ガンダムビルドダイバーズ LINK carnation   作:Haturu

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第16話果たされぬ罰

「死者の……国……?」

 

ラナの言葉にシンラは頷く。

 

「そう。そのために僕は三つの物を手に入れなければならなかった。国に必要な要素……領土、国民、主権だね」

 

「そんな……出来るわけないわ!」

 

ラナの叫び声をシンラは鼻で笑った。

 

「いやいや、案外そうでもなかったよ?現に僕たちは今"領土"に立ってる」

 

シンラはそう言って地面を指差した。

 

「……どういうこと?」

 

「そのままだよ。ここは僕が手に入れた領土さ」

 

シンラの計画は突拍子もない物だった。

子供の妄想のような、計画とも言えない稚拙な考え。

だが、恐ろしいのが彼がそれを成し遂げるほどの器量を持っていたということ。

 

「ここはGBNであって、GBNではない場所。

廃棄されたサーバーにある、コロニーの一つさ。」

 

ラナの困惑はさらに増す。

 

「意味がわからない……仮にあなたの言ってることが真実だとして、何故そんなサーバーを貴方が持ってるのよ!」

 

シンラはそれを聞いてニヤリとした。

不気味な笑みを浮かべながら、彼は計画の全貌を明らかにした。

 

シンラはどのようにしてこのサーバーを手に入れたのか。

 

彼はまずGBNにMAを流行させた。

アカバネから買い取ったMAのデータをスキャン。それをコピーし、アーティファクト達に搭乗させ、初心者ダイバーを中心に襲撃させた。

 

そうすると初心者は「勝てない」という壁にぶち当たる。

そこでシンラは自身のサイトにコピーし終わったMAガンプラを格安で販売。

襲撃した初心者にそれとなくサイトのURLを教える事でそのガンプラは飛ぶように売れた。

 

販売し終わったシンラは次に中級者を狙った。それと同時に初心者にMAブームが起こっているという噂を流す。

中級者のプライドを壊すために。

 

ゲームにおいて一番多い層、それは中級者だ。

その中級者が初心者にMAで負ける。

そこに目をつける者達がいた。

いわゆるインフルエンサーである。

 

流行とは恐ろしい物で、しばらくすると動画サイトにはMAの対策や解説、オススメのMA紹介などで溢れ返り、フーリーマーケットにはシンラが関わっていないにも関わらず、MAガンプラの出品が増加した。

そうやって作られたMA最強環境はブレイクデカールなどのバグとは違う形で運営を苦しめた。

 

それはゲームバランスの崩壊。

ステータスがガンプラの出来栄えで決まるGBNに起こりうるはずのない事態が起こってしまった。

事態を重く見た運営は迅速に行動を開始。

通常のサーバーよりもサイズ比を巨大化させた新規サーバーを制作したのだ。

 

だが、そのMA環境は一人の少年の活躍によって

急速に収束することになる。

 

結果、運営の努力は無駄となり、ただひたすらに容量の大きい未使用のサーバーが残された。

 

だが、それこそがシンラの狙いだった。

運営の目を盗み、そのサーバーのコピーに成功。

GBNに接続されていながら、絶対に辿り着くことのできない空間をシンラは手に入れたのだ。

 

「本当はさ……もうちょっと運営にサーバーを発展させてもらってから奪うつもりだったんだけど……君の仲間のせいで予定が狂っちゃってね?こーんなお花しか無いような世界になっちゃったってわけ」

 

シンラはため息をつきながら足で地面をトントンと叩いた。

 

「で、でも……こんなの運営にバレたら、その時点でアナタの計画は終わりよ!無駄に手の込んだことをして……残念だったわね!」

 

ラナの強がりをシンラはスルーした。

指をパチンと鳴らしながら口を開く。

 

「鋭いね!そうなんだよ、僕の夢を実現するためには運営というこの世界の神をどうにかしなくっちゃいけなかった……」

 

シンラが右手を空に掲げる。すると右手に拳銃が生成された。

作られた拳銃をゆっくりとラナに向け、発砲。

紫のオーラを放つ銃弾はラナの頬を掠め、彼女の顔に傷を残した。

 

