Monster Hunter ~白銀の絆~   作:鷹幸

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第3話 遭遇

 レグルスは驚愕(きょうがく)した。

 雪の中から発見した物が、人体の一部だったからだ。しかも、ハンターのものである。

 

(な、なんで人間の腕が落ちてるんだ……!? ま、まさか……)

 

 彼は、寒さとは違う、別の何かで震えていた。

 それは、言うまでもなく〝恐怖〟である。

 

(も、モンスターが人間を……!?)

 

 だとすれば、ミラやチェルシーの身が危ない。

 

(は、早くあいつらに伝えないと。でも、どこにいるか分からないし、しかも、吹雪の中だ。下手には動けない!!)

 

 心拍が加速を始める。寒いのに汗が出てきた。

 

(村長が雪山に入るなと言っていたのは、このことだったのか!? オレがミラを止めなかったばかりに!! くそっ!! このままじゃ、全員の命が危ない!!)

 

 呼吸も速くなる。酸素濃度は平地よりも低いので、自然と呼吸の回数も多くなっていた。

 

(いや、これは本当にモンスターの仕業なのか!?)

 

 脳内を、様々な思考が駆け巡る。

 

(……まずは落ち着け、落ち着くんだ……)

 

 彼は、ゆっくりと深呼吸をした。冷気が肺に入って来る。

 さて、どうすればいい――レグルスは考えた。

 

(今は全員が単独で行動している。まずはミラとチェルシーを探すのが先か……。無闇に動くのは危険だが、動けば二人と出会う確率も高くなる……いや、この吹雪だ、お互いの姿を確認できずに、すれ違う可能性の方が高い。かといって、じっとしていても雪だるまになるだけ……)

 

 レグルスは、白の世界で立ち尽くしていた。

 

(しかし、さっきから感じるこの妙な感じは一体何なんだ……)

 

 そう、小型モンスターがまったくいないのだ。この吹雪だからいないのも当然か、と彼は考えもしたが、それもおかしい。

 今まで通ってきたエリアでも、モンスターは確認できなかった。麓も吹雪いていたとはいえ、モンスターがまったくいないというのは、どう考えてもおかしい。

 

(このまま行けば……エリア8、か)レグルスは地図を確認する。(ミラも山頂を目指しているはずだ。このまま進めば、出会う可能性もある……)

 

 レグルスは歩き出す。

 

(このまま何もなければいいんだけどな……)

 

 言いようの無い恐怖だけが、彼の肉体と精神を(むしば)んでいた。

 

 

 

 

 

 エリア6。

 雪山の山頂部の雪原エリアの一つ。

 

「ひゃっ!!」

 

 冷たい吹雪が、砕けた硝子(ガラス)のようにミラを襲った。

 

(さ、寒い……。でも、ここならいるでしょ何かが……!!)

 

 吹雪で視界は悪い。いや、目の前に広がるのは、どこまでも白の世界。穢れなき白。一瞬、ここは天国かと思ってしまうほどである。

 ミラはフィールドを見回す。が、何も見えないのは明白である。

 

(ここまで来て引き返すのもなんだし……。どうしよ)

 

 ミラはしわくちゃになった地図をポーチから取り出し、広げた。

 

(エリア8……、行ってみよ)

 

 彼女は地図をポーチに押し込み、積もった雪を踏みしめ歩いた。

 

 

 

 

 

 エリア3。

 雪山の内部の洞窟のエリア。

 

(ニャ……。洞窟の中もかなり寒いニャ……)

 

 内部の壁は凍土でできていて、触ると冷たい。

 チェルシーはポーチに手を突っ込むと、〝特製ホットドリンク〟を取り出した。

 

(トウガラシを増量した、特製のホットドリンクニャ!!)

