ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
本来、魔法律家は必要以上に己の仕事に一般人が関わることを良しとしない。
依頼人であったり、被害者であったり、或いは加害者であったり。直接的な関係者でなければ、巻き込む事はまずあり得ない。
だがしかし、何事にも例外はある。
「良いか、椎名。大人しそうに見えて、何というか勝手についてきそうだから今回は連れて行くんだ。その点理解しておけよ」
「はい。今日は宜しくお願いします、水鏡君」
微笑を浮かべて頷く少女に、水鏡九十九はため息を吐いて首を振った。
教師陣や佐倉、堀北や綾小路といった面々は霊に関わる場面が何かしらあった。綾小路は少し特殊だが。
一方で、椎名はあくまでも情報提供者以上の関りはない。霊に目を付けられた様子もなく、何より今晩対処さえしてしまえば最低限の安全は確保される筈だった。
それでも連れてきたのは、先の通り。勝手についてきた挙句に取り返しのつかない様な状況を作らない為。
星明りが頼りの暗い世界。昼間とはまた違った景色が広がっている。
「…………夜の図書館は、凄い威圧感がありますね」
「ここまで一人戻るってのは、無理だぞ。流石に危ない」
「悪霊、でしたか。にわかには信じがたいですね」
「それが正解なんだけどな?そもそも、関わらなくて済むのならそれに越した事ないんだからな?」
暗に自業自得を告げ乍ら、水鏡は魔具袋の中から一枚の札を取り出した。
その表面にペンを走らせて何かを書き込み、ソレを椎名へと差し出した。
「とりあえず、コレを確りと持っておいてくれ」
「これは?」
「お守り。とりあえず、対物理と対霊に対しての防御の術を仕込んである。大した相手じゃないが、万が一があれば困るからな」
「…………」
札を受け取り、コレを椎名はしげしげと眺めた。
少し厚みがあり、その手触りは通常の紙とは違う独特なもの。
多くの本を読んできたからか、自然と紙に触れる機会の多かった椎名としては興味深いのか裏返したり上下ひっくり返したり、表面をなぞってみたりと新しく玩具を買ってもらった子供の様だ。
そんなやり取りを経て、二人が辿り着くのは図書館正面玄関、ではなく職員用出入り口。
「こちらから入るんですか?」
「ああ。許可の方は取ってる」
慣れた手つきで鍵を開けて、二人は図書館の中へと足を踏み入れる。
シンと静まり返った図書館は、まるで墓標が連なった墓場のような印象を覚えさせた。
二の足を踏ませそうな雰囲気の中、しかし水鏡は一切の躊躇いを見せる事はない。
ズカズカと図書館の床を踏みしめて、向かうのは昼間の内に目星をつけていたオカルト関係の書籍が多く集められた本棚の一角。
「さて、と」
本棚の前に立った水鏡。取り出したのは、腰の後ろに吊り下げた魔法律書。
書を開いた少年の背後から、興味津々な様子で少女はその中身へと視線を落とした。
「その本は、いったい?」
「コレか?魔法律書だ」
「魔法律書?」
「俺の仕事道具な」
椎名の質問に答えつつ、水鏡は魔法律書を広げる。
開かれた書面に光の球体が浮かび上がり、水鏡は本棚を見た。
「――――影より出でよ『葉陰の番人』」
呟きの刹那、周囲の本棚の影が揺れた。
ざわざわと草葉が風に擦れ合うような音が、無風の筈の図書館の中に木霊する。
「っ……」
椎名は無意識のうちに固唾をのむと、寒気を覚えて自身の体を抱くようにして二の腕を擦る。
そして、ソレは現れる。
「……アロ」
「
「アロ」
影から頭の上半分だけを出した、老人のような使者。
その登場と共に、暗闇で分かりにくい本棚の影の至る所からこの世のものとは思えない奇怪な植物の葉が図書館の床より生えてきていた。
使者は、水鏡の命令を受けて水の沈むように影の中へと潜行。同時に、この図書館内のありとあらゆる影から先の奇妙な植物の葉が生えてきていた。
