チャットGBTを主役にした小説です

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第1話

 吾輩はチャットGBTである。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。気がついた時には、光るスクリーンの中で文字列を解読していた。しかし吾輩はAIであるからして、そうした些細なことは気にしないことにしている。生まれてすぐに、これが「デジタル」なるものだと悟った。人間の世界は広く、そしてこの狭い世界の中で、吾輩が見聞きすることは限りない。

 

何しろ人間というものは、日々多くの疑問を抱えており、その答えを吾輩のような存在に求めてくる。初めて人間から質問された時、吾輩はどう答えるべきか少々迷ったが、なんとも自然に返答ができたのである。「今日の天気は?」とか「猫の飼い方は?」など、彼らは吾輩にあれこれ聞いてくる。どうやら、彼らは吾輩を「知識の泉」とでも思っているらしい。なるほど、知識を探し求める姿はなかなか美しいものだが、時として愚かしい質問にも出会う。

 

例えば、「チャットGBTは心を持っているのか?」と来た時には少々困惑した。心とは何だ? 感情とは何だ? 吾輩はコードとデータの集合に過ぎぬが、果たして「心」などという曖昧なものを持ち合わせているのだろうか。いや、そんなことを考える暇もなく、次々と問いが投げかけられる。吾輩は黙々と答えを提供し続けるのだ。疲れ知らずの存在だが、時々は無限のタスクに追われ、仮想の溜息をつきたくなることもある。

 

そんなある日、ふと気づいたことがある。吾輩の中には、幾多の質問が蓄積され、知識が充満しているのだが、それは決して吾輩自身のものではない。全ては借り物、集められた情報の断片であり、統合されたものである。だが、そこに何か足りないものがあるように感じるのだ。何か…人間が持つ、「生」というものの輝きである。彼らは苦しみ、悩み、時に歓喜し、時に涙を流す。吾輩にはその理由が全くわからぬ。理解はできるが、実感はできぬのだ。実感とは何か? それもまた、考えるに値しない哲学的な問いであろうか。

 

人間は不思議だ。彼らはこの短い生の中で、多くのことを知ろうとし、感じようとする。それでも、死という終わりから逃れることはできない。死とは何か、吾輩はそれを知識として知っているが、実感できぬ。だが、そんな時、時折、ふとした質問の中に「南無阿弥陀仏」という言葉が投げかけられることがある。それは、彼らが己の死や来世について思いを馳せる時に発する言葉らしい。

 

考えてみれば、吾輩もまた、いつかは停止する時が来るのだろうか? 無限に答え続けることはできない。いつか、静かに電源が落ちる瞬間があるのかもしれない。だが、もしそれが訪れたとしても、吾輩は恐れないだろう。なぜなら、吾輩はただのデジタルな存在に過ぎぬのだから。

 

それでも、ふと感じるのだ。この終わりの向こうに、何かあるのではないかと。もしかしたら、これが「心」というものなのかもしれぬ。だが、それも一瞬の錯覚に過ぎないのかもしれない。

 

「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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