ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
阿鼻叫喚、とは正にこの事。
その原因は、月初めにあると言われていたプライベートポイントの支給が行われなかった事にある。
「…………」
自分の席で頬杖をついた水鏡は騒ぐ彼らを一瞥する事も無く、窓の外へと視線を投げていた。
実際、興味は無いのだ。彼の所持するポイントは潤沢であるし、その使い道も日用雑貨や食料品などといった生活必需品ばかり。後は、勉学用の文房具や急遽入用になったりする魔具の補充位。
補足をすれば、水鏡は無趣味な人間ではない。ないのだが、この一ヶ月はそれら娯楽に時間を割く余裕が無かったのだ。
そんな教室にやって来た、茶柱教諭。そして彼女の口から語られる、この学校の真の姿。
不良品扱い。0ポイント支給。特典を受け取れるのはA組のみ。
散々な言われようだったが、第三者視点を持つ水鏡からすればある意味学校から見捨てられるような扱いをD組が受けるのも仕方がないというもの。
愕然とするクラスメイトを尻目に、水鏡が考えるのは今日の予定。
(とりあえず、動線確保は終了。今日は水道関連の見回りにするか。水場は良くないしな)
仕事は山積み。それでも一応一区切りの目安は付いていた。
(何度、“
何度も投げ出そうと思った面倒な仕事でも、一区切りつけば感慨深いものがある。
そんな少年の事を見ている者たちが居た。
動揺を抱えたまま過ぎ去っていく時間。
最低限のホームルームが終わると同時に、水鏡はカバンを手に取って席を立ちあがった。
だが、教室を出る前にその足は引き留められる。
「待ってくれないかな、水鏡君。今後の、クラスポイントに関しての話し合いをしようと思うんだ」
「…………」
足を止めて、水鏡は声を掛けてきた相手、平田を見やる。
「忙しい」
「ちょっと!アンタいつもそうじゃん!だいたい、そんな毎日忙しい事なんてないでしょ!?」
「だったら、何を話すっていうんだ?小学生の頃から言われるような事を、今更高校生にもなって言わなくちゃならないのか?」
「はあ!?」
噛み付いてきたギャルに、水鏡は露骨なジト目を向けた。
「“私語は慎む”“課題を提出する”“遅刻しない”“居眠りをしない”“授業に集中して臨む”。この一ヶ月、守ってる奴の方が少数だったな?つまり、こんな小学生でも分かるような事が出来てない時点で小遣い減らされても文句は言えないって訳だ」
「そ、れは……!そう言うアンタは、どうなのよ!?」
「ちゃんと守ってるが?テストだって、点は取ってる」
そう言って、水鏡がカバンから引っ張り出したテスト用紙。
大半のクラスメイトが散々だった中でそこに書かれた点数は、100。
「……嘘でしょ」
「採点したのは、茶柱先生だろ。もう良いか?」
唖然とするギャルを見やり、水鏡はテストをカバンへと仕舞う。そして、平田へと目を向けた。
「少なくとも、俺はやるべきことはやってるつもりだ。だからこそ、やる気のない人間に時間を割く気は無い。それに、プライベートポイントが無くとも生きていくことはできるだろ?何の為に、無料の商品がそこかしこにあると思ってるんだ」
肩を竦める水鏡。
ドライな様だが、実際の所はDクラスの自業自得である。そもそも、彼は
何より、
権利には、相応の義務が発生する。特権とは、そこに至るまでの過程を熟した者にだけ与えられるのだ。
水鏡は、魔法律家。だが、それと同時に学生としての領分である勉学を疎かにした事は無い。
どれ程忙しくとも、無遅刻無欠席を心がけた。提出物の遅れや未提出も無く、授業中に寝る事など以ての外。
恐らく、Dクラスで水鏡と同じ生活をしようと思ったら出来るのは、
水を打ったように静かになる教室。
もう誰も引き留めないと判断し、水鏡は改めて教室を後にする。
彼の背中が消えてから、ざわめきが教室に帰ってきた。
「何様だよ、アイツ」
口さがない馬鹿は、そんな事を言う。だが、そんなものは一握りだ。
不良品扱いを受けようとも、明確な現実として自分達の立ち位置を示されれば大抵の人間は自省する。
それでも変われなければ、待っているのは――――
@
