ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
『――――つー訳で、調査の方は芳しくない。一応、これからも追うつもりだけどどうしてもこっちの人員も足りなくてな』
「いや、調べてもらえるだけありがたいです。
『水子霊な。何つーか、散々だなその学校。大丈夫か?』
「ギリギリですね」
電話越しに心配の色を滲ませる
「正直な所、執行人一人放り込んでどうにかなる状況じゃありません。裁判官含めた他の魔法律家と組んで土地そのものを浄化する必要があります」
『そこまでか…………つっても、上からの許可がな』
「下りないんですよね、知ってます。正直、大規模な掃討作戦を発令するなら学校その物を一度休ませなくちゃいけませんし」
『そうなれば、当然マスコミの注目も集める、と。そうなれば、過去の被害者に関しても掘り返されかねない』
「政治家さん達がそれを許すとは思えませんね」
『だな』
どちらともない溜息が電話越しにシンクロする。
最強の裁判官と新進気鋭の執行人。しかし、その立場は上と下に挟まれた中間管理職の様なものだ。
世知辛いが、人材不足やら権威やら頭を悩ます問題が多すぎるのが悪い。
『まあ、こっちはこっちでやるさ。そっちも無茶するなよ、水鏡。経験豊富つっても、それでもお前はまだまだMLS卒業したばっかりのペーペーなんだからよ。先輩に頼りな』
「こっちがどうしようも無くなったら、その時はお願いします」
『おうよ』
そこで、通話は終了。
受話器を置いた水鏡に、ぱちくりと目を向けるのは付き添いの教師だ。
「電話はお終い?」
「はい。無理言って電話させてもらってすみませんね、星之宮先生」
「流石に、今回の件には上も納得してくれると思うわよ?それに、担当の子たちを助けてもらったんだもの。ある程度の融通は当然よ」
「それが俺の仕事なんで……まあ、助かりましたけど」
肩を竦める水鏡に、星之宮はふんわりとした笑みを浮かべた。
現在二人が居るのは、職員室の一角だった。そこに備え付けの電話を持ってきて、外部へと連絡を取ったのだ。
本来は許可など下りない。だが、それを今回は曲げざるを得ない理由があった。
「それにしても、外から入ってきた幽霊が一之瀬さんに憑りつくなんて……こういう事ってあるの?」
「一之瀬に関しては、完全に巻き込まれですね。ただ……学校の敷地内に入ってきたのは、意図的……だと考えてます」
「だから、電話してたんだもんね」
星之宮の言葉に、水鏡は頷いた。
今回の一件、水鏡九十九は人為的な悪意を感じていた。
その理由としては、元々水子霊を抱えていた来校者が、
水子霊が憑りついた場合、進行が遅い反面気付かれず手遅れになる事が多い。現に、今回の来校者にしても調査をしてようやく関連が見つかったレベルなのだから。
「というか、そんな幽霊を犯罪に使うような人が居るの?」
「霊使いってのが居ますよ。面倒な相手で、ネズミ算式に手駒を増やす挙句、技量次第で際限が無いんで」
「ね、ネズミ算?」
「ようは、憑り殺した相手の魂を悪霊化させてコレを使役するってのを繰り返すんです」
「えぇ……」
「一応、霊使いの家は潰れてますけどね。野良の奴が居てもおかしくはないんで」
「…………大丈夫、だよね?」
「前にも言ったように、最悪の場合は相討ちか封印措置を取って応援呼びますから大丈夫っすよ」
アッサリと、水鏡は己の死を許容する。
勿論、生き残る事を諦めている訳ではない。ただ、生存を望むあまりに結果的に事を仕損じればそれだけ周りに被害が出てしまうという話。
全ての魔法律家がそう言う訳ではないが、それでも大抵の執行人は己を最後の砦として緊急事態には躊躇いなくその命をベットする程度には覚悟を決めているものが多かった。
頬を引きつらせて固まった星之宮に軽く頭を下げて、水鏡は席を立ちあがった。
去っていく生徒の背中を見送って、星之宮は深い息を吐き出した。
「…………転職、しようかなぁ」
4月の一件から、時折呟くようになった彼女の口癖。
悪霊をその目で見て、そしてその悪霊を真正面から叩き潰す少年を見て、星之宮のメンタルは鑢を掛ける様に削られた。
かといって、今の生活を捨てる事も出来ない。
国営学校の教員という立場。出会いは無いが、潤沢な給料と暮らしやすい教員寮。