 

 それを、一気に胃に流し込む。途端に、躰がとても熱くなる。

 

「~~~~~~~!!」

 

(さすがにトウガラシを入れすぎたニャ……)

 

 口から炎が出せそうなほどの辛さ。舌がひりひりする。

 

(……にしても)

 

 チェルシーは洞窟内部をぐるっと見回す。向かって右は壁、左はちょっとした崖になっている。

 

(地図を預けっぱなしだったの、忘れてたニャぁ……)

 

 引き返しても、レグルスはもう先に行ってしまっているだろう。わざわざ登るのも疲れるだけだし、何より高所が怖い。

 

(折角だから、探検してみるかニャ……。もしかしたら、未知の食材なんかが眠っているかも知れニャい……。そう考えたら、楽しみになってきたニャ!!)

 

 新しい場所に来るとワクワクしてしまうのは、人間もアイルーも同じだ。

 

(……いやいや!! 遭難したら終わりニャ!! ここはじっとしてる方が……)

 

 チェルシーは冷たい地面に座り込む。

 

(こんなトコに居座ってたら、氷漬けになってしまうニャ。今は、二人に出会うのが先かも知れニャい)

 

 チェルシーは腕を組んで頷く。

 

(とりあえず進むかニャ……)

 

 不気味な音が反響するエリアを、彼は進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリア8。

 吹雪の壁は、狩人たちが侵入するのを拒んでいるようであった。

 視界は白で覆われ、音は風に吹き消される。()てつく寒さは、躰の末梢から体温を奪う。

 

 

 

(ホットドリンクを飲んでも、厳しいな、ここは……)

 

 レグルスの躰は震えていた。指先の感覚は、麻痺寸前である。

 

(引き返すべきだったか……?……いや、今さら遅い)

 

 進むしか、道はない。彼はそう思った。

 

 

 

 

(何にも見えない……)

 

 ミラの表情は険しくなる。

 

(これじゃ、勝負どころじゃないじゃん……)

 

 でも、絶対何かある!! 彼女はそう思った。

 

 

 

 

 二人の距離は、次第に縮まっていく。

 何が現れるか分からない空間を進むたび、心臓が大きく鳴る。

 二人の距離、およそ5メートル。

 

 

 

 

 突如、レグルスの目の前に黒い壁が現れた。

 

「……え?」

 

 レグルスが顔を上げると、二つの紅い玉が宙に浮いていた。

 

「!?」

 

 玉が、ギョロリとレグルスの方を向く。そして、その紅玉は、(あや)しげな光を放った。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

「ん!?」

 

 ミラは咄嗟に弓を構えた。

 

(さっきのは、悲鳴? その声は、レグルス!? ここにいるの!?)

 

「レグルス!! いるの!?」

 

 ミラは叫ぶ。だが、返事は無い。

 

 

 

 

 レグルスは、2、3歩下がった。

 

(なんだこれは!? こいつはモンスターか!? じゃあ、さっきの腕は、コイツが殺した人間のもの――)

 

 そのとき、ミラの声が聞こえた気がした。レグルスはハッとする。

 

(ミラ!? ここに来ていたのか!? こんなときに!!) 

 

 心拍はより速まる。息も荒くなる。

 

「ミラ!! そこにいるのか!? いるのなら早く……」

 

 逃げろ、と叫ぼうとした瞬間だった。

 

 

 

 凄まじい轟音と衝撃。

 二人の躰は、跳ね飛ばされた。

 

 

 

 積もった雪がクッションになったおかげか、地面に叩きつけられても痛みは感じなかった。

 

「な、何……?」

 

 ミラには、何が起こったのか分からなかった。

 鼓膜が痛い。さっきまで聞こえていた吹雪の音が、今は聞こえない。

 

(一体何が……?)

 

 ミラは、雪に寝転がったまま目を見開いていた。

 

 

 

 

 レグルスは受身の姿勢を取ったので、転倒は免れることができた。

 

(耳がいてぇ……)

 

 恐らくさっきのはモンスターの咆哮だろう、と察した。そして、聴力が失われている。

 何も見えない、何も聞こえない――。これほどの恐怖が、他にあるだろうか。

 全身が、震えていた。

 

 

 

 刹那、吹雪が止む。

 その瞬間は、時間が止まったかのようだった。

 激しく鼓動していた心臓の拍動が止まるような錯覚に陥る。

 猛吹雪の間に垣間見えたのは、漆黒に染まった巨体。

 漆黒の体毛、太い前脚、紅い目、側頭部から伸びる一対の角――。

 見えたのは一瞬だったが、その姿は、はっきりと確認できた。

 

 

 

(なんだ、あのモンスターは……)

 

 見たことがないモンスターだった。だが、それが何者であるかを気にしている余裕は、無い。

 

(あ、あの腕がコイツの仕業だとすれば……今すぐ逃げないと!!)

