ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 Dクラスの意識改革が遅々としながらも始まった今日この頃。

 

「…………クソが」

 

 水鏡九十九は荒れていた。

 彼が見るのは、壁の一角。そこは、傍から見れば分かりにくい死角となっている場所であり覗き込まねば壁に落書きされていたとしても気付かれない事だろう。

 その壁に、水鏡は陣を形成する札を一枚張っていた。

 再三再四とはなるが、高度育成高等学校の土地は忌み地と呼ばれてもおかしくない程にヤバい。

 霊の坩堝である上に、学校のシステムそのものが恨み辛みを更に生み出しているのだから。オマケに、他所からも流入してくる始末。

 故に、水鏡は除霊した場所を繋ぐようにして陣を形成し安全圏を作るという手段を取っていた。

 それは、一種の治水工事にも似た大規模な事業。少なくとも、魔法律家一人でやるような事ではない。部隊を組んで複数の執行人とその他裁判官以下の魔法律家が取り組むような事だ。

 並外れた煉の量と、勤勉さをもってこの一ヶ月奔走してきた水鏡。

 だからこそ、荒れる。

 

「どうなってる…………霊が札を剥がせるとは思えない。よっぽど強力なら、離れていても気付ける。なら……人間か」

 

 荒れながらも、思考を止めるような愚を犯す気は無い。

 顎に手を当てて、水鏡は状況を整理していく。

 強力な霊ならば、札はおろか陣による結界だろうと薄紙の様に破る事が出来る。

 しかし、その一方で水鏡九十九の煉の量は通常の執行官よりも遥かに多い。それこそ、歴代最年少で執行人の地位についた天才すら、煉の総量は遥かに上回る。

 その水鏡が張った陣を破れる霊ともなれば、そもそもその存在があるだけで微弱な霊感持ちですら気付く事が出来るだろう。本職の魔法律家ならば、直ぐにその場所を知覚出来る事だろう。

 一方で、札そのものを物理的に破壊する、という事は意外に出来る。

 魔法律の術や陣は、物理障壁と対霊障壁に区分されるからだ。

 今回水鏡が用いたのは、後者だ。そもそも、物理的に行動を遮断する陣など張れば混乱待ったなしであるし、相手が霊であると分かっているのだから、物理障壁など数を張った所で意味がない。

 だが、だからこそ今回の件は厄介だ。

 

「禁魔法律家が入り込んでるのか?いや、マークされてるような奴らなら協会から情報が来るはず。とすると…………遊びで剥がしてる奴が居る、もしくは…………憑りつき、か」

 

 どちらにしろ、動かなければならない。

 前者ならば、暴力も辞さない。後者ならば一切の言い分を聞くことなく地獄送りだ。

 犯人は、喧嘩を売る相手を間違ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、夢を見る。ここ暫くで見始める様になった夢だ。

 自身は目をつぶって仰向けに浮かんでいる。指先まで重苦しい鉛に包まれたかのようにピクリとも動けず、まるで水中を漂うような心地を味わう。

 ただそれだけの夢ならば、そこまで悩まなかっただろう。

 

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 少女の豊満な肉体は、今まさに無遠慮な蹂躙にも等しい辱めを受けていた。

 豊かな胸に群がる様に幾つもの手が這いまわり。くびれたウエストをぬるりとした感触が滑っていく。

 臀部をまさぐる手に、肢体を撫でる手。

 これが、一晩中続く。目覚めたくとも、朝まで決してその瞼が開く事は無く、只管に体をまさぐられ続ける。

 不幸中の幸いは、夢の中で本番の行為に及ぶことは無く貞操は守られている点か。

 もっとも、そんな事は当人からすれば何の慰めにもならない。

 相談は出来ない。所詮は夢と切って捨てられるか、或いは冗談に取られる可能性。

 

 何より、自身がそんな夢(淫夢)を見るほどに溜まっている、と思われたくなかった。

 

 結果は、悪循環。真面に眠れていない様な状態では疲労が抜けない。かといって、授業中などの居眠りなどは言語道断。高度育成高等学校のシステムを知ってしまえば猶の事授業態度を疎かには出来ない。

 それに、居眠りをしてしまった結果夢を見る事が恐ろしかった。

 

「…………どうしたら……」

 

