ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 青い空、白い雲。はるか先まで広がる水平線。

 

「おえっぷ…………」

 

 顔面蒼白でベッドに転がった、死に体(水鏡九十九)

 

 豪華客船“Speranza”。高度育成高等学校一年生が乗せられた貸し切りの大型船だ。

 生徒にはそれぞれに個室も与えられるが、それ以上に船内設備が全て無料で堪能できるというのは最早破格を通り越して馬鹿の所業ではなかろうか。

 

「み、水鏡君。これ、お水」

「おー…………悪ぃ………」

 

 死にそうな声で答える少年へと水の入ったボトルを差し出したのは、佐倉愛里。

 彼女だけではない。水鏡に割り振られた部屋には、何人も出入りしている。

 原因は言わずもがな、船が出港する前から顔色最悪であった水鏡九十九へのお見舞い兼その介護にある。

 

「佐倉も遊んできて良いんだぞ……うっぷ」

「う、ううん!大丈夫だよ。その……長谷部さんが渡してくれたの」

「………そうか」

 

 完全にグロッキーになっている水鏡は、それ以上の追及をしない。

 

 この船旅が始まってすぐに、水鏡九十九は自身の割り振られた船室に引きこもってしまっていた。

 原因は、乗り物酔い――――ではない。体質的な問題ではあるが、彼の三半規管はクソ雑魚ではない。

 本人も、この不調の原因は理解しており、だからこそ何かしらの理由を付けてこのバカンスを欠席したいと考えていた。

 因みに、彼の変調はこのバカンスが始まる数日前から見られていたりする。

 具体的には、唐突に難しい顔で黙り込んだかと思えば、重苦しい溜息を吐き出す。同じ場所を何度も何度も往復する。教師陣に何かしらの交渉をして却下を食らい、すごすごと戻って来る。

 その理由も、今この状態を見せられたならば知り合いたちもある程度察する事が出来た。

 

 顔色を悪くして呻く少年を眺めながら、しかし佐倉愛里は彼の不調の理由を問おうとはしなかった。

 気にはなる。だが、その一方で自分が踏み込んではいけない世界というものが存在する事を知っている以上、不用意に聞く事は精神的に避けたい事だった。

 何より、佐倉は水鏡の事を信じている。

 語らないのなら、聞かない。それだけだ。

 

「ッ……!な、何だろう?」

「…………」

 

 佐倉が肩を跳ねさせる。

 船内に響き渡る、放送前の独特なハウリング音。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間御座いましたら、展望デッキへとお越しください。まもなく、島が見えてまいります。非常に意義のある光景をご覧いただける事でしょう』

 

 そんな放送。

 驚いている佐倉の一方で、顔色を悪くしながら天井を睨み上げた水鏡は少し前の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――封印されている霊?」

「そうだよ。君達が特別試験に向かう島は、元々は本当に無人島でね」

 

 夏休みに向けて、特別に割り当てられた職員寮の一室にて水鏡九十九は手に持った資料に首をかしげていた。

 個人的に持ち込んだ揺り椅子に座り、パイプを燻らせるペイジは神妙に頷くと事の仔細を語るべく口を開く。

 

「時は、慶長五年。天下分け目の関ヶ原にて東軍と西軍が睨み合っていた時の事。場所は変わって京都にて、とある事件が起きたのさ」

「事件?」

「元々、豊臣秀吉が没した後から緊張状態で、良くないものを招きやすい環境が出来上がってたんだよね。で、そもそも京都っていう土地柄自体が霊地みたいなものだし、首塚もあるしさ」

「…………で、暴れた霊が居た、と」

「まあ、端的に言えばそう言う事だね。結果的には、京都近郊で力を持っていた陰陽師の家々が対処にあたって封印措置。件の無人島に社を立てて封印する事になった」

「へぇー……ん?なら、おかしくないですかね。その島の持ち主は、陰陽方では?」

「うーん、その辺りは少し難しくてね。要は、魔監獄と同じさ。物理的な干渉を断つために、島そのものを秘匿して誰も所持しないという形で檻にしたんだ。定期的な封印の重ね掛けも徹底した隠密の中で行われてさ。ただ、」

「ただ?」

「残念ながら、年々陰陽師の数は減っていく一方で、最終的には末代だった一人が一際強力な封印を掛けて、資料そのものを大半焼失させて島そのものを完全に隠してしまったのさ」

