Monster Hunter ~白銀の絆~   作:鷹幸

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第5話 涙

 微かに開いた目から見えたのは、白色の世界に飛び散った、緋色の液体だった。

 ミラは、はっ、として目を開く。

 すると、金色に輝くラージャンが、目を半開きにしたまま倒れていた。

 

「え!?」

 

 ミラは自分の目を疑った。

 自分たちを殺そうとしたモンスターが、目の前で倒れているのだ。

 一瞬、これは夢かと思った。

 だが、違う。夢ではない。無垢な雪の冷たさが、全身を包んでいる。

 

 彼女は、目の前の影に気付いた。

 大きな武器を持っている。ハンターだ。

 その影が、ゆっくりと振り返る。

 ミラはその顔を見て、再び驚愕した。

 

「――レ、レグルス!?」

 

「よっ」ミラたちの方に駆け寄りながら、レグルスはハンマーを収めた。「あぁ、脚がいてぇ」

 

「なんでここにいるの!?」ミラは戸惑いの表情を浮かべている。「い、一体何が起こったの……?」

 

「あぁ。アイツに気付かれないように……」レグルスはエリア8の岸壁の上を指差した。「あの上から飛び降りて、攻撃したんだ」

 

 その位置エネルギーの加算された攻撃は、一撃で意識を喪失させるには十分なものだったのだ。

 

「へぇ。お前、度胸あるな」シャウラがレグルスの隣で言った。

 

「えぇ、もう無我夢中でしたから」

 

「え……、でも、レグルスは重傷で、目を覚ましても動けないかもしれない、って聞いてたのに……どういうことなの?」ミラが怪訝な表情を浮かべる。

 

「そ、それは……」レグルスは言葉に詰まった。

 

「おっと、その話はあとだ」シャウラが遮った。「奴は気絶している。今が最大のチャンスじゃないか?」

 

「そ、そっか」

 

「奴の意識が戻る前に、全員で総攻撃だ!!」

 

『おぉー!!』

 

「それじゃ……そうだな」シャウラは考え込む。「俺は溜め斬り、レグルスは溜め攻撃、ミラは曲射だ。強撃ビンがあれば付けておいてくれ。あと、曲射のタイミングは分かってるな。俺ら二人が攻撃して、奴から離れてからだ。でないと、俺たちまでミラに殺されることになる」

 

「ミラ、頼むぞ。オレたちを殺すなよ」

 

 レグルスがミラの肩に手を置く。だが、ミラは即座にその手を払いのけた。

 

「わかってるって!! そこまで私はバカじゃありませーん」

 

「でも、たまにオレに当てそうになるじゃんか」

 

「それは、レグルスが勝手に動き回るからでしょ!? 私は悪くない!!」

 

「ミラが勝手に矢を射るからだろ!!」

 

「……おい、お前たち、遊びに来てるんじゃないんだぞ。分かったら、配置につけ」シャウラが剣幕な顔を見せる。

 

『はい……』

 

(まったく、レグルスのせいで怒られたんだからね)ミラがレグルスを睨みつける。

 

(はぁ? 意味わかんねぇよ)レグルスは眉間に(しわ)を寄せた。

 

(意味わかんないのはレグルスの方~っ!)

 

(オレのどこが意味わかんないんだよ!!)

 

「お前ら……目で火花を散らしながら会話すんな」シャウラは半ば呆れて言う。「早くしないと、奴が意識を取り戻してしまうぞ」シャウラは、ラージャンの左前脚の側まで移動した。

 

 シャウラは「頭を狙え」とレグルスに指図する。

 指示を受け取ったレグルスは頷き、ラージャンの頭の位置についた。

 ミラは強撃ビンを装着している。

 シャウラとレグルスが武器を構え、力を溜める。ミラは矢に手をかけた。

 十分に力を溜めたとき、「いくぞ」とシャウラが目で合図した。ミラもその合図を確認し、矢を番える。

 

 

 これで終わらせてやる――!!

 

『うらあああああああああぁぁぁぁっ!!』

 

 二つの雄叫びと共に、全てを切り裂く巨大な剣、地を砕き揺るがす鉄槌が振り下ろされた。

 

 

 

 辺りは舞い上がった雪で覆われた。ミラの位置からは状況が掴めない。

 

(ど、どうなってるの……?)

