ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
この学校で、ポイントで買えないものは無い。それは物品などだけの話ではなく、権利や単位も該当していた。
「あ、こっちに来たね」
「星之宮先生?」
ぼんやりとした様子の一之瀬の手を引くようにして、神崎は保健室へとやってきていた。
そこで二人を待っていたのは、Bクラスの担任を務める星之宮。
思わぬ相手に目を丸くする神崎だが、星之宮の方は長話をする気は無い。
「水鏡君から話は聞いてるわ。神崎君、一之瀬さんを連れて特別棟の二階にある一番奥の部屋に行ってもらえる?」
「ッ、ですが、先生。一之瀬は、まず保健室で寝かせた方が…………」
「違うの、神崎君。一之瀬さんは、病気じゃない。ううん、もっと厄介な状況なの。お願い、今は何も言わずに連れて行ってあげて」
「…………」
常の学生気分が抜けない様な雰囲気の星之宮とは違う、真剣な表情と声色。
とはいえ、懸念材料はまだある。
「で、ですが、授業は――――」
「そっちも大丈夫。神崎君と一之瀬さんの分に必要な単位数とそれからクラスポイントのマイナスになる様な事を、水鏡君がポイントで買い取ってくれたから。少なくとも、今日の分は心配いらないわ。長引くようなら、その都度延長するって話だから」
「は……」
絶句、という他ない。
神崎も、ポイントで様々なものが買える事は知っている。だが、ソレはそれとして午後だけとはいえ二人分の授業単位と欠席により生じるクラスポイントのマイナス分を打ち消す出費など、どれ程かかるのか。
意味が分からない。だが、同時に神崎は一之瀬の尋常ではない様子を目撃している。
分からない事ばかりだが、ぼんやりとした目をした少女を見れば疑問で足を止め続ける事など出来ない。
星之宮に頭を下げて、神崎は示された場所へと足を向けた。
その道中で考えるのは、件の少年の事だ。
(星之宮先生は、水鏡って言ってたな……)
神崎の頭の中で、少なくともBクラスで該当する生徒はいない。
となれば、A、C、Dのいずれかのクラスとなるだろう。
(C……は、無いな。あの
ここまで考え、やはり分からない。
この学校の特性上、各クラスはライバル関係だ。互いが互いに蹴落とし合い、いかにしてAクラスとして卒業するかの戦い。
であるのなら、他クラスの主力を潰す事は常套手段であり、機会があるなら常に狙うべき行動でもある。
実際、Bクラスで一之瀬以上の求心力を持つ者は居ない。そんな彼女が潰れれば、脆く瓦解するのは明らかだ。
(何が狙いなのか。星之宮先生の様子を見る限り、教師側からも何かしらの認識をされているのは確か)
医者か?とも考えるが星之宮は病気ではないと言った。
悶々と考えながら足を踏み入れた特別棟。階段を登り、二階の最奥の部屋へ。
ノックを三回。
「入って良いぞ」
入室許可が中から響き、神崎は扉を開けた。
空き教室。放り込まれていた椅子や机が部屋の後方や側面に押し退けられており、その中央には一つの陣が描かれていた。
直系、凡そ二メートル。二重の円とその隙間にびっしりと書かれた幾何学模様にも思える文字。
そして、その陣を四方から囲む四枚の札。
教室に入ってきた二人へと視線を向けて、水鏡九十九は顎で陣の中央にある空白地帯を示した。
「んじゃ、その真ん中にその子を立たせてくれ。んで、立たせたらアンタは俺の後ろに来な」
「待ってくれ。お前は、いったい何なんだ?一之瀬は、どうしてこうなってる」
「…………」
神崎に問いに、返ってきたのはジロリと見返してくる鋭い視線。
「今、その話は必要ない。俺がどこの誰で何者だろうが、関係ない。ただ、今すぐに俺の言った通りにしなけりゃ
「は?」
「早くしろ。それが無理なら、大人しくそこに立ってろ。俺がやる」
どうする、と迫られる決断。
チラリと隣を見て、神崎は言われた通りに一之瀬を陣の中央へと立たせた。
見捨てられない、というのもあるが何より彼はまだ高校一年生。人の命を背負うには幼い子供でしかなかった。
「よし」
