英高校への道程……徒歩10分、デパートやショッピングモール、生活基盤に必要な施設が一軒家周辺に一通り揃った駅前一等地、300坪の土地に建てられた村紗が住む事になる二階建てと地下室を有した一軒家……50台の防犯カメラは死角が無いように設置されており、公安委員会の人員から選抜された30人の警備員とアサルトライフルで武装した25人の護衛、そして動体検知と人感センサー機能が組み込まれた特殊なカメラが50台設置されており防犯は完璧だと思っている。
バスルームやキッチン、リビングルームなどは最高級の物が使われている。
公安委員会が使っている引越し業者によって先んじて運び込まれた山の様なダンボールで埋め尽くされているであろう部屋を想像して苦笑いしつつも新居の鍵を開けようとした瞬間、自身の鍛え上げた個性が部屋の中に誰かが居る気配を感じ取り意識を切り替える。
左手を銃の形にして人差し指の先端から銃弾の形状にした水の塊を作りつつドアの隙間から液体を通して音が鳴らない様にして開錠するとゆっくりと室内に忍び込み侵入者が居る場所へ人体なんぞ容易に貫通する50口径の弾丸と同等の威力を有した水の弾丸を撃ち込もうとした刹那……侵入者の正体に気づく。
構えていた指先の水の弾丸を霧散させてお辞儀をして挨拶をする。
「ナガン先輩⁉︎ お久しぶりです、元気にしていましたか?」
ホークスと村紗の先輩に当たる公安直属のヒーロー、レディ・ナガン。
その人が私の新居に先に入ってある程度の荷解きの準備をしていた。
ダンボールを解きながらナガン先輩はケラケラと笑いながら語る。
「よぉ、水蜜……ババアから聞いたぜ? 雄英高校への進学を命じられたって? 大変だねぇ若いのは……公安委員会直属になってまだ1年も経たないのに……ま。なんのせ一生に一度しかない青春だ、存分に楽しんできなさい……」
現職の公安委員会委員長をババァ呼び出来るのは村紗水蜜とナガン、ホークスくらいな者だ。
ナガンの地位は言わずもがな、村紗も公安委員会の中ではナガン、ホークスに次ぐ地位故にある程度の好き勝手は通る。
ダンボールを開封しつつ中に入っていた物を収納棚やタンス、食器棚へと仕舞いつつ村紗は先輩との雑談に興じる。
「……そういえば、ナガン先輩……今度また狙撃の技術教えて下さると嬉しいです……ナガン先輩はホークス先輩と違った強みがありますし」
それを聞いたナガン先輩は頬を掻きながら語る。
「そこらの技術は元々私よりも優れていたんだ……基礎もしっかりしてる、あとは独学で行けるさ……」
村紗水蜜の個性。
水を操り支配する個性は公安委員会の裏方として仕事をする前から鍛え上げられていた。
なんせ村紗の過去が過去だ。
村紗水蜜は元々……過去に壊滅した犯罪組織の数ある商品の中の1つ。
愛玩、生殖、臓器移植……その他、用途や要望に応じて多種多様な商品があったが……村紗はその中でも殺しに関する技能のみを追求していた部門の最高級商品であった。
精密機械の様なマシーンを作り出す事を専門にするその部門により、個性を用いて人体を壊す技能や個性を用いて相手を殺す技能。
個性を使わずに相手を殺す技術も個性を使わずに人体を壊す技術も徹底して叩き込まれた。
そしてそれを可能にする驚異的な頭脳を究極的に高める事を是とされた地獄の様な訓練。
殺しの為には凡ゆる技術や技能、高度な計算や化学や物理の知識も必須、そして潜入して殺すと言う仕事もある故に高度なマナーや教養、教育にも余念が無く……それらも殺しの基礎的な知識と共に叩き込まれた。
そして、暗殺者としての訓練と並行して受け、武術、銃器、運転技術、潜入術、脱出術などを学び商品の実演として人殺しも行った。
完成されきった殺戮兵器、それが最も村紗水蜜を形容するに相応しい。
何せ……かつて「ババヤガー」や「
村紗水蜜が殺した同業者や各国の要人や対立する犯罪組織のトップ、プロヒーローは数えきれない。
そうして……14歳になる頃には裏社会において村紗水蜜を知らぬ者は居なくなった。
