ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 特別棟の掃除を終えた翌日。水鏡は、ゲンナリと眉をしかめた。

 

()()な。水場は元々宜しくないが……水が濁ってないだけ御の字か)

 

 漏れそうになったため息を堪えて、水鏡は両腕を組む。

 現在彼が居るのは、室内プールのプールサイド。学校指定の水着に着替えた格好だ。

 腕を組んでいるからかハッキリとは見えないが、その体は陰影がくっきりと浮かぶ程度には鍛えられており皮膚の下にみっちりと筋肉が詰まっている事が分かった。

 オマケに、皮膚のあちこちに細かな傷痕が残っており何より目立つのはその左腕。

 

 まるで骨が一度皮膚を突き破ってしまったかのような大きな傷がその前腕部には刻まれていた。

 

「……深い傷だな」

「ん?」

 

 不意に横からの声。水鏡がそちらへと視線を向ければ茶髪のダウナー染みた雰囲気のある男子が一人。

 

「ああ、コレか?見た目が悪いだけで、後遺症もないぞ」

「そうか……すまん、つい気になって」

「デカい傷こさえた人間が、隠しもせずに立ってたら誰だって気になるだろ」

 

 腫物扱いは慣れたもの。水鏡が注目したのは、声を掛けてきた男子の内面の方だ。

 

(…………変な奴だな。疑問を抱いてる癖に、その自分自身すら()()()()()

 

 曲者揃いの魔法律家業界。

 求められる能力の一つに、読解力がある。

 本来の意味合いは、文章や情報を正確に理解し、解釈する力、とされている。だが、魔法律家としてはこれに+αして求められる部分があった。

 それこそ、相手の精神分析。これは依頼人だけでなく、霊にも適用される技能。

 というのも、本来執行人は刑を間違う事が許されない。コレをしてしまうと、使者に攻撃されるのは霊ではなく執行人自身となってしまうから。

 一応、相手によっては交渉の余地があるが、地獄の使者は契約によって呼び出された存在。相手の量刑を間違ってしまうのは、この契約を違えてしまう事になるから。

 その点、水鏡九十九は例外の魔法律家である。理由は勿論あるが、そんな彼でも相手の内面を読み取る技能は備わっていた。

 そのまま会話も無くボーっと授業開始を待つ二人。

 すると、野太い歓声が起きる。

 騒いでいるのは三バカ呼ばわりを受ける者達プラス眼鏡の男子。

 彼らが騒ぐのは、水着姿の女子たちを見たからだ。もっとも、その半分以上が休んだ上でゴミを見る目を馬鹿どもへと向けているが。

 

「貴方は参加しなかったのね」

「あんな目を向けられるのが分かってるなら、普通は参加しないんじゃないか?」

 

 我関せずを貫いて水面を睨んでいた水鏡の隣での会話だ。

 正直な所、彼にとって重要なのはこのプールに巣くう悪霊をどう取り除くか。

 室内プールという特性上、季節問わずに稼働状態。オマケに、この学校には水泳部が存在する。

 

(被害が出ていないのは、ターゲットになる存在が決まってるからか。或いは、水そのものを利用して浸かる人間全員から気付かれない程度に生気を吸い取ってるのか)

 

 どちらも厄介だが、軍配を上げるならばやはり後者だ。

 何故なら、前者の場合は条件を満たさなければ姿を見せないかもしれないが、後者は無差別。加えて、水そのものと一体化してしまっている場合、何処に逃げられるか分からないから。

 最悪の場合、上下水道から貯水タンク、更には周囲を囲む海や水たまりまで走り回らなくてはならない。

 考え込んでいると、不意に視線を感じる。

 水鏡が顔を上げれば、最初に声を掛けてきた茶髪の少年の隣に居た黒髪の少女がジロジロと視線を向けてきていた。

 

「何か用事か?」

「!……いえ、凄い体だと思っただけよ。何か、武術をやっているの?」

「いや?ただ、何事も体が資本だろ?鍛えておくに越した事は無い」

「そうね………その、腕の傷は?」

「名誉の負傷………冗談だ。昔色々あったんだ」

 

 不躾な質問だったかもしれないが、水鏡としてはむしろ回りくどくない分印象は悪くない。

 

「……自己紹介をしないのか?」

「必要あるかしら」

「交流を深めるのなら必要だろ」

「そういう貴方はどうなのかしらね、綾小路君。彼と親しいようには見えなかったけれど」

「うっ……それは………」

 

 そんなやり取りを尻目に、筋骨隆々の体育教師がやって来た。

 

 彼曰く、夏までに全員()()泳げるようにするらしい。

 