 

 レグルスの聴力は、既に回復していた。

 

「おい!! ミラ!! 逃げるぞ!!」

 

 レグルスは精一杯の声で叫んだ。しかし、返事が無い。

 

「おい……」

 

 まさか、という最悪の事態が、彼の脳を(かす)める。

 

「んー? どうしたのレグルス」

 

 突として、ミラが横に現れた。

 

「うおっ!! どっから湧いてきた!?」

 

「なんとなくで移動してきたんだよ。あ~、耳が痛い」

 

「無事ならいいんだ……とりあえず、逃げるぞ!!」

 

「あの……アイツから?」

 

 ミラは、怪物(モンスター)が潜伏しているであろう吹雪の方を指差す。

 

「それしかねぇよ」

 

「やだ」

 

「は!?」

 

「レグルスは腰抜けだね……。それじゃ、アイツをどっちが先に狩れるか勝負しよう!!」

 

 また、これか――レグルスは舌打ちをする。

 

「……いや、逃げるのが先だ」

 

「じゃ、行くよ!!」

 

 ミラは弓を構え、矢を(つが)える。

 

「あ、おい!!」

 

「そういえば、何も見えなかったね、どうしよ」

 

「だから逃げ――」

 

 その瞬間、吹雪が弱くなった。

 

「アイツがよく見えるようになったじゃん」

 

 ミラが怪物を指差す。

 

「あ、ホントだ――って早く逃げ」

 

「よっしゃああ!!」

 

 ミラは矢を番えた腕に力を溜め、射た。

 放たれた一矢は、怪物の背中を射抜く。

 瞬時に、怪物の紅い目が二人の方を向いた。

 

「逃げるぞおい!!」

 

 レグルスはミラの腕を引っ張る。だが、彼女は手を振り払った。

 

「なんで!? 逃げるの!? 勝負から?」

 

「…………っ」レグルスは唇を噛んだ。

 

「……なに?」ミラが顔を(しか)める。

 

「……わかったよ。逃げなきゃいいんだろ逃げなきゃ!!」

 

「よぉし、そうこなくっちゃ!! 勝ったら美味いものが食える!!」

 

「ったく、どうなっても知らねぇからな!!」レグルスは(ハンマー)を構えた。

 

(とにかく、コイツを気絶させるなんかして、一刻も早く逃げる必要がありそうだ……)

 

 レグルスは、力を溜めながら怪物目掛けて走った。雪に足を取られそうだったが、なんとか耐える。

 ミラは、弓に毒ビンをセットし、矢を()いだ。

 

 

 

 レグルスと怪物との距離が数メートルまで迫ったとき、

 怪物が突然、両前脚を大きく上げて仰け反った。

 

(何か攻撃が来る!)

 

 レグルスは足を止め、数歩大きく退()いた。

 その矢先、怪物は倒れこむようにして腕を地面に叩き付けた。

 大地が震え、降り積もった雪が、岩に当たった大波のように跳ね上がる。

 

「うぁっ!?」

 

 レグルスはバランスを崩して倒れそうになるが、すかさず横に転がり込んで、体勢を立て直した。

 

「近接武器は大変だねぇ!!」

 

 そう言いながら、ミラは矢を放つ。矢は拡散され、起き上がろうとする怪物の体側面に突き刺さった。

 

「おとなしく毒にひれ伏せぇ!!」

 

 怪物はギロリとミラを見る。そして、彼女の方へと駆け、飛びかかろうとする。

 だが、ミラはそれを華麗に避けてみせた。そして、もう一発、拡散矢を見舞う。

 

