ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 夜の校舎は、昼間とは全く違う顔を持つ。

 

「――――『退魔封殺の術』」

 

 扉の前に立って、“魔封じのペン”と呼ばれるペン型の魔具を用いて札に術を書き込み、コレを張り付ける事で封印を施す。

 作業する水鏡の後ろでは一塊になった教師陣が居た。一様に顔色が悪いのは、夜闇のせいだけではないだろう。

 

「あ、あの、水鏡君?」

「何ですか?」

「さっきから、何してるのかなって……」

「扉の封印です。あちこちから出て来られても困りますし、相手の出てくる経路を限定すれば対処しやすいんで」

「……それはつまり、複数体幽霊が居るという事か?」

「ここは違います。デカいのが居るだけですよ」

 

 真嶋の問いに答えながら、封印が施された事を確認して水鏡は振り返った。

 その言葉の含みに、彼らも気付く。

 

「こ、ここは……という事は他にも居るという事ですよね?」

「はい。この学校、霊の煮凝りみたいになってますから」

「……冗談よね?」

「生憎と和ます小粋なジョークは持ち合わせてませんから」

 

 真面目な表情の水鏡に、星之宮も二の句が継げない。

 彼女はつい数時間前の自分をぶん殴りたくなっていた。あの時下手に絡まなければ、今この瞬間知りたくもない情報と腹の底から震えてくるような怖気を知る事も無かったのだから。

 ただ、悲しいかな本番はこれから。

 向かったのは、Dクラスの教室前。

 

「先生、鍵いいですか?」

「あ、ああ……」

 

 顔が青白い茶柱から鍵を受け取り、水鏡は扉を開けた。

 昼の騒がしさなど何処へやら。静寂が耳に痛いほどに静まり返った教室がそこにはある。

 

「な、なにもいない?」

 

 拍子抜けしたように呟く星之宮。

 だが、その楽観は直ぐに消し飛ぶ。

 

「来た」

「「「「ッ!?」」」」

 

 うなじの毛が逆立つ。体の芯から震えてくる怖気と、吐き気がこみあげて来そうな生臭いニオイ。同時に、異様に冷えていた。

 時は四月。肌寒い日があるにはあるが、それでも真冬の冷たさには劣るだろう。

 だが、今この瞬間は違う。まるで冷凍庫を開け放ったかのような冷たさがそこにあった。

 

 果たして、異変はやって来た。

 

 最初に現れたのは、手だ。人の手。それが窓の外から下枠から伸びてきた。

 指が窓枠に掛けられ、力が籠められる。手は、一本だけではない。

 二本、三本、四本、五本、六本、七本――――まるで這い上がってくるように幾つもの手が窓枠に掛けられ、そして、

 

「ひっ――――!」

 

 星之宮の喉が鳴った。

 幾つもの腕に引っ張り上げられるようにして現れたのは、細長い何か。

 体構造はムカデに近いか。あの無数に蠢く足が、全て人間の腕に置き換えられ黒々とした堅牢な骨格がぶよぶよとした弛んだ青白い肉となっている。

 目を引くのは、その頭部。鬣のように生えた長い黒の髪の毛と、その下に浮かぶのは苦悶の表情を浮かべた人の顔だった。

 異形は、顔を窓ガラスに押し付けると、そのままズルリと教室の中へと入ってきた。

 幾つもの腕がベタベタと机の上を伝うようにして這いずる。

 大きい。全長だけでも十メートルは軽く超えているだろう。

 異形は、教室の前の入り口に立っている水鏡たちに気付いていない。何故なら、異形には眼球が無く、代わりにぽっかりと眼窩の部分に大きな穴が開いておりそこから血涙を垂れ流しているから。

 

「……悔しい」

 

 ぽっかりと開いた口から零れる言葉。

 

「何で」「嘘つき」「騙された」「こんな事なら」「嘘だ」「ふざけるな」「ああ、嫌だ」「何で」「退学」「騙された」「殺してやる」「嫌だ」「許さない」「赦さない」「ユルサナイ」

 

 頭部と思しき部分だけではない。細長い水死体のような青白い肉の表面が変化してシミュラクラ現象の様に黒い穴が三つ現れてあちこちから恨み言が垂れ流されていく。

 異形は、その長大な胴体を教卓へと絡みつかせると、その体で締め上げながら只管に罵り続けていた。

 

