微かに開いた目から見えたのは、白色の世界に飛び散った、緋色の液体だった。
ミラは、はっ、として目を開く。
すると、金色に輝くラージャンが、目を半開きにしたまま倒れていた。
「え!?」
ミラは自分の目を疑った。
自分たちを殺そうとしたモンスターが、目の前で倒れているのだ。
一瞬、これは夢かと思った。
だが、違う。夢ではない。無垢な雪の冷たさが、全身を包んでいる。
彼女は、目の前の影に気付いた。
大きな武器を持っている。ハンターだ。
その影が、ゆっくりと振り返る。
ミラはその顔を見て、再び驚愕した。
「――レ、レグルス!?」
「よっ」ミラたちの方に駆け寄りながら、レグルスはハンマーを収めた。「あぁ、脚がいてぇ」
「なんでここにいるの!?」ミラは戸惑いの表情を浮かべている。「い、一体何が起こったの……?」
「あぁ。アイツに気付かれないように……」レグルスはエリア8の岸壁の上を指差した。「あの上から飛び降りて、攻撃したんだ」
その位置エネルギーの加算された攻撃は、一撃で意識を喪失させるには十分なものだったのだ。
「へぇ。お前、度胸あるな」シャウラがレグルスの隣で言った。
「えぇ、もう無我夢中でしたから」
「え……、でも、レグルスは重傷で、目を覚ましても動けないかもしれない、って聞いてたのに……どういうことなの?」ミラが怪訝な表情を浮かべる。
「そ、それは……」レグルスは言葉に詰まった。
「おっと、その話はあとだ」シャウラが遮った。「奴は気絶している。今が最大のチャンスじゃないか?」
「そ、そっか」
「奴の意識が戻る前に、全員で総攻撃だ!!」
『おぉー!!』
「それじゃ……そうだな」シャウラは考え込む。「俺は溜め斬り、レグルスは溜め攻撃、ミラは曲射だ。強撃ビンがあれば付けておいてくれ。あと、曲射のタイミングは分かってるな。俺ら二人が攻撃して、奴から離れてからだ。でないと、俺たちまでミラに殺されることになる」
「ミラ、頼むぞ。オレたちを殺すなよ」
レグルスがミラの肩に手を置く。だが、ミラは即座にその手を払いのけた。
「わかってるって!! そこまで私はバカじゃありませーん」
「でも、たまにオレに当てそうになるじゃんか」
「それは、レグルスが勝手に動き回るからでしょ!? 私は悪くない!!」
「ミラが勝手に矢を射るからだろ!!」
「……おい、お前たち、遊びに来てるんじゃないんだぞ。分かったら、配置につけ」シャウラが剣幕な顔を見せる。
『はい……』
(まったく、レグルスのせいで怒られたんだからね)ミラがレグルスを睨みつける。
(はぁ? 意味わかんねぇよ)レグルスは眉間に
(意味わかんないのはレグルスの方~っ!)
(オレのどこが意味わかんないんだよ!!)
「お前ら……目で火花を散らしながら会話すんな」シャウラは半ば呆れて言う。「早くしないと、奴が意識を取り戻してしまうぞ」シャウラは、ラージャンの左前脚の側まで移動した。
シャウラは「頭を狙え」とレグルスに指図する。
指示を受け取ったレグルスは頷き、ラージャンの頭の位置についた。
ミラは強撃ビンを装着している。
シャウラとレグルスが武器を構え、力を溜める。ミラは矢に手をかけた。
十分に力を溜めたとき、「いくぞ」とシャウラが目で合図した。ミラもその合図を確認し、矢を番える。
これで終わらせてやる――!!
『うらあああああああああぁぁぁぁっ!!』
二つの雄叫びと共に、全てを切り裂く巨大な剣、地を砕き揺るがす鉄槌が振り下ろされた。
辺りは舞い上がった雪で覆われた。ミラの位置からは状況が掴めない。
(ど、どうなってるの……?)
