ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 月の輝くグラウンド。

 荒く息をついてへたり込んだ大人たちが居た。

 

「はぁーっ……!ふぅー……!……げほっ、えほっ!」

 

 咳き込むのは座り込んで荒く息を吐く星之宮。

 彼女の側では、坂上が四つん這いになって息を吐き出していた。

 二人だけではない。真嶋と茶柱も座り込んではいないものの荒く息を吐いて空を見上げたり、膝に手をついて咽ている。

 

「体力ないっすね、先生たち」

 

 飄々とした態度で、最後に戻ってきた水鏡。息の一つも乱れていない。

 補足をすると、大人組がここまで疲れているのは恐怖のままに逃げてきたからだ。恐怖は人の体を竦ませて、必要以上の疲労を齎す上に、呼吸すらも儘ならなくなる。

 

「ッ、はぁ……はぁ……水鏡」

「何ですか?」

「お前は……あんなものをどうやって退治するつもりなんだ?」

「ソレを、今から見せるんですよ」

 

 肩で息をする茶柱に、水鏡がそう返す。

 同時に、何かが高速で張ってくる嫌な音が彼らの耳に届いた。

 バタバタと騒がしさがありながら、同時に水気を含むその音は生徒昇降口の方から聞こえてくる。

 

「先生」「先生」「せんせー」「せんせ」「せ、先生」「先生」

 

 身体全体の口という口から先生という単語を呟き続け、悪霊が追ってきた。

 悪霊を見据えて、水鏡は左手で魔法律書を手に取る。

 

「さて、折角外に出たんだ、派手にやろう」

 

 両手で表紙と背表紙を掴むと、蛇腹折になっている中身を一気に開くようにして左右に引き延ばした。

 左右に開かれた魔法律書は両手が離れても空中に留まり、独りでに動くと水鏡を囲むようにして円を描く。その表面と裏にびっしりと浮かんだ幾何学模様にも見える文字の羅列が赤く光り、そこで初めて悪霊は自分の前に立つ少年を認識した。

 ただ、認識しようともその行動は変わらない。夥しい数の腕を伸ばして、教師へと縋ろうとするだけだ。

 

「俺の魔法律は少し特殊でな。罪状の種類は関係ないんだ」

 

 浮かんだ魔法律書の上に、水鏡の左手が翳される。

 その掌と、ページの間に光の球が現れた。

 

「――――轟き墜とせ『雷獄童子(らいごくどうじ)』」

 

 一際強く光が輝き、水鏡の隣に紫電の輪が走った。

 紫電の輪は回転しながら地面へと降りていき、触れた瞬間、大きく広がる。

 この輪は、出入り口だ。地獄から、この世に蔓延る霊を叩き落すためにやってくる使者の為の出入り口。

 飛び出してきたのは、巨大な存在だった。

 全身が電気で構成されている煌々とした四本腕の巨人。ずんぐりむっくりとした体格でラッキョウ頭。全てのパーツが人間の数倍はあり、正しく怪物。

 耳まで裂けた口。目には瞳孔が無く、代わりに爛々とした光が灯っている。

 

バル ゼルルバ(ご用命を) ボルバル(我が主)

ガルギルルグ(その霊を) グルギギガルゴ(木っ端みじんに叩き潰せ)

バルゼル(拝命した)

 

 常人が聞いても意味の分からない言葉による会話が成されて、使者が動く。

 猛然と悪霊へと襲い掛かり、放つのは四本の腕から放たれる怒涛のラッシュ。

 

「ぎゃがべらヴべぼらばでぃぶべ!?」

 

 動く事も抗う事も許さない。拳の雨は、瞬く間に悪霊の体を飲み込んでいく。

 まさかの光景に、教師陣は目を白黒させる。

 彼らのイメージとしては、こう数珠などを用いてお経を唱えたり、教室の扉を封印したような札による除霊を想像していたのだ。

 それが、蓋を開けてみれば怪獣映画染みた光景が目の前にある。

 この間にも悪霊は叩き伏せられ、元々の水死体のようだった白いブヨブヨとした肉が叩き潰され、夥しい数の手足は原形を留めていない。

 

「せ…せ……」

 

 何やらかすれた声で呟く悪霊だが、その中身はよく聞こえない。

 叩き潰された悪霊へと使者(雷獄童子)は四本の腕を伸ばす。

 

ガルガ(喰らえ)

「バル」

 

 頂戴な悪霊の体が、四本の太い腕によって圧縮され丸められ、二つの手で掴めるほどの大きさとなる。

 そこで、使者は大口を開けると徐にその塊を飲み込んでしまうではないか。

 雷獄童子の強みは、その巨体とそこから放たれる打撃だけではない。寧ろそれらは、あくまでも肉体のスペックを振り回しているだけ。

 真の能力は、その口内から雷雲による雷を放つ事。そして霊を喰らう事が出来る。

 もっとも、後者は他の使者も行えることだが。

 悪霊が消えて、使者は一度水鏡へと振り返ると小さく頷いてからその姿は虚空へと消えていった。

 全てが終わり、独りでに元の形へと戻った魔法律書を魔具袋の隣に提げ直して水鏡は大きく伸びを一つ。

 

「ふぅ……あ、先生方。終わりましたよ」

 

 振り返れば、ポカンとした大人たちの表情があった。直ぐには動けそうにない。

 ポリッと頬を掻いて水鏡は右手を腰に当てる。

 