職業的に勝ち組だった。職場も現実を知る前は悪いものではなかった。
それらプラスの要素を真っ向から叩き潰してくる、霊の存在。
実際、初めて見た悪霊は夢に出てくるほどに恐ろしかった。叫んで跳ね起きた事も一度や二度ではない。
不幸中の幸いは、悪霊の被害を直接的に受けることが無かった事だろう。その辺は、水鏡がちゃんと安全確保していた。
因みに、悪霊に対するトラウマが酷いのは星之宮とCクラス担任の坂上だったりする。
そんな教師陣の悩みなど知らない水鏡は、廊下の道中で着信を告げた端末を耳に押し付けていた。
「おう、どうした一之瀬。霊でも居たか」
『あはは、違う違う。ほら、水鏡君にちょっと頼まれてた事』
「…………ああ、Dクラスの件な」
『うん、そう。ちょうど図書館で勉強会をしてる所に会ったからお話したんだ』
「真面目にやってるんだな、あいつら」
廊下の端に寄って壁に凭れ乍ら、水鏡はそんな感想を漏らす。
一之瀬に頼んだ事。それは、助けられた彼女がどうしてもお礼がしたいと頼み込んだ結果のものだった。
内容としては、Dクラスへのちょっとした手伝い。クラス間の関係ではなく、あくまで一之瀬帆波という少女の交友範囲内での助言を主に求めたのだ。
「で、ソレがどうかしたか?」
『うん、何でもDクラスって試験範囲の変更を知らなかったみたいで。そっちの先生って、そういう情報回してくれないの?』
「あー……」
一之瀬の言葉を受けて、水鏡が思い浮かべるのは気難しいDクラス担任。
美人ではあるが、怜悧な仮面の下には私欲がある。それが、水鏡九十九から見た茶柱佐枝という女性だった。
「……まあ、何だ。生徒が自主的に気付けって話なんじゃねぇか?流石に、ポイント全部吐き出して建て直してる最中に他クラスへの情報収集まで求めるのは過剰だとも思うけども」
『にゃはは……確かに。水鏡君は大丈夫?ほら、仕事とかもあるんでしょ?勉強、見てあげようか?』
「心配してもらって有り難いが、一応一年の範囲の勉強は終わらせてる。試験範囲が多少変わった所で誤差にもならねぇよ」
『……水鏡君、ハイスペック過ぎない?Aクラスでも問題なくやって行けたと思うけど』
「未だに内戦状態のクラスは、ちょっとな」
『そう?それじゃあ、私のクラスとか?』
「仲良しこよしは無理だ。というか、単独で動けねぇなら居る意味ねぇし」
『ええ~?でも、皆と居た方が楽しいと思うけど?』
「楽しい楽しくないは、関係ねぇって。こっちは仕事だ」
『分かってるって……あ、ごめん。生徒会の方に呼ばれたから……』
「そう言えば、生徒会役員だったな。おう、行っていいぞ」
『ごめんね!こっちから、電話したのに』
「気にすんなって……ああ、そうだ」
『ん?何かな?』
「いや、生徒会の金髪には気を付けろよ。確か、副会長……だったか?」
『え、南雲先輩の事?』
「名前は知らねぇ。ただ、
『え……憑りつかれてるって事?』
「違う。相当あくどい事もやってるって事だろうさ。とりあえず、気を付けとけ。下手に付け込まれると酷い目に遭うぞ」
そう言いながら、水鏡はこの学校の生徒会副会長の顔を思い浮かべていた。
金髪のチャラそうな見た目。それ位ならば、特に彼の記憶には残らなかっただろう。
目に留まったのは、その全身。
首に幾重にも巻き付く、黒い毛の束。肩や腕、足や腰を掴む幾つもの腕。
水鏡の案件にも思えるが、残念ながら相手は
実害が出ない以上、水鏡にとっては優先度が低い。それが、当人の人間性の問題から降り積もっているのなら猶の事だ。
水鏡の忠告を受けて、一之瀬は電話越しに頷いた。
『分かったよ。とりあえず、気を付けておくね』
「おう。霊関連に何かあったら、連絡してくれ」
『他の事ではダメ、かな?』
「好きにしろよ。ただ、こっちも出られねぇ時があるからな?」
『その時は、トークの履歴を見てくれたら良いよ。時間が経ってからでも返してくれたら嬉しいし』
「そうか?」
『そうだよ!折角、友達になったんだからさ。ちょっとした雑談も彩りになるんじゃないかな?』
「彩り、ねぇ」
水鏡の人生。それは、ある種の艱難辛苦。
それが、水鏡九十九の運命だった。
故に、高校生活が始まって僅かに変わってきた交友関係は、ほんの小さな変化を与えようとしていた。