ちゃんと陣の中央に少女が収まった事を確認して、水鏡は陣を間に挟むようにして向かい合う。
そして取り出したのは、彼の魔法律書。開き、自分の周囲を囲むようにして浮かばせる。
「――――幽谷より来たれ、『
書の表面に光球が宿り、同時に水鏡の傍らに三つ目の鬼神がその姿を現した。
緑色の肌に、筋骨逞しい肉体。白いひげと頭髪はそのまま鬣のように見える。
「な、あ……」
突然の怪物の出現に、神崎は腰を抜かして倒れ込んでしまった。
その様子を一瞥だけして、水鏡は改めて視線を前へ。
「
「
「
ぼんやりとする一之瀬の背後に回ったかと思えば、彼女の頭と、それからその隣の虚空をそれぞれにその大きな手で掴んだ。
そして、虚空を掴む手を少女の体とは反対方向へと動かし始める。
瞬間、嫌な音がした。
何かが限界まで引っ張られ、その臨界点を越えて少しずつ千切れていく音だ。
同時に、繊維が千切れるような音が小さく響くたびに、虚空を掴んでいた幽李の手の中に輪郭が現れていく。
最初は、おぼろげな蜃気楼のように空気が歪んでいるだけ。それが徐々に徐々に陰影を得て、色を得て、明確な立体となって現れる。
「――――アアアアアッ!!ヤメテッ!ヤメテェッ!!」
そして、響くのは汚い音だった。
高音と低音が入り混じり、ノイズが走りながらそれは子供の様で大人の様で聞くに堪えないそんな悲鳴。
幽李の手に握られているのは、肉色の塊だった。皮膚は無く、てらてらと汁気に因る輝きを有したソレは、よくよく見れば人の頭。より正確には、赤ん坊の頭だろうか。
それが、鈴なりに連なりながら一之瀬の体から引き剥がされていた。
一つの千切れる音と共に、悲鳴が上がる。
どれ程経っただろうか。不意に、ズルリと一之瀬の胸元から何かが引きずり出された。
脈打つそれは、心臓にも、木の根の塊にも見えた。だが、その無数に複雑に絡み合うそれらは全て、肉色の赤ん坊の腕である事を知れば見方も変わる。
「
「
そんなやり取りを挟み、水鏡は陣の中へと足を踏み入れると脈打つ塊と一之瀬の間へと狙いを定める。
掲げるのは、左腕。緩い手刀を象ったソレを、ゆっくりと往生際の悪い繊維の残りへと振り下ろした。
虫も殺せない様な緩慢な動作。
だが、
「イヤァアアアアアアア!!ヤメテ!キラナイデ!ヤダ!イヤダァアアアアアアア!!」
絶叫。手刀は、一切の抵抗を許す事無く繋がりを断っていく。
肉色の赤ん坊の群れは、どうにかこうにか暴れようとしているのだが残念ながら
そして、最後の一線が断ち切られる。
「アアアアア………!」
「
「
頷いた幽李。
彼らの言葉は理解できなかったであろう肉色の赤ん坊の群れは、しかしこれから自分達がどうなるのかを察してしまう。
「ヤダヤダヤダヤダ!アトスコシ!アトスコシナノ!ソシタラ、ボクタチモ
口々に喚くが、残念ながら地獄の使者も魔法律家も霊の言葉を真に受けるような事は無い。
どれだけ悲痛でも、痛ましくても、憐れでも、その一線だけは守らねばならない。
「お前らが、ただ憑りつくだけならここまで強硬には出てねぇよ」
吐き捨て、水鏡は未だに喚く肉色の赤ん坊の群れへと左手の人差し指突きつけた。
「だが、お前らは一之瀬を母胎として
「ヤダ!ヤダヤダヤダヤダ!!」
「誰が、お前らに札の事を話した。お前らは、個にして群。だが、ガキだ。知能がねぇ。にも拘らず、一之瀬から吸った生気で活性化したお前らは、他の女を操って札を剥がさせたな?何でだ?誰がお前らにそんな事を吹き込んだ!」
「アアアアアッ!!!!」
水鏡の詰問に、しかし返ってくる言葉は無い。
彼の言葉にもある様に、この悪霊群は知能が低い。裏を返せば、そもそも
にも拘らず、その数を活かして水鏡が学校に張った陣を破壊しようと動いていた。
結局、有効な答えは返ってこず、水鏡は幽李に頷く。
指示を受けて、使者は霊の塊を連れて現世を去って行った。同時に、一之瀬の体が糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちてコレを水鏡が支えた。
「…………クソが」
苛立ちだけが、教室に木霊する。