 

 二人がラ―ジャンから離れたのを確認するまでは、矢を射ることができない。

 弓を構える左腕、矢を引く右腕に自然と力が入る。

 

「ミラ!! 矢を射ろ!!」

 

 シャウラの声が聞こえた。と同時に、レグルスとシャウラが白雪の煙の中から転げ出てきた。

 ミラは咄嗟に、天に向かって矢を放った。放たれた矢は空中で弾け、無数の礫となり、雪煙の中に呑み込まれた。

 

「ど、どうなったの……?」駆けてきたシャウラに、ミラは訊いた。

 

「……奴は、俺たちが攻撃をする寸前で意識を取り戻しやがった」

 

「そ、それで?」

 

「奴は回転攻撃を仕掛けてきたよ。間一髪で避けられたが……、惜しかった」シャウラは唇を噛む。

 

「オレもギリギリで避けられたから良かったけど……。気付くのが遅かったら、死んでたかもしれねぇ」レグルスの息は荒くなっている。

 

「厳しい戦い、だな……」シャウラは薄れる雪煙の方を見た。金獅子は先刻の位置より少し後ろにいた。「さっきの曲射も免れたと見えるな……」

 

 ラージャンはブレスを吐きながら、空中でバック転する。

 

「避けろっ!!」

 

 三人はブレスを、ギリギリで回避する。

 

「この状況を変える手立てはねぇのか……?」レグルスが呟いた。

 

 ラージャンが一歩、バックステップする。

 と、その瞬間、(まばゆ)い閃光、爆音とともにラージャンが倒れ、(もが)き苦しみ始めた。

 

「――え!? な、何!?」ミラは目を見張った。「一体何なの……?」

「おっと、これはこれは……」シャウラは駆け出した。レグルスとミラも後に続く。

 倒れたラージャンの側から、ハンターが姿を現した。そのハンターの顔を、レグルスは知っていた。

 

「ジィさん!!」

 

「……え? レグルス、知ってるの? この人」

 

「知ってるも何も、オレを治療してくれた命の恩人だよ」

 

「そ、そうなの!?」ミラは老人を見た。「あ、ウチのレグルスがお世話になりました……」老人に向かってお辞儀をする。

 

「いやいや、当然のことをしたまでだよ」老人は顔の前で手を振った。「……にしても、奴は絶好の機会に後ろに跳んできたものだな。待ち伏せして機会を窺っていたおかげで、あの臭いケツに竜撃砲(りゅうげきほう)をブチ込んでやれたわ!! はっはっは!!」老人は高笑いした。

 

「やったな、ジィさん!!」レグルスは親指を立てた。

 

「若いもんには、まだまだ負けられないからな」そう言うと、老人はガンランスの弾倉に弾丸を再装填(リロード)した。

 

「……このお爺さん、何者?」ミラが訊いた。

 

「過去にこの村に出現した、凶暴なティガレックスを討伐したという功績を持つ伝説の狩人。そのあとも、数々の困難な依頼もこなし続けていた……というのを村長から聞いたよ」シャウラが答えた。

 

「まぁ、いろいろあったわけだが。……今はそんなことよりも、奴を倒すのが先だろう」老人はシャウラの方を見た。

 

「そうでしたね」

 

 四人は、苦し悶えるラージャンを見た。

 

「無様な光景だな」老人はガンランスの剣先を獲物に向ける。

 

「すぐ、楽にさせてやるよ」シャウラは大剣の柄に手をかける。

 

「これで私が止めを刺せられたら私の勝ちだね!! レグルス!!」ミラは矢を弓にかけた。

 

「ミラがそうしたらの話だけどな!!」レグルスはハンマーを構える。

 

「いくぞぉっ!!!!」

 

 シャウラの掛け声で、四人は攻撃態勢に入った。

 

『おおおおおおおっ!!!!』

 

 

 腹部に弾丸が打ち込まれ、矢が前脚を貫き、後脚を冷たい刃が切り裂き、魂をも揺るがす一撃が額を襲う。

 金獅子は、苦悶に満ちた悲鳴を上げる。

 涎と血が混じった、粘り気のある液体が口から垂れた。

 躰は痙攣(けいれん)し、瞳からは光が消え失せている。

 やった、と四人は同時に思った。

 だが、金獅子は暴れ始めた。まるで、最後の力を振り絞るかのように。

 

 

「皆、離れろ!!」

 

 シャウラの声で、三人はラ―ジャンから離れ、ミラの元へと駆けた。

 そして四人は、獲物の動静を(うかが)う。

 ひとしきり暴れると、金獅子は突然、静止した。

 

(やったか……?)

 

(どうなる……?)

 

 四人の視線は、金獅子に釘付けになる。

 一秒が、とても長く感じられた。

 やがて、金色の巨体は静かに倒れた。

 雪煙が微かに舞う。

 

 

「やったぁ!!」ミラがガッツポーズをする。「私が止めを刺したよね? ね?」

 

「でも、全員がほぼ同時に止めを刺したって感じだろ。引き分けだよ」

 

 そう言って、レグルスは倒れた金獅子の方へ向かう。

 

「いや、待てよ……」シャウラが顎に手を当てた。

 

「へ?」ミラはシャウラの顔を見る。

 

「奴は、怒り状態で体毛が金色になる……。ということは、死んだのなら怒りも収まって体毛は元の黒に戻るはず……、特異固体では無い限り……!!」

 

「え? え? ってことは……」

 

「あぁ、奴はまだ――」

 

「シャウラさん!!」レグルスが、金獅子の頭の側で手を振っている。「剥ぎ取り、しないんですか!?」

 

