ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
波乱のテストは、幕を下ろした。結果発表の折に一悶着あったものの、水鏡九十九にとっては思案の外の話。
寧ろ、テスト期間と準備期間のお陰で生徒が遅くまで出歩く数が減り、彼の仕事は大いにはかどるボーナスタイムだったりした。
さて、時は流れて六月の下旬。水鏡は、特別棟にて仕事に臨んでいた。
「お手柄だな、佐倉」
「い、いえ!そんな、その……」
もじもじと手遊びをする佐倉愛里は視線を彷徨わせながらも、その頬を赤く染めた。
事の発端は、彼女からのタレコミ。
曰く、特別棟で写真を撮ったら何か得体のしれない影が窓に映っていた。
それを受けて、水鏡はすぐさま行動へと移していた。
結果として、特別棟の余白に入り込もうとした悪霊が居り、完全に根付く前に祓う事が出来た。
“死の国・改”の刀身を柄に戻して、魔具袋の上のスペースに収めた水鏡は魔封じのペンと札を取り出して慣れた手つきで陣の札を作ると壁に投げて張り付ける。
「これでよし……いっその事、神通針でもぶっ刺したいんだがな」
呟く水鏡の頭に浮かぶのは、針と言いながらその実態は杭のような見た目をした魔具の存在。
その効力は、陣の効力範囲を広げたり威力を増すというもの。無論、物理的に霊を磔にする事も技量次第では可能となるだろう。
だが、根本的な話、刺して扱う魔具であるから当然刺す対象には傷が残る。流石に、壁や床を穴だらけにする事は憚られた。
水鏡が次の予定を考えている一方で、佐倉はこの状況に鼓動を速めていた。
彼女は、引っ込み思案の陰キャだ。その性格を克服しようと動いてはいるものの、今度はまた別の弊害を被っている始末。
そんな佐倉にとって、水鏡という少年は独特な立ち位置にあると言えた。
友人である。水鏡は霊関係で何かあれば連絡しろ、と彼女に言ったが霊関係でなくちょっとした授業での疑問や雑談をトークで送れば少し時間は置くがちゃんと答えが返って来る。
ぶっきらぼうな所や、歯に衣着せない物言いをする事もあるが水鏡九十九の性根は善性だ。因みに、佐倉のみならず、クラスならば綾小路や堀北。他クラスならば、一之瀬や神崎、椎名などが彼とよくやり取りをする相手だったりする。
とにかく、佐倉の中で水鏡九十九という少年が担う割合は中々のものだった。
そんな折角の機会。相手の事情もあるが、少女としてはもう少しともに居たい訳で。
「あ、あの、水鏡君……!」
「ん?どうした?」
「えっと、その……ど、どうして幽霊って写真に写るんだろう?」
「あ?」
「ほ、ほら!夏の心霊特集!みたいな感じで、特番が放送されたりするし……」
「あー、成程な。んー……」
話題繋ぎの咄嗟の方便だったが、水鏡にとっては特に違和感を覚えるような事ではなかったらしい。
顎を撫で虚空へと視線を彷徨わせながら、彼は言葉を探していた。
「……まず、大前提としてああいう心霊番組の写真の九分九厘は人為的に造ったものか、或いは写真を撮った時の撮影ミスが大半だ。若しくは、染みが三つ壁に浮かんで顔に見えるようなシミュラクラ現象な」
「うん」
「で、ああいう写真を紹介する時には、敢えて不穏な情報を上乗せする。元墓場とか処刑地だった、とか。色々とな。心理的に想像しやすいシチュエーションを作った上で、写真や動画といった視覚情報に訴えるモノを出す事で」
「へぇー……あれ?九分九厘……?」
「偶に、本物が混じってる。だから、
肩を竦めた水鏡の脳裏を過ったのは、数年前の事。
とある放送局が行った心霊特番。その中で、旧街道をピックアップした特集が組まれていた。
内容を要約すれば、元々事故の多い旧街道。その中でも、霊の報告が多いトンネルでの事だ。
ガッツリと、霊の姿が映った。オマケに、テレビクルーに憑りついて被害を広げたオマケ付きだ。
結果的にそのビデオはお蔵入り。魔法律協会か腕利きの執行人と以下階級の精鋭を集めた特別チームが発足し、事態の収束に駆り出される事になった。
とにかくそんな事があって、今では秘密裏に各テレビ局は魔法律協会の方へと放送する心霊特番の元ビデオを送ってOKを貰ってから放送するという取引が行われていたりする。
自分の知らない世界に感心しきりの佐倉。水鏡の言葉は続く。
「で、霊が映る原理だが……こっちは、もっとオカルトだ」
「オカルト?」
「ああ。写真を撮ると魂を抜かれるって話、聞いた事無いか?」
「ええっと……何となく?」
「割とこの話は、広がっててな。そのオカルトがカメラには染みついてる。転じて、カメラは
「成程……」
「後は、霊の存在そのものが人間の観測できない高密度なエネルギーで構成されてるのもあるか」
「え、エネルギー?」
「肉体という外殻を失いながら、物理的に干渉が出来る霊に対する一つの考え方さ。といっても、熱心に研究した人間が居る訳じゃない。与太話の域を出ねぇな」
