ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 職員室でのやり取りを終えて、結局鍵を手に入れられなかった水鏡が向かったのは自分の寮の部屋。

 確認するのは、防犯カメラその他の有無。

 

(流石にプライベート空間は保たれてるか)

 

 監視のオンパレードでも、それでも多感な年ごろの子供たちの最低限の自由だけは守られているらしい。

 これ幸いと、水鏡は部屋に鍵を掛けて備え付けのテーブルの上に今夜使う道具“魔具(まぐ)”の確認を行っていく。

 

「ペンは……大丈夫か。煉の練りも問題ナシ。札は……一応十五枚。魔除け小太刀と破魔丸、破魔帯。後は……」

 

 使える品を幾つも取り出して、魔具を運ぶためのポーチ型魔具袋に収めていく。その際に検品する事を忘れてはいけない。

 そして、最後に手に取るのが一冊の本。

 水色の表紙は、横11センチ、縦30センチと妙に細長い。

 それもその筈、コレは通常の本ではなく折り本と呼ばれる横に長く長く繋ぎ合わせた紙を一定の間隔で折りたたんで蛇腹状にしたものだからだ。

 魔法律書と呼ばれるもので、これこそが執行人を執行人足らしめる魔具。

 執行人毎にその形状は千差万別であり、オーソドックスなのはハードカバーの洋書型。和書の型もある。珍しいものだと、杖や銃などもあったりする。

 腰に魔具袋を付けて、その隣に提げるようにして魔法律書を垂らす。

 因みに、昼間はカバンの中に放り込んでいる。流石に日常的に持ち運ぶには目立ちすぎるからだ。魔具袋の方は身に付けているのだが。

 

 そこから部屋を後にして始めたのは、校内探索。

 高度育成高等学校は、生徒が自由な出入りを禁止した陸の孤島だがその内部は生活するには困らない施設を有している。

 ポケットに手を突っ込んで、水鏡は霊痕を追って歩き回っていた。

 

(多いのは、やっぱり校舎か。逆に、ショッピングモールやコンビニ、スーパーの類はそうでもない。少なくとも、そこらにある場所とほぼほぼ変わらないな。気になるとすれば、防犯カメラだがこれも施設準拠か)

 

 あくまでも流し見た感想だが、水鏡としては一安心の情報だった。

 問題となるのは、やはり校舎周辺。

 校舎そのものの外観にもべっとりと霊痕がこびりついているのが確認でき、ソレは各教室の窓の外から壁を伝っていた。

 壁を一通り見て確認し、次に向かったのは特別棟。

 

(……成程、こっちは防犯カメラが無い。意図的だな)

 

 露骨に数の減ったどころか、ゼロとなった防犯カメラたち。

 同時に、彼の嗅覚が異変を察知する。

 

「生臭い……霊燐(れいりん)か」

 

 霊燐とは、地縛霊などが放出する濃度の濃い霊気の事。独特なニオイがする上に、この霊燐が濃い場所では死体の霊化が速まってしまうという特性がある。

 ニオイを追って、水鏡の足が向かったのは特別棟の中でも二階の最奥。

 敢えて教師の目を排してある場所だからか、自然と人の目が届かない場所が出来てしまう。

 そこは、本来ならば閉め切られている筈の空き教室の一つ。

 

 その扉が僅かにだが開いている。そして、その空いた隙間の先はまるで真っ黒なインクを零してしまったかのように真っ黒だった。

 

 霊と一概に言ってもその行動パターンはいくつか存在する。

 一つ目は、広いテリトリーを持ってその中に入り込んだ者を無作為に襲う場合。このタイプだと、無作為ではなく一定の年齢、或いは性別、住んでいる地域、果ては名前など様々な理由から狙われる者が絞られる場合もある。

 二つ目は、待ち伏せて今か今かと罠を張って待ち受ける場合。狙う範囲は狭いが、裏を返せばその範囲内に入ってしまうと実力者でも一方的にやられる場合がある。

 三つ目は、徘徊型。これは一切のテリトリーを持たず流されるままに動き回り人を襲うパターン。質が悪いが、動き回るという事は自然と魔法律家にかち合う場合も珍しくないため意外に脅威とならない場合がある。

