ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 新たな魔具“死の国・改”の性能は、上々だ。

 少なくとも、水鏡としては木端な霊に手間取らなくなったのは実に嬉しい。

 

「よし、この部屋はコレで良い」

 

 室内の()()を終えて、扉の上にある壁に札を張った水鏡は数ある開かずの間であった部屋を後にした。

 土地が悪い。であるのなら、少しずつ地獄送りにした後にその場所を封印していく。それが、現在の水鏡が取った方針である。

 ただ、問題もあった。

 まず封印するという事は、霊の入り込めない場所を作るという事。それは、裏を返せば集まって来る霊の受け皿を減らすという事になる。

 受け皿が減れば、当然霊の動きもまた変わるだろう。それこそ、今までは少なかった場所へと現れるかもしれない。

 リスクはあるが、しかし手段を選んでいる段階を過ぎている以上荒療治も必要になる。

 

 外は、既に暗い。人の気配が絶えた真っ暗な校舎はただそれだけで不気味さを放っているが、水鏡にとっては慣れたもの。

 

「今日は……5,6時間は眠れるか」

 

 端末で時間を確認し、水鏡は肩を回した。

 ビコから新たな魔具を仕入れる前に比べれば、睡眠時間は倍以上になっている。初日から暫くは霊を地獄に叩き落しながら見回りと動線確保に動いていた時など、徹夜する事もあったのだから。

 とはいえ、もう少し眠りたいと思う。文字通り無休なのだから。

 欠伸を噛み殺しながら、戸締りをして校舎を後にする水鏡。その足で真っ直ぐに、学生寮の方へと向かう。

 高度育成高等学校は、街のような規模だがその本質は学校である。

 その為、遅い時間となれば出歩く人間は限りなく少ない。水鏡の進言から教師の見回りも無くなっており、年齢役職問わず深夜徘徊する者はまず居ない。

 

「……人っ子一人……ん?」

 

 だからこそ、水鏡は寮の前に居る誰かに目を細める。

 距離があるは、油断は無い。水鏡は右手を腰の後ろ、正確には魔具袋の上に取り付けた死の国・改の柄へと手を掛けた。

 霊ならば、接近した瞬間に抜刀しそのまま地獄送りに出来る。仮に人間でも、自分に危害を加えてくるような相手でなければ無視をすればいい。

 果たして、水鏡の眉間に深い皺が寄った。

 

「あ、水鏡君。やっと見つけた」

「…………ここで何してるんだ、櫛田」

 

 両の前に居たのは、櫛田桔梗。彼女は、男子なら見蕩れるような笑みを浮かべて水鏡を出迎えた。

 だが、笑顔を向けられた彼はその眉根を寄せる。

 

「夜には出歩くなって話を聞いてないのか?」

「それは水鏡君もじゃないかな?それに、私が待ってたのも君だよ?」

「…………」

「忙しいとは聞いたけど、放課後は殆ど寮に居ないし休み時間もどこかに行っちゃうし、オマケに連絡先を知っている人も居なかったから」

 

 困っちゃった。そう言って笑う少女の目には、怒りの色が見て取れる。

 補足をすれば、水鏡の連絡先を知る生徒もDクラスには居る。堀北、綾小路、佐倉の三人だ。後は、教師陣位か。

 悉く、櫛田の情報網と交友関係に引っかからないのが水鏡九十九という少年だった。

 

「私、君に何かしちゃったかな?ここまで避けられるなんて、さ」

「……で、本題は何だ?」

「答えてくれないんだ……うーん、水鏡君の事が知りたい、とか?」

「言っとくが、アンタの襲われたアレの説明はあの時以上の物は無いぞ。強いて挙げれば、人が少ない場所には近付くなって位だが」

「うん。だから、水鏡君の事を聞きたいんだよね。何でそういう事を知ってるのか、とか。何をしてるのか、とか」

「ハァ…………そりゃ、俺が魔法律家だからだ」

「魔法?」

「魔法律、な。ああいう人の害を与えるような霊の犯罪を取り締まる立場の人間だ。この学校に居るのは、上からの命令。仕事だな」

「へぇ……ねぇ、それって――――」

「言っとくが、弱みにも何にもならんぞ。上は把握した上で、俺っていう専門家を放り込んでるんだからな」

 

