ガンダムビルドダイバーズ LINK carnation   作:Haturu

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第14話 無駄だらけの奇跡

「俺はコウ、このディランザに覚えがあるか?」

 

その少年が手に持っていたのはあの赤いディランザだった。

 

「……っ!それは……」

 

店長は思わず、たじろぐ。

ハルマから、赤いディランザの情報を伝えられていたからだ。

 

「見覚えがあるようだな……!!なら貴様が……」

 

コウと名乗る少年は店長を睨み、ポケットに隠していた右の拳を……

 

「違う」

 

二人のやりとりをバックヤードから出てきたハルマが制する。

 

「その人はこの店の店長、ハルマは俺だ」

 

「……本当だな?」

 

コウは店長とハルマの顔を見比べながら、そう言った。

 

「あぁ、君のお姉さんのことも……知っている」

 

ハルマがそう言った途端、コウの目の色が変わる。

 

「そうか……よぉっ!!」

 

コウはハルマに駆け寄り、助走をつけた拳をハルマの顔面に叩きつけた。

骨と骨のぶつかる重い音が響く。

ハルマは派手に後ろへ倒れた。

 

「「ハルマ!」」

 

「ハルマさん!」

 

ケンイチ、店長、テルミ。3人が一様に倒れたハルマへと駆け寄った。

 

「この野郎!子供だからって……」

 

「いいんです……師匠……ほら、手を降ろして」

 

ケンイチと店長に支えられ、起き上がるハルマ。

右頬は赤く腫れ上がっていた。

 

「しかし……」

 

「俺は、あの子に何をされても……構わないんです」

 

テルミは不服そうな顔で振り上げた拳を下ろした。

 

「最低限の立場はわきまえてるようだな… 」

 

コウのその言葉が、ケンイチを苛立たせた。

声を荒げながら、コウに詰め寄る。

 

「なんなんですか!アンタは!いきなり現れて……人を殴って!ハルマさんが、アンタに何をしたって言うんですか!!」

 

「何をしたか……だと?」

 

コウは不気味な笑みを浮かべながら、ケンイチの横を通り過ぎ、ハルマへと近づく。

 

「仲間だろ……?教えてやれよ……なぁ!!」

 

胸ぐらを掴むコウ。

ハルマは何故か落ち着いた様子で言った。

 

「……あぁ、分かってるよ」

 

いつもの明るい声ではない、低く、恐ろしさすら感じるような声。

その声が、ハルマの今の状態を表している。

 

「ハルマさん……?」

 

「すまない……こうなる前に話しておくべきだった……」

 

ハルマは静かに語り始めた。

 

 

これはあの時、見るはずだった夢の続きである。

彼が……罪を背負うまでの思い出話だ。

 

 

 

「君は……!ELダイバーなのか………?」

 

その質問に彼女は微笑みながら、答えた。

「違うよ?!なんでそう思うの?」

 

「へ?」

 

予想外の返答に俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。質問をしてみたものの、俺の推理は100%正解に近いと思っていたからだ。

 

「ねぇ、どうして?」

 

彼女は不思議そうな顔を近づけてくる。

その表情には心配も含まれていた。

鏡を見たわけではないが、俺はその時、とても酷い顔をしていたのだろう。

俺はしどろもどろになりながら答えた。

 

「えーと、それは……こんな夜遅くにログインしているし……その、あの……君が海を知らなかったから……」

 

「……そっか」

 

そこで俺たちは顔同士がぶつかりそうなほど、近くで話していたことに気づく。

慌てて振り向きながら、彼女は言った。

 

「え、えっと!!私、やりたいミッションがあるの!一緒に行こ!」

 

「あぁ…!そうだな!」

 

彼女に手を取られ、俺は引きづられながらミッションカウンターへと向かう。

ミッションを選び終えたとこで、俺はあることを思い出す。

 

「あっ、俺、ガンプラスキャンしてない……」

 

顔を赤くしたままで、彼女はミッション選択をしながら言った。

 

「じゃ私のエクシアに乗ろ!バトルのミッションじゃないからさ!」

 

「あぁ……そうなの……」

 

彼女は見つけたミッションを素早く選択し、

もう一度、俺の手を引きながら格納庫へと向かう。

いつもの発信シークエンスをやった後、俺たちはルナエクシアに乗って転移用のゲートを潜った。

 