 

 今回、この空き教室に巣くっているのは二つ目の場合だろう。トリガーは、扉へと手を掛ける事か、或いは教室その物に足を踏み入れるか。

 

「……」

 

 水鏡は、端末で時刻を確認する。

 現在16:00前。あと4時間ほどで、約束の時間だ。

 徐に、水鏡は左手で腰の斜め後ろに吊り下げた魔法律書を手に取った。

 開かれる。

 

「霊燐の量と気配でよく分かるぜ?お前、大分()()()()()?前任が対処しきれねぇから、この場所に足を踏み入れないように言い含めてたから、腹が減ってるって訳だ」

 

 水鏡の独り言の間にも、独りでに動くのは彼の魔法律書。

 蛇腹折にされたページが広がっていく。そして、その開かれたページは宙に留まり、幾何学模様を描く一つの折り目の上に光が灯った。

 

「罪には、罰だ。確り、反省して来い」

 

 水鏡九十九は容赦しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて、夜。

 ()()()一年担当教師陣は、校舎の生徒昇降口の前へと向かっていた。

 

「んふふ、佐枝ちゃん楽しみだったりする?」

「浮かれるな。求められるのは、正しい評価だ」

「まっじめ~♪真嶋君たちも来るとは思わなかったけど」

 

 星之宮が水を向けるのは、二人の男性教諭。

 Aクラス担当の真嶋教諭とCクラス担当の坂上教諭だ。

 

「理由はどうあれ、女性だけで立ち会わせる訳にもいくまい?」

「何より、理事長自らが特例で入学させた生徒の一人ですからね。こちらとしても気にならないと言えば嘘になりますから」

「うんうん、やっぱりそうだよね。佐枝ちゃんも素直に、幽霊が居るのか気になる!って言っちゃえばいいのに」

「……ふんっ」

 

 緊張感のない会話を交わしながら、果たして辿り着く生徒昇降口。

 その前に、校舎を見上げるようにして四人に背を向けて赤いブレザーの生徒が立っていた。

 

「水鏡」

「こんばんは、茶柱先生……増えてますね」

「Aクラス担当の真嶋だ」

「同じくCクラス担当の坂上です」

「水鏡九十九です。よろしくお願いします、真嶋先生、坂上先生」

 

 振り返った水鏡は思いの外礼儀正しく頭を下げる。処世術は大切だ。

 さて、このまま幽霊退治、とはならない。水鏡が手を挙げて注目を集めた。

 

「先生方には、これから守ってもらう幾つかの約束があります」

「必要な事か?」

「はい。守ってもらえないと、最悪死ぬので」

「……え、死ぬ?」

 

 アッサリと告げられた言葉に理解が追いつかないのか、星之宮が首を傾げる。他三人も似たり寄ったりの反応だ。

 現代日本において、命の危機というものを実感する瞬間は多くない。身近なら、交通事故などだろうか。

 だが、水鏡が生きる世界は、そう言う世界だ。命のやり取りがどんな場面でもついて回る。

 

「一つ、俺の指示に従ってください。隠れろと言ったら、隠れて。逃げろと言ったら遮二無二逃げてください。教師とか大人の矜持とか全部捨てて、ただ只管に逃げてください。例え、この場の五人の誰かが死にそうな目に遭ったとしても」

「……冗談にしては、いささか過分だな」

「冗談じゃありません。二つ、俺より前に出ないようにしてください。基本、俺が先導します。先生方は二人並んで二列になってください」

「……一列ではないのは、理由が有るのか?」

「一番後ろの人が消えても気付けないからです。三つ、質問には出来る限り答えます。でも、守秘義務関連には答えられないのでその点は留意してください」

 

 淡々と要点だけを詰めて以上です、と水鏡は手を下した。

 教師陣は、何も言えない。普段は茶化す星之宮すら、パクパクと金魚のように口を動かすだけで言葉としてそこから飛び出してくるモノは無かった。

 今更ながら、自分達がいったいどんな場所に足を踏み入れてしまったのか理解してしまったが故に。

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