「……つ!」

 

突然の痛みと衝撃で彼女は地べたに腰をつけた。

 

「どうだい、痛いだろ?これが僕の作った運営への対抗策、"サルヴァーション"さ」

 

シンラは拳銃のスライドを引く。

 

「このウィルスはシステムが作る偽りの感覚を何倍にも増幅させることができる」

 

ラナは傷ついた頬を拭い、シンラに向かって呟いた。

 

「まさか……ハルマを入院させたのは……」

 

「察しがいいね……その通りだよ。そして考えてみて欲しいな、僕がこのウィルスをGBN中に突然ばら撒いたら?」

 

 

それは悪魔の発想だった。

GBNは色々な楽しみ方があるが、メインはガンプラバトルである。

バトルに負けたら乗っているガンプラは爆発するし、コックピットを狙った攻撃だって仕掛けられることは少なくない。

 

だが、それで仮に死んだとしてもここはあくまでゲームの世界だ。

 

ペナルティと自身の体が傷ついた多少の不快感はあれど本当に死ぬわけでは無い。

だが、その不快感を現実で死ぬレベルの痛みにすることができてしまったのなら……

何が起こるか想像することは容易だろう。

 

仲間と協力し、やっとの思いで討ち取った敵ガンプラ。

仲間と共に勝利を喜ぶ最中に偶然、ウィルスに感染していた敵は命を落としてしまう。

 

知らず知らずのうちに。

 

一生懸命に作った"僕だけのガンプラ"の手によって。

 

それはもう、ゲームとは呼べない。

 

あの時、ハルマは帰ってきた。

だが、この男の匙加減一つで彼は二度と目を覚まさなかったかも知れないのだ。

その思考に至ったラナは青ざめた。

 

「気づいたようだね……この力を使えばこの世界の神である運営すらも敵じゃない、ダイバーを全員人質にとっているような物だからね。」

 

確かにこのウィルスを、使うにしろ使わないにしろ、存在するという事実だけで運営はシンラに手出しをすることはできなくなるだろう。

彼は領土と主権。どちらも手に入れることができる。

あとは……国民だけだった。

 

「そう、僕はここまで順調に事を進めることが出来た。だけど……」

 

シンラは拳銃を懐にしまい、傷を押さえるラナに近づく。

へたり込んでいたラナの顔を覗き込むようにシンラが膝をついた。

 

「流石の僕も死者の復活には手間取った。ELダイバーを研究すれば楽にできると思ったんだけど……結局、出来たのはーーー

 

「シンラ様」

 

「……なにさレヴィ、今いいところなんだけど」

 

彼が振り返った先にはレヴィと呼ばれた小柄のメイド姿の女性がいた。

眉ひとつ動かす事なく礼儀の正しい姿勢で言葉を続ける。

 

「お仕事の時間が迫っておりますのでお伝えしに参りました」

 

「あーそっか、僕が頼んだんだっけ……」

 

シンラはぶっきらぼうに立ち上がり頭を掻いた。

 

「これが……あなたの言う国民……?」

 

ラナの呟きに気づいたシンラはため息をつきながら答えた。

 

「まさか、君はこれが人に見えるのかい?」

 

これ、と言いながらシンラはレヴィの肩に手を置く。

 

「……違うの?」

 

それを聞いたシンラは途端に表情が暗くなる。目を細め、声のトーンを落としながら彼は言った。

 

「丁度いいや……コレと君の違いを教えてあげるよ」

 

シンラは先程ラナに向けた銃を懐から取り出した。

今度はラナではなく、隣に立つメイドのこめかみに向けて銃口を向ける。

突然のシンラの異常行動に動揺する事なく、メイドはただ、表情を変えずに立っていた。

 

「何をっ……!」

 

ラナの言葉に耳を貸す事なくシンラは迷いもなくトリガーを引いた。

二度の銃声が空気を響かせ、花畑にこだました。

彼女の体は花畑に沈み、数秒も立たないうちに血のように赤いエフェクトを撒き散らしながら光の粒子となって消えた。

 