 朝日と共に目覚めた少女は、上体をベッドの上で起こして自身を抱きしめる様に腕を回す。

 少女、一之瀬帆波は夜が怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高度育成高等学校のクラスは、それぞれに特色がある。

 二大トップでクラスが割れているAクラス。恐怖政治のCクラス。不良品扱いのDクラス。

 何れも癖の強いクラスばかりだが、だからこそある種の異端がBクラスだった。

 彼らの強みは、連帯感。他クラスが派閥などでぶつかる一方で、求心力のあるリーダーを主軸とした一体感は、生徒たちの一定以上の水準である能力も手伝って中々のもの。

 そんなBクラスの副長を務める男、神崎隆二はここ数日気にかかる事があった。

 

「…………」

 

 ボーッと外を見ているストロベリーブロンドの少女、一之瀬帆波についてだ。

 その優れた容姿と、快活な性格。加えて、頭も良く運動神経も最低限持ち合わせた彼女はBクラスのみならず一年の学年全体でも有名人といえる。

 そんな一之瀬はここ数日ぼんやりとしていた。目もうつろで、4月に見せていた快活な笑顔も陰りっぱなしだ。

 神崎だけでなく、クラスメイトも男女問わずに心配の言葉を掛けたが彼女は曖昧に笑って何も話してはくれない。

 中間テストの迫った大切な時期だ。にも拘らず、クラスの中核を担う人材がガタついている。コレは、由々しき事態だといえた。

 とにかく、昼休みに無理矢理にでも話を聞く。神崎はそう決めて、先の予定を定めていく。

 

 そして、四限のチャイムが鳴る。

 

「一之……瀬?」

 

 チャイムが鳴って教師が退室したと同時に、神崎は一之瀬へと声を掛けた。

 だが、当の声を掛けられた彼女は虚ろな目をしてふらりと幽鬼の様に席を立って教室を出て行ってしまう。

 流石におかしい。クラスメイト達も首を傾げる中、唯一一之瀬の目を真正面から見る事になった神崎は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がると彼女の後を追って教室を飛び出していく。

 異常は、更に加速する。

 何と、一之瀬の背中は人混みの中をまるですり抜ける様にして進んでいき、後を追いかける神崎が割と本気で走っているというのに追い付けない。

 オマケに、他生徒も異常な様子の一之瀬の姿が見えていないかのように無反応。

 どうにかこうにか、追いついたのは校庭の隅。主に、普段は使わない用具などを収納している旧体育倉庫。

 その更に、死角となった壁面の一角。そこに、神崎はストロベリーブロンドを見つける。

 

「一之瀬?何を――――」

 

 追いついた神崎が問おうとした瞬間、虚ろな目の彼女は徐に手を伸ばすと勢いよく壁に貼られていた札を引き剥がした。

 突然の凶行に、神崎は目を剥く。そして、同時に確信した。

 今の彼女はおかしい、と。

 そもそも、普段の一之瀬ならばこんな真似はしない。少なくとも、教師などに確認した上で痕が残ったりしない様に丁寧に剥がす事だろう。

 明らかな異常。とにかく、彼女に話を聞こう。そう決めて足を踏み出そうとした神崎は、しかしその前にとある音を彼の聴覚が聞き取る事でその足を止められた。

 振り返れば、灰髪の少年がずんずんと肩を怒らせやってきているではないか。

 彼は、神崎に目もくれず札を剥がした後、ぼんやりとその場に立っているだけの一之瀬へと足を進めていく。

 

「ッ、待て!」

 

 咄嗟に、神崎は少年の肩を掴んでその歩みを止めさせた。

 

「一之瀬に何をするつもりだ?」

「あ?一之瀬?…………ああ、アイツか」

 

 灰髪の彼は、神崎を一瞥してから改めて一之瀬を見やる。

 そして、うなじを撫でると深く息を吐き出した。

 

「はぁーーーー…………厄介だな。とりあえず、時間が無い。この後の時間を俺にくれ」

「は?急に、何を……」

「手続きはこっちでやっとく。多分、アンタも巻き込まれた口だな。とりあえず、二人分の処理をやっとくからそっちの子連れて特別棟の空き部屋に来てくれ」

 

 頼んだぞ。と彼はそう言って踵を返してしまう。

 訳が分からなかった。だが、不思議と神崎は先の少年の言葉が引っかかる。

 

 これが、彼ら彼女らの非日常への出会いだった。

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