ようこそ魔法律のお時間です 作:ビサイ
入学二日目。既に、Dクラスは学級崩壊という有様だった。
遅刻もそうだが、授業中の私語などは当たり前。携帯を弄り、居眠りで丸一時間潰れる事もしょっちゅう。
そんな彼らを助長するのが、教師陣が誰も彼らを咎めない事だろう。
ただ、この学校の仕組みをある程度把握している水鏡からすれば、憐れという他ない。
(小学生か?というか、もし仮に自分達が望む進学先とか就職先を与えられても、直ぐにドロップアウトしそうな奴らばっかりだな)
授業を聞きながら、水鏡は騒ぐ者達をそう評する。
そう。確かにこの高校は、望む進学や就職をほぼ百パーセントで達成させると謳っているが、その後に関してはノータッチなのだ。
そこを彼らは理解していない。いや、そもそも頭の中にすら無いだろう。
とはいえ、水鏡が彼らを勉強面その他で助ける事は無い。無論、霊関連ならば助けるが、それ以外の事で彼らが苦労しようとも、最悪退学に成ろうとも知った事ではない。
(昨日のあの手の悪霊は、
考えるのは、今後の事。
現状、水鏡が取れる手段は、治療で言う所の対症療法だ。土地そのものがダメな以上、根治はまず不可能。それこそ、この高度育成高等学校という土地そのものに根付いた霊を根こそぎ剥ぎ取ってしまうぐらいしか方法は無い。
流石に、水鏡にもこの手段はとりたくない。労力と、その後のリターンが釣り合っていないからだ。
(とりあえず、特別棟か。
水鏡は、この学校の体質を思い出して頭に浮かびそうだった関心を放り投げる。
生徒が消えれば、退学になったとでも言えばいい。マスコミや親には金を握らせるか、国家権力で黙らせればいい。年間で万単位の人間が行方不明になるのが、日本の現状だ。揉み消す手段は無数にある。
(とりあえず、
既に、水鏡の頭にはこのクラスを正そうとか、そういう考えは無い。
彼の仕事は、山のように積み重なり、湯水のように溢れているのだから。
@
放課後、水鏡は特別棟を訪れていた。
今日は体育館の方で部活動説明が行われているのだが、生憎と彼に部活動に精を出している暇はない。
左手に表紙だけ開いた魔法律書を乗せて、廊下を行く。
最初に向かったのは、昨日教師陣の前で除霊を行う前に、霊を潰した二階最奥の教室。
階段を上って、真っ直ぐに向かう道すがら水鏡は気付く。
(アレは……)
何かを手にキョロキョロと周囲を見渡す一人の女子生徒の背中だ。
別段、彼女がどこで何をしていようとも水鏡にとってはどうでも良い事。
だが、今から彼は仕事を一つ終わらせようと考えていたのだ。ついでに、特別棟のいくつかは除霊に関しても急ぎであったりする。
だからこそ、彼は声を掛けた。
「おい。そこの人」
「ッ!?」
ぶっきらぼうな声のせいか、或いは別の要因か。女子生徒の肩が、過分に跳ねた。
恐る恐ると言った様子で振り返ったのは、赤毛に眼鏡をかけた少女。猫背で、長い前髪が目元近くまで隠して視線が合わない。
水鏡は、そんな彼女をどこかで見た様な気がしたが、しかし思い出せない。
そんな無駄な思考をさっさと打ち切ってから、彼は仕事に取り掛かるべく退避を呼びかける。
「今からこの辺で、ちょっと作業するんだ。巻き込むのは忍びない。だから――――」
「ひっ、あっ……そ、その……あの……!し、失礼します!!」
歩み寄りながら声を掛けていた水鏡に対して、女子生徒は異様な反応と共に駆けだした。
この状況に水鏡は目を見開いた。
(何でそっちに行く!?)
