ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
閉鎖的な環境である高度育成高等学校だが、男女交際を認めていない訳ではない。
実際、コンビニエンスストアやドラッグストアでは避妊具なども売られており、ヤル事は構わないが妊娠は許さないという意思が見え隠れしていた。
もっとも、この二人はそう言う甘酸っぱい関係ではないのだが。
「お邪魔します」
「おう、どうぞ」
買い物袋を手に寮の自室へと戻ってきた水鏡と、彼の後から続くようにして部屋に入ってきた堀北。
部屋の中はシンプルなままだ。強いて挙げれば、大きな本棚が追加されており厚めのファイルや書籍が納められていた。
「早速作って行こうと思うのだけど」
「焼きそばだったよな」
「ええ。時間が無いという話なら、手早くその上で栄養のバランス良く食材を摂取できる料理が良いと思ったの」
「配慮はありがたいな。ああ、エプロンはこれを使ってくれ」
「…………貴方も自炊するの?」
「人並みには、な。魔法律家は荒事が珍しくない。食事は、体作りの基礎だ」
ブレザーを脱いでシャツの袖を捲って、ポニーテールに髪を纏めた堀北は黒いエプロンを受け取る。
身長と体格に差があるため、少々ブカブカだが動きを阻害するほどではない。
流石に一人用のキッチンで二人で作業をするには手狭であるため、水鏡はリビング兼寝室に置かれたローテーブルの方へと向かう。
ブレザーを脱いでからシャツの袖を捲って取り出すのは、腰に付けた魔具袋だ。
(やっぱり、札はよく使う。二日で十枚以上。ああ、術や陣は使い勝手も良いからな)
隙間の増えた札を収めるスペースに指を滑らせて、水鏡は考える。
補充は出来るが、だからといって常に潤沢な魔具がある訳ではない。そも、魔法律家は分業制だ。一から十まで一人でやる執行人など早々居ない。
魔法律家には、“煉”と呼称される力がある。魔法使いの魔力に該当する精神エネルギーのようなモノだ。
魔法律の行使には、この煉が大量に必要になる。それこそ、執行人によっては
その点、水鏡の煉の量は、執行人の中でも頭抜けている。一応、この膨大な量の煉に関しては理由が有るのだが。
幸い、煉は眠る事である程度回復する事が出来る。ただ、その眠りも時間が短ければやはり回復量に不安が残る。
(どこかのタイミングで、完全なオフが欲しいな。流石に三年無休は死ぬ…………アレ、申請してみるか?)
一度ペンをばらして中を確かめて組み立てつつ、水鏡はとある魔具について思い出していた。
元々は、とある執行人が扱っていたもので、ソレを基にした発展版。
扱える者が居ないという事で倉庫で埃を被っているのを、水鏡は見た事があった。
次の報告書を上げるついでに申請しよう。そう決めた所で、彼の鼻腔がソースのいい香りを嗅ぎ取った。
「出来たわ。場所を空けてもらえる?」
「おう。良いニオイだな」
テーブルの上に広げていた魔具を片付けて皿を受け取った水鏡は鼻を鳴らす。
焼きそばの利点は、手早く作れて味に関しても大抵安定したレベルを出す事が出来る。オマケに、具材も余程のゲテモノでもなければ許容してくれる。
「「いただきます」」
手を合わせて、いざ実食。
湯気の立つ茶色い麺に、食感を残しながらもしっかりと火の通った野菜たち。一口大に切られてカリッと焼かれた豚バラ肉。
「うん、旨いな!」
「口にあって何よりだわ」
美味しい食事は、それだけで人生に彩りを与えてくれる。人生の彩りは、生きる為の活力だ。
黙々と食べ進めていく水鏡。そんな彼の対面で箸を進めながら、堀北にはとある部分が目に付いた。
「…………その腕の傷」
「んあ?」
「体育の授業でも綾小路君が指摘していたけれど、その腕の傷も貴方の仕事の中についたものなのかしら?」
「コレか?」
もぐもぐと口の中を咀嚼して飲み込んで、水鏡は傷痕を見せるように左の前腕を前に出した。
改めて見ても痛々しい傷痕だ。
「………麻痺の一つも残りそうな傷痕ね」
「まあな。といっても、コレは俺が魔法律家に成る前に出来たものだけどな」
もっと言うなら、
「……水鏡君は、どうしてその魔法律家?に成ろうと思ったの?」
