窓がガタガタと揺れる音で、ミラは目を覚ました。
「う……ん……」
彼女は上体を起こすと、髪の毛を掻きながら大
(私、いつの間にか眠っちゃってたんだ……)
目を擦って、ミラは部屋を見回す。部屋にもう一つあるベッドの上でレグルスが、床ではチェルシーが眠っていた。
「……あ。そういえば、雪山に行くんだった」
彼女はベッドから降りて、窓から外を見た。外は吹雪いていて、真っ白だ。
「この吹雪なら、堂々と出て行ってもバレなさそうだなぁ……」
彼女は、防具が入っている防具袋の側まで、音を立てないようそっと移動した。
(レグルスとか、起きないよね)
レグルスを
そのとき、ミラの背後で「んん……」という声がした。ミラがハッと振り返ると、レグルスが躰を起こして、こちらを見ていた。
不意に目が合う。
「……あ、ごめん。着替えてたのか」
「~~~~~~っ!!」
「ごへぁっ!?」
ミラの強烈な一蹴りに襲われたレグルスは、一瞬で意識を刈り取られてしまった。
「……ばーか」
言葉でもそう一蹴すると、ミラは元の場所へ戻る。
(よりによって着替えるタイミングで目を覚ますなんて……)
とんでもない変態兄貴だ、と怒りを覚えながら、彼女は防具を着け始める。
ロアルドロス亜種の素材から作られる、紫を基調とした【ルドロスU】の防具を身に纏い、弓の【アミルバハル】を装備した彼女は、必要なものをポーチに詰め込んだ。そのあと、ベッドで伸びているレグルスの元まで行くと、彼の青白い顔を掌でパチパチ叩いた。
「起きろー!!」
しかし、レグルスは目を覚まさない。
仕方ないなぁ、と思いながら、ミラはレグルスの上に馬乗りになると、拳を振り上げ、腹部に鉄槌を落とした。
「――ぐふっ!!」
「ってぇ……」
「ふぅ、やっと起きた。早く防具着けて、行くよ」顔を近づけて、ミラが言った。
腰の辺りにあった重量感が消えたので、レグルスは躰を起こす。
「行くって……どこに?」
「もちろん、雪山に決まってるじゃん」
レグルスはチラリと窓を見る。吹雪は、昨晩よりも強くなっている。
「マジで……?」
ミラは鋭い目をレグルスに向け、頷く。「マジで」
「危ないぞ……?」
「危ない目には、今まで何回も遭ってるよ」
「いや、やめとけって」
レグルスが引き留めようとするが、ミラは、ぷいとそっぽを向いて、部屋の外へ出て行ってしまった。
「お、おい!! 待てよ!!……ったくぅ」
レグルスは、急いで【ルドロスS】シリーズ(ロアルドロスの素材から作られる、黄を基調とした防具)とハンマーの【
「……むニャ?」チェルシーは目を擦った。「何事ニャ?」
「ミラが雪山に行くらしいんだ」
「ニャ……?」チェルシーは、ぱっちり目を開ける。「こ、この寒い中ニャ?」
「あぁ」レグルスは頷いた。「オレもこの吹雪の中で行くなんて、寒いし危険だし嫌だよ。でも、あいつを一人にはしておけないし……」
「……仕方がない子ニャね」
チェルシーは渋々といった顔で、【ルドロスネコヘルム】と【ルドロスネコメイル】、【ルドロスネコネイル】を装備する。チェルシーが準備をしている間、レグルスはポーチにアイテムを詰め込んでいた。
「急がせてすまないな」
「毎度のことニャ。振り回されるのには慣れてるニャ」
「そうか」
二人はすぐに支度を済ませた。
「……じゃ、後を追っかけよう」
「了解ニャ」
雪山へと続く道の始点に、ミラはふて腐れた顔で立っていた。
「お、遅れてごめん」
「ごめんニャ」
「別に謝らなくていい」とミラは言ったが、吹雪に声が掻き消されてしまい、二人には聞こえなかった。そして、彼女は無言のまま、行くよ、と顎で合図する。
二人と一匹は、雪山へと続く道に踏み出した。ミラが先頭を歩き、そのあとにレグルスとチェルシーが付いて行く。
「何かあったのかニャ? 何も言わニャいなんて」
「んー……。さっきの一件がまずかったのか、昨日の一件を引き
ミラと一定の距離を保ちながら、レグルスとチェルシーは会話をしていた。
「さっきの一件? なんかあったのかニャ?」