「…………いつの時代も、霊関係の人間は覚悟決まりまくってますね」

「はっはっは、まあね」

「笑い事ではないでしょう」

 

 空笑いするペイジに、ピシャリと今井の言葉が飛んだ。その手には、湯呑が三つ乗ったお盆が支えられていた。

 

「水鏡も、危険な時には直ぐに応援を要請しろ」

「え……いや、俺が危険な状況ってよっぽどじゃありません?」

「だとしても、だ。分かったな?」

「うっす」

 

 念を押してくる今井にこれ以上反論できず、水鏡は頷いた。

 実際問題、水鏡が追い詰められるような案件の場合に対応できる魔法律家など片手の数ほどしか居ない。

 それでも、彼はまだ十五歳だ。成人を迎えていない、子供なのだ。

 今井の念押しは、彼女の大人としての意地であり、魔法律家の先達としての矜持でもある。

 少なくとも、子供が命を懸ける瞬間に陥る前に、まずは自分が命を懸ける。そんな一人の大人としての覚悟があっての言葉。

 

 その辺りの機微をいまいち理解していない為に首を傾げる水鏡に、ペイジは笑みを浮かべた。

 

「今井君じゃないが、私としても彼女の言葉には賛成だよ。無理はしない事、ちゃんと頼る事。忘れないように」

「…………うっす」

「よろしい。それじゃあ、さっきの話の続きをしようか。島での封印が行われたのは、およそ150年前。そこから暫く島の情報は途切れるんだけど、転機は技術水準向上による領海内での調査が行われた事にあるんだ」

「成程。つまり、そこで島が見つかったと」

「そうだね。厄介な事に、社こそ建っていた物のその他は手つかずの無人島。地権者は居ない上に、そもそも再発見されるまでその存在を完全に抹消されていたんだから文字通り誰のものでもなかった。唯一の幸いは、その発見した人たちの中に、この手のオカルト関係で伝手を持っている人が居た事かな」

「そこで、社に封印されてる悪霊を見つけた、と?」

「正確には、厳重封印の社を見つけた、だね。ぶっちゃけ、中身は悪霊もしくはそれに類する存在、程度しか分かって無いんだ」

「…………で、俺と」

「異能関連なら、君が一番相性が良いのは確かだからね。勿論、無理そうならそれはそれで良いんだ。最低限、情報があればそこから対処のしようもある」

「……まあ、了解です」

 

 仕事は仕事。頷いた水鏡。

 間が空き、ペイジと水鏡は出された茶へと口を付けた。

 

「「!?」」

「む、どうした二人とも」

 

 不思議そうな顔をする今井だが、二人にその顔を指摘する余裕はない。

 

「「渋っっっ!?」」

「ええ!?」

 

 今井の淹れるお茶は、咽るほどに渋かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物検査を終えて、一年生たちは揃って島へと降り立った。

 ざわめきの中で、彼らの前に立つのは真嶋教諭。

 

「注目。今日の良き日に、こうしてこの場所に無事に辿り着いた事を先ずは嬉しく思う。故に、一名の病欠がある事が残念でならない」

 

 そこで言葉を切り、全員が聞く姿勢を保っている事を確認し再び口を開く。

 

「ではこれより――――本年度最初の、特別試験を執り行う」

 

 思わぬ言葉に、動揺が広がった。

 大多数が、バカンスという言葉を鵜呑みにした上で更に一日豪華客船で楽しんだのだから当然と言えば当然の反応だろう。

 しかしその一方で、一握りの生徒たちは状況証拠などから何かがある事は予期していた。その面々には動揺は見られない。

 動揺が少し落ち着いた所で、真嶋教諭は再び口を開いた。

 

「試験内容は、これより一週間でのサバイバル。クラス一丸となって課題に当たってほしい。ルールの詳細は各クラスの担任より行われる。確りと聞くように」

 

 その言葉を受けて、クラスごとに自然と分かれた。

 そんな中で、水鏡は船の上に居た時とは見違えるほどに体調を戻していた。具体的には、大きく伸びをして、土気色だった顔にも血色が戻ってきている状態。

 だが、その内心では首をかしげてもいた。

 

(人工的な無人島、か……)

 

 自然が溢れ乍ら、その一方で不自然なほどに人の手が入った環境。

 厳しいのか、厳しくないのか。そんな事を考えながら、担任の言葉に耳を傾けるのだった。

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