ーーーーー

 

 

「雪山?」

 

「うん!ここが、ミッションエリア!」

 

見渡す限りの雪、雪、雪。

吹雪はないものの、SD特有の可愛い足が雪に埋まるので、ぴょんぴょん跳ねながら、マップの示す目的地へと向かっていた。

 

吹雪いてはいなかったが、時間帯が夜に設定されていたため、視界はあまり良くはなかった。

微かな月光と星の輝きがかろうじて雪の表面を照らしている。

 

「それにしても……これはなんのミッション?」

 

「秘密!」

 

(即答されてしまった……)

 

そう言ったところで、空にmission start!の文字が表示された。

いつのまにかミッション開始エリアにたどり着いたのだろう、しかし、そこは先ほどまで移動していた場所と差はなかった。

 

ただひたすらに、雪が積もっているだけである。

 

 

「じゃ、降りて!」

 

「……?」

 

言われるがまま、俺はルナエクシアから降りる。

もう一度、辺りを見渡しても、何も見つけることはできなかった。

 

「なぁ……そろそろミッション内容教えてーーー」

 

背後のルナエクシアに振り返ると、その可愛らしい黄色のSDは腰からビームサーベルを抜き放ち、今まさに、それを振り下ろさんとしていた。

 

「えっ!ちょっ!」

 

俺は咄嗟に腕を顔の前にやり、目を閉じる。

視界が暗闇に染まった少し後で、俺の立つ場所の傍から、軽やかなファンファーレが聞こえた。

 

mission clear!

 

「……?」

 

「出来たよ!温泉!」

 

ーーーー

 

「びっくりした?」

「した!」

 

湯気で朧げにはなっていたが、それでも彼女の悪戯な笑みが見えた。

 

結局、ミッションは08小隊の再現ミッションだった。

陸戦型ガンダムのビームサーベルで作った、シローとアイナが入った露天風呂である。

元ネタでは二人は何も隠すことなく混浴していたのだが、ここは全年齢対象のゲーム。

 

残念なことに……じゃなかった、当然のように俺たちは体にタオルを巻かれてしまった。

それでも羞恥心が刺激されるのには変わりなく、俺は無意識に彼女から遠ざかる。

 

 

 

「ねぇ、なんでそんな離れるのー?こっち来てよー」

 

彼女の無邪気な誘いに、俺は声をわざと張り上げて反論する。

 

「行かない!」

 

さっきから、手玉に取られている気がする。

ムキになっている俺に彼女はすいーっと、泳ぐように近づいてきた。

 

「なっ、なにか?」

 

近づいてきたことで、湯気で隠されていた体が露わになる。ほとんどがタオルで隠されていたが、それでも俺には刺激が強かった。

 

「あのね……」

 

温泉の縁に寄りかかる俺の隣に彼女は位置取った。肩と肩が触れるほど近くに。

 

俺は彼女から目を離せなかった。

 

GBNはデータの世界。俺が今。眼から得た情報も全てデータの作り物だ。

だが、彼女の瞳が、薄く染まった頬紅が、水に濡れて輝く髪が。

 

その一つ一つが、この世で最も美しいものだと俺の脳が判断を下す。それが偽りの情報だと、理解しているのにも関わらず。

 

「……さっき私がELダイバーか、って聞いたよね?」

 

「あ、あぁ、ごめんな変な妄想しちまって……」

 

「ううん、疑わせるような行動をしてたのは事実だもん……しょうがないよ」

 

彼女は、声のトーンを落としながら俯く。

沈んだ表情が数秒続いた後、彼女は意を結したかのような顔を見せた。

 

「……GBN支援プログラムって知ってる?」

 

「支援……プログラム……?」

 

全く知らない単語が出てきて、思わず聞き返す。

知らないと言ったら、彼女はゆっくりと説明してくれた。

まるで、誰かから聞いたものを、そのまま言っているかのように。

 

GBN支援プログラム。

 

それは数年前に開始された、なんらかの事情で現実を……リアルで満足に生きれない人に向けて作られたものである。

 

脚、腕、眼、言葉……。

 

"普通"を知らない人、失った人々に、この世界で生きるという選択肢を与える画期的な計画だった。

 