驚く水鏡だが、彼自身の行動も彼女の動きを誘発した。人見知りのコミュ障へとズカズカ歩みを進めるなど、警戒心の強い猫に近づくも同義。
面食らってしまったことで、動きがワンテンポ遅れた。だが、声は出せる。
「そっちに行くなッ!!!」
「ッ!?」
腹から出された声が廊下を疑似メガホンにして少女の背を叩く。
うつむきがちで走っていた彼女は、その声に押される様にして背が起き上がり、顔が上がって、
「え……」
ソレを見つける。
少女がレンズ越しに見たのは、男子生徒の背中だった。
彼女が男子と判断したのは、ズボンを穿いていたから。自身に背を向けて廊下の奥を見つめたまま佇んでいる。
先程まで居なかった筈の男子生徒。だが、彼女が見咎めたのはもっと別の事。
「く、くく首が……!」
首が長い。目算で通常の首の三倍はあるだろうか。
不自然に上へと頭を引っ張られて、結果皮膚が引き攣りを起こしながら引き延ばされたような有様。バランスが悪いのか、重い頭部が左右にゆらゆらと揺れて危なっかしい。
自然と、少女の足が止まる。他人も確かに怖いが、目の前の超常現象はその恐怖など平気で振り切る恐ろしさ。
止まった足は、異形の背後数メートルの所で止まり、まるで縫い付けられたかのように動けない。
同時に、ビクリと異形の背中が動く。
「――――シッテルゥ?」
「ひっ……!」
ガクリと長い首が後ろに折れて、ゆらゆらと揺れていた頭部が顔を少女に向ける形で向けらる。
恐ろしい表情だった。苦悶ともいえる白目を剥いた青白い顔色に対して、口角が裂けるようにして吊り上がって三日月を形成。
ぼってりと含み腫れた真っ赤な舌が、青白い唇を舐める。
「く、くくクビ!首!くくくクビ!首!頸!けひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
瞬間、折れた首が伸びた。発狂したその頭部は舌を振り回しながら、その三日月の様に裂けた大口を開けて少女へと迫る。
そして、
「特例法82項『銀の鎧』を発令する!」
頭部は銀の光に弾かれた。
同時にへたり込んだ少女の上を小さな四つの影が駆け抜ける。
「――――切り刻んでやれ『
人の頭部と同程度の四体の小人たち。
彼らの手にはそれぞれに二振りずつ刀が握られ、正面に霊と掛かれた尖がり笠を被った彼らは霊撃手と呼ばれる地獄の使者の一体。
個別でも召喚できるが、強みは隊を組んで行動させる事が可能な事と人間業ではない剣術の腕前。
合計で八つの刃が閃いて、異形の体はその毛先からつま先までバラバラの輪切りとなって吹っ飛んだ。
目を見開いた少女の前、切り刻まれた異形、悪霊との間に割り込むようにして、水鏡は立った。その左手には表紙だけが開かれて、その山の部分に光を灯した魔法律書。
悪霊が消えたのを確認し、水鏡は魔法律書を閉じた。
「ふぅ……
「「「「アロッ」」」」
一声鳴いて消えていく霊撃手たち。
魔具袋の左となりに魔法律書を提げ直して、水鏡は改めて座り込んだ少女を見下ろした。
「悪かった。急に声を掛けて驚かせた結果、危ない目に合わせちまって」
「ッ!あ、え……っと、その……」
「ただ、暫くこの特別棟に近づくのは止めておいてくれ。さっきみたいな奴がまだ居る。俺が近くに居れば対処できるが、そう都合のいい事は何度も起きないからな」
土地は広大で、対応できるのは一人だけ。どうしたって、間に合わない瞬間は訪れるだろう。
「立てるか?」
「あ、え……こ、腰が抜けて……」
「そうか……悪いな。ここに居ると、また襲われかねない」
一言断りを入れて、水鏡はしゃがみ込む。
体を硬直させる少女の膝裏に右手を差し込んで、左手で腰を支えるようにして抱え上げる。
「ふぇっ!?」
「場所を移すだけだ。悪いな」
もう一度断りを挟んで、水鏡は歩き出す。