ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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ご無沙汰しております
諸事情により筆を折っておりましたが、お恥ずかしながら戻ってまいりました









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 声が出なかった。少なくとも、少女はこんな状況には今の今まで相対した事は無い。

 強いて挙げれば、心霊番組や話題となったホラー映画など友人(自身の承認欲求を満たす相手)との話を合わせるために目を通した位。それらにしたって、作り物であると分かっている以上、特別恐ろしいとは思わない。

 顔面が渦を巻いたアイスティーに入れたガムシロップの様に歪んでいる異形の男子生徒は、一歩少女へと近付いてくる。

 何をしてくるのか、何をされるのか。その幽鬼の様な足取りからは一切何も分からない。

 進められた一歩に対して後ずさる、が足が縺れた。

 

「あうっ!………ひっ…!」

 

 踵を返して逃げるべきだったのだ。そんな冷静な対応が出来ない程度には、精神的に追い詰められていた。

 痛むお尻を擦り、涙で滲んだ視界を上げれば、飛び込んでくるのは歪んだ元の面影も無い顔面。

 

「ッ、来ないで……!来ないでってば!」

「…………」

 

 下がれば、迫る。そして、何処までも逃げ続ける事は出来ない。

 分かっていても、恐怖は体を下がらせるばかり。

 

 故に、少女が生き残ったのは純粋な幸運故の結果だった。そこには一切の実力などは介在しない。

 

「――――三連・破魔の術」

 

 三つの光弾が、少女の後方から立て続けに飛んできて擦れ違い、異形へと叩き込まれていた。

 何が起きたのか。現状を理解する前に、彼女の耳に砂利を踏み駆ける音が近づき、

 

「フッ!」

 

 息を吐き出す声と共に、男子制服を着た背中が少女の前へと割り込み右腕を異形へと振るっていた。

 握られているのは金属の棒のようなもので、親指側の先端から刀身が出現しており、これで異形を斜めに切り裂いた。

 

「ォォォォ…………!!」

 

 呻き声をあげて、消えていく異形。

 完全に消滅したことを確認して、水鏡九十九(みかがみつづら)は肩から力を抜いた。そして、右手首を動かして刀身を収めた筒を腰の後ろに回して魔具袋の上へと収納する。

 

「良いな。手間が半分以下だ。破魔の術も久しぶりに使ったけど、精度が落ちて無くて何よりだ」

 

 うん、と頷いて伸びを一つ。

 そして、尻餅をついた彼女、櫛田桔梗へと振り返った。

 

「アンタも、さっさと帰れよ。真っすぐに寮に帰れば、他の奴には会わねぇだろうから」

「あ、え……?」

「じゃあな」

 

 水鏡は、それ以上何か言う事も無く踵を返して歩き去ろうとする。

 これに驚いたのは、櫛田の方だ。

 彼女の人気は、学年だけに留まらないほど。人当たり良く、皆に優しい美少女で通っているのだ。

 その内面は兎も角として。

 だからこそ、一切歯牙にも掛けないようなその反応は許せるものではない。

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

 抜けていた腰も、怒りが勝ったのか勢いよく立ち上がる事が出来た。

 その勢いのままに、去ろうとする水鏡の制服の裾を掴む。

 

「ぐえっ!?……ゲホッ!何しやがる!」

「さっきのはいったい何!?私、あのままだったらどうなってたの!?答えて!水鏡君!」

「あ、ちょ……揺らすな揺らすな!つーか、俺はお前を知らないんだが!?」

 

 ガックンガックン、肩を持たれて揺すられる水鏡は咆える。

 見覚えが無いでもないが、しかしそもそも彼は自分のクラスメイトすら真面に覚えていない。

 現状把握しているのは、平田、佐倉、綾小路、堀北位の物だ。櫛田に関しては、見覚えがあるだけまだマシ。

 常の櫛田であったのなら、彼の反応は受け入れられるものではない。ないのだが、今の彼女は冷静さを欠いている状態。

 分かるのは、自分が危機的状況にあった事。そしてその状況から、目の前の少年に救われたという事のみ。

 

「…………ゲホッ!あー……出鱈目しやがる……」

 

 揺すってくる手をどうにか振りほどいて、水鏡は首元の襟を引っ張って詰まっていた息を吐き出した。

 ジロリと見れば、櫛田の肩が跳ねる。

 

「こっちも時間がねぇんだ。端的に言えば、あれは悪霊。物としては、自分と同質の人間を取り込んで自己強化するタイプだろうな。あのままだったら、良くて廃人、まあ十中八九取り込まれて失踪者の仲間入りしてたんじゃないか?」