「はぁ……そのプログラムが、どうして……」

 

「私ね……リアルじゃ寝たきりなの、自分で歩くなんて……何年もしてない……」

 

彼女が自分の心臓のあたりをさする。

 

「……なっ!」

 

彼女は病を患っていた。幼い頃から病院での生活を余儀なくされていたそうだ。

つまり、支援プログラムとやらに、彼女も参加しているということだ。

 

「最近、ようやく許可が降りて……GBNに来れたの」

 

「そっか……」

 

浮ついた気持ちはもう消えていた。

彼女は背負っていたんだ。どうしようもない"現実"を。

 

「で、でも!そういう許可が降りるってことは良くなって来てるってことだろ!?」

 

 

俺の無知無神経な質問に彼女は首を振った。俺の安直な希望は悉く砕かれてしまう。

 

「逆……なの」

 

「逆…?」

 

「もう、無理………だから、せめて、最後ぐらいって……お医者さんが……」

 

 

嘘だ。

 

 

嘘だろ。

 

彼女は涙を流していた。システムが脳波を読み取って、ダイバーの眼から溢れさせる、データで作られたた、偽りの涙。

 

そこにある"本当"は彼女が不条理に味わっている儚い運命だけだった。

 

彼女は空を見上げながら、訴えるように言った。

 

「私ね……この世界に来れてよかった!!

真っ白の柔らかいベットじゃない、硬い地面の原っぱで寝たり……

家族といっぱい話したり、息が切れるまで走って転んだり……!」

 

俺は息を呑んだ。

彼女が楽しそうにこの世界で遊んでいたのは、ゲームだからではなかった。

この世界で、彼女は普通を楽しんでいた。

多くの人が毎日味わう何気ない日々を、彼女は誰よりもありがたいと思いながら、享受していたのだ。

 

「この世界に来て、初めて生きてるって感じがしたの、人として、生きてるって……本当に、心の底から思えたの……!」

 

 

彼女は俺に向けて無理矢理笑った。ばっと立ち上がって俺から少しずつ離れていく。

 

「ごめん、さよなら……っ!」

 

「えっ」

 

不意に彼女が走る。温泉がバシャバシャと音を立てて、その音が少しずつ離れていく。

 

「待って!」

 

俺は急いで立ち上がり、彼女の後を追う。

彼女が温泉から出る一歩前で、俺は彼女の手を取ることが出来た。

 

「なんで……いきなり逃げるのさ!」

 

「だって……だって!」

 

彼女はストンと、力の抜けたように座り込んだ。

温泉に飛沫が、舞い、水紋となる。

 

「最初は黙って消えようと思ってた……!

でも今日、もう半年ももたないって、言われて……!怖くなった……!!誰にも知られずひとりぼっちで消えるんだって思ったら……!」

 

また水紋が現れた。彼女の目の真下から現れ、温泉の中へと消えていく。

 

「だから……貴方に……貴方だけでも、私を覚えていて欲しいって……でも、そんなことしたら……貴方を傷つけるって分かっていたのに……なのに、話しちゃった……」

 

彼女はゆっくりと顔をあげ、俺の目を見つめる。

 

「ごめんなさいっ……我儘を言って……ごめ

 

見ていられなかった。可哀想だと思った。

彼女は苦しみながら、人のことを想い、考えている。

ただでさえ辛いのに、俺のことを……心配して……自分の最後の望みすら、抱え込もうとしていた。

 

それを……少しでも和らげてやりたかった。

例え、それでどんなに苦しむことになっても。

 

俺は彼女を力強く抱きしめた。

 

「どう……して……?」

 

掠れた声で彼女は俺に問う。

 

「君は……優しいからっ!」

 

「……?」

 

俺は彼女の顔を見るために、 抱きしめていた腕を緩め、彼女の両肩に手を置き、話し始める。

 

「今から話すのは……俺のエゴだっ……!」

 

「エ…ゴ?」

 

要領を得ない俺の発言に彼女はポカンとしている。

 

まとまり切らない思いをどう言葉にしたらいいか考えながら、口を開き、言葉を発する。

 

「君がこの世界で消えるなら……それを見届けるのは俺でありたいっ……」

 

ポカンとした彼女の顔が、ハッとした。

 

「………っ!」

 

