Monster Hunter ~白銀の絆~   作:鷹幸

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第1話 兄妹

 白銀の世界に続く、緋に染められし小径(こみち)

 倒れ込んだ狩人は、吐血し、苦悶(くもん)に満ちた悲鳴をあげる。

 だが、その声は、荒れ狂う吹雪に掻き消されてしまう。

 

 狩人の背後に浮かぶ、緋に染まった二つの眼球。

 刹那、緋玉の所有者は、獲物(狩人)目掛け弾丸の如く一直線に駆ける。

 突撃を防御すべく、狩人は柄に手を掛け、武器を引き抜く。

 

 しかし、一抹の抵抗も(むな)しく、怪物の鋭爪は狩人を二つに引き裂いた。

 鮮血が()ぜ、肉塊が宙を舞う。

 雪面が再び真紅に染まったとき、怪物の姿は純白の中に消えた。

 

 

 

          *

 

 

 

 ポッケ村。

 大陸の北、フラヒヤ山脈の高地にある村である。

 その村の入り口に、少年と少女、アイルーが辿りついた。

 

「着いたぁ~っ!」

 

 毛皮のコートを着た銀髪の少女、ミラは両腕を万歳するように上げた。

 

「はぁ……、やっと着いたな」

 

 彼女と同じ格好、髪の色をした少年、レグルスは小さな声でそう呟くと、背負っていた大量の荷物を地面に置いた。ふうっ、と吐いた白い息が、たちまち空気に溶け込む。

 時期は冬。雪は降っていないが、ポッケ村には大量の雪が積もっており、遠くに連なる雪山は吹雪で真っ白になっている。極寒の地では無いものの、防寒具が無ければ寒くて凍えそうなほどだ。

 

「疲れたニャ……」

 

 二人の横で、アイルーのチェルシーがへたり込む。

 

「オレが一番疲れてるよ」レグルスは肩をぐるぐると回した。「……さて、村に到着したことだし、あの人のこと、村の人に訊いてみるか?」

 

「あとでいいんじゃない?」ミラは腰を下ろす。「私も疲れちゃったし。レグルス、泊まれる宿を探してきてよ」

 

「はぁ? なんで」

 

「だって、この中でいっちばん体力があるじゃん」

 

「体力があっても、オレが一番重い荷物を運んできたじゃんか……。ここは、オレよりも疲れていないミラかチェルシーが行くべきじゃないのか?」

 

「いや」チェルシーが口を開く。「ミラの言う通りニャ。レグルスはまだ元気そうニャ」

 

「チェルシーもミラの味方なのかよ!」レグルスは思わず叫んだ。

 

「ほら、まだまだ元気じゃん。レグルスは、か弱い乙女を守るために走らないと」

 

「誰がか弱い乙女だよ……。仕方ねぇな……」

 

 レグルスは元気の無い声で言うと、渋々といったように村の中へ進んでいく。

 

「良い宿を探してきてねー!」ミラは、陽気な笑顔で彼に手を振った。

 

「……妹だというのに、相変わらず兄の扱いが酷いニャ」チェルシーはヒゲを撫でた。

 

「別にいいじゃん、歳が離れてるわけじゃないしさ」

 

 レグルスとミラは、双子の兄妹。双子といっても、見分けがつかないほど似ているわけではない。そして、双方ともハンターである。

 

「それに、チェルシーは人のこと言えなくない?」

 

「う……、ま、終わったことニャ。別にいいじゃないかニャ」

 

「まぁ……、そうだねぇ」

 

 冷たい風が吹いた。ミラの左目を覆っている前髪が揺れる。

 

「うぅ……さむ……」

 

「ニャ……」

 

 昼だというのに、この寒さ。朝晩はとても冷え込むだろう。

 

「でも、チェルシーはいいよね。毛で覆われてるし」

 

「んニャ? まぁ、そこまで寒くないけどニャ……。ボクらだって、寒いときは寒いニャ。アイルーは暖炉の前で丸くなる、って言うじゃないかニャ」

 

「……毛皮、(あった)かい?」

 