「そ、そうなんだ……」
霊の研究、というのはあまり進んでいない。
これは専門とする人間が居ないというのもあるが、そもそも死者の魂である霊には深く関わるものではないのだ。
霊に関する雑学を話しながら、二人は帰路に就く。もっとも、水鏡はこの後も仕事なのだが。
ふと、曲がり角に差し掛かったところで二人の耳が第三者の声を捉える。
「ん?」
「誰か居る……みたい?」
「今日は使う部活も居なかった筈だけどな」
「水鏡君、他の生徒のスケジュールも知ってるの?」
「部活とか委員会の分だけな。流石に、個人のプライベートまで把握してねぇよ」
頭を掻きながら、水鏡は左手を腰の後ろに添えてすぐに魔具を抜ける状態を作っておく。
果たして、角から顔を出せば廊下の中ほどの所で四人の男子生徒が居る事が確認できた。
一人は、水鏡達に背を向ける格好。背丈があり、赤毛を短く刈り込んだ男子。
その男子と向かい合うようにして、三人の男子生徒が居りその雰囲気はどこか危険な様相を呈していた。
とはいえ、人間関係というのは水鏡にとっては職務外。当人たちの問題という事で放置するのが基本だ。
「チッ……佐倉、コレ持ってな」
「え……は、はい!」
手早く一枚の札を書き上げて佐倉へと押し付けるように渡して、水鏡九十九は角の影から飛び出した。
「お前ら!!直ぐにそこから逃げろ!!」
「「「「!?」」」」
廊下がそのままメガホンのようになって、鼓膜を揺らす爆音に男子生徒たちは揃って肩を跳ねさせる。
何事か。そこで、水鏡達に背を向けていた赤毛の男子生徒がある事に気が付いたのかその三白眼を大きく見開いた。
目の前の彼の反応に気付いたのか、三人組の一人も振り返り息を呑む。
何かが、居た。しかし、ソレが何なのか明確な言葉で表す事は難しい。
それでも、その第一印象を言葉にするならば“犬”だろうか。
そう、犬だ。四足歩行で頭を僅かに下げて、身体を縮こまらせた犬を思わせる。
だが、犬ではない。毛のないずんぐりとした体格に、廊下を踏む四本の脚には鋭い鉤爪が三本生えそろっている。
背中には、背骨に沿うようにして等間隔の黒い棘のようなものが生えそろっており、尻尾は溜め込んだ怨念を表すかのように不気味に膨らんでいた。
加えて、その顔。犬のようなノズルのある細長い顔ではなく、人間のように平面で鼻は無い。口は歪に歪み、その中には乱立する不揃いな牙が見え隠れしている。
そして、その目。眼窩には眼球が存在せず、代わりにどこまでも深く落ち窪む様な黒い穴だけが存在していた。
どこから現れたのかも分からない大型犬ほどの大きさの
震えて動けないその様子に、水鏡は再び舌打ちを零すと駆けながら左手で魔法律書を開いた。
「魔法特例法第82項、銀の鎧を発令する!!」
瞬間、四人を包むようにして銀色の光が現れた。同時に、水鏡は右手で魔具袋の上に差した死の国・改を引き抜くと固まる四人の傍をすり抜けて悪霊の前へ。
「何でこんな所に
駆け寄る刹那、水鏡はある事に気が付いた。
彼らの本能は、自身を捨てた飼い主を探す事。それが多くの霊が複合する事によって歪み、結果として目についた人間へと襲い掛かるという習性へと変わっていった存在。
捨て犬が存在すれば、どこの国でも発生する可能性がある存在なのだが、水鏡が見咎めたのはその悪霊の首元。
瞬間、彼は左手の書を閉じると制服の上着の内ポケットへと無理矢理ねじ込んで、猛然と左手で悪霊へと掴みかかっていた。
捻り倒すようにして押さえ込みながら、右手の魔具の切っ先を突きつけつつ水鏡は押さえつけた悪霊を睨みつけた。
「首輪……」
悪霊の首に嵌められた首輪。
銀で出来たソレは、本来
彼らの存在は、捨て犬の霊。そして、捨て犬というのは基本的に首輪を外されて捨てられる事になる。
自然と、その集合体である
にも拘らず、自身が押さえ込んだ
明らかに
目を細め、水鏡は悪霊を捻じ伏せる左手を動かして首輪を掴んだ。
そして、右手の死の国・改によって悪霊の首を刎ね飛ばす。
魔具の効果によって魔法律が発動し、
残ったのは、彼の左手に握られた首輪だけ。
明らかな厄介事が転がり込んできた。水鏡は左手に握った首輪を暫く見つめた後、徐に立ち上がると未だに固まっている四人へと声を掛ける。
「あんまり人気のない場所に行かないこったな。この学校には、コイツみたいな悪霊がウヨウヨしてる。悪だくみも結構だが、命あっての物種って事を忘れるなよ」
それだけ言うと、彼は右手の魔具の刃を柄へと収めて魔具袋の上に差し特に説明もなくその場を立ち去って行った。
後に残った四人は、ただ茫然と目の前で起きた光景を処理できずにフリーズするばかり。
カメラや心霊写真に関するあれこれは、捏造設定でそれっぽく連ねているだけなので話半分でよろしくお願いいたします