ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 高度育成高等学校における新入生の生活が始まって凡そ二週間ほどが経過した、とある休日。

 この日、水鏡九十九は自室で、とある物を待っていた。

 彼が胡坐をかいて座り込む前。そこには本来、資料やらがみっちり詰まった本棚を置いていたのだが、今は脇に退けられ代わりに壁にはデフォルメされた目を中心とした、縦楕円形の魔法陣が刻まれていた。

 水鏡が書いたもの、ではない。この魔法陣もまた魔具の一つ。

 

 ついでに、この出入り不能の学校の中で唯一の教師にもバレる事無く外部との直接的な接触の採れる手段でもあった。

 

 暫く待っていれば、不意に魔法陣が揺れる。

 陣の中から現れるのは、とんがり帽子を被った小柄な姿。

 

「ふぅ……どうもこんにちは。久しぶりだね、水鏡君」

「お久しぶりです、()()()()

 

 大きなとんがり帽子を直して、背負っていた大きな袋を下した我孫子優(あびこゆう)に、水鏡は頭を下げる。

 彼女は、魔具師と呼ばれる魔具の作成を行うマイスターの一人。それも腕利きの一人であり、彼女だからこそ依頼をする、という魔法律家も居るほど。

 

「それじゃあ、魔具の補充からね。あ、お金は協会の方に請求して水鏡君の報酬からの天引きだから、その辺は宜しく」

「分かってます。というか、ビコさんが直接来るんですね。前は違いましたけど」

「うん。今回はボクにお鉢が回って来たんだ。師匠と一緒に調整したから、バッチリの筈だよ」

 

 魔法律家必需品の札などの魔具を受け取りながら、情報交換ついでの雑談が交わされる。

 

「それにしても、話には聞いてたけどここの空気は最悪だね。それこそ、()()()()()が対応すべき案件だと思うよ」

「……まあ、学長も俺を信任して依頼を任せてくれた、という事で」

「そう………ボクとしては、君みたいな子はもう少し安全な所で経験を積んだ方が良いと思うんだけどね」

「いやいや。多分単純な経験値だと、俺は魔法律家でも多い方ですって…………師匠のせいで」

 

 ポツリと呟く水鏡に、我孫子は笑みを浮かべる。

 彼は、とある境遇から協会内でも実力者に名を知られていた。我孫子とその師匠との繋がりもその境遇故の事。

 我孫子としても気に掛ける子の対応という事で老婆心が顔を覗かせているのだが、どうにか押さえ込んで背負っていた袋からとある物を取り出した。

 

「はい、これ」

 

 取り出されたのは、筒状の物体。

 大きさは20センチほどの円筒形で、色は灰色。片方には穴が開いておりその中には何かが入っている様だった。

 我孫子から筒を受け取り、水鏡は立ち上がるとローテーブルの方にまで進んで筒を一振り。

 すると穴の方から、長さ30センチ程の銀色の刀身が現れた。

 

「凄いですね」

「うん。『死の国』を雛型にした改造モデルの一つだからね。寧ろ、ボクとしては水鏡君がこれを知ってる事に驚いたよ」

「前に、魔具庫にお邪魔した時見つけたんですよ。もっとも、使う事になるとは思ってもみませんでしたけどね」

 

 手首のスナップで刀身を筒の中へと戻して、水鏡は肩を竦める。

 死の国というのは、とある執行人が使っていた魔具の一種。

 形状は、刀剣型。とある使者との専属契約を結び、ただ振るうだけで使者の召喚と帰還の手間を省く事が可能で鍛えれば振るうだけで大型の霊も真っ二つに出来る。

 水鏡の手に収まったのは、この死の国を基にした魔具。コンセプトは携行性と多様性。

 

「ボクも師匠もだよ。折角作ったけど、執行人は使わなかったし」

「そりゃあ、基本的に執行人一人で対応しませんからね」

 

 魔法律家の基本戦術は、執行人以下の階級である裁判官や書記官と組んで行われる。これは、霊の力を削ぎつつ確実に魔法律を叩き込むため。それから、基本的に執行人が使者を呼び出すには相応の時間が必要になる為だ。

 後は、態々霊に近づいて戦う理由もないから。寧ろ、接触で障りを与えてくるような相手に接近戦など自殺行為に等しい。

 そんな自殺行為を助長するような魔具を態々水鏡が取り寄せたのは相応の理由が有った。

 

「…………やっぱり、忙しいんだ」

「ですね。正直、魔法律書を一々開いて使者を呼んで、霊を潰して、使者に帰ってもらって、みたいな流れを繰り返してると一晩に出来る事は高が知れてるんですよ」

 

 深刻な人手不足と業務の過積載。

 使者を呼び出すには煉が必要だが、一定以上の力を持つ使者の場合は呼び出すまでの過程でも相当な量の煉を使い、呼び出して除霊するまでにも大量の煉を必要とする。

 如何に常人よりも多い煉を持つ水鏡でも、一日に呼べる使者の回数は十回を超える事は無い。上級の魔法律ともなればその数は更に減る。

 そこで、この魔具だ。

 

「使い方は、使者とした契約した執行人が振るうだけだよ」

「使者の切り替えは、どうするんです?」

「柄を捻るんだよ。基本的に、水鏡君が契約した順で使者が入れ替わるからね」

 