「聞いてるか分かりませんけど、後々質問攻めも面倒ですから先に説明します。さっき現れた存在は、地獄の使者です。俺の使う霊を裁くための手段、魔法律を執行するために契約した存在ですね。ああ、地獄は存在しますよ。この人間が住む現世から幽世(かくりよ)を挟んで地獄、といった構造です。穴掘っても辿り着く場所じゃありませんけどね」

 

 情報量で殴っていくスタイル。

 唖然としながらも、ぶつけられた情報が冷や水になったのか比較的混乱の薄かった真嶋が再起動を果たす。

 

「水鏡」

「はい?」

「君以外にもその力を使える者は、居るのか?」

「ええ、勿論。俺は、その魔法律協会から任務という形でこの学校に入学してますから。ああ、魔法律協会といっても全員が霊を裁けるわけじゃありません。階級があるんです」

「警察のようなモノだろうか?」

「ええ、そうですね。最上位の執行人、次位の裁判官。そこから裁判官補佐、一級書記官、二級書記官といった流れです。この中で、直接霊を裁けるのは、執行人だけ。俺はこの階級に当たります」

 

 補足をすると、同じ執行人といえどもその実力には個人間での大きな隔たりがある。

 本来、地獄から使者を召喚する事は、力を認められた執行人でもそう簡単出来るものではない。彼らは、何も善意やボランティアで現世に現れている訳ではないのだから。

 その点、水鏡九十九の持ち合わせるポテンシャルは平均的な執行人を逸脱している。

 

「……任務というのは……」

「さっきの通り、この学校に巣くってる悪霊を地獄へと叩き落す事ですね」

「成、程……君への特別措置はそう言う事か……」

 

 水鏡九十九への特別措置。それは、彼の上げた報告書により振り込まれる報酬をポイントとして彼に還元する事。

 一年の担任達は何れも、何故この一人だけを特別扱いするのか、と疑問を抱いた。それが理事長命令、ひいては()()()()()の指示であったとしても、だ。

 だが、もはや疑うべくもない。学校には、悪霊(化物)が蔓延っている。そして、それらに対抗できるのは目の前の少年だけ。

 もっとも、当人は腫れもの扱いを望む訳ではない。

 

「俺への対応は、他生徒と同じで良いですよ。ペナルティを科されても、それが自業自得なら甘んじて受けますし、連帯責任ならそれも仕方がない。寧ろ、下手な優遇は俺の学校生活に宜しくない」

「……良いだろう。少なくとも、私はお前を贔屓しない。それで良いんだな?」

「寧ろ、当然では?ああ、勿論日常的な違和感を覚えて話を持ってくる分には大丈夫ですよ。それは、俺の仕事の範疇ですから。寧ろ、下手に隠さないでください」

「理由を聞こう」

「病気と一緒です。ただの風邪と侮って肺炎を患うように、ちょっとした障りを放置した結果最悪の事態を引き起こす事も珍しくない。過去の事例ですが、小さな半霊だと思われていた存在が、日本を滅ぼしかけた事もある」

「ッ、そんな話は聞いた事が無いが?」

「当たり前ですよ。先生たちだって、今回こうして直に霊という存在を目撃するまで信じて無かったじゃないですか。幽霊に国が滅ぼされるなんて言っても、誰も信じませんよ」

 

 水鏡の言葉を否定できる者は、この場に居ない。だって、あんなもの(悪霊)はそれこそホラー映画や心霊特集などでしか見た事無いのだから。

 それでも、懸念は残る。

 

「水鏡……お前がその力を使って他人を傷つける事は無いのか」

 

 茶柱の懸念。

 使者の暴れっぷりは、凄まじいものがあった。それこそ、銃火器の類よりも遥かに。

 そして、彼女抱く懸念は水鏡としても理解できるところ。

 

「その点は、心配いりませんよ。契約によって協会からの決まりもありますし、破れば協会を追われる事になります。そのまま処刑されますし」

 

 アッサリと爆弾を彼は投げ放った。

 魔法律家の命は、世間一般から見ても()()。それは、霊に対して刑を執行できる執行人であったとしても変わらない。

 世間一般的な倫理観は持っている。()()()()()()()()()()

 話が一区切りついて、水鏡は端末で時間を確認する。

 

「っと、それじゃあ俺は札を剥がしてきますんで。先生たちも帰ってもらっていいですよ」

「え゛っ」

 

 声を上げたのは、星之宮。先ほどまで酸欠で蒼くなっていたのとはまた違う、顔色の悪さ。

 

「み、みみみ水鏡君!?」

「何ですか?」

「何ですか、ってこの学校には他にもあんな化物が居るんでしょ!?守ってくれないの!?」

「?先生たち、今まで出くわした事が無いんですよね?つまり、そう言う事ですよ」

「どういう事!?」

「……要は、今まで通りに我々も過ごせば良い訳だ。前任であるあのご老人が日夜我々を守っていたとしても、ソレを差し引いても我々はあの悪霊とやらに出会わなかった。つまり、余計な事に首を突っ込むような事をしなければ良い、という訳だろう」

「その通りです。このまま先生たちが真っすぐに自分たちの部屋に帰れば、特に何もないでしょう」

 

 それじゃ、と水鏡は踵を返して校舎へと足を向ける。

 

 こうして慌ただしい夜は、終わりを告げた。

 だがこれは、単なる始まりに過ぎない。

 まだまだこの土地には、多くの悪霊が蔓延っているのだから。

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