「レグルスより攻撃してるよ、私」ミラはレグルスの方を向いてニヤリと笑った。

 

「なんならオレも……」レグルスは跳びながら怪物へ近づく。「負けねぇようにしねぇとな!!」

 

 怪物の振り向きざま、彼は鉄槌を振り回し、頭部に強撃を与えた。

 怪物は怯むそぶりも見せず、バックステップする。

 

「へぇぇ、やるじゃーん」次の矢を矢筒から取り出しながら、ミラが言った。

 

「いつもこんなんだろ」

 

「そうだったっけぇ?」

 

「そうだよ!!」

 

 まったく、狩りのときも緊張感の無い奴だ、とレグルスは思った。

 

「さぁーて、次の一撃も、私がもらっちゃうよ!!」ミラは弓を引き絞る。

 

「いや、オレが!!」レグルスは槌を構え直し、怪物の方へ突っ走る。

 

 

 

 レグルスが怪物の一歩手前まで近づいたとき、

 

「っ!?」

 

 彼は、何か、雷のようなものを感じ取った。髪の毛を雷が伝うような感じ。

 そして、怪物が仰け反る。

 

(何か来る!! だが、間合いはこっちのもんだ!!)

 

 レグルスはそのまま一気に突っ走る。

 

 このままハンマーを振り上げれば、確実に攻撃を頭部に当てられる。

 

「よっしゃぁ!!」

 

 

 

 だが、次の瞬間、レグルスの躰は吹き飛んでいた。

 

「っ!?」

 

 転げながらも、なんとか体勢を取り直す。ミラも、なぜか尻もちをついていた。

 

「……おい!! 一体何が!?」

 

「わ……私にもよくわかんないけど、アイツの口から金色のブレスが……」ミラは立ち上がりざま、答える。

 

「……え? じゃあオレは、その衝撃で飛ばされたってのか」

 

 当たらなくて良かったぜ、とレグルスはほっと胸を撫で下ろした。

 

「しっかし……」レグルスの息は、荒くなっている。「あんな攻撃があるのは……かなり厄介だな」

 

 遠く離れていても攻撃を喰らう可能性があるのは、危険である。

 

「うん、すごく手強い……。でも、先に倒すのは私だよ!!」

 

「力尽きねぇようにな」

 

「そんなことあるはずないでしょーが」

 

「ならいいんだけど!」

 

 そんな会話をしながら、レグルスは考えていた。

 

(あのブレスは……雷を纏っていたのか?)

 

 指先に、ビリビリという痺れた感覚がある。ならば、そう考えて間違いないだろう。

 怪物は、ゆっくり二人の方に向かってきたかと思うと、二人の間を引き裂くように飛び掛かった。

 だが、二人は攻撃を見切っていた。

 飛び掛かりを回避した二人は、怪物を挟むような立ち位置になる。

 

「横っ腹がお留守だぜ」

 

「隙ありぃ!!」

 

 ミラが素早く拡散矢を射て、レグルスが槌を振り上げたとき――

 

 

 再び、凄まじい咆哮。

 二人は咄嗟に耳を塞いだため、耳をやられることはなかった。だが、音圧で、足を擦りながら5メートルほど飛ばされた。

 

 

「くぅ……っ!!」

 

 大量の積雪が吹き上がる。

 

「……ま、またぁ?」

 

 片手で頭を押さえながら、ミラはレグルスの元へ駆けてきた。

 

「あぁ……頭がいてぇ」レグルスもミラ同様、頭を押さえる。「そうだ、アイツは……?」

 

 怪物は、宙に舞う大量の雪に覆われていて、見えない。

 

「観念して逃げたんじゃない? 私の活躍で」ミラはガッツポーズをしてみせる。

 

「さぁ、な……」

 

 二人は、次第に薄れゆく雪の中を凝視した。

 何かが現れる。

 

「え、えぇ?」

 

 その姿を一目見た瞬間、レグルスとミラの躰は硬直した。

 

 

