ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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「――――おい、少しツラ貸せ」

 

 昼休み。Dクラスの面々の視線は、ある席に集まっていた。

 一人は、赤毛の短髪に三白眼が特徴的な粗暴の男、須藤健。つい最近も中間テストでやらかして、辛うじて首の皮一枚がつながった様な綱渡りをする羽目になった。

 もう一人は、また別の意味で注目を集める灰色頭、水鏡九十九。学力身体能力共に高水準で纏まっているが、クラスへの貢献度は最低限という浮いている立場だったりする。

 そんな二人の接触。注目を集めない方が難しい。

 

「……ちょっと待ってろ。色々片してからな」

「……おう」

 

 机に上に出ていた先程の授業で使ったノートと教科書を引き出しの中へと収める水鏡。

 常の須藤なら、ここで舌打ちの一つもしそうなものだが彼は粛々と相手の準備が終わるのを待つ姿勢を取っていた。

 荷物を収めた水鏡が椅子から立ち上がり、何事か彼が小さく口を動かすと揃って教室を出ていこうとする。

 その須藤の背に彼の友人たちが声を投げてきた。

 

「おい、健!どこ行くんだよ」

「ちっと野暮用だ。先行って、席だけ取ってくれね?」

「お、おう?まあ、良いけどよ」

 

 何でそいつと、そんな疑問が飛ぶ前に須藤の背中は廊下へ消えた。

 残ったクラスには、ざわめきばかりが残った。

 一方で、何となく事情を察した者たちも居る。

 そもそも、クラスで浮いている水鏡に態々話しかける者は殆ど居ない。それこそ、彼の仕事を知る者やクラス分け隔てなく声を掛ける平田くらいのもの。

 様々な憶測がクラス内に芽吹く中、件の二人は階段を登って屋上手前の踊り場にまでやってきていた。

 

「人に聞かせる話でもない、ここら辺で良いだろ」

「……」

「聞き方が分からないなら、俺の方から答えを言ってやる。お前が、つい最近見たアレは悪霊だ」

「悪霊……?幽霊ってか?」

「ああ。泣き犬(レインドッグ)っていう。捨て犬の霊が集まった結果出現するタイプの悪霊だ。名前の由来は、その絶望しきった様な泣きそうな顔と、夜道で泣いているように聞こえる鳴き声だな」

「……」

 

 須藤は、その厳めしい顔に加えて眉根を寄せた。

 お世辞にも、彼は頭がいいとは言えない。元々、バスケットボールにばかりの人生を歩んできた。そのしわ寄せは勉強時間に響いており本人も特に気にしていなかったのだから質が悪い。

 もっとも、ここ最近は更生の兆しを見せている。転機は、中間テストに向けての勉強会。

 結果として、入学した頃と比べて今の彼は考えるだけの素養が出来始めていた。

 

「……他にも、ああいう悪霊?は居るのか?」

「居る。で、その悪霊に対処するのが俺の仕事だ」

「……いつからやってんだ?」

「ここに入学した日からだな」

「……」

 

 絶句、という他ない。

 須藤だけではなく、Dクラスに所属する生徒の中には水鏡九十九という少年に対して良くない感情を抱いている者が少なからず居る。

 理由の発端は、この高校のシステムが明かされた日の彼の態度が気に食わないという物から。

 人は、集団で暮らす生き物だ。故に、その集団の和を乱す様な異分子というものを排斥する節がある。

 実際、水鏡の事を貶して盛り上がった事もある。透かしている、や大人ぶっているといった見方によれば負け惜しみにしか思えない様な傷のなめ合いの中で。

 だが、そうやって(あげつら)っていた相手が日夜あんな怪物(悪霊)を対峙するために動いていたと知った。

 

「……悪かった」

 

 須藤は、深く頭を下げる。

 先の通り、彼は頭が宜しくない。よろしくないが、だからこそ行動は素直だ。

 下げられた頭に対して、困ってしまったのは水鏡の方だった。

 