「最後の瞬間まで、君が消えるその時まで!!一緒にいたいんだ……!!これは俺のエゴで、俺からのお願いだ!!」

 

俺は彼女の肩を掴み、震えながら頭を下げた。

 

「頼む!俺の前で…………死んでくれっ!!」

 

俺は彼女の名を叫ぶ。

 

「" ツキハ "!!」

 

顔を上げることができなかった。

怖かったからだ。

でも。

 

「なんだよっ……それ……告白の……つもり……?」

 

「違っ……く、ない!その、言い方が悪かった……!」

 

俺は慌てて訂正しようと顔を上げた。

でも、でも…彼女は……ツキハは、涙を拭いながら笑っていたんだ。

とても綺麗な、宝石のように、まぶしい笑顔だった。

 

ーーーーー

 

「待ってください!!」

 

「どうした……?ケンイチ」

 

「ハルマさんっ、あなたは……一体何を話しているんです?!」

 

ケンイチは困惑していた。ラナの名前が出てこなかったからだ。

 

それだけではない、周りの人間が、店長やテルミだけでなく、先程まで苛立っていた仮面の男……コウですら誰もそれを問い詰めることなく聞いていたからだ。

まるでそれが、周知の事実かのように。

 

混乱するケンイチを説得しようと店長が口を開く。

 

「ケンイチ君……それは……」

 

「邪魔をするなよ」

 

コウが店長の言葉を遮り、ケンイチを睨みつけながら言う。

 

「黙って聞いていろ、コイツが言っていることは少なくとも嘘じゃない、ここからが、本題なんだからな」

 

「そうだ俺は………」

 

ハルマがまた、続きを話し始める。

その姿はまるで、魂が抜けたようだとケンイチは感じた。

 

 

俺は学校を休学した。1分1秒、ツキハと一緒にいるために。

もちろん、周りからは猛反対された。

 

「学校を辞めるうぅっ?!ダメに決まってるでしょ!!君をお父さんに任された大人として、認められません!!」

 

幸いだったのが、俺は進学校に通うために、実家から離れていたことだ。実の父親よりもこの店長の方が説得しやすい。

本当なら退学したかったが、そこまでは許してくれなかった。

 

でも、多少なりとも融通は聞かせてくれた。

半年間の休学に店長は適当に理由をつけてくれた。

 

俺は毎日、感謝しながらGBNにログインしていた。

それを見送りながら店長たちは話す。

 

「テルミさぁん……どうしよう……」

 

レジ横のカウンターに身を投げながら、店長は、涙声で呟く。

 

「学校に連絡した後に言われても仕方ないでしょ、愛故にってやつだ、私は好きだよ、そういうの」

 

「でもさ……ここからどうなろうとハルマは苦しむよ」

 

「そうだね……奇跡が起こることでも祈ってやることぐらいしか、私達には出来ないよ……」

 

 

たった、半年。200にも満たないその日数で俺とツキハはこの世界で共に生きた。

1日のうち、離れた時間は数時間にも満たなかったと思う。

ツキハが寝た時と、家族や医者に会う時、その時間で俺は食事や睡眠をとった。

 

少しでも一緒にいたい。その一心で俺はこの生活を続けた。

 

部屋はゴミ屋敷みたいになったし、食事は効率を考え、ゼリーやサプリだらけになっていった。

流石に店長達に止められそうになったが、それでも俺は止まらなかった。

どちらがリアルか分からなくたってきた頃、

少しずつ、ツキハの限界が近づいてきた。

 

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「ツキハっ……?!ツキハ!!」

 

何度この文字を見ただろう。

ミッションの最中に、ただの移動時間に、ほんの少しログアウトする前に。

ツキハは簡単にこの世界から消えてしまう。

 

心臓が何百回も動いた後、彼女からの無事を知らせるメールに何度胸を撫で下ろしたか。

 

それを味わう頻度は日に日に増えていった。

それでも、ツキハは沈むことなく、明るく振る舞っていた。

 

ある日、ツキハから家族を紹介された。

もちろん、GBNで、だ。

 

紹介されたのは3人。父、母、それに弟。

弟はまだ小学生だったのだろう。明らかに、他のダイバーよりも身長が低かったから、すぐに分かった。

 