 ミラは、大きめのポーチの中をごそごそと探っている。

 

「まぁ、ニャ」

 

「じゃあ……」ミラは、ポーチから刃物を取り出す。「毛皮、私にちょうだい?」

 

「ちょっ、ま、待つニャ!」チェルシーは慌てて後退(あとずさ)りした。「や、やめろニャッ!」

 

「えー。そんなこと言わないでさぁ。ちょうだいよ」

 

「め、目が……人間の目じゃないニャァッ!!」

 

「ふふふ……」

 

「ニャァァァァァァァァッ!!!!」

 

「……なんてね。冗談に決まってるじゃーん!」あははは、とミラは高らかに笑う。「でも、ちょっと動いて暖まったんじゃない?」

 

「いやむしろ恐怖で全身が凍りつきましたニャ」

 

「うーん、それじゃあ凍りついた毛皮なんて要らない」

 

「さっきのは冗談だったのかニャ……?」

 

 チェルシーは、ミラの方がどんなモンスターよりも怖い、と感じていた。

 

 

 十数分ほどして、レグルスが二人の元へ戻ってきた。

 

「レグルス、遅すぎ」ミラは怒った口調で言う。「凍え死ぬとこだったじゃんか!」

 

「仕方ないだろ。疲れてる人間にそんなことを押し付けるから悪いんだよ。それに、皆で動けば多少は(からだ)も温まったんじゃないか?」

 

「……早く宿まで案内してよ」

 

「へいへい……」

 

 荷車でもあれば、ちょっとは楽になったんだろうな、と思いつつ、レグルスは荷物を背負った。大半が防具だったり武器だったりするので、かなりの重量がある。

 

「それじゃ、こっちだ」

 

 レグルスの誘導に従って、彼らは宿へ向かった。

 

 

 

 

 ――彼らがこの村を訪れた理由、それは、彼らにとって大切な人に再会するためだった――

 

 

 

 

「はぁ~っ!」ミラは、宿のベッドに倒れ込む。「久々にふかふかのベッドで眠れるっ!」

 

 レグルスは、深い溜め息をつきながら、ベッドに腰掛けた。

 

「ねぇ、レグルス」

 

「何?」

 

「ご飯作ってよ」

 

 レグルスは無言で、ポーチからカチンコチンの冷凍生肉を取り出すと、ミラに投げた。

 

「……このまま食べろって?」

 

「いや、焼くだろ」

 

「……だるい。そうだ、チェルシー、この肉焼いてよ」

 

「ニャ……ボクも疲れてるのニャ……」チェルシーはベッドの上で伸びをする。「自分でやってニャ――」

 

「毛皮、()ぎ取ってもいいの?」

 

「は、はいいいいっ! やりますニャ!」

 

 チェルシーは飛び起きて、ミラから肉を受け取ると、暖炉の前へ向かい、肉を焼き始めた。

 

「ミラ、お前チェルシー使いすぎだろ。召使いじゃないんだからさ」

 

「いいじゃん。料理担当はチェルシーなんだし」

 

「そんな面倒くさがるから太るんだよ……」

 

「ん? 何か言った?」

 

「いや……、別に」

 

「言っとくけど、私そんなに太ってないからね」

 

「はいはい……」

 

「次にそんなこと言ったら、チェルシーをこんがり肉にしちゃから」

 

「なんでレグルスじゃなくてボクなのニャッ!?」

 

「んー、なんとなく?」

 

「チェルシー、うっかり口が滑ったらごめんな」

 

「うぅ……、ひどいニャ」

 

 涙目になりながらも、チェルシーは肉を焼き続けた。

 数分して、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。こんがり肉の完成は間近である。

 

「んー、美味しそうな匂い!」ミラは香りを吸い込む。「……んで、あの人、ホントにここにいるの?」

 

「それは、ここの人に訊けば分かるだろ。それに、もしここにいなくても、どこに行ったかの情報は掴めるかもしれないし」

 

「できればこの村にいてほしいけどね」

 

「もちろん、それがベスト」

 