二人がラ―ジャンから離れたのを確認するまでは、矢を射ることができない。
弓を構える左腕、矢を引く右腕に自然と力が入る。
「ミラ!! 矢を射ろ!!」
シャウラの声が聞こえた。と同時に、レグルスとシャウラが白雪の煙の中から転げ出てきた。
ミラは咄嗟に、天に向かって矢を放った。放たれた矢は空中で弾け、無数の礫となり、雪煙の中に呑み込まれた。
「ど、どうなったの……?」駆けてきたシャウラに、ミラは訊いた。
「……奴は、俺たちが攻撃をする寸前で意識を取り戻しやがった」
「そ、それで?」
「奴は回転攻撃を仕掛けてきたよ。間一髪で避けられたが……、惜しかった」シャウラは唇を噛む。
「オレもギリギリで避けられたから良かったけど……。気付くのが遅かったら、死んでたかもしれねぇ」レグルスの息は荒くなっている。
「厳しい戦い、だな……」シャウラは薄れる雪煙の方を見た。金獅子は先刻の位置より少し後ろにいた。「さっきの曲射も免れたと見えるな……」
ラージャンはブレスを吐きながら、空中でバック転する。
「避けろっ!!」
三人はブレスを、ギリギリで回避する。
「この状況を変える手立てはねぇのか……?」レグルスが呟いた。
ラージャンが一歩、バックステップする。
と、その瞬間、
「――え!? な、何!?」ミラは目を見張った。「一体何なの……?」
「おっと、これはこれは……」シャウラは駆け出した。レグルスとミラも後に続く。
倒れたラージャンの側から、ハンターが姿を現した。そのハンターの顔を、レグルスは知っていた。
「ジィさん!!」
「……え? レグルス、知ってるの? この人」
「知ってるも何も、オレを治療してくれた命の恩人だよ」
「そ、そうなの!?」ミラは老人を見た。「あ、ウチのレグルスがお世話になりました……」老人に向かってお辞儀をする。
「いやいや、当然のことをしたまでだよ」老人は顔の前で手を振った。「……にしても、奴は絶好の機会に後ろに跳んできたものだな。待ち伏せして機会を窺っていたおかげで、あの臭いケツに
「やったな、ジィさん!!」レグルスは親指を立てた。
「若いもんには、まだまだ負けられないからな」そう言うと、老人はガンランスの弾倉に弾丸を
「……このお爺さん、何者?」ミラが訊いた。
「過去にこの村に出現した、凶暴なティガレックスを討伐したという功績を持つ伝説の狩人。そのあとも、数々の困難な依頼もこなし続けていた……というのを村長から聞いたよ」シャウラが答えた。
「まぁ、いろいろあったわけだが。……今はそんなことよりも、奴を倒すのが先だろう」老人はシャウラの方を見た。
「そうでしたね」
四人は、苦し悶えるラージャンを見た。
「無様な光景だな」老人はガンランスの剣先を獲物に向ける。
「すぐ、楽にさせてやるよ」シャウラは大剣の柄に手をかける。
「これで私が止めを刺せられたら私の勝ちだね!! レグルス!!」ミラは矢を弓にかけた。
「ミラがそうしたらの話だけどな!!」レグルスはハンマーを構える。
「いくぞぉっ!!!!」
シャウラの掛け声で、四人は攻撃態勢に入った。
『おおおおおおおっ!!!!』
腹部に弾丸が打ち込まれ、矢が前脚を貫き、後脚を冷たい刃が切り裂き、魂をも揺るがす一撃が額を襲う。
金獅子は、苦悶に満ちた悲鳴を上げる。
涎と血が混じった、粘り気のある液体が口から垂れた。
躰は
やった、と四人は同時に思った。
だが、金獅子は暴れ始めた。まるで、最後の力を振り絞るかのように。
「皆、離れろ!!」
シャウラの声で、三人はラ―ジャンから離れ、ミラの元へと駆けた。
そして四人は、獲物の動静を
ひとしきり暴れると、金獅子は突然、静止した。
(やったか……?)
(どうなる……?)