「レグルス!! 今すぐそいつから離れろ!!」

 

「早く!! 離れて!!」

 

「え――?」

 

 遅かった。

 目を大きく見開いた金獅子は、前脚を振り上げる。

 

「んなっ!?」

 

 宙を舞ったレグルスの躰は、雪の無い地面に叩きつけられる。

 吐いた血が、空間を赤で埋めた。

 

 

(く、くそぉ……油断した!! まだ生きてるなんて……!! 怪我も完治してるわけじゃねぇから……か、躰が……思うように動かねぇ……)

 

 起き上がった金獅子の目は、レグルスを直視していた。

 

「まずい!! 奴はレグルスしか見てない!!」シャウラは目を見開く。「ここから走っても間に合わない……!! なんとかこっちに気を引かないと!!」

 

「じゃあ、私が矢で――」ミラは弓を構えたが、シャウラが手で制した。

 

「ちょっと吹雪が強くなってきた……。しかも、ここから奴までは距離がある。矢が流されてレグルスに当たるかもしれない!!」

 

「じゃ、ポーチに何か、投げるもの――」

 

 

 

 金獅子は躰を仰け反らせる。

 

(こ、この動きは……あの強力なブレスの予備動作!! このままじゃ、直撃して死――)

 

 レグルスが死を悟ったとき、どこからか小石のようなものが飛んできて、金獅子の頭に当たった。

 動きを止めた金獅子は、石が飛んできた方向に顔をに向ける。

 

「……え?」

 

 レグルスも同じ方向に顔を向けた。

 小さな影が、金獅子に向かって爆走している。

 

「ニャァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」

 

「チ、チェルシー!?」

 

 驀進(ばくしん)するチェルシーは、勢いよく地面を蹴って、大きく跳んだ。

 空中を駆けながら、彼はルドロスネコネイルを振り(かざ)す。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 金獅子の額に、刃が突き立てられた。

 生血が爆ぜ、金獅子は暴れだす。

 

「ニャァァァァァァァッ!!」

 

 チェルシーが振り飛ばされると同時に、刃が引き抜かれ、頭部から血の霧が噴き出した。

 ラ―ジャンの体毛は元の黒に戻り、真っ白な雪面は緋色に染まってゆく。

 

 

「怪我はないか!?」老人ががレグルスの躰を引っ張り、ラージャンから遠ざける。

 

「だ……大丈夫です」レグルスは頷いた。

 

「ニャニャッ!! 喰らったかニャ!! ボクの一撃!!」チェルシーは尻尾を立て、威嚇するような体勢をとっている。

 

 

 ラージャンの躰が大きく仰け反る。そして、一度咆哮をすると、背中からゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。

 

 

『やった……やったぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』全員が歓喜した。

 

 シャウラがチェルシーの元へ駆け寄る。

 

「君はレグルスとミラのオトモアイルーかな?」

 

「ニャッ!! そうですニャ!!」言うなり、チェルシーは地面にへたり込んだ。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「ニャ……すごく疲れたのニャ」

 

「そうか……あとでゆっくり休めよ」

 

 ミラはレグルスの元へ駆け寄った。

 

「レグルス!! 躰は大丈夫なの?」

 

「あ、あぁ……大丈夫だ」レグルスは座ったまま答える。「ジィさんの治療のおかげさ」

 

「……師匠、レグルスが目を覚まさないかもしれないって言ってたのは、嘘だったの?」ミラは、シャウラに鋭い視線を向ける。

 

「あぁ、それは――」

 

「そう言ってくれ、って頼んだんだよ、オレが」シャウラの言葉を、レグルスが遮った。

 

「はぁ!? なんでよ!!」

 

「そうでも言わないと、ミラは思い留まらないだろう? シャウラさんを見ても分かるように、ラ―ジャンはとても強力なモンスターなんだ。そんな奴に掛かって行けば、命が危ない……だから、お前を引き留めようと思って嘘をついたんだよ」レグルスは俯いて、溜め息をついた。「でも、実際は逆効果だったな……」

 

 彼が顔を上げると、ミラは目に涙を浮かべていた。

 

「……バカッ!! 死ぬかもしれないと思って心配してたのに……!! 颯爽(さっそう)と現れやがって!! ばかやろー!!」

 

 ミラが手を振り上げる。

 次の瞬間、バチンという音が雪原に響いた。

 

「いたっ……」

 

 レグルスが()たれた頬を押さえるのと同時に、

 

「ばかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 ミラは彼に抱きついた。

 

「えっ……、あ、お、おい……」

 

 レグルスは当惑の表情だ。

 

「……っ、……生きくれてて……、本当に……良かった……」

 

 レグルスの胸に顔を(うず)めたミラは、(せき)を切ったように泣き出してしまった。

 

「……あぁ」

 

 口元を微かに(ほころば)ばせると、レグルスは妹の頭を優しく撫でてやった。

 

 

 

 

 

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