「……あ、そうだ。私とレグルス、どっちが先にあの人まで辿りつけるか勝負しない?」

 

「お……、おう」レグルスは意表を突かれたような表情で応じた。

 

「ま、私の勝ちで決まりだろうけど」ミラは得意げに言う。「私が勝ったら、美味しいものを奢ってよね」

 

「わかったよ」

 

 そのとき、ちょうどチェルシーが、こんがり焼き上がった肉を二人に差し出した。

 

「お待たせしたニャ」

 

 二人は肉を受け取るやいなや、肉に(かじ)りついた。

 

 

 

         *

 

 

 

 レグルスは、村人に声を掛けた。

 

「あの、すみません。この人を探してるんですけど、ご存知ないですか?」

 

 捜している人物の写真を見せると、村人は写真に顔を近づける。

 

「ん?……あ、あぁ、その人なら見たことあるねぇ。まだこの村におると思うけんどなぁ……」

 

「ありがとうございます」礼を言い、レグルスは躰の向きを変えた。そのとき、村人が口を開いた。

 

「そういうことは、オババ様に訊いてみるんがええよ」

 

「オババ様……ですか?」

 

「この村の村長。あの人なら、何でも知っとると思うけん。いつも焚き火の側に立っとるでぇ」

 

「あ……親切にありがとうございます」レグルスは深く頭を下げると、村長を目指し、歩き出した。

 

 村長(と思われしき人物)は、集会所の近くの、焚き火の側にいた。背丈は、レグルスの腰の辺りまでしかない。

 レグルスは、こんにちは、と声をかける。だが、眠っているのか反応がない。

 さっきよりも大きい声で言うと、村長は目を醒ましたらしく、レグルスの方を向いた。

 

「む、何か用かの?」

 

「あの、村長さん、ですよね……?」

 

「いかにも。皆はオババ様と呼ぶがの。して、何か用かの?」

 

「オレ……、人を捜してるんです。この人なんですけど」レグルスは写真を村長に見せた。

 

 写真を見せたとき、村長の表情に微かな変化があったが、レグルスは気付けなかった。

 

「ヌシとはどういう関係かの?」村長が顔を上げた。

 

「その人、オレの師匠なんです。狩りについて、いろいろ教わって……」

 

「ふむ……そうかの。ふむ…………」村長が動かなくなった。

 

「どうかしました?」レグルスが訊くが、反応がない。どうやら、また眠ってしまったようだ。

 

「寝ないでください!!」村長はハッと目を覚ました。

 

「はっ。……ふむ。すまんの。……ヌシの捜している人物とやらは、確かにこの村にはおったが……今は所用でおらん」

 

「じゃ、どこに行ったか分かりますか?」

 

「むむ……それは言えん。すまんの」

 

 レグルスは肩を落とした。会えると思っていたのに。

 

「そうですか……。ありがとうございました。あの、まだちょっといいですか?」

 

「なんでも訊きなさい」

 

「ありがとうございます。では――」

 

 

 

          *

 

 

 

 ミラは、チェルシーと共にポッケ農場にいた。

 ポッケ農場は、畑での作物の栽培や、茂みでの虫取り、鉱石の採掘、魚釣りができる、広大な場所である。

 

「すごくひろーい!!」ミラは、観光にでも来たかのようにはしゃぎ回っている。

 

 チェルシーはというと……、疲れたのか、眠そうにしていた。

 ミラは、農場にいるアイルーに話しかけ、情報を集める。だが、思うような情報は引き出せなかった。

 

「ねぇねぇ、そこのアイルーさん」

 

 ミラは、農場の洞穴の前にいるアイルーに話しかけた。

 

「ニャ?」

 

「こういう人知らない?」探している人物の写真を見せる。

 

「……ニャ。見覚えあるニャ。でも、最近見ないニャ」

 

「そっかー……。ところでさ、この洞穴は何なの?」ミラは洞穴を指差した。

 

「ニャニャッ!! よくぞ聞いてくれましたニャ。この洞穴では、鉱石を採取することができるのニャ!!」

 

「鉱石、かぁ」

 