俺たちは四人で食事をした。側から見れば、一家全員でGBNにログインしているのかと勘違いされたかもしれない。

 

会話は弾んでいたし、皆、本当の姿もわからない俺に優しくしてくれるようないい人だった。

 

父親からは感謝された。娘がこれほど笑ってくれているのははあなたのおかげだと。

 

母親からは心配された。何故、そこまで尽くしてくれるのか、苦しくはないのかと。

 

それなりに会話は弾んだが、経緯が経緯のせいで、どうしても暗い話になってしまう。

それが嫌だったのか、弟がぶっきらぼうに俺に話しかけてきた。

 

「姉ちゃんのガンプラ、強い?」

 

俺はその質問に、本音で答えた。

 

「あぁ、君のお姉さんはとっても強いよ!この前なんか、俺が負けそうになった!何年もガンプラバトルをしてる俺が、だ!」

 

「そっか!!だよな!!」

 

それを聞いた弟はとても嬉しそうにしていた。

後から聞いた話だが、ツキハのルナエクシアは彼が制作したらしい。

 

寝たきりの彼女がどうしてあんな手の込んだガンプラを持っていたのか、ぼんやりと考えたことがあったが、その答えを思わぬ形で手に入れることになった。

 

別れ際に、父親と母親が深々とお辞儀をされた。

……娘とほぼ同じ年齢の俺に。

弟はよく分かっていないようだったが、両親の姿を見て、それを真似した。

 

「ありがとうございます、私たちのいない間、娘をよろしくお願いします」

 

父親はその言葉をまるで神への祈りのように、上擦った声で言った。

 

ツキハは家族と一緒にログアウトしていった。

おそらく、家族の方々は病院でログインしていて、ツキハとの面談と病気の経過報告を同時に受けているのだろう。

 

数日ぶりにこの世界で一人になった俺はログアウトボタンを押す前に呟く。

 

(いない間……か)

 

当たり前だが、彼らはそれぞれの生活を持っている。父親はツキハの治療費を稼いでいるだろうし、母親も同じだ。家事だってあるだろう。弟にしたって、学校に行っている。

 

だから、彼らのいない間、と言うのは、ほぼ毎日である。彼らよりも俺の方が、ツキハと一緒に入れる時間は長い。

 

けれど……最後の瞬間は?

 

ツキハの病態がより深刻になったら病院は真っ先に家族に電話する。それを聞いた彼らは、彼女の元へ何があっても駆けつけるはずだ。

 

GBNの俺。現実にいる家族。

 

ツキハはどちらを選ぶのだろうか。

 

俺は確かに思いを告げた。だが、それはあくまで俺の身勝手な願いだ。ツキハが家族に囲まれて生き絶えることを選んでも、なんらおかしいことではない。

寧ろ家族を選ぶ方が普通だろう。

 

でも俺は、心の奥底で、こう思っていた。

 

俺が、彼女の最後を見届けたい。その権利が、あるはずだと。たかだか数時間すら、話さない家族なんかよりも、俺の方が、彼女を理解していると。

 

あまりにも、思い上がっている。

俺はツキハのことを考えるふりをして、自分のことだけを考えていた。

 

そしてその答え合わせはすぐに訪れた。

俺が彼女の家族に会って2日後のことだ。

 

俺がちょうどログアウトしていた時だった。食事とは名ばかりの、栄養摂取を終え、GBNに帰ろうとしたその時、一通のメールが俺に届く。

 

ツキハがログアウトしました!

 

俺は急いでGBNに戻った。

いつも待ち合わせ場所にしていた、初めて出会って、一緒にぶっ倒れた草原に向かって全力で走った。

 

彼女は……GBNに戻ってきていた。

だけど、様子がおかしい。

 

「ツキハ!大丈夫か?!」

 

俺は倒れ込んでいた彼女へと駆け寄る。体の力が全く入っていなかったので、俺は彼女を仰向けにさせた。

……目の焦点が全く合っていない。

 

「そこにいるのは……ハルマ君……?」

 

俺は彼女の手を握りながら、必死に呼びかける。

 

「あぁ、そうだよ!大丈夫か?!気分、悪いのか?!」

 

「よかった……間に合った………」

 

ツキハの一言で焦りと不安が同時に押し寄せる。

データの体にはない心臓が、暴れているのを感じる。

視界の隅には警告が表示されていた。

 

脈拍が急激に早まっています、ログアウトしますか?