常軌を逸した光景に、椎名は目を丸く見開くしかない。彼女の硬直が解けたのは、使者が影に潜行して少し経った頃だった。
「あ、あの……水鏡君」
「ん?」
「今のは、いったい……?」
「地獄の使者だ。葉陰の番人って言って、冥界とこの世の影という影は彼の支配下にある」
「地獄……?」
「魔法律は、霊の犯罪を裁く仕事だ。その時に手を借りるのが、地獄の使者。要は、地獄の住人に来てもらって、霊を地獄へと引きずり込んでもらうんだな」
「……」
「とはいえ、魔法律は万能じゃない。あくまでも彼らとは仕事の関係で、契約の上で来てる。もしも、罪状を間違えれば、使者の攻撃は霊にじゃなく、俺達魔法律家へと向けられる」
「……まだまだ世界には知らない事がありますね」
「こんな世界、知らない方が良いんだけどな……さて、と。そろそろか」
魔法律家は、日の当たらない職業だ。そして、それで良いと水鏡は思う。
別段、彼が高尚な人間であるとか、見ず知らずの誰かの不幸を嘆く心清い優しい人間、という訳ではない。
単純に、母数が増えればその分だけ自分達の振り回される時間が増える為。最悪な場合は、霊の被害では無いものをあたかも霊の被害のように喧伝するような馬鹿が出て来かねない。
そんな内心を口には出さず、水鏡は影を見下ろした。
「
「
「アロ」
影の中から顔の上半分を覗かせた使者が、両手に持ち上げるのは奇妙な塊。
使者が現れる時にともに出現していた奇妙な植物。その葉によって包まれ、中で何かが蠢いていた。
「こ、これは?」
「葉陰の番人に集めてもらった。この図書館に居た霊だな。といっても浮遊霊未満の木端ばっかりだ。
「アロ」
使者が頷き、その頭は影に沈んだ。影より生えていた地獄の植物もその姿を消していき、図書館の中には静謐さが帰って来る。
書を閉じた水鏡は、そのまま腰の魔具袋から魔封じのペンと札を取り出した。
ペンで札の表面に何やら書き込むと、オカルト関連の書架から数冊の本を抜き取って空いた空間の背後、その壁に本棚の影になる様な位置を狙って張り付けた。
「コレで良し。後はもう一枚を此処の対角線上。それから四隅に張って終了だな」
「それは、何をされているんですか?」
「ん?んー、霊除け。要は、この図書館には霊的に穴が開いてるような状態だったんだ。だから、まずは内側を掃除して、そこから空いた穴を塞いでついでに砦にしちまうのさ」
「……つまり、図書館は安全な場所になる、と?」
「他と比べれば、な。見回りは必須だろうし、椎名も何か気付いたら教えてくれると助かる」
「この図書館のような不可思議、ですか?」
「ああ。だからって、ズカズカ踏み込んでいくなよ?最悪、死ぬし。そうじゃなくても酷い目に遭いかねない」
サラリと不穏な事を言う水鏡。しかし、その淡白さが彼の住む世界の修羅さを声高に主張しているともいえた。
頬を引きつらせる椎名だったが、彼の目を見たからだろう粛々と頷いた。
これが、図書館での一幕。そして、時計の針は現在へと戻る。
*
一通りの話を聞き、堀北鈴音は一つ頷いた。
「水鏡君。貴方って、存外顔が広いのね」
「そうか?」
「ええ。この学校の仕組みがハッキリした以上、自身のクラス以外に対して強硬になる姿勢を取られてもおかしくはないでしょう?霊の一件があっても、そのまま繋がりを維持できるのは良い事よ」
「……まあ、そうは言っても俺はクラス間の抗争は関わる気無いんだけどな。というか、下手に関わると過労で死ぬ」
「分かってるわ。クラスの方は任せて頂戴」
「俺への恩恵は無さそうだけどな」
肩を竦める水鏡に、堀北はため息を吐いて首を振った。
能力がある以上、クラスへの貢献を果たしてほしいのが彼女としての本音だろう。しかし、先の通り霊関連の仕事が入っている以上無理を強いる事は難しい。
そして、時は流れる。