「仮に……今消えたあいつが人間だったとしよう」

 

シンラは拳銃の残弾が無くなったことを確認すると、その銃をレヴィの消えた場所へ放り投げた。

 

「僕は彼女に銃を突きつけた。なのに彼女は身じろぎひとつしなかった……自身のバックアップが存在しないことを知りながら……つまり、死が目前に迫ってるのにも関わらず、だ」

 

「彼女だけじゃない、僕の作ったアーティファクトは皆、欠陥品だ。運営共の言うことを信じるならELダイバーはガンプラスキャン時の余剰データとガンプラへの思いから成り立っている……事実、それを元にELダイバーに近いアーティファクトは作れたけど……"何か"が必ず欠けていた……人としての核、俗っぽく言うなら……"魂"がない……ってところかな」

 

シンラが座り込んでいるラナの前に立つ。

 

「だが、君は違うELダイバーとして生まれながら、人間の記憶も引き継いでいる……そんな君の誕生の謎を解き明かすことが、僕の夢への近道だと信じている」

 

「だから……拐ったの?」

 

「あぁ、だけど、酷いことはしない。約束する。だから……僕に協力して欲しい」

 

シンラはラナに腕を差し出して握手を求めた。

 

「少し……考えさせて」

 

ラナはシンラの腕を取ることはなかった。

だが、振り払おうとも……しなかった。

 

 

一方その頃。工作室でシンラの計画をコウから聞いたハルマ。

その様子をバックヤードから監視カメラを通して覗く店長達。

 

「それが……シンラ、一連の事件の計画か」

 

ハルマがそう呟くとコウは首を縦に振った。

 

「あぁ、間違いない……と言っても俺もついこの間、知ったばかりだがな……」

 

コウの脳内ではスルトに発砲された記憶が蘇っていた。

あの日、コウは見てしまったのだ。

自分の知らない計画の全貌とシンラが今まで、自身についてきた嘘を。

 

「でも何故それを仇である俺に……?」

 

ハルマの疑問は当然だった。

コウは唇を噛み締める。

 

「順を追って説明してやる……俺がボスに……シンラに協力していたのは……」

 

コウは何故、シンラに協力していたのか。

時間は彼らが初めて会った日に遡る。

 

数年前ーーーGBNにて

 

「……何者なんだ?アンタは……」

 

カフェテリアのテラス席。

コウは街中を闊歩している時にある人物に話しかけられた。

 

「いや失礼、僕はこう言った者で……」

 

男は名刺を差し出した。

 

「……シンラ?それに、支援者プログラムの……」

 

「はい、末端ですが、活動を支援させて貰っています。本職はAIの……いや、今は関係ないですね」

 

支援プログラム。その単語が出た時点でコウは話題を予想していた。

数年前に消えた姉の話だと。

 

「あなたのことをずっと探していました、信じられないかもしれませんが……コレは事実です」

 

そういうとシンラは一枚の写真を取り出した。

そこに写っていたのは……黄色のSDエクシア。

 

「……っ!コレは!」

 

「あなたの……探し物です」

 

「どう言うことだ!説明しろ!」

 

シンラは説明を始めた。

この写真は偶然撮れたと言うこと。

支援者プログラムの関係者であったシンラはこのSDエクシアの持ち主が既にこの世にいないことを知っていたこと。

そこで彼はその親族にこの事実を伝えようとGBN中を探し回った結果コウに出会ったと言う。

 

「それで……このガンプラを使うダイバーは……」

 

「……こちらです」

 

シンラがもう一枚、写真を取り出した。

そこには、死んだはずの姉の姿があった。

数年前から何一つ、変わらないあの姿が。

 

「一体、どう言うことだ……?」

 

「彼女は今、ELダイバーとしてログインしていることが分かっています。」

 

「ELダイバー……だと?」

 

何が起こっているかはわからない、困惑しているコウにシンラは囁いた。

 