「それも、ただピッケルを使って採掘するんじゃなくて……なんと、爆弾を使うのニャ!! ボクに爆弾を渡してくれたら、穴の中に突っ込んでいくニャ!! 爆弾が爆発したら、鉱石がイッパイ取れるニャ!!」

 

「爆弾、ねぇ……」

 

 ミラは不敵な笑みを浮かべながら、チェルシーを見た。チェルシーは一瞬、どきっとする。

 

「ねぇ、チェルシー」

 

「……な、何でしょうかニャ」チェルシーは冷や汗をかいている。

 

「爆弾採掘、体験してみない?」

 

 その言葉は、容易に予想できた。

 

「……え、遠慮しときますニャ……」

 

「でもさ、こんなこと、なかなかできないよ?」

 

「いや、それでも遠慮しときますニャ」チェルシーの声は震えている。

 

「……仕方ないなぁ」冷たい刃が心臓に刺さるかような、冷酷な声だった。

 

「…………」チェルシーの躰は固まっている。

 

 ミラは、隣に置いてあった大タルに火薬やカクサンデメキンを入れ、慣れた手つきで大タル爆弾Gを作った。そして、目にも留まらぬ速さで、ロープを使ってチェルシーを爆弾に括りつける。

 

「ちょ、ちょっと!? だ、誰か助けてニャッ!? そ、そこのアイルーさぁん!?」

 

 採掘アイルーは親指を立てて、「行ってこい」と言わんばかりの視線を送っている。

 

「そ、そんニャあ!?」

 

「それじゃ……」

 

 ミラは爆弾を抱え、

 

「いっけ――――――――――っ!」

 

 チェルシーを括りつけた大タル爆弾Gを、洞穴に投げ入れた。

 

「ニ゛ャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 数秒後、凄まじい閃光と爆音が、辺り一帯を支配した。

 

 

 

          *

 

 

 

 数十分後、宿の部屋。

 

「何でチェルシーが黒焦げなんだよ」

 

 炭化した、チェルシーなのかどうかすらも分からない物体を、レグルスは指差した。

 

「爆弾採掘ってのをやって……」ミラが答える。「焦げ肉になっちゃった」

 

「生きてるのが奇跡みたいだな……」

 

「でも、楽しかったよね、チェルシー?」

 

「ニャ!!」炭は声を張り上げた。「ミラ様の愛の()もったあの一撃。このチェルシー、とくと堪能いたしましたニャ!!」

 

「それで、何か情報は得られたのか?」レグルスは、半ば投げやりな口調で言った。

 

「うん……とりあえず、何人かに聞き込みはしたけど、何もなかった。レグルスは?」

 

「オレもだ」

 

「そっか……」ミラは、ベッドに腰を下ろす。「じゃ、勝負は引き分けだね」

 

「でも、一つだけ興味深い情報を手に入れたよ」

 

「何?」

 

「雪山についてなんだけど」

 

 雪山というのは、ポッケ村から近い狩り場のことだ。

 

「そこには今、狩りにいけないんだってさ」

 

「え? なんでさ」ミラは怪訝(けげん)な顔をする。

 

「村長によれば、吹雪が強くて危ないらしい」

 

「へー……」

 

「……絶対行くな、ってさ」

 

 その瞬間、ミラの瞳が光った。何か悪いことを企む人間のする目だ。

 

「そう言われると、行きたくなっちゃうねぇ」

 

「え、行くのか?」

 

「あったりまえじゃーん!! 吹雪で危ないなんて、表向きの言い訳だよ。裏には絶対何かある」

 

「でも、村長は厳しい口調で、『絶対に行ってはならん』って言ってたんだぜ? 行かない方がいいよ」

 

「でも、もしかしたら、あの人は雪山にいるかもしれないじゃん」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「なんとなく、かな。それより、今日はもうこれから暗くなるし、明日の朝、こっそり行ってみようよ」

 

「いや、やめておこう。何が起こるか分からないからな。冬の雪山は、とくに」

 

「私たちは寒いとこの出身だし、大丈夫だよ」

 