「…………え?」

「それじゃあ、真っすぐ帰れよ。俺はまだ仕事があるんだ」

 

 それだけ言うと、呆気にとられている櫛田を介抱するでもなく手を振って水鏡はその場を去って行った。

 いつもの彼ならばアフターフォローもしたのかもしれないが、今回は新しい魔具の調子を確かめる試運転中。

 要するに、新しいおもちゃを手に入れてはしゃいでいる子供同然だった。

 結果として、彼は新たな面倒に見舞われる事になる。自業自得というものだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学級崩壊もかくやといわんばかりの、1-Dクラス。

 授業中の私語や携帯は当たり前。サボり居眠りは当たり前。それこそ、小学生でももう少し真面目に授業を受けるという有様。

 そんなクラスだが、注目を集める者は居る。所謂クラスのカースト制度上位陣だ。

 

「水鏡君、ちょっと良いかな?」

「…………あ゛?」

 

 クラスが、水を打ったように静かになった。

 男子人気ぶっちぎりトップである櫛田桔梗が、声を掛ける。

 そして、声を掛けられた側である水鏡九十九は眉を寄せて怪訝な目を櫛田へと返していた。

 

「うん、少しお話したいんだけど時間を貰えないかな?」

「…………」

 

 媚びを売る様な態度に、しかし露骨に水鏡の眉間には皺が寄った。

 声を掛けてきた理由は分かる。昨日の件だろう、と彼は当たりを付けた。それにもっと詳しい説明を求めるというのなら、それも理解できる。

 問題は、櫛田の目だ。

 綾小路の様な無機質さ。堀北の様な無垢さ。平田の様な使命感。佐倉の様な臆病さ。

 人の目というのは、様々な情報を与えてくれると水鏡は考えているし、実際に活用もしている。

 その点を加味して、櫛田の目に宿るのは、欲望。

 如何にして自分の役に立てるかどうか。水鏡の見立てでは、悪霊関連で自身を利用した他者へのアドバンテージを取りたいのだろう、という事もまで読み取っていた。

 そして、その手の欲深な相手とは()()()()()()()()()

 

「断る。俺も暇じゃないんだ」

「ッ、どうしてもダメ、かな?」

「ああ」

 

 取り付く島もない。

 仕事であるから助けるし、霊関係の相談にも乗る。だが、私利私欲の為に利用される気は無い。

 魔法律家のみならず、力有る者は独立性を求められる。

 一方で、櫛田は内心で舌打ちしていた。

 彼女が態々教室で声を掛けたのは、自分の立場を最大限に利用する為だ。

 大なり小なり、人は集団に所属している。それが、学校という狭いコミュニティになれば猶の事顕著だ。

 だが、

 

(何なのコイツ……!)

 

 櫛田の今までの経験に一切該当しない相手。

 水鏡は、アッサリと櫛田の誘いを袖にした上で敢えて大きな胸を強調するように前かがみになっても無反応。

 

 そもそもの話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 苛立ちが口をついて出そうになる櫛田だったが、精神力でコレを飲み込む。

 代わりに噛み付いたのは、Dクラスのお荷物枠。

 

「おいおい!櫛田ちゃんが、声かけてんだからそこは受けるとこだろ!?」

「……」

 

 噛み付いてくる男子生徒に、水鏡は眉根を寄せると席を立ちあがった。

 そして、ジロリとその目が噛み付く男子へと向けられる。

 

「生憎と、俺は忙しい。何なら、アンタの方が誘いをかけてやれば良いんじゃないか?」

 

 それだけ言うと荷物片手にさっさと教室を出て行ってしまった水鏡。

 咄嗟に櫛田がその後を追おうとしてしまうが、その前に彼女の立場がそれを許さない。

 

 蚊帳の外。先ほどの場面を外から見ていた堀北が小さく隣の席の綾小路へと声を掛けていた。

 

「彼女、どういうつもりかしらね」

「さあな。ただ、敢えて水鏡に声を掛けたとすれば、もしかすると悪霊関係かもしれない」

「やっぱり、そうよね……その割に、彼は櫛田さんを邪険に扱っているようだったけれど」

「それこそ、俺にはサッパリだ」

 

 水鏡の事情を知る二人からすれば、霊関係に態々首を突っ込みたいとは思わない。

 実際に被害者となった堀北は当然として、綾小路も彼の仕事が自分の手の及ばない範囲であると理解しているから。

 どれだけ、天才であっても超人と称されようとも、ソレは所詮人の括り。人知の外には、無力だった。

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