「可能性としては……生き返った。そうとしか言えないでしょう………彼女と同じフォースメンバー。彼が何か知っているかもしれません」

 

「まさか……そいつの名前は……」

 

「ええ、彼の名はハルマ。彼が、彼女を生き返らせた張本人かも……」

 

シンラは姿勢を整え、こう言った。

 

「ここからが、本題です。真実を知りたくはないですか?」

 

「なんだと?」

 

「もし彼が人を生き返らせる術を知っていてそれをひた隠しにしているならば……それは許されることではありません。そしてそれを白日の元に晒せるのは我々だけでしょう」

 

「アンタの言うことは分かった……だが、どうすればいい?」

 

それを聞いてシンラの口角は自然と上がった。

 

「再現を目指します。この生き返りが、決して奇跡ではなく、なんらかの要因で起こっているのだと証明すれば……彼を断罪することができる。そのためには人手は腐るほどいるのですが……」

 

「……もう少し詳しく聞かせてもらおうか」

 

「そう言ってくださると思ってました」

 

ーーーーー

 

現在、工作室にてーー

 

「なるほど……つまり君は俺がツキハを生き返らせたと思っていたのか……」

 

「あぁ、冷静になればそんなはずは無いのにな……おれは盲目的に奴を信じていたのかもしれない……」

 

コウの発言にハルマは自分を責めた。

 

「すまない……俺がご家族に手紙の一つでも送っていたら……」

 

それを聞いてコウは鼻で笑った。

 

「今更そんなこと……遅すぎる」

 

「あぁ、そうだな……」

 

ーーーー

 

「わかってましたけど、大分話が暗いですね……」

 

バックヤードのモニター前でケンイチは不安そうな声で言った。それに店長が反応する。

 

「そうだね……それにシンラって人、大分ヤバいよ、ラナ君が心配だ……」

 

「シッ!話し始めたよ、マサ、録音しっかりね」

 

テルミに店長が指でOKサインを出す。

モニターには二人の会話がしっかりと録音、録音されていた。

 

ーーーー

 

「だが。君がここにいると言うことは……シンラを裏切った……と、思っていいのか?」

 

「そうだ。俺はもう奴についていけない……あんなことがあった後では尚更……」

 

コウは突然、ハッとした表情でハルマを見つめた。

自身の失言に気づいたからだ。

 

「あんなこと……?何かあったのか?」

 

コウは悩んだ。この情報は伝えるべきでは無いと思ったからだ。

だが、一度口にした言葉をそのまま引っ込めることはできなかった。

 

「何があったんだ、教えてくれ」

 

コウは数秒の沈黙の後、歯切れの悪い、小さな声でハルマに言った。

 

「…………お前は……ラナを人だと思うか?」

 

その質問にハルマはたじろいだ。

ラナとのファーストコンタクト。混乱していた彼はラナを人では無いと断じた。あまつさえ、生きることを否定するかのような発言まで……

 

だが、今は違う。彼女と過ごすうち、ラナはツキハとは別人であり、しっかりと生きている。

ハルマはそう思い直していた。

その反省が今後の自分を苦しめることになるとは知らずに。

 

「ラナは人だ。生きている。ちゃんとした人間だ」

 

ハルマの発言にコウは同調する。

 

「……そうか、俺もその思いに賛成だ……」

 

そういいながら、コウは自分の掌を見つめた。

 

「さっき、アーティファクトについて説明をしたよな?」

 

「あぁ、人口的なELダイバーのことだろ……?」

 

「そうだ。アーティファクトはダイバーのコピーだったり、オリジナルだったり、多種多様と言ったな……彼らは計画の要だ。俺は彼らと共に協力しながらシンラの指示に従った」

 

スルトやレヴィといったアーティファクトはダイバーのコピーではなく、シンラが1から作った者で、彼らはオリジナルと呼ばれる。

シンラの計画と一緒にコウはハルマに自身の知り得る全ての情報を伝えていた。

 

アーティファクトのほとんどがダイバーのコピー品の中、オリジナルは特別だった。

 