 妙に力説するその姿に疑問を覚えた者も居たようだが、残念ながら問うものは居なかった。

 そして始まるのは、現在の泳力を測るための五十メートル自由形。

 一位になったものには、五千ポイントが与えられるという事で皆が気合十分だ。

 もっとも、水鏡にとっては端金。やる気云々よりも、今のプールの状態を知る方が先決だった。

 

「よーい、スタートッ!!」

 

 教師の掛け声と共に、水へと飛び込む。

 勢いよく泳ぐ他のメンバーを尻目に、水鏡は潜水したままでゆっくりと五十メートルを進んでいく。

 

(水の感触は……普通だな。生気を吸われている感じもしない。ただ………)

 

 ゴーグルの下で見咎める、排水溝。

 競技用プールの排水溝は、主に水中での目印であるメートルラインの部分とプールサイドにそれぞれ設けられている。

 

(排水溝か。逃げ回られるのは、面倒だな)

 

 ゆっくりと潜水で進みながら、状況を見定める水鏡。

 

(とりあえず、上下水道の配管図を見せてもらうべきか………面倒だ……頭使うのは、あんまり好きじゃないんだけどな………)

 

 勉強できない訳でも地頭が悪い訳でもない水鏡だが、彼は割と脳筋思考で短気な所がある。

 最たる例は、特別棟の一件だろう。

 本来は小分けに除霊していくところを、出来るからというだけで一纏めにして地獄へと叩き落してしまった。

 彼は典型的な、後輩を育てられないタイプの人間。他に仕事を任せる位ならば、自分一人でやってしまった方が良いと考えるタイプだった。

 色々と考えながら、今日の予定を組んでいれば手が壁に触れた。

 ゆっくりと浮上すれば驚いた教師の顔。

 

「あー、水鏡?」

「何ですか?」

「いや、大丈夫か?一分以上潜水していたぞ?」

「何とも?」

 

 心配する教師を他所に、水鏡は軽快な動作でプールサイドへと上がってきた。

 大して息切れもしていないその姿は、成程特異に映るらしい。視線が一気に彼へと集まった。

 

「やあ、水鏡君。すごかったね」

「あー……平田だったか?そうか?」

「うん。ただ、水鏡君なら一位も狙えたんじゃないかと思うけど」

「端金で頑張る訳ないだろ」

 

 苦笑いする平田に、水鏡は肩を竦める。

 既に二日分の報告書を、彼は提出済み。ここから、消費した札などの補充品を報酬から経費として差し引いた額で補充し、残りの報酬がプライベートポイントとして水鏡の手元へとやってくる。

 額としては、十数万から数百万。執行人への報酬は、実の所ハッキリとは定められておらず当人の裁量に因る所が大きい。

 水鏡の場合は、金銭に興味がないため報酬は協会任せ。そして協会は、他執行人の報酬額と霊の危険度を参照して学校側へと請求。そこからは、先の通りの流れとなる。

 

 残った時間は、自由時間。

 そこで、問題は起こった。

 

(………!やっぱり条件型か!)

 

 プールサイドに腰掛けていた水鏡は、弾かれたように立ち上がると自分の進行方向に誰も居ない事を確認して、流れる様な滑らかな飛び込みを見せる。

 そのまま彼が向かう先。プールのほぼ中央にある排水溝だ。

 そこに先程、茶髪の彼に貫手をかましていた黒髪の少女が居た。

 五十メートルのタイムもかなり良く、身体能力の高いであろう彼女。そんな彼女が今、水面に上がれずバタバタと藻掻いている。それどころか、()()()()()()()()()()()()

 原因は、彼女の右足に絡みついた黒い何か。水にゆらゆらと揺れるその様子から、髪の毛であろうと向かう水鏡は判断した。

 先程ののんびりとした潜水とは比べ物にならない魚雷のような速度で水中を突き進んだ水鏡は、そのまま藻掻く少女を右手で抱えつつ、左拳を握った。

 

 ズンッ、と腹の底に響く音。

 

「――――ぷはっ!げほっ!えほっ!」

「…………」

 

 水面に顔が上がって、漸く吸えた酸素に咽る少女と排水溝を睨む水鏡。

 だが、直ぐにプールサイドへと抱えた彼女を送るべくゆっくりとそちらへと水を掻きだした。

 その道中で、短く言葉が交わされていた。

 

「さっきのは、足がつった事にしてくれ」

「げほっ………さっきのは………」

「説明してやる。放課後に、特別棟の二階にある一番奥の教室に来てくれ」

 

 先程の光景を見た者が居たかは分からないが、それでも余分な混乱は避けるべき。少なくとも、水鏡はそう判断を下した。

 

 その光景を静かな瞳がジッと見ている事には、気付けない。

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