「……ミ、ミラの着替えを……目撃しちまったんだよ」
「マジかニャ……。そりゃ怒るニャ」
「ふん……ま、そういう年頃だよな……。昔は一緒に風呂とか入ってたのに」レグルスは溜め息をついた。「でも、オレは悪くないぜ? 目覚めたら、たまたま下着姿の妹が目に入っただけなんだ。それで思いっきり蹴られて殴られるとか。理不尽すぎるだろ……」
「よっぽど怒ってたんニャね……。でも、ボクも見たかったニャ、ミラの着替え」
「おい」
「年頃の娘の着替えを見られる機会なんて、そうそう無いニャ!? それに、一緒に風呂に入ってたニャんて、羨ましい限りニャ。ボクもミラと一緒にお風呂に入りたいニャ」
「この、変態猫め……」
「ニャハハ、照れますニャ」
「褒めてねぇよ。さっき喋ったこと、全部ミラに言いつけるぞ?」
「ニャニャッ!! それはやめてくださいまし!! 毛皮を剥ぎ取られるだけじゃなくて、
「ま、風呂くらいなら入ってくれるかもしれないけど、チェルシーは鼻血垂らしてぶっ飛ばされて終わりだな」
「何ニャと!? ボクはそんな変態じゃないニャ!! 胸に顔をうずめても鼻血を出さない自信があるニャ!!」
「……お前、とんでもない変態だったんだな……」
溜め息とともに、吹雪がいっそう強くなった。
*
「あの子たち、雪山の方へ向かっていってるわよ~。止めなくて大丈夫なの~?」
集会所の中から外を窺うギルドマネージャーが言った。
「………………」
「ギルドでは進入禁止にしているのにぃ。ねぇ……」
「………………」
「オババ様、起きて~」
「はっ!!……ふむ、すまぬ」
「あの子たち、どんどん進んで行っちゃうわよ~」
「心配は要らんよ。あの子たちは、なかなかの実力を持っておるからの」
「そういうことじゃなくてぇ。なんであの子たちを引き止めないの~?」
「それは、直に分かる――かもしれぬ。今は、あの子たちが無事に帰ってくることだけを祈るのじゃ……」
村長は瞼を下ろして、再び眠り始めた。
*
雪山。
ポッケ村から最も近い場所にある
雪山、ベースキャンプ。
ベースキャンプは、基本的に、モンスターが入って来ることが無く、生命を脅かす環境でない、安全な場所に設置される。しかし今は、ベースキャンプでもかなり吹雪が強くなっており、気温も低くなっていた。長時間留まっているだけで、凍死してしまいそうなほどだ。
「なぁ、引き返そうぜ。……おい聞いてるのか?」
レグルスの言葉に、ミラは反応しない。彼女はすたすたと歩いていく。
「……おい、待てよ。何か言えよ!!」レグルスは思わず声を張り上げた。
しかし、ミラは振り返りもせず、力強い(怒っているだけかもしれないが)足取りで進んでいく。
「レグルス、地図があったニャ」
チェルシーは、青色の支給品ボックスの中から顔を覗かせ、レグルスに地図を渡した。
「これがなきゃ遭難しちまうな」
「
「……くだらないネタはいいから、追いかけるぞ」
「ニャ」
エリア1。
麓の草原のエリア。だが、今は降りしきる雪の影響で、一面が雪景色である。
ミラは、段差になっている丘の上に立って、レグルスたちを見下ろしていた。
「あいつ、もうあんなトコに……」
吹雪で、姿すらも
そのとき、
「レグルス――――ッ!! 小型モンスターを何匹狩れるか……勝負だ―――――っ!!」
と叫ぶ声が聞こえた。
「えっ!? 何!?」レグルスは駆けていく。「どうしたんだよ、いきなり!?」段差の下からミラを見上げながら、レグルスが訊いた。
「だから、勝負だ、って言ってるじゃん!」
「正規の依頼を受けてるわけでもねぇのに、勝手に狩っていいわけねぇだろ!! ギルドから懲戒処分を受ける
実際、立ち入り禁止区域に侵入しただけでも、ハンターの資格が剥奪される可能性があるのだが。
「うぅ……。じゃ、先に3体狩った方の勝ち!?」
「そ、それくらいなら、まぁ……」
「よしっ!! じゃ、私が勝ったら美味しいもの奢ってね~!」
「あ、あぁ……」それしか返答はできなかった。
「じゃお先に~!」ミラは振り向き、奥へ進もうとする。
「おい! 地図は要らねぇのか!?」