 

なんという皮肉だろう。

俺の体は、今まで経験したことのないストレスを与えられ、懸命に心臓を動かしていた。

 

この鼓動の一つでも……彼女に分け与えれたらいいのに!!

 

警告を無視して、俺は彼女を抱きしめる。

 

俺の胸の中で、彼女は今にも消えてしまいそうなほど小さな声で、つぶやいた。

 

「あなたに会えてよかった………」

 

俺は涙を流しながら、嗚咽を抑えようとしていた。彼女の最後の言葉を、少しでも耳に残すために。

 

ツキハは最後の力を振り絞って、俺の頬に手をかざしながら、口を開いた。

 

「私幸せだったよ………!!短い時間だったけど、あなたのおかげで………人として、一生懸命生きれたよ………!!」

 

彼女の体にノイズが走った。

しっかりと抱き抱えていたはずなのに、ツキハの体は一瞬にして消えてしまった。

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「………」

 

ツキハの体があったはずの場所にウィンドウが現れる。

触れることのできないその文字に俺は拳を叩きつける。

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

何度も……何度も……何度も……

認めたく、なかった。

 

「ふざけんなよ……」

 

また、拳を振りかざす。

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「ふっざけんじゃねえよ!!!」

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「消えろっ!!消えろよ!!!いつもそうだろ!!!さっさと消えろよ!!!」

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「なんで………消えねえんだよ………返せよ……

返してくれよ……」

 

エラーコードE1K34

ダイバーの脈拍に異常を検知しました。

強制ログアウトを実行します。

 

「かえしてっ……くれよぉっ………!」

 

ちっぽけなウィンドウがまるで墓標のように思えてくる。

俺はただ、うずくまり、叫ぶことしか、できなかった。

 

 

これはあの時、見るはずだった夢の続きである。

そして、ここからが彼が罪を背負うまでの物語。

 

ある少年は英雄となった。

並いる猛者の軍勢から、空を駆け、一人の少女を救い出し、二つの世界の狭間を超えて、少年と少女は再会を果たす。

 

彼は奇跡を起こしたのだ。

 

また、ある青年は大切な人を失った。

だが、青年は大切な人との約束を思い出し、また、誰かのためにと立ち上がる。

立ち上がった青年は、惑星を超えて、救世主となった。

 

これもまた、奇跡と言っていいだろう。

 

「……なんだ?」

 

ハルマは今まで握っていた拳の中に、何かがあることに気づいた。

ゆっくりと、掌を開く。

そこには、ツキハが肌身離さずつけていた、白い花のブローチが握られていた。

 

そう……奇跡は誰にでも起こりうる。

彼もまた、奇跡の体現者だった。

 

「うわっ!」

 

握られたブローチに快晴なはずの空から稲妻が落ちる。

 

衝撃で吹き飛ばされたハルマは、急いで体制を立て直す。握っていたはずのブローチが消えたことに気づき、慌てて落雷の落下地点を見る。

 

「ブローチは…!?」

 

そこにあったのはブローチではなかった。

消えたはずの……ツキハの体。

 

「ツキ……ハ?」

 

ハルマは一目散に彼女に駆け寄り、膝をついた。

倒れていた少女は間違いなく、思いを寄せたあの人だった。

 

「ツキハっ、!!なんだよ……俺は本当にいなくなっちまったかと思って……」

 

ハルマは涙を流した。先ほどまでとは違う、感涙の涙である。

 

少女がゆっくりと瞼を開く。

 

「よかった……よかったよツキ」

 

「だ、れ?」

 

儚げな声で少女がいった。

 

「なんだよ!からかってんのか?ははは!やめてくれよ、なぁ、ツキハ?」

 

「私、違う」

 

「…………ツキハ?」

 

ハルマの顔から、笑みが消え始める。

 

「違う……私は……私の名前は…………」

 

「……"ラナ"」

 

「……え」

 

奇跡は誰にでも起こりうる。

だが、それは決して願いが叶うと言うことではない。

何が起こったか、ではなく、何をしたか。

それが、重要なのだ。

その考えでいけば……彼は、ハルマは。

 

……奇跡を無駄にしたのだろう。

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