 そこが手間かな、と我孫子は言う。

 本来、死の国は一体だけの契約で使者の切り替え機能は付いていない。

 利点は、あえて選択肢を削る事で戦闘による効率化とタイムラグを無くすことができる。欠点は、契約した使者の力を超える霊が相手の場合は無力である点。

 その点、水鏡の手に収まった魔具は、この効率化を削る事で様々な霊に対応できるようになる。もっとも、使者の切り替えは、その執行人が契約できている範囲に留まる訳で。

 更に、当人に剣を扱う技量も求める。

 袋の口を閉じて、安孫子は立ち上がる。

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ行くよ」

「あ、はい。今回は面倒事を引き受けてもらってありがとうございます」

「ううん、気にしないでよ。折角作ったのに誰も使わなかったからデータも欲しかったし」

「それじゃあ、報告書の方に使い勝手なんかも書いときますね。ビコさん達の方に回る様にしときます」

「助かるよ」

 

 そんなやり取りをして、安孫子は魔法陣へと手を伸ばし、

 

「またね、水鏡君。何かあれば、ボクの工房においでよ」

「あはは……形式的には、俺達生徒はこの学校を出られないんで」

「それもそっか。それじゃあ、今度機会が有ったら師匠の料理を持ってきてあげようか」

「!ええ、ぜひ。リオ先生の料理はおいしいですからね」

「師匠に伝えておくね」

 

 そう言って、安孫子は魔法陣の中へと消えていく。

 彼女の背を見送って、戻ってこないことを確認し水鏡は本棚を元に戻した。

 学校を教師陣にも知られずに出かけられるからといって、彼は何処かへと行くつもりはない。行く予定がないというのもあるが、そもそも水鏡九十九には()()()()()()

 彼の師匠がそのまま後見人であり、MLSに入学してからはとある人物がこの件を引き継いでいた。

 

「俺は、人に恵まれてる」

 

 右手に握った筒状の魔具を見やり、水鏡は笑みを浮かべる。

 彼の呟きは、心からのもの。そこに一切の負の感情はありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆大好きな人気者。爪弾き者でも手を差し伸べる善人。

 だが、人は誰しも仮面を被っているものだ。その落差はどうあれ、それ自体は特段珍しい事ではない。

 

「あー……ウザい」

 

 少女は溜め込んだ毒を吐き出した。

 時は夕暮れ。場所は、人の集まるケヤキモールから離れて、学校の体育館側の空きスペース。

 部活動も無ければ、休日に態々こんな場所に来るような者は居ない。

 そこで、彼女は毒を吐いていた

 

「マジでウザい。というか、あそこまで露骨に視線向けて気付かない訳ないじゃん。キッショ。本ッ当に気持ち悪い。何な訳?キッショ!!」

 

 吐き捨てる毒は、この日一緒に出掛ける事になった男子たちへのモノ。

 美少女と言っていい顔立ちに、垂涎物の肢体を持つ彼女はその作った性格も相まって、男子からの欲望の籠った視線に晒される事が多かった。

 ストレスが溜まる。だが同時に、彼女の筋金入りの承認欲求を満たそうと思うのなら、この外面を外す事も出来ない。

 結果として、彼女は時折こうして人の来ない場所で毒を吐きだすのだ。

 

 少し話が逸れるが、口は禍の門という言葉がある。

 主に失言などに関して用いられる言葉だが、魔法律家の中では別の意味合いを持ってもいた。

 霊というのは、何も死者の魂だけが該当する訳ではない。生きた人々の情念が集まって形となる生霊などがこれに当たるだろう。

 

 そして、霊というのは己と似た形質のモノへと引き寄せられる。

 

「あー、もう!それにあのいけ好かない女が居るのも気に入らない!堀北!何なの!?お高くとまって澄ましちゃって!ムカつく!死ね!死んじゃえ!」

 

 ガツリ、と石を蹴り飛ばす。

 少し飛んで転がった石ころ。それは、夕日に照らされた場所へと転がり、

 

 何かの前で、止まった。

 

 石の行方を横目で追っていた彼女は、その止まった先を見て肩を跳ねさせる。

 ローファーが見えたからだ。

 まさか聞かれたのか。であるならば、どうやって口を塞がせるか。

 そんな事を考えながら、ふと彼女は気が付く。

 

(……あれ?影は?)

 

 彼女の立ち位置は、体育館の影で夕日が届かない壁の影。一方で、ローファーの足があるのは壁の影から出てしまう場所で靴の向き的に背中側から夕日が差し込んでいる形。

 にも拘らず、影が見えない。

 瞬間、自分の見られたくない面を見られた、と考えた時とは違う汗が一気に溢れる。

 恐る恐る、顔を上げた。その流れで、視線はローファーから上も認識していく。

 ズボンであるため、男子生徒だろう。特に着崩している様子もない。だらりと身体の左右に置かれた両手も、特筆する事は無い普通のモノ。

 だが、胸元、首を過ぎて顔を見た瞬間、彼女の喉が引き攣った。

 

「ひっ――――!?」

 

 影の無い男子生徒には、顔が無い。

 より正確には、顔とされるであろう部分がまるで絵の具を混ぜたかのように渦を描いて歪んでいるのだ。

 異形の彼?は、ジッとその場に立っていた。

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