 水鏡は、釘を刺す。

 そもそも、魔法律家でなければ霊の前では総じて無力だ。コレを利用して阿漕な商売を企てる者も居るが、大抵は失敗する。

 何より、年々霊犯罪は凶悪化している傾向がある。執行人ですら複数で掛からなければ命を落とすような場合もある。いや、死ねるだけまだマシな結末でありもっと酷い目に遭う可能性もある。

 水鏡九十九の場合は、特段使命感などをもって魔法律家をやっている訳ではない。単に進路が無かった結果であり、ある種の運命であったから。

 櫛田は、僅かに目を細めた。

 

「でも、生徒が多く騒げば違うんじゃないかな」

「それで?騒いだとして、どうするんだ?」

「え?」

「ネットで流すにしても、そもそものサーバー管理は教師側だ。自分達に不都合な情報を揉み消すなんて、簡単にできる。何より、()()()()()()()()()()()()?」

「ッ、あんな化物が動き回ってる学校なんて、気味が悪いでしょ?」

「それは、実害を受けた側の話だ。三年間、この学校で過ごしても一度も霊の被害に遭わずに卒業した人間も少なくないだろうさ。だからこそ、進学就職率ほぼ100%の看板は下ろされてないんだから」

「っ……」

 

 水鏡の言葉に、櫛田は唇を噛む。

 どれだけ知恵を絞ろうが、結局のところ彼らの身分は学生の域を出る事は無い。互いの足を引っ張ることはできようとも上位存在である大人には抗い様がなかった。

 だが、櫛田は諦めきれない。

 

「…………怖いの」

 

 震える。小動物のように、自身の弱さを前面に押し出すように。

 

「あ、あんな目に遭ったことが無かった…………だから、怖いの……!お願い、水鏡君!助けて、くれないかな……?」

 

 その姿は、男の庇護欲を擽って仕方がない。Dクラスの三馬鹿などコロリと転がされる事だろう。

 だが、

 

「四六時中べったりは無理だ。俺も忙しい」

 

 水鏡九十九は揺らがない。何より、打算ありきの泣き落としなど意味を成さない。

 

「そもそも、俺の仕事は霊を祓って安全を確保する事だ。生徒を守る事も包含してるけども、アンタ一人を護衛するような事は無い」

「ッ、じゃあ、水鏡君が助けられない様なタイミングで私が襲われても良いの!?」

「そりゃあ――――運が悪かっただけだろ」

「は……?」

 

 呆気にとられる櫛田。だが、水鏡からすればそれは当然の事だった。

 

「俺は、神でも仏でもない。特殊な力は使えても、結局は単なる人間でしかない。最善を尽くし、最良を選び取り、最悪を回避しても、その上で全てを救う事なんざ出来ない。それが、現実だ」

「……」

 

 真っすぐに目を見て告げられる言葉に、櫛田は何も言えなかった。

 普段の彼女だったならば、水鏡の言葉に対して何かしら返せたかもしれない。

 だが、その目を見てしまった。

 

 深く、黒く、しかし何処までも澄んでいるような光を宿さないその瞳を。

 

 見てきたのだ。水鏡は、それだけの不幸を、無力を、理不尽を。そういう世界で、生きてきたのだ。

 無意識的に、櫛田はその重さを感じ取っていた。

 

 そして、

 

「ッ――――」

 

 逃げ出した。

 現代社会で、命のやり取りが起きる事は殆ど無い。それこそ、医者や警察官といった特殊性のある職種に限られるだろう。

 況してや、高校一年生。10代半ばで、命を懸けて立ち向かうような世界を知っている方がおかしい。

 走り去った少女の背を見送って、水鏡は頭を掻いた。

 

「言い過ぎたな……でもなぁ……ああいうのに干渉されると仕事が滞るんだよなぁ」

 

 あと眠い、とため息を吐いて少年は寮へと足を踏み入れる。

 一応、釘を刺した。水鏡としては、その程度の認識だ。これでも変わらないとすれば、最早お手上げ。逃げ回るしかなくなってしまうだろう。

 

 そんな怒涛の一ヶ月が過ぎ、問題は翌月の頭に起きる。

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