「ん?んー………境遇から、流れで?」
「…………不純ね」
「そんなもんさ。魔法律家には名家もあるけど、大抵は幽霊が見えるマイノリティが成る職業だ。堀北の周りにも、そんな奴いなかったろ?」
「…………そうね」
言えない。万年ボッチの彼女に自身の境遇を話してくれる友人など居ない事なんて。ぶっちゃけ、家族以外でここまで親密になった相手など、水鏡が初めてで次点が綾小路である。
程なくして焼きそばを食べ終え、水鏡が食器を洗い堀北がこれを拭き上げて食器棚へと重ねていく。
一応、水場には疑似的な封印を施して霊に気付かれ難くしている為寮にまで乗り込まれる事は無いだろう。
食後の麦茶を準備して、二人は再びローテーブルを挟んで向かい合う。
「さて、今夜の動きだ」
「どうするつもりなの?」
「俺としては、正直なところ素人を連れて動き回りたくない。が、下手に置いて行って勝手についてこられるのも危ないって事で連れて行く。この点は、理解してくれ」
「………ええ」
「それで動き方だけど、基本的に堀北と霊の間に俺を壁として挟む形を取る」
「貴方を盾にする形かしら?」
「そうだな。最悪の場合は、脇目も振らずに逃げてほしい」
「…………正気なの?そんな事をしたら――――」
「
「…………」
水鏡の言葉は、改めて自分の知らない世界の事情が垣間見えた気がした。少なくとも、堀北は迂闊に何も言えなくなってしまう。
そんな危険な業界に身を置く必要ない。そう言う人間も居るだろう。
だが、堀北は実際に霊の犯罪を身をもって経験したばかりだ。同時に、専門職でしか対応できないであろう件である事も分かる。
申し訳なく思いながらも素直に引き下がれるほど彼女は大人でもなく、幼いプライドが邪魔をする。
「……プールには、どうやって侵入するの?」
「マスターキーがあるからソレを使う。それから、」
水鏡は、一枚の札を堀北へと差し出した。
「これは?」
「お守り。霊の攻撃を一回分防ぐ術を仕込んでる。使い切りだから遠慮なく使ってくれ」
受け取った札は大きく、紙幣よりも一回りは大きいだろうか。紙と呼ぶには、手触りが違う。
そして、時計の針は進む。
@
夜。21時を少し過ぎた頃。
「………本当にどこにでも行けるのね」
感心したように呟くのは、今回のターゲットである堀北鈴音。
塩素のニオイが漂う室内プール。そのプールサイドに、制服姿の彼女とそれから水鏡九十九はやって来ていた。
「仕事だからな。それより堀北、離れるなよ」
左手に魔法律書を開いて乗せて、水鏡はプールへと近付いていく。
不意に、風も吹いていないのにプールの水面が不自然に揺れた。
電気をつけていない薄暗がりの中、プールの底の色を投影した水色の水中に黒が広がる。
トプリ、と水面が膨らんだ。黒がせり上がってくる。
「ッ、髪の毛……?」
「
息をのむ堀北と、いまいち緊張感の足りない水鏡。
二人が見つめる中で、長い黒髪の塊は水面から二メートル程の高さまで持ち上がった。
ぽたぽたと水滴を滴らせて、幾つもの波紋を刻みながら毛の塊はゆらりと傾くように揺れる。
「ああ……憎い………」
毛の塊が斜めに傾いた事で、その毛の間に隙間が生まれる。
隙間に宿る赤い光。鋭い文字通りの眼光が、顔を青くした堀北を射貫く。
ただ、どれだけおどろおどろしい見た目であろうとも、水鏡にとって霊は霊でしかない。
だからだろう、心のどこかに
ド派手とは言わないが、視線を集める出現方法。明確に自分ではなく、
「――――あ?」
気付けば、水鏡の右足首に黒い髪の毛が幾重にも固く巻き付いていた。
その毛の出所は、
「不味――――」
「ッ!?水鏡君!?」
咄嗟に、水鏡は排水溝の傍から堀北を押し飛ばす。
強かに倒れてしまう彼女だが、水鏡にソレを気にしている余裕はない。
そして、堀北は見た。
排水溝から水鏡を捕えた髪が一気に上へと伸びて、彼の体は宙を舞った。加えて、この宙を舞う寸前足を勢いよく持ち上げられた事で上下が反転。後頭部をプールサイドへと強かに打ち付けている。
そのまま円を描くように空中を振り回され、その勢いのままに水面へと叩きつけられるその体。
盛大な水しぶきが跳ね上がる。