「あー……、俺は気にしてねぇよ。周りがとやかく言おうが、俺にとっちゃ些事だからな」

「だとしても、何も知らねぇのに決めつけちまった。悪ぃ」

 

 頭を上げない須藤に、水鏡は視線を虚空へと彷徨わせながらうなじを撫でた。

 櫛田のように自身を利用しようとするような輩を嫌う一方で、目の前の須藤のように素直に自分の非を認めた上できちんと筋を通そうとする人間を、水鏡九十九は好ましく思う。

 それはそれとして、面と向かって誠意を尽くそうとする姿勢を向けられるのはおもばゆい。

 

「……分かった、分かった。謝罪は受ける。だから、頭上げろ。尻の座りが悪い」

「おう……山内達にも謝る様に言っとく」

「それは止めろ」

「は?何でだよ」

「何て言って謝らせる気だよアンタ。悪霊退治なんざ、知らないなら知らない方が良いし、現物見てなくちゃ笑い話になるだけだ」

「でもよ……」

「寧ろ、俺としちゃ下手に騒ぎになる方が面倒だ。寧ろ、アンタも悪霊云々は広げてくれるなよ。下手に怖がる人間が増えると、悪霊の方が付け上がる」

「つけあがる……?」

「調子に乗るって事だ。奴らへの一番有効的な対処は、無視する事だ」

「無視?」

「見えない、聞こえない、触れない。奴らにとって、自分達の脅威を感じ取れない人間は面白くないんだ。ターゲットでもない限りな」

「……?」

 

 顔を上げた須藤の頭の上に、ハテナマークが浮かぶ。

 再三再四となるが、彼の頭はお世辞にも宜しくない。彼の教師役を務めた堀北曰く、小学生並みの頭脳レベルなのだ。

 宇宙猫を背負いそうな須藤に、水鏡は頭を掻く。

 

「……まあ、兎に角幽霊は無視するのが良い。少なくとも、ターゲットになってないのならそれだけで身を守れるからな」

「無視すりゃいいのか」

「ただし、自分に何かしらの害が出れば話は別だ。その時は、俺の方に連絡してくれ」

「……良いのか?」

「そういう仕事だ。相手が俺をどう思っていようが、仕事は仕事。そこに感情は必要ねぇよ」

 

 伺うような様子の須藤に対して、水鏡は手を振った。

 誰しも、自身に対して悪感情を持つ様な相手に好意的に接する事は難しい。それは、感情を持つ者ならば当然の事。

 しかし、それはそれとして仕事は仕事と割り切る必要があるのもまた人間社会というものだった。

 難しい顔をする須藤。まだまだ感情的な部分が強い彼にとっては、自制するブレーキの利きが甘い部分があった。故に、水鏡の対応もいまいち納得できないらしい。

 

 だが、ソレが仕事。子供の納得など思案の外である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて放課後。水鏡は、一人応接室へと足を向けていた。

 仕事、ではなく呼び出しである。いや、仕事の一環ではあるのだが。

 

「失礼します」

 

 扉をノックして足を踏み入れた室内。

 中に居たのは、四人の一年担当教諭の面々と、

 

「や、ツクモ君。久しぶり」

「久しぶりだな、水鏡」

「ぺ、ペイジ理事に今井さん……!?な、何で二人がここに?」

 

 ソファに腰掛ける丸い眼鏡を掛けパイプを燻らせる老年の男性と、そのソファの斜め後ろに控えるおかっぱ頭のキリッとした女性の二人。

 魔法律協会の理事を務めるペイジ・クラウス。そして腕利きの女性裁判官である今井玲子。

 何れも、水鏡の顔見知り。因みに、ペイジが彼をツクモと呼んだのは、初対面の折に名前を読み間違えて“九十九(つづら)”を“九十九(つくも)”と読んでしまったから。

 目を白黒とさせる水鏡に、ペイジはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「私たちが受取人だからさ」

