ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
唐突な中間試験範囲の変更。しかしこれには、抜け道があった。
「過去問ねぇ」
「ええ。水鏡君も、目を通しておいてもらえるかしら」
「ふーん……」
ペラりと、堀北より渡されたテスト用紙へと目を通して水鏡は目を細めた。
「これ位なら、問題ないな。というか、堀北含めて最低限授業聞いてるなら余裕だろ」
「そうね。ただ、こんなものがある以上他クラスの点数も高くなる。違うかしら?」
「それは、クラス次第だろうな」
「?」
頭がよく、身体能力もある。だが、どこか幼い。加えて、正攻法を妄信している節がある。
頭を掻いて、水鏡は用紙を机の上に置いた。
「過去問があったとして、ソレを使うかどうか。そもそも
「使えるのなら、使うべきじゃないかしら」
「そうだな。少なくとも、Dクラスでは必須だ。元のテスト範囲でもズタボロ。そんな状態で突然変更になったテスト範囲に対応できる筈もないからな。でも、これがAクラスやBクラスならどうだ?」
「それは………ッ、そう。そう言う事ね」
水鏡の言わんとする事を理解したのか、堀北は頷いた。
堀北や櫛田、平田といった上位クラスでも通用する学力を持つ者もDクラスには居る。だが、それらプラス要素を潰して余りある馬鹿が居るのもまた事実。
一方で、AクラスやBクラスはどうだろうか。
彼ら彼女らは、上位クラスに配されるだけの学力や身体能力など諸々を高い水準で有している。では、そんな彼らに果たして過去問は必須であるのかどうか。
あれば、確かに平均点の引き上げに役立つだろう。だが、仮に無かったとしてもその成績にどれ程の陰りがあるだろうか。
「そもそも、上のクラスを目指せるだけの下地がDクラスには無い、という事ね」
「そうなるな。勉強会にしても、継続すべきだろ」
「参加する?」
「いや、しない。ああでも、図書館には用事があるな」
「図書館に?……あそこにも、霊が居るの?」
「霊、というか……北東の奥まった書架があるだろ?あの辺りには、あんまり近付かない方が良い」
「……どうして?」
「どういう訳だか、あの辺にはオカルト本が多く置かれてる。オマケにその対角線の書架には宗教学の本だ。変な道が出来てるんだよな、あそこ」
因みに、水鏡がその事に気付いたのは見回りの折に図書館を訪れた際のタレコミに因るものだったりする。
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時は、四月の半ばの事。堀北の一件が終わり、水鏡が魔具の注文を行って現物を受け取る少し前。
見回りと動線確保の一環として、水鏡は図書館を訪れていた。
通常の学校などとは違って、高い学力を求められる高度育成高等学校において図書館というのは常に一定の人数が己の勉強へと勤しんでいる。無論、読書を目的とした者が居るのも確かだが、ソレはそれとして勉強に打ち込む者が多く目につく事だろう。
だが、図書館へと足を踏み入れた水鏡は、速攻で眉をひそめて顔を顰める事となった。
「くせぇ……」
生臭かったのだ。それも、嗅ぎ慣れた生臭さだ。
(霊燐か……巣でもあるのか?もしくは、この図書館自体が……)
スンッ、と鼻を鳴らして水鏡は慎重に歩を進める。
だが、
「…………何か用か?」
「いえ、少々気になったもので」
唐突にその足が止まり、振り返れば後ろに居たのは真っ白な髪に黒いリボンが印象的な少女だった。
ため息を吐いて、水鏡は左手をうなじに添えると首を傾げる。
(夜に来るか)
「……」
ジッと見られている事に、座りの悪さを覚える。
タイミングを間違った。そう判断した水鏡は、頭の中のメモ帳にある今日の予定を書き換えていく。
一方、少女はというとその淡い色合いの瞳をジッと目の前の少年に向け続けていた。
まるで腹の底まで見通されるかのような透明度だ。
「……貴方は、この図書館の異常を正せる人、なのでしょうか?」
「……何を知ってる?」
「私が直接知っている訳じゃありません。ですが、この図書館には違和感があります」
ハッキリと告げられた言葉に、水鏡の眉が上がった。同時に、頭の中のメモ帳から今日の夜の予定を修正する用意をしておく。