「あ、アレが……幽霊なの?」

「そして、先生方の罪の形ですけどね」

 

 星之宮の呟きに返ってきたのはそんな言葉。

 ギョッと視線が少年の背に集まる。

 

「逆に聞きますけど、先生たちは恨まれてないとでも?」

「……どういう意味だ」

「そのままですよ。この学校、謳い文句としてほぼ百パーセントの進路希望に応えるなんて言ってますけど、それが果たされるのはAクラスだけですよね?そりゃあ、入ってきた生徒たちにしてみれば詐欺そのものだ」

「それをどこで知った、水鏡……!」

「何処も何も、俺は依頼を受けてこの学校に来たんですよ?ある程度の情報は自由に知れます」

 

 驚愕する四人を振り返る事無く、水鏡は混ざりに混ざってしまった悪霊を見やる。

 

「元々、この学校は場所が悪いんですよ。墓地を潰したのか埋め立ての時に変な所から土を持ってきたのか、兎に角霊の温床になってる。オマケに内部実施されてるのは謳い文句とは程遠い学校方針。先生方は学校の方針通りに動いてるだけでしょうけどね、ここに入学した生徒からしてみれば堪ったもんじゃないですよね」

「……それが、実力主義というものだ」

「詐欺を辞めろって言ってるんですよ、俺は。そりゃあ、この内部事情を知れば受験生はガッツリ減るでしょうよ。でも、騙される人間が減れば、それだけ未来が潰される人間も減るってもんでしょ」

「……」

「家の事情で藁にも縋る想いでこの学校に入学して、待ってたのは嘘。失意のままに学校を去った生徒がその後どうなると思います?アレですよ」

 

 水鏡が顎で示す、現実。

 一応、退学者には他高校への編入試験を受けたりすることも可能だ。誓約書を書いて、校内の秘密を外に漏らさないという約束は必要になるが。

 だが、先の通り已むに已まれぬ事情でこの学校へと進学を目指した生徒だっていた筈なのだ。

 学費だったり、家の事情だったり。そんな彼らが、真面に他の高校に編入できるだろうか。中卒で社会に放り出される者だって居ただろう。

 

 その中には、人生そのものに絶望した者も居た。

 

「さて、と」

 

 話は終わり。ここからは、仕事の時間だ。

 教室へと足を踏み入れる水鏡。瞬間、ぶつぶつと呟かれていた恨み言がピタリと止まった。

 耳に痛い静寂の中で、ゆっくりと巨体が動く。

 

「せんせい?」

 

 黒い穴が、教師を見つけた。

 

「先生」「せんせいだ」「先生!」「先生」「何で……」「先生」「退学」「嫌だぁぁあああ!!」「先生」「先生」「先生」「先生」

 

「「「「先生」」」」

 

「~~~ッ、うわぁあああああああああああ!?」

 

 瞬間、坂上は逃げ出していた。

 耐えられなかった。あの幾つもの黒い眼球の無い眼窩で見つめられた瞬間、情けない声を上げて逃げるしかなかった。

 彼だけではない。顔を真っ青にした星之宮も逃げ出していた。

 二人が逃げたのを確認して、水鏡は眉間にしわを寄せる。

 

「チッ……面倒な」

 

 魔法律書へと伸ばしていた左手の行く先を魔具袋へと変えて、そこから取り出すのは小さな紙の包み。

 グッと握り込んでから、悪霊に向けて投げつける。

 

「『邪祓塩の術』」

「ギッ!?」

 

 投げつけられた包みは、空中で開放。その中身である塩を悪霊へと向けて大きく降らせた。

 瞬間、悪霊は不自然に硬直する。

 

「それじゃあ、二人を追いましょうか」

「……っ、あ、ああ……」

「アレは、一時しのぎですよ。直ぐに動き出してこっちを追ってきます。とりあえず、グラウンドへ行きましょう」

 

 固まっていた二人の背を押して走りださせて、チラリと水鏡は硬直した悪霊を見やる。

 同情は無い。教師たちを責めた言葉は割と本心だが、それはそれ。誰かを傷つける意思を持つ時点で、水鏡にとってその霊は、等しく悪霊であるから。

 

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