コミニケーションを問題なく取れるほど人間に近い存在。シンラはそこまで至っていたのにも関わらず、彼らを頑なに人間と認識しなかった。

 

そのことにコウは疑問を感じていたのだ。

一体、何処からが人なのだろうか、と。

 

「そうして過ごすうちに……情が湧いた。彼らは間違いなくあの世界で生きていた。最も……ラナを姉さんの生まれ変わりとするなら、人と思わずにいることの方が難しいだろうな……だが、奴は違った」

 

「さっきから何が言いたいんだ……?一体、シンラは何を……」

 

ハルマはコウの目を見つめる。

初めは怒りに満ちていたその目は今となっては弱々しく影を落としている。

 

「……あの巨人を覚えているか?」

 

ハルマの頭に浮かんだのはあの恐ろしい姿の巨人。奴のせいで入院までしたのだ。忘れるはずがない。

 

「待て………なんで……そこで巨人が出てくる………」

 

ハルマは思い出した。あの巨人の最後の姿を。

まるで自ら命を差し出すかのような、苦痛から逃れようとしているかのようなあの姿を。

 

「あの時……あの巨人のコックピットに………乗っていたのは……」

 

「"3人"の、オリジナルアーティファクトだった"」

 

「…………は?」

 

それはラナを人と、命とするハルマにとって最悪の答えだった。

 

自身の手で、ラナを葬ろうとした。

彼はその行いを恥じ、いまの今までその償いをしていた。

それと同時に、彼は感謝していた。自分を人殺しにしないよう止めてくれた人たちに。

だが彼は……知らず知らずのうちに過ちを繰り返していた。

 

「…っ!ふざけるな!」

 

勢いよく立ち上がったハルマは、コウの胸ぐらを無意識に掴み、叫んでいた。

 

「俺だって知らなかった!!お前がたおしたムラサメの時のように、自動操縦だって可能だった!俺はそう知らされていた!!なのに……なのにシンラは……!!」

 

ハルマはコウの瞳に涙が流れていることに気づいた。彼もまた、過ちを自覚している人間なのだ。

 

ハルマは自分が人の胸ぐらを掴んでいることに気づき、慌ててその手を離した。

コウは目元を拭いながら言った。

 

「………明日、俺はシンラの本拠地に突入するつもりだ。今日、ここに来たのはお前の意思を確かめる為だった」

 

そう言うとコウはパーカーのポケットから小さな紙切れを取り出した。

 

「もしラナを助けたいのなら……明日の午後、この場所に来い。」

 

そう言い残し、コウは工作室のドアを開けて店を出て行った。

ハルマは手の中の小さな紙切れを握りつぶすほどの力を込めて握った。

 

ーーーーー

 

「ツキハ!何処行くんだよ!ツキハっ!」

 

真っ白な何もない空間でハルマはツキハの背を追いかけていた。

走っても走っても、歩いてるはずの彼女との距離は縮まらない。

全力で追いつこうと走る内に、彼女は歩みをやめた。

 

「ツキハ……」

 

ハルマは彼女の背に手を伸ばす。

 

「違う。私はラナ。」

 

振り返った少女はツキハではなかった。

誘拐されているはずのラナだった。

 

「ラナ……どうして……よかった、無事だったんだな……!」

 

なぜ彼女が目の前にいるかも考えず、ハルマは彼女に近づこうと一歩踏み出した。

 

「来ないでよ、ヒトゴロシの癖に」

 

「……っ、!」

 

踏み出した足が鉛のように重くなった。

体が1ミリも動かない。

顔が地面に向く。地面は何故かガラスのように透き通っていて、自分の姿が映し出されていた。

血に塗れた自分の姿が。

 

「私ね、シンラ様のおかげで気づいたの。アンタに"ツキハの替わり"を演じさせてられてたことに」

 

「違う……違う!!ラナ!」

 

「何が違うの?フォースの活動だって、ツキハの替わりを探していたんでしょ?初心者だったツキハの替わりをさ。気持ち悪いよ、本当。」

 