 雪煙の中から姿を現したのは、金色に染まりし怪物の姿。

 黄金の(たてがみ)を逆立たせており、頭頂部からは、白い湯気が大量に噴出している。

 

 

「んなっ!? な、何!?」

 

「さっきのモンスターか!?」

 

 激昂状態か――レグルスは直感する。

 

(これは、まずい……)

 

「逃げるぞ」レグルスは呟く。

 

「え?……逃げんの?」

 

「元からそのつもりだ!!」

 

「でも、ここで闘ってこその狩人でしょ!?」ミラがレグルスを睨みつける。

 

「でも……」レグルスは訴えかける目をミラに向ける。

 

「ふぅん、自信ないんだ……?」

 

 沈黙が流れる。

 

「……もういいよ。私一人でやるから」

 

「はぁ……」レグルスは溜め息をつき、首を振った。「お前を一人にはさせておけねぇからな……、仕方ねぇ!! オレもやってやるよ!!」

 

「そうこなくっちゃ!!」ミラは矢を番え、放った。矢は怪物の角に当たり、折れた。「角は効かないのかなぁ」

 

 ミラがそう呟いたそのときだった。

 怪物は尋常ではない速さで、二人に襲い掛かった。

 

「避けろ!!」

 

 レグルスが叫ぶ。

 二人は、怪物の速攻をなんとか避けきった。

 

「さっきより動きが速くなってるぞ!!」

 

 レグルスは怪物から距離をとる。

 

「これくらい、何ともないや」ミラは次の矢に手を掛ける。

 

 そのとき、またも吹雪が強くなり、視界は白で包まれた。

 

「くそっ!!」

 

 レグルスの位置からは、何も見えない。おそらく、ミラもそうだろう。

 あの怪物も同じだとは思うが、鼻が利くようなら二人の位置はバレてしまうだろう。

 

(だから早く逃げときゃよかったんだよ!!)

 

 彼はそう思ったが、仕方ないことだ、と瞬時に割り切った。

 

(どこだ、どこにいる――)

 

 どこから襲ってくるか分からないという恐怖に、ただ躰が震える。

 

「どこだぁ!!!!」その恐怖を打ち破り、レグルスが叫んだ。

 

 その瞬間、吹雪が一時的に弱まった。と同時に、ミラと怪物の姿を、彼の目は捉えた。

 怪物の視線の先にはミラがいる。だが、彼女はビンの装着をしており、そのことには気づいていないようだった。

 ミラが襲われる――レグルスは直感的に感じ取る。

 瞬刻、彼は無意識のうちに走りだしていた。

 

(くっそぉ……!! 狙うならオレを狙えってんだ!!)

 

 暴風雪をものともせず、彼は疾走する。

 横目で見ると、怪物は、前脚で引っ掻く動きをしながら、ミラの方へ向かっている。

 

(間に合え――!! これ以上ミラを傷つけたくない――!!)

 

 彼は速力を上げる。

 

(誓ったんだオレは――)

 

 

 

 

「――えっ?」

 

 ミラが気づいた時には、怪物は既に目と鼻の先まで迫っていた。

 

 怪物は、右前脚を大きく振り(かざ)す。

 ミラには、その動きがスローモーションのように見えた。

 尖鋭な爪が、ゆっくりと、襲い来る。 

 

(これって、死――)

 

 そのとき、不意に、横から感じる衝撃。

 

 

 

 

 レグルスは、ミラの躰を突き飛ばしていた。

 次の瞬間、熱い衝撃が彼を襲った。怪物の鋭い爪が、彼の腹を(えぐ)ったのだ。

 

「――!!」

 

 宙を舞う吐血。

 次第に遠退く意識。

 だが、朦朧とする中でも、レグルスの意志には揺らぎがなかった。

 彼は、雪面を強く蹴ると、覆いかぶさるように、ミラに抱きついた。

 これ以上彼女に危害を加えさせまい、と。

 だが、そのとき既に、二人の躰は岩壁から飛び出していた。

 

 そして――無限の白銀の中に、レグルスとミラは消えた。

 

 

 

 

 

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