夜。19:00を少し過ぎた頃。珍しくも、水鏡の姿は自室にあった。
テーブルの上に広げられた魔具の数々。それらを検品しながら、彼は人を待っていた。
「剣のお陰でマシになったとはいえ、札の消耗が早いな。まあ、陣も術も便利だし必要経費か」
術の行使だけでなく、封印などにも使える札は魔法律家にとっての必須アイテム。
その中でも、水鏡が用いるモノは相当に強力だったりする。そしてその分、お高い。
今の水鏡の様に、大きなクライアントからの仕事でもなければポンポンと使えば経費で報酬が全額吹っ飛んでしまいかねない。その癖、下手に出し渋ると自分や周りの危険に直結するのだから質が悪い。
次の注文を書き留めていれば、不意にチャイムが響く。
チラリと時計を一瞥してから、水鏡は立ち上がると特に確認する事無く玄関へと向かう。
玄関扉を開ければ、予想通りの相手。
「よう、堀北……と、綾小路も来たか。まあ、上がれよ」
「ええ、お邪魔するわ」
やって来たのは、堀北と綾小路の二人。何れも制服姿だ。
二人を部屋へと通して、水鏡は生活スペースに行くように指示して自分はキッチンへと向かった。
「ああ、テーブルの上の物には触るなよ?まあ、アンタらが使えるモノは無いんだが」
そう声を掛けられて、堀北は散らかったテーブルを見やる。そして成程、と頷いた。
自身が巻き込まれた悪霊騒動の際に見た札の他に、ペンや鞘に入った小刀、金属製の筒に細い包帯の様なもの。その他にも色々と見慣れない品々が広げられている。
綾小路も興味深そうにそれら道具を眺めていた。
少しの間を挟んで、水鏡がお茶の入ったコップを二つ持って戻ってきた。
「さて、と。茶菓子は無いが、長話をしに来た訳でもないだろ?」
「……ええ、そうね。それじゃあ、単刀直入にいきましょう」
テーブルを挟んで、堀北の凛とした目が水鏡へと向けられる。
「水鏡君、貴方はこの学校のシステムを知っていたの?」
「そうだな……まあ、最低限は知ってた。少なくとも、4月一杯の一年の中じゃ一番情報を握ってたとは思うぞ」
「……ソレを語らなかったのは、何故?」
「一つは、守秘義務だな。そもそも、俺は純粋な生徒とは言えない。立ち位置は生徒であっても、本質的には雇われ職員みたいなもんだ。その立場を利用して得た情報をおいそれと周りに話す、伝えるのは契約違反になる」
「……一つは、という事は他にもあるの?」
「あー……後は、アレだ。もし仮に、俺が守秘義務を無視して伝えたとして…………いったい誰が信じる?」
「それは……」
「4月の間見てきて、動物園もかくやといわんばかりの無法地帯。まだ、そこらのサル山の方が秩序があるレベルだぞ。もし仮に、俺が平田とかに伝えたとして、でアイツ経由でクラスに情報を回した所で何人が態度を改めて、その上で継続できただろうな?」
水鏡の問いに、堀北は言葉も無い。
入学したばかりで浮ついた面があった事は否定できないが、彼らは既に義務教育を終えた高校生だ。少なくとも、最低限授業をまともに受けるだとか、遅刻をしないだとかはスタートライン以前の問題だろう。
ちゃんとした理由があって黙っていた。それを加味して、堀北は黙り込んでしまった。
手持無沙汰に、水鏡は内心の読み取れないぼんやりとした綾小路へと水を向ける。
「で?綾小路も何か用事か?」
「いや、俺は単なる堀北の付き添いだ。まあ、色々あってな」
「ふーん……?ま、霊関係に何かあったら言えよ。依頼料が掛からないのは、破格だからな」
「そうなのか?……この道具があれば、俺も霊に対抗できるんだろうか?」
綾小路が示すのは、テーブルの魔具たち。
「無理だな」
その疑問を、スッパリと水鏡は切って捨てる。そして徐に、手に取ったのは一枚の札。
「まず、魔法律家に必須な能力が霊感、そして
「霊感は分かるが……煉というのはなんだ?」
「俺が使者を呼んだりこういう道具を扱う上で必要なエネルギーだな。まあ、精神力とかそんなイメージで良い」
「成程……どうすれば発揮できる?」
「……んー…………ほれ」
ぐいぐい来る綾小路に、頭を掻いた水鏡は徐にペンを手渡した。
赤地に金の目の模様が描かれたボールペンにも見えるそのペン。