四人の視線は、金獅子に釘付けになる。
一秒が、とても長く感じられた。
やがて、金色の巨体は静かに倒れた。
雪煙が微かに舞う。
「やったぁ!!」ミラがガッツポーズをする。「私が止めを刺したよね? ね?」
「でも、全員がほぼ同時に止めを刺したって感じだろ。引き分けだよ」
そう言って、レグルスは倒れた金獅子の方へ向かう。
「いや、待てよ……」シャウラが顎に手を当てた。
「へ?」ミラはシャウラの顔を見る。
「奴は、怒り状態で体毛が金色になる……。ということは、死んだのなら怒りも収まって体毛は元の黒に戻るはず……、特異固体では無い限り……!!」
「え? え? ってことは……」
「あぁ、奴はまだ――」
「シャウラさん!!」レグルスが、金獅子の頭の側で手を振っている。「剥ぎ取り、しないんですか!?」
「レグルス!! 今すぐそいつから離れろ!!」
「早く!! 離れて!!」
「え――?」
遅かった。
目を大きく見開いた金獅子は、前脚を振り上げる。
「んなっ!?」
宙を舞ったレグルスの躰は、雪の無い地面に叩きつけられる。
吐いた血が、空間を赤で埋めた。
(く、くそぉ……油断した!! まだ生きてるなんて……!! 怪我も完治してるわけじゃねぇから……か、躰が……思うように動かねぇ……)
起き上がった金獅子の目は、レグルスを直視していた。
「まずい!! 奴はレグルスしか見てない!!」シャウラは目を見開く。「ここから走っても間に合わない……!! なんとかこっちに気を引かないと!!」
「じゃあ、私が矢で――」ミラは弓を構えたが、シャウラが手で制した。
「ちょっと吹雪が強くなってきた……。しかも、ここから奴までは距離がある。矢が流されてレグルスに当たるかもしれない!!」
「じゃ、ポーチに何か、投げるもの――」
金獅子は躰を仰け反らせる。
(こ、この動きは……あの強力なブレスの予備動作!! このままじゃ、直撃して死――)
レグルスが死を悟ったとき、どこからか小石のようなものが飛んできて、金獅子の頭に当たった。
動きを止めた金獅子は、石が飛んできた方向に顔をに向ける。
「……え?」
レグルスも同じ方向に顔を向けた。
小さな影が、金獅子に向かって爆走している。
「ニャァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」
「チ、チェルシー!?」
空中を駆けながら、彼はルドロスネコネイルを振り
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
金獅子の額に、刃が突き立てられた。
生血が爆ぜ、金獅子は暴れだす。
「ニャァァァァァァァッ!!」
チェルシーが振り飛ばされると同時に、刃が引き抜かれ、頭部から血の霧が噴き出した。
ラ―ジャンの体毛は元の黒に戻り、真っ白な雪面は緋色に染まってゆく。
「怪我はないか!?」老人ががレグルスの躰を引っ張り、ラージャンから遠ざける。
「だ……大丈夫です」レグルスは頷いた。
「ニャニャッ!! 喰らったかニャ!! ボクの一撃!!」チェルシーは尻尾を立て、威嚇するような体勢をとっている。
ラージャンの躰が大きく仰け反る。そして、一度咆哮をすると、背中からゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。
『やった……やったぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』全員が歓喜した。
シャウラがチェルシーの元へ駆け寄る。
「君はレグルスとミラのオトモアイルーかな?」
「ニャッ!! そうですニャ!!」言うなり、チェルシーは地面にへたり込んだ。
「おいおい、大丈夫か?」
「ニャ……すごく疲れたのニャ」
「そうか……あとでゆっくり休めよ」
ミラはレグルスの元へ駆け寄った。
「レグルス!! 躰は大丈夫なの?」
「あ、あぁ……大丈夫だ」レグルスは座ったまま答える。「ジィさんの治療のおかげさ」
「……師匠、レグルスが目を覚まさないかもしれないって言ってたのは、嘘だったの?」ミラは、シャウラに鋭い視線を向ける。
「あぁ、それは――」
「そう言ってくれ、って頼んだんだよ、オレが」シャウラの言葉を、レグルスが遮った。
「はぁ!? なんでよ!!」
「そうでも言わないと、ミラは思い留まらないだろう? シャウラさんを見ても分かるように、ラ―ジャンはとても強力なモンスターなんだ。そんな奴に掛かって行けば、命が危ない……だから、お前を引き留めようと思って嘘をついたんだよ」レグルスは俯いて、溜め息をついた。「でも、実際は逆効果だったな……」
彼が顔を上げると、ミラは目に涙を浮かべていた。
「……バカッ!! 死ぬかもしれないと思って心配してたのに……!!
ミラが手を振り上げる。
次の瞬間、バチンという音が雪原に響いた。
「いたっ……」
レグルスが
「ばかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ミラは彼に抱きついた。
「えっ……、あ、お、おい……」
レグルスは当惑の表情だ。
「……っ、……生きくれてて……、本当に……良かった……」
レグルスの胸に顔を
「……あぁ」
口元を微かに