目の前の少女が何かしらの水鏡にとっての有益な情報を落としてくれるかどうかは分からない。だが、タレコミに関しては原因は何であれ聞く姿勢を取っておくべき、というのが彼の持論だったりする。
「違和感、ね。俺が直接何かできるかは分からねぇが……何でそう思った?」
「はい。私、本を読むのが好きなんです。図書館や図書室にはよく通っています」
「……で?」
「この図書館には静謐な空気とは違う……肌が粟立つ様な寒気のする場所があるんです」
「成程」
感覚、というのは存外馬鹿に出来ない。それは単純な正誤の結果以上のものを導き出す事があった。
特に通常の五感以上に第六感が役に立つ魔法律家稼業では、目に見え、音に聞こえ、鼻にニオウ情報以上に勘が役に立つ場合がある。
頷いて、水鏡は少女の言葉の先を促した。
「貴方は、この不可思議を解決できるんですか?」
「俺が思ってる原因なら、可能だろうな。それ以外の事なら無理だ」
「可能性はあるんですね」
ふっ、と少女の表情が緩む。
彼女とて動いていない訳ではない。寒気が原因ならば、と司書にエアコン関連の指摘をしたり。それでも改善しなければ薬を飲んでみたり、上着を羽織ってみたり。
しかし、本の管理の為という理由で大きくエアコンの温度を変えることはできず。薬や上着は意味を成さなかった。
ある種、彼女にとってこの声掛けは賭けだった。それが、成功か否かは別として。
(不思議な雰囲気の人、ですね)
出会った事がないタイプ。灰色の髪をした少年は、独特の雰囲気があった。
クラスメイトの不良たちの様な暴力になれた様子がありながら、彼らよりも更に深く濃い暴の気配がある。
そんな少女からの内心の評価など知る由もなく、水鏡は一つ頷いた。
「よし。その違和感がある場所まで案内してもらえるか?」
「はい………あ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私は、椎名ひよりといいます。1年Cクラスの所属です」
「椎名、な。俺は、水鏡九十九だ。所属は、1-Dだ」
「水鏡君、ですね。よろしくお願いします」
「おう、よろしく」
挨拶を交わした二人。これが、5月以降であったならば色々と話は違ったかもしれないが、少なくとも今は関係のない話。
そもそも、クラス間抗争に興味のない二人ならば何も変わらなかった事だろう。
椎名の案内を受けて、水鏡は図書館の奥へと足を踏み出した。
比較的日当たりのいい場所から、空気が静けさを纏い、体感温度が露骨に下がる
「……ここか」
「はい。この区画に来る道中から少し、肌寒くなりますね」
二の腕を擦りながら、椎名は頷く。
人があまり近付かない、北東の書架。埃こそ溜まっていないものの、それでも人があまり触れないからかその貸出履歴は0が並ぶ。
この場に足を踏み入れた水鏡は、目を細めて一つの書架を見つめた。
「……原因は、コレか」
「コレ、ですか?」
首を傾げる椎名。
というのも、水鏡が注目したのは壁に面した書架の一つであったから。それ自体は何の変哲もない木製の代物にしか見えない。
強いて違和感を挙げるならば、並べられた本は何れもオカルト関連である点か。
顎に手をやって、水鏡は椎名へと目を向ける。
「椎名。この位置から対角線上にある本棚の本の種類は分かるか?」
「え?ええっと……ここからでしたら、あちらの宗教学系の本になるかと思いますが……」
「宗教か……」
「あの、いったい何が……?」
顎を撫でる少年の横顔に、椎名の疑問は尽きない。
しかし、水鏡には既に当たりが付いていた。
「今夜中にケリをつけるか。明日には、違和感も消えてると思うぜ?」
「それは……水鏡君が、問題を解決するから、という事でしょうか?」
「ああ。俺が想定していた原因だったからな。とりあえず、何とかなるだろうさ」
アッサリと告げる水鏡。
実際、彼の領分に限れば出来ない事の方が少ないのだ。状況さえ分かってしまえば、後は対処するだけ。
しかし、変な所で失言をする男でもあった。
「……」
何故なら、隣には好奇心に点火された少女が居るのだから。
「あの、水鏡君」
「ん?」
「何をするのか、私も同行してもよろしいでしょうか?」
「……」
水鏡九十九は、見覚えのある光景と状況に眉間を揉むのだった。