レグルスの忠告に、ミラの動きがピタリと止まる。
「い、要るに決まってるでしょ!! そういうことは早く言って!!」
「チェルシー、地図、もう1枚あるか?」
「抜かりはないニャ」チェルシーの瞳がキラリと光る。「こういうこともあろうかと、2枚頂戴してきたのニャ」
「じゃ、1枚ミラに渡してやってくれ」
「了解ニャ」
チェルシーはぴょんぴょんと跳ねながら段差を上がり、ミラに地図を渡した。
「んじゃ、今度こそお先に~! あ、ここからは単独行動ね! レグルスは、チェルシーといても大丈夫だけど!」そう言い残し、ミラは奥の洞窟へと進んでしまった。
「……オレたちどうする?」
段差を降りてきたチェルシーに、レグルスは訊いた。
「ニャ。どうするかニャ」
「うーん……。とりあえず、あっちに行ってみるか」
レグルスは、どこかにに繋がっているであろう道を指差した。地図で確認すると、その先はエリア2らしい。
彼らは、少し積もった雪を踏みしめエリア2へ向かった。
エリア2。
「……モンスター、いねぇな」
見渡す限り一面が雪で覆われているだけのエリアを見回し、レグルスが呟く。普段ならば草原が広がり、ガウシカというモンスターがいるのだが、その影すら見当たらない。
そういえば、エリア1にもモンスターの姿が無かったな、とレグルスは思った。
「モンスターの匂いもしないニャ」チェルシーは鼻をヒクヒクさせる。
「……にしても、さっきのミラの態度の変わりようは何だったんだろう……」
「ホントは何も気にしてなかった、ってことなのかニャ?」
「そんなことはねぇだろうけどなぁ……」レグルスは灰色の空を仰いだ。「あいつ、なんか性格変わっちまったな……」
「……そうなのかニャ?」
「うん、そんな気がする」
「前はどんな性格だったのかニャ?」
「もっと素直で、おとなしかったような……。あと、オレに『バカ』なんて言うような奴じゃなかった。あとは……うん、勝負事が好きなのは、変わってないかな」
「ニャ……」
「……とりあえず、別のエリアに移るか……」
向かって右側にある崖の方を見ると、登れそうな段差があり、その先にはツタが張っている。
「あそこ、登れそうだな」
「吹雪で先が見えないし、高そうニャ……」
「ま、行ってみようぜ」
レグルスが歩くと、チェルシーは黙ったまま彼の後を追った。
エリア4。
雪山、内部の洞窟のエリア。
「さむ……」
外もそうだが、内部はもっと寒かった。
ミラはポーチから〝ホットドリンク〟が入った瓶を取り出し、一気に飲んだ。ホットドリンクは、保温作用を高めて体温の低下を防ぐドリンクである。雪山などの寒冷なフィールドでの必需品だ。
(……これで寒くはなくなるかな)
即効性があるため、すぐに躰が熱くなってきた。しかし、効果はあまり持続しないので、
ミラの視線の先に、巨大な
あんなに大きい氷柱を見るのは初めてのことで、彼女は思わず見入っていた。
しかし、巨大な氷柱のほかには、特に目立ったものもなく、彼女のお目当てである小型モンスターもいなかったため、彼女はエリアを移動することにした。
エリア2、崖の頂上。
「ハァ……ハァ……、やっと登りきれたぜ」頑丈なツタのハシゴを登り切ったレグルスが振り返る。「……おい、チェルシー」
だが、チェルシーの姿は見当たらない。
「あれ……?」
どうしたのかと思い、崖の縁から下を覗くと、チェルシーは一つ下の足場で震えていた。
「おーい!! どうしたー!?」
「こ、こんなトコ……、た、高すぎて登れないニャ……高いトコ苦手ニャ……」
「……じゃ、どうするんだ!?」
チェルシーは、キョロキョロと辺りを見回している。そして、何かを発見したようだった。
「……ニャ!! こっちに洞窟があるニャ!!」チェルシーはその洞窟がある方向を指差した。
「へぇ……、それは気づかなかったな」
「ボク、こっちから行ってみるニャ!!」
そう言い残すと、チェルシーは走っていってしまい、レグルスのいる位置からは見えなくなった。
「仕方ない、オレはこのまま進むか……。って、ん?」