「そういう問題じゃなくて――」

 

「んじゃ、お腹空いたし何か買ってくる」

 

 そう言い残すと、ミラは部屋から出て行ってしまった。

 

(まったく、ああなるともう何も聞き入れないんだよな……)

 

 レグルスはベッドに倒れ込んだ。

 

(でも、ミラを危険な目に合わせることだけは防がないと。不本意だけど、行くしかないな……)

 

 まったく、オレはミラに振り回されてばっかだ。

 レグルスは溜め息をついて、(まぶた)を閉じた。

 

 

 

 

 

 宿を飛び出したミラは、雑貨屋の前に立っていた。。

 

「おばさん、何かおいしいもの売ってない?」彼女は、中年の女性店員に話しかける。「お腹空いちゃって」

 

「そうねぇ。ドドブラリンゴとか、ラオシャンメロン、バサルモモは貴重でおいしいけど、残念ながら取り扱ってないわね」店員は、残念そうな顔をした。

 

「ほかには?」

 

「えぇと、ポッケ村周辺で採れる果物ならたくさんあるわよ~」

 

 店員はたくさんの果物が入った(カゴ)を引き出してきた。

 

「おぉ、どれもおいしそ~。それじゃ、オススメください」

 

「はいよ。良いものあげないとね」

 

「ありがとうございます!」

 

 気前の良い店員さんだな、とミラは思った。

 

「これは大きくていいわね。これは……ちょっと小さいわね」店員はぶつぶつ言いながら、袋に詰める果物を選別している。「あら、これは……傷がついているわ。売り物にならないから、捨てておきましょ」

 

「――傷?」

 

 ミラの表情が固まる。同時に、彼女は前髪で隠れている左目を触った。

 

「お嬢ちゃん、どうしたの?」異変に気付いたのか、店員は眉を(ひそ)めた。

 

「……あぁ、ううん、なんでもないです。ちょっと、髪の毛が気になっちゃって。えへへ……」ミラは咄嗟(とっさ)に取り繕う。

 

「そうかい」店員は温厚な表情に戻ると、果物を詰め込んだ袋をミラへ差し出した。「ほら、おいしそうなものだけ集めたよ」

 

「……代金はいくらですか?」

 

「ちょいとオマケして、500(ゼニ―)だよ」

 

「……はい。ちょうど」ミラはお金を渡す。「ありがと、おばさん」

 

「こちらこそ。毎度あり」店員は微笑んだ。

 

 ミラは踵を返すと、足早に宿へ帰った。

 

 

 

 

 

 宿の部屋に着くなり、ミラは果物詰めの袋を机に置いた。そして、コートを脱ぐと、ベッドに身を投げた。

 

「ニャ。おいしそうな果物が袋にいっぱいニャね」

 

 炭からアイルーに還元されたチェルシーが、袋を覗き込む。

 

「……珍しいな。ミラが果物にがっついてないなんて」レグルスは驚いた表情でチェルシーの方へ近寄った。「食べないのか? 美味しそうなのに」

 

「…………」

 

 ミラは(うつぶ)せのまま何かを呟いた。だが、二人には、はっきりと聞こえなかった。

 

「何か言った?」

 

 ミラは顔を少しだけ上げると、「……レグルスの……バカ…………」と言い放ち、再びベッドに顔をうずめた。

 

(何かしたのかニャ?)チェルシーが小声で(ささや)く。

(いや、別に何もしてないけど……。今はそっとしておいてあげよう)

 

 二人は顔を見合わせて頷くと、静かに部屋から出て行った。

 

 

 

          *

 

 

 

「……ミラはなんであんなこと言ったのかニャ。今までにあんなことってあったかニャ?」

 

 夕陽に赤く染まった村を、レグルスとチェルシーは歩いていた。

 

「うん……、そういうことはあまりなかったとは思うけど」

 

「何か思い出したくないことでもあったんじゃないのかニャ?」

 

 チェルシーの言葉に、レグルスはハッとした。

 

「あのことか……? いや、でも……」

 