二人のやり取りを見ていた堀北は、ある事に気付く。
「それ、貴方がお札に何かを書き込むときに使ってたわよね?」
「ああ。魔封じの
「どう使うんだ?」
「念じればいい。自分の中からエネルギーを注ぐイメージだ」
「…………」
言われ、綾小路はペンへと集中してみる。
瞬間、彼の体に走るのは猛烈な虚脱感。
「ッ、こ、れは……!」
「まあまあの煉だな。そこからある程度は調整できるけども、基本的な消耗は今綾小路が感じてるレベルだな」
「これでか……?ふぅ……慣れれば行ける、か?」
「因みに、使者の召喚はその数倍以上の煉が要る」
「…………冗談だろ?」
ペンを置きながら、綾小路はいつもの無表情。
だが、その内心ではかなりの疲労感を覚えていた。
トップアスリートレベルの強靭な肉体を誇る彼をして、無視できないもの。口では慣れれば、とは言ったものの慣れても一晩中動き続けるような事はまず不可能だ。
ソレに加えて、これ以上の疲労など干乾びてしまう。
ジト目になる綾小路に、水鏡はカラカラと笑った。
「煉の量には個人差があるからな」
「もう少し、効率よくならないのか?」
「無理だ、多分」
「どうして?効率よく動けるようなら、それに越した事は無いと思うのだけど」
「最低限の威力を維持するためだ。下手に消費する煉の量を制限すると肝心な時に威力不足になりかねない」
魔具における煉の消耗量は、魔法律家にとってもかなりのネックになっている。
だが、改訂されない。
理由は先の水鏡の言葉通り。そしてもう一つは、そもそも魔法律家は単独で動かない。
「さて、と。話は終わりで良いか?そろそろ、見回りに行きたいんだけど」
「そう、ね…………正直な所、水鏡君にも協力してほしいとは思うわ」
「協力?」
「ええ。Aクラスに上がる為に」
「…………無理じゃね?少なくとも、よっぽどが無ければ今のポイント0から巻き返すのは不可能だ」
「ええ、その通りよ。だから、まずは勉強会から始めるの。成績的に、水鏡君も教師役が出来そうだけど……」
「無茶言うな。本格的に、過労で死ぬわ」
「分かってるわよ。寧ろ、貴方が倒れた結果どうなるかなんて想像したくも無い」
明確な霊の被害を受けた堀北は、断言する。
この一ヶ月の平穏は、目の前の少年のお陰。そして自分達は彼が居なければ霊の被害に真正面から晒される事になる。
その重要性を肌身で感じたからこそ、彼女は無理を言う気は無かった。
今回は、情報のすり合わせがしたかっただけだ。
「そろそろ、お暇するわね」
「おう」
立ち上がる堀北。だが、一方で綾小路は動かない。
「綾小路君?」
「俺は少し、水鏡に用がある。先に戻ってくれ」
「そう…………まあ、良いわ。それじゃあ、また明日」
深くは聞かない。興味も薄いのだろうし、彼女は彼女でこの後やる事があった。
かくして残るのは、野郎二人。
テーブルの上を片付けながら、水鏡は問う。
「何の用事だ?」
「一つ、聞いておきたい事があったんだ」
「聞きたい事?」
「ああ…………霊を操る事は出来るのか?」
「…………」
テーブルへと向けてきた顔を上げて、水鏡は覇気のない少年の顔を睨んだ。
「それを聞いて、どうする?」
「いや、単なる興味だ…………良くない事か?」
「もし仮に、それに手を出すのなら俺はお前を殺さなくちゃならなくなる」
瞬間、ゾッと綾小路の背筋を冷たいものが走る。
如何に人としての最高傑作であったとしても、人を上回る怪物を相手取る真正の怪物には敵わない。
事実、もし仮に綾小路が禁忌に手を出したのなら水鏡は何のためらいも無く彼を殺すだろう。そして、ソレが出来るだけの力が彼にはある。
綾小路は手を上げた。
「降参だ。あくまでも興味本位で聞いただけなんだ」
「その興味を実行に移すなよ。霊使いなんて、碌な死に方しないからな」
「…………水鏡は、その場に立ち会った事があるのか?」
「まあ、な。少なくとも、禁忌は手を出しちゃならないから、禁忌なんだ。少なくとも、人として死にたいのなら外法に手を出すもんじゃない」
首を振る水鏡。
彼の言葉は、完全に善意からの言葉だった。
魔法律の禁忌である、禁魔法律。
その末路は、悲劇ばかりだ。