「理事が……いや、まあ厄ネタなのは分かりますけど……」

 

 困惑しながらも、水鏡は勧められたペイジが腰掛けるソファの対面の椅子へと腰を下ろした。

 そして、カバンから取り出すのは銀が織り込まれた首輪だ。

 

「これかい?」

「はい。泣き犬(レインドッグ)の首に付けられていた物です。リオ先生には相談しましたけど、どこぞの魔具師が拵えたものじゃないかと」

「ふーむ……これは何とも……」

 

 ペイジは首輪を手に取って、しげしげと眺めた。同じく、彼の背後から首輪を覗き込んだ今井は不快気に眉根を寄せる。

 

「霊を飼育する、か。外法だな」

「ま、人の趣味はそれぞれだしね。問題は、その霊が態々こんな学校に送り込まれた事にある」

「送り込まれた?」

 

 声を上げたのは、何故同席を求められたのか分からないながらも話を聞く立場であった真嶋教諭だった。

 そこで、ペイジの目がチラリと向けられる。

 

「先生方も、ツクモ君について行ってこの学校の惨状を目の当たりにしたんでしょう?正直な所、私もここを直接見て思ったものです。今すぐにでも閉鎖して、全てを更地にする必要がある、と」

「っ……それは……」

「ええ、出来ません。魔法律協会は、立場で言えば公的機関ではなく一非政府組織に過ぎませんので。何より、政治家の方々はそれを許さないでしょう」

「……」

「そして、こちらとしても結論とは言えませんが、今回の件は攻撃であると認識しています」

「攻撃?」

「この首輪は、霊を飼育する、いわば飼うための道具ですからね。使役した霊でこの学校の生徒を襲う。数件ならば揉み消せるでしょうが、増え続ければその限りではない。情報統制にも限界がある。でしょう?」

 

 淡々と言葉を連ねるペイジに対して、四人の教員は顔から血の気が引いていく。

 思い出すのは、今年度の初日。入学式を終えたその日の夜の事だ。

 あの化物(悪霊)が無軌道にではなく、狙いをつけて人を襲う。それも、誰かも分からない悪意によって。

 最悪の状況を各々が想像してしまう中、不意に室内に柏手が響いた。

 

「脅し過ぎです、理事」

「あっはっはっは!いやー、悪いね。反応が良いから、つい」

「全く……」

 

 やれやれ、と首を振った水鏡は顔色の悪い教師陣へと目を向ける。

 

「先生たちも、そこまで心配する事ないっすよ。そもそも、この首輪はそう簡単に量産できるものじゃないんで」

「そ、そうなの?」

「一から呪詛込みで編み上げた下地に、儀礼済みの銀を薄く延ばして裂いて、ソレを再び編み上げて……少なくとも一本作るのに金だけでも車一台は見ておくべきじゃないですかね。期間は……半年に一本?」

「そんなに!?」

「ふふふっ……まあ、そんな所です。ツクモ君も悪いね」

「いや、アンタがいたずら好きなのは知ってますけどね?だからって、素人相手に笑えないのは止めてくださいよ」

「そうだね、そうするよ。とはいえ、攻撃が仕掛けられたことは事実。我々も動いているけれど如何せん人手が足りないのもまた事実」

「結局、出たとこ勝負ですかね」

「そうなるね。ぶっちゃけ、私としてはもう少しこっちに人員を割きたいんだけど……如何せん、物理的な人数はどうしようもなくてね」

「世知辛いっすねぇ」

 

 ヤダヤダ、と二人揃って首を振る。

 気の抜けるやり取りだが、用件はまだ終わっていない。

 

「んんっ!ペイジ理事。まだ用件が残っています」

「あ、そうだったそうだった。いやー、年を取ると物忘れが激しくてねぇ」

「都合の悪い時だけの年よりネタは滑りますよ」

「ぐふぅ……」

 