「ニャ? 何か思い当たる節があるのかニャ?」

 

「うん……多分な。でも、最近はそんなこと、気にも留めていなかったようだし……」

 

「気になるニャあ。教えてニャ」

 

 チェルシーが言うと、レグルスは黙り込んだ。

 

「訊いちゃまずかったかニャ……? ごめんなさいニャ」

 

「いや、別に気にすることないよ。もしかしたら、いずれ話すかもしれない……」

 

 レグルスとチェルシーは、いつの間にかポッケ農場に来ていた。

 

「蘇る爆弾採掘の記憶……。あれはホントに怖かったニャ……」チェルシーはレグルスの隣でブルブル震えている。

 

「……なんなら、もう一回やるか?」

 

「ミラが鬼なら、レグルスは悪魔か何かかニャ?」

 

「アハハ、冗談冗談。オレはそんなことしないよ」

 

「キツイ冗談ニャ……」チェルシーは安堵の表情を浮かべる。

 

 彼らは川のほとりに座った。奥に見える連なった山々は、(ほの)かに赤い吹雪で覆われていた。

 

「あの人はどこにいるんだろうな……」

 

 レグルスは空を見上げる。灰色の雲が出てきていた。

 

「レグルスたちが探してる人って、そんなに思い出深い人なのかニャ?」

 

「そうか、チェルシーはオレたちが村を出る前に雇ったオトモだから、知らないんだな」

 

 レグルスは、背中から地面にどさっと倒れた。

 

「オレたちが15歳になった頃だ。あの人がオレたちのところへ来てさ、ハンターをやってみないかって言ったんだ」

 

「勧誘されたんニャね」

 

「あぁ。ちょうどハンターっていう仕事に興味あったしさ、オレは誘いに乗ったんだよ」

 

「レグルス()、ってことは、ミラは……?」

 

「その頃は、あまり乗り気じゃなかったんだと思うな。あとでミラに訊いたら、オレがいろいろやってるの楽しそうで、あいつもハンターをやってみたいと思ったらしい」

 

「ふむふむ……」

 

「それからオレたち二人は、あの人と一緒に、ハンターの仕事をしてたんだ。半年くらい」

 

「半年経って、どうなったのかニャ?」

 

「うん、あの人は、仕事があるといって、どこかへ行ってしまった。そのあとは、オレとミラで、ハンターの仕事をやってたんだ。あの一件があったのは、あれから少ししてからだったかな……」

 

「あの一件……?」

 

 チェルシーがレグルスを見る。そのとき、冷たく強い風が、彼らを()ぜた。

 

「……風が強くなってきたな。雪も降り始めた」

 

「あ、そうニャね。……帰るかニャ?」

 

「あぁ、そうしよう」

 

 レグルスは躰を起こして立ち上がる。彼の顔に、雪が当たった。

 

「うぅ……冷え込んできたニャぁ……。早く暖炉で暖まりたいニャあ……」

 

「そうだな。早く帰ろう」

 

 彼らは、徐々に強くなる雪の中を走った。

 

 

 宿に戻ると、二人は全身についた雪を払った。

 ミラは、二人に背を向けた状態でベッドに横たわっている。レグルスは彼女に近寄り、顔を覗き込んだ。

 ミラは寝息を立てて眠っている。右目の瞼が赤い。泣いていたのか――。

 

「……寝てるのか。ったく、こんな格好じゃ風邪引くぞ……」

 

 レグルスは、ミラの躰に毛布を掛けてやる。

 

「お腹空いたニャ」チェルシーは、床にぽすっと座り込んだ。

 

「そうだな。腹減ったな……」

 

 机の上に、果物が入った袋が乗っている。部屋を出たときの状態と同じだった。

 

「……これ、食うか」レグルスは袋の中の、赤い果物、氷樹(ひょうじゅ)リンゴを手に取る。

 

「ニャ。食べないと勿体無いのニャ」

 

 レグルスは、袋の中からもう一つリンゴを取り出すと、チェルシーに手渡した。

 二人がリンゴを(かじ)ったとき、強い吹雪が窓を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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