「違う……違うっ!」

 

あまりの重さに膝をついたハルマは何度も何度も首を振った。ラナの言葉を否定しようと必死だった。

 

「俺は……人殺しなんかじゃ……!」

 

「ハルマ君!」

 

背後から、声が聞こえた。

振り返るとそこにいたのはツキハだった。

 

「ツキハ……!」

 

ツキハはうずくまるハルマに駆け寄り、穏やかな声をかけながら、ハルマの背中をさすった。

 

「私のためにこんなになって……!大丈夫っ?」

 

彼女の言葉が、思いが背中から伝わってくる。とても暖かく、心地が良かった。

重かった体が、急に軽くなる。

 

「ありがとう……」

「よかった!はい、じゃあコレ!」

 

ツキハは笑顔でハルマの手に拳銃を握らせた。

両手でハルマの右手を押さえて、銃口を目の前のラナに向けさせる。

 

「さ、一緒にあの偽物を消しちゃおう!」

「な、何をするんだ、ツキハ!」

 

「きゃっ!」

トリガーに指をかける瞬間、ハルマは咄嗟にラナの手を振り解いた。

拳銃がハルマの左側へと転がる。

ハルマは転がった銃を目で追った。

ツキハがこんなことをするなんて、信じられなかったのだ。

だが、目の前に音を立てて転がったのは間違いなく、人を殺すための武器だった。

 

「やめてくれ……!俺は人殺しなんて……したくない……っ!」

 

ツキハの顔を見ようとハルマは顔を上げた。

そこにツキハはいなかった。

あの恐ろしい巨人がじっとこちらを見つめていた。

 

「シ"ャアト"ウシテワタシヲコロシタノ?」

 

「なっ……!」

 

「イタカッタナァ……クルシカッタナァア………コント"ハセ"ッタイニカ"サナイ……」

 

巨人は地面の中に沈み込んだ。ハルマの足を掴みながら。

ハルマの体がガラスの地面に段々と沈んでいく。

それをラナは不潔な肥溜めを見るかのような目でじっと見つめていた。

 

「良かったね、死んだら……愛しのツキハちゃんに会えるじゃない」

 

手を伸ばす。何度も、何度も。

だがその手に何がが触れることはなく、無様に空振りを続けた。

 

お前のせいだ。

お前さえいなければ。

 

もう誰のかも分からない、不協和音のような声がただひたすらに彼の耳を貫く。

 

……意識が途切れ、視界が急に明るくなった。

 

「はあっ……はぁっ、!」

 

目を覚ました途端、過呼吸が彼を苦しめた。

彼が今まで見ていたものは悪夢。

 

夢で良かったと、普通なら言えるかも知れない。

だが、こんな夢を見た、見てしまったという事実が悪夢以上に彼を苦しめた。

 

夢とは、誰かに見させられるものではなく、自身で見るものである。

悪夢でのラナ達の発言はハルマが心の何処かで抱えていたものなのだ。

 

夢の中のラナのセリフが、ハルマの頭の中で何度も繰り返される。

 

ツキハの替わり……ヒトゴロシの癖に。

 

彼は今まで目を背けていたものを、償わなければならない人に突きつけられた。

 

不意になったアラームで我に帰ったハルマは枕がこれでもかと湿っていることに気づいた。

ゆっくりと重い体を起こし、鳴り響く時計に触れる。

時刻は既に昼の12時を回っていた。

 

俺は罪人だ。

だから……今から罪を償わなくては。

 

食事も食べず、GBNにログインしたハルマ。

コウとの約束の時間にはまだ早いが、待ち合わせの場所に向かう。

待ち合わせの場所は森の中に佇む小さな小屋だった。

中に入っていいのか迷ったが、意を決して扉に手をつけた。その時。

 

「……ハルマさん」

 

背後から、声が聞こえた。

ハルマがゆっくりと振り返る。

 

「ケン……?どうしてここに……」

 

ハルマの問いに答えることなく、ケンは顔を上げハルマの目を見ながら、言った。

 

「あなたを……止めにきました」

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