 今井の呆れた溜息と、水鏡の正論がペイジの胸を貫いた。

 気を取り直して、ズレた眼鏡を戻しながらペイジは少年へと目を向ける。

 

「ツクモ君」

「はい?」

「君、この夏の()()()()をサボる気でしょ」

「げっ……」

「……なに?」

 

 露骨に顔を顰めた水鏡。一方で、ショックから立ち直った教師陣は別の衝撃を受けていた。

 

「何処から、その話を……?」

「蛇の道は蛇、という事ですよ。そちらの()()()()に関する情報は、こちらにも流れてきますからね」

「それは……」

「ああ、心配せずともツクモ君に流す事はありませんよ。その辺りは、こちらも契約を結んでますのでね。ただ、今回は良い機会でもあるのでこの場で言及した次第で」

 

 納得できない表情の教師陣から視線を外し、ペイジは水鏡へと改めて向き直る。

 

「体質上辛いのは分かるけどね。この任務が終われば、君はあちこちに振り回される事になる。意図的に君を危機に追い込む様な輩だっているだろうさ。今の内から、慣れておかないとね」

「ぬぐぅ…………分かってるんすけど……でも…………」

 

 常にない煮え切らない態度。水鏡の表情には、ありありとした嫌そうな内心がこれでもかと表現されている。

 ウジウジと言い淀む水鏡に、ペイジは更に札を切った。

 

「今回は、ビコとリオ君お手製の酔い止めを持たせるからさ」

「むむむ……」

「それに、君にはバカンス先の島でやってほしい事もあるんだ」

「…………任務っすか?」

「そうだね」

「…………そうなると、こっち(学校)が無防備になりますけど?」

「その為に、私たちも来たんだよ」

「あぁ……成程……」

 

 水鏡が、更に萎んだ。逃げ道を完全に潰されてしまったからだ。

 しおしおと項垂れた水鏡に、しかし救いの手が差し伸べられる事はない。

 

「それじゃあ、任務に関しては追々通達が来るからね」

「…………ぁぃ」

「私たちは、先生方との話もあるから君はもう行って良いよ」

「…………ぁぃ」

 

 フラフラと幽鬼の様な格好で立ち上がった水鏡は、そのまま揺らめきながら応接室を出ていった。

 飄々としながらも、力強く悪霊を打倒していた姿を見ていた教師陣からすれば、そんな少年の様子は気にかかるという物。

 その意を代表するように、茶柱が口を開く。

 

「あの、先程の件はいったい……?」

「うーん、そうだね…………ツクモ君の体質の問題、というものですよ」

「体質?」

「ええ。船やら飛行機やらに彼は、ものすごく弱い。しかし、弱いからといってそのまま放置できる問題でもありませんので」

「…………彼は、立場が悪いのですか?」

 

 高度育成高等学校の教諭を務める者たちだ、その頭の回りは決して愚鈍ではない。

 自分達の専門外だとしても情報を繋ぎ合わせれば見えてくるものもあった。

 ペイジはソファに背を預けて大きく息を吐き出す。

 

「ふぅーーー………組織というものは出来上がった時点は兎も角、時が経てば一枚岩ではなくなっていくというもの。皆さんもお判りでしょう?」

「…………」

「ツクモ君は、出自がそもそも悪い。魔法律協会からすれば厄ネタでしかない。それでも、こうして協会の外に出られるのはその実力に因る所が大きい」

 

 ペイジが思い出すのは、数年前。とある怪人が引き起こした争乱の折の事。

 結果的には、体制側の魔法律協会が勝利した。失うものも多かったが、得たものも多かった戦い。

 その先で、水鏡九十九は保護された。より正確には、養父から放り出される形でペイジへと預けられ、更にそこからMLSへと放り込まれた経緯がある。

 

「あの子には、魔法律家として以上に人として強くなってもらわなくては。人間関係に揉まれる事も、勉強勉強」

 

 そう言って、ペイジ・クラウスは微笑むのだった。

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