レグルスは一歩踏み出した瞬間、あることに気づいた。
(……地図はチェルシーが2枚持ってて、1枚はミラに渡して、もう1枚はオレが持っているということは……)
チェルシーは地図を持っていない。これでは、遭難の危険がある。が、地図を持っていても遭難することはあるので、結局のところ、地図は持っていても持っていなくても問題ではない。
(まぁ……あいつのことだし、大丈夫だろう)
いざとなれば、穴を掘って雪山から脱出することがアイルーには可能だ。
「とりあえず……進もう」
雪面に足跡を残しながら、レグルスは進んだ。
エリア5。
洞窟のエリア。
(ここにも何もいない……)
ここまで、小型モンスターに一切出くわさないことを、ミラは不思議に思った。
虫一匹出てきてもいいはずだが、その気配すら感じられない。
今までの経験でいえば、これは異常なことである。吹雪が強すぎて、小型モンスターが全部吹き飛んでしまったのではないかと思うくらいだ。
ほかに、小型モンスターが消える現象といって思い当たるのは、大型モンスターの出現だ。大型モンスターがエリアにいると、小型モンスターは、我先にと逃げる傾向にある。
しかし、この吹雪の中、しかも捕食対象の小型モンスターもいなければ、大型モンスターもいないはずである。
(このままじゃ、勝負に負ける……。とりあえず、あそこから山頂に出られそうだし、行ってみよ)
彼女は、エリア5から雪山の山頂部へと続く坂道を辿った。
エリア7。
山頂付近、雪原のエリアの一つ。
「うぉっ!! さむぅっ!!!!」
雪山の山頂部は、麓とは比べ物にならないほど強く吹雪いていた。そして、標高が高いせいか、気温もかなり低い。
レグルスは、凍える手で〝ホットドリンク〟をポーチから取り出すと、瓶の蓋を開けて胃に流し込んだ。
(……飲んでも寒いな)
この寒さと吹雪では、ドリンクの効き目は半分以下になるだろう、とレグルスは感じた。ホットドリンクはあまり用意してきていない。ということは、すべて使い果たす前に下山しなくてはならない。勝負よりも生命の方が優先である。
(……にしても、視界が悪い。2、3メートルが限界か……?)
手で顔を覆いながら、彼は吹雪の中、深く積もった雪の上を進む。
(危なくなったら、すぐに引き返さないとな……)
少し進んだところで、レグルスは雪の中に埋まった何かで滑り、転倒した。
「……っ!?」
雪が緩衝剤となってくれたおかげで、痛くもなんともなかった。だが、埋まった手を抜くと、掌に血が付いていた。
(なんだこれ……)
手が抜いたあと、開いた穴から地面を見ると、血痕のようなものが見えた。
(かなり大きい血溜まりだ……)
モンスターが殺されたのだろうか。だとしたら、この近辺に肉食モンスターか、あるいは大型のモンスターがいるはずである。
彼は雪を掻き分けた。指先が冷たい。
(何かある……)
それは、すぐに出てきた。
(何だこりゃ?)
持ち上げて観察してみる。どうやら、右腕の防具らしい。見たこともない防具だ。
(誰かが落としていったのか……? いや、こんな落し物、ハンターなら誰だって気付くはず……)
鎧をじっくり観察すると、血がべっとり付いていた。
(怪我をして、ここに置かざるを得なかった……。いや、それでも、防具はきちんと持ち帰るはず。じゃあ、何でだ……?)
レグルスは、防具があった場所から半径1メートル以内の雪を掻き分けた。何か手がかりがあるかもしれないからだ。
雪の中を探っていると、硬い物が手に当たる感触があった。
(これか……)
彼はは〝それ〟を引っ張りだした。
〝それ〟は、80㎝ほどある「く」の字に折れた少し太い棒で、その先端には、五つの細く短い棒が付いている。
最初ぱっと見ただけではよく分からなかったが、よく注意して見ると、それが何であるかを理解した。
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
思わず手放し、尻餅をつく。
(な、なんでこんなモノが……!?)
〝それ〟は、人間の右腕だった。