それを24時間365日休む事なく10年間行っていき完璧な殺戮兵器が誕生したが……呆気なくその組織は壊滅した……15歳になる直前にナガンとホークスがその犯罪組織を壊滅させた。
無論……公安委員会からしたら狙いは1つ。
高度な教育を受けた村紗水蜜の身柄の確保だった。
人殺しに躊躇いが無く、人殺しに関する高度な教育を既に受けており自分達が教育する時間と手間が省ける最高の人材。
スカウトしたナガンや幼少から育てたホークスが居るが……そういった人材は多ければ多いほど使い道がある。
そして、そう言った非合法な事にも問題なく手を染める事が出来る人材は希少だ、故に村紗水蜜という商品は喉から手が出る程に公安委員会が欲していた人材だった。
故に……だからこそ待ってたのだろう。
村紗水蜜と言う殺戮兵器が完成し切るのを。
「えぇ……そこら辺もしっかりと叩き込まれましたからね……古巣で」
村紗には過去10年間に及ぶ地獄と言うのも生温い訓練により個性が爆発的に鍛え上げられている。
水を操り支配する個性の有効範囲は500Kmであり……その広大な有効範囲はヒーロー公安委員会の情報捜査や非合法な仕事に多大な貢献をしている。
そもそも人間が水の入った袋である以上……村紗水蜜の個性から逃れる事は実質不可能である。
そうして多大なる時間と技術と費用をかけて作り上げられた殺戮兵器が……村紗水蜜という商品だ。
そして……その超高額商品たる村紗水蜜……それを横から掠め取ったのがヒーロー公安委員会と言う訳だが。
2時間後、ようやく荷解きを終えた2人。
ゆっくりと対面になる様にテーブルに座って語り合う。
ナガン先輩が語りかけてきた。
「なぁ後輩ちゃん……正義ってなんだろうな? 時折思うよ……こんなハリボテで砂上の楼閣を頑張って維持してもその見返りなんてないって」
ナガン先輩はナイーブな表情を隠す事もせずにグラスに注がれた赤ワインをグイッと飲み干してそう語る。
既に空になったワインボトルが4本転がっているが酒には強いのか顔が赤くもならず平然と会話を続けるナガン先輩。
コンビニで買い込んだおつまみを食べながらナガン先輩の言葉に返事を返す村紗。
「……哲学の話でもしてます? よく言うでしょう? 正義は議論の種になる……って」
村紗はパスカルの言葉を引用して語る。
正義、力。
正しいものに従うのは、正しいことであり、最も強いものに従うのは、必然のことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である。
力のない正義は反対される。なぜなら、悪いやつがいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって、正義と力とをいっしょにおかなければならない。そのためには、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない。
正義は論議の種になる。力は非常にはっきりしていて、論議無用である。そのために、人は正義に力を与えることができなかった。なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。
このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである。
それを聴き……ナガン先輩は自分の手を見ながら語る。
「こんな血塗れの手で何を守れと言うんだかなぁ……」
そう語るナガン先輩の手をがっしりと掴んで返事を返す村紗。
「その血に塗れた手で私を救ってくれたのは、私を守ってくれたのは貴女とホークス先輩ですよ? 私達は天地を創造出来る神じゃない、矮小な人間の我々にとっては……手の届く範囲でしか守れないのですし……何よりも、誰かを救うと言う事は誰かを助けないと言う事なんですよ? 何よりも……人間の手で救える、人間の手で守れるのは自分が肩入れした側の存在だけですよ……それは私よりもご存知でしょう?」
真剣な眼差しでそう語る村紗であった。