ようこそ魔法律のお時間です   作:ビサイ

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 放課後。閉め切られて蒸し暑さすら感じる筈の特別棟は、しかしどこか薄気味悪さとヒヤリとする空気があった。

 

(やっぱり一か所綺麗にしても意味ないか。周りに集まってる)

 

 自室とは違う根城の様に扱う事になった空き教室で、窓の外を睨みながら水鏡は顎を撫でる。

 単純な話、濁った水槽に綺麗な水を注いだとしても水槽の中身が綺麗になる訳ではない。土地そのものが駄目になっている以上、下手な浄化は別の汚れ()を呼ぶだけらしい。

 とはいえ、今考えるべきはプールに巣くった悪霊の事。ちょうどよく、待ち人も来た。

 

「……本当に、居たわね」

「よお………二人できたのか」

 

 振り返った水鏡の視界に入ったのは、一組の男女。

 先の体育の授業で隣に立った茶髪の彼と黒髪の彼女である。

 片割れが思わぬ来客だったが、しかし水鏡はこの来訪を拒否するつもりはない。

 

「んじゃ、座ってくれ。椅子はそこらのを適当に使ってくれ」

 

 水鏡に促され、二人はそれぞれに適当な椅子を持ってきて彼の前に座る。

 対面するように座る水鏡。そして、彼らの知らない世界の話は始まった。

 

「さて、まずは自己紹介。水鏡九十九だ。お前らは?」

「え……あ、ああ。綾小路清隆」

「よろしく、綾小路。で、そっちは?」

「そんな事よりも、早く本題に入ってほしいのだけど」

「そうはいかない。自己紹介は、最低限且つ最短のコミュニケーションだが、同時に心の壁を最低限取り払う効果がある。何のために、社会人は名刺交換すると思う。名前も知らない奴と仕事なんて出来ないからだ」

 

 ジッと水鏡の視線が少女に向く。

 Dクラスに配属されている生徒たちは、揃って一癖も二癖もある、いや最早癖の塊。存在そのものが癖。

 そして、彼ら彼女らには()()()()()()()()

 

「…………堀北鈴音よ。これで良いんでしょ」

「ああ。まず、綾小路。お前は何で、ここに来た?」

「……体育の時間で急に堀北がおぼれかけた時に、変なものが見えた気がしたからだ」

「成程。それじゃあ、堀北。まず、結論から言うとお前を襲ったのは、悪霊だ」

「…………ふざけてるのかしら?」

 

 水鏡の言葉を、揶揄いと取ったのか堀北の端正な眉間に皺が寄る。

 

(腹芸下手だな、コイツ)

 

 見慣れた反応に、水鏡は肩を竦める。

 

「ちょうど良い。そこの窓を見てろ」

 

 そう言って、親指で示される窓の一つ。

 二人の視線がそちらへと向けられる。

 何もない。ただ平和な空が広がって――――

 

「「ッ!?」」

 

 いきなり、窓が大きく叩かれて揺れる。

 目を見開く二人。

 

(どういう事だ?水鏡は()()()()()()()()()

 

 演技ではなく、割と素で驚いていた綾小路。

 彼から見て、水鏡九十九は異常だ。身体能力は己と並ぶか、純粋な膂力勝負ではもしもがある。学力はハッキリしないが、自身の知見の及ばない知識を持つことは明らか。

 彼が思考する間も、ポルターガイストは続く。

 揺れる窓、同時に強くなっていく体に走る怖気。

 そして、

 

「ひっ……!」

 

 堀北の喉が引き攣った。

 一際強く窓が叩かれ、真っ赤な椛が咲いていた。正確には、大きく開かれた手の形の真っ赤な手形が窓に叩きつけられていた。

 手形は一つだけではない。まるで、秋に紅葉が色づくように一気に広がっていく。

 明らかに人の出来る事ではない。いや、()()()()()()()()()

 

「――――これが、悪霊だ」

 

 窓から視線を外せない二人にそう言って、水鏡は椅子から立ち上がると窓へと向き直りつつ、左手で魔具袋の隣に提げた魔法律書を手に取る。

 表紙と背表紙をそれぞれ右手左手で掴んで大きく広げると、その中の一節が光り輝いた。

 

「記録しろ『魔図鑑』」

 

 水鏡が呟き、魔法律書の上に光が灯ると窓の外に一冊の大きな本が現れる。

 表紙には七つの目が蠢き、更に無数の翅が付いた明らかにこの世のものではない一冊。

 本は独りでにその表紙を開くと、バラバラとページが一気に捲れていく。

 その捲れるページの一枚一枚に窓に張り付く手形たちは、排水溝に流れる水の様に吸い込まれていった。

 瞬く間に、窓を真っ赤に染めていた手形は消え去り、後に残るのは大人しくページを閉じた巨大図鑑のみ。

 

ウオラルルロ(仕事は終えた)ウラウロ(さらばだ)

 

 地獄の使者の中でも殊更仕事人な魔図鑑はそれだけ言うと、スッと消えていく。この辺り、面倒が無くて水鏡は重用している使者の内の一体だったりする。

 魔法律書を閉じて、水鏡は振り返る。

 

「この学校は、この手の悪霊がウヨウヨいる。昨日、この特別棟は()()したんだが、その空きスペースにどうにかこうにか入り込もうとしているのがああいう悪霊だ」

「…………貴方、何者なの?」

「俺は魔法律家。ああいう幽霊を相手に、罪を裁いて地獄へと叩き墜とす仕事をしてる。この学校にも、その依頼を受けて入ったんだ」

「水鏡。さっきのがウヨウヨと言ったが、そんなに多いのか?」

「多い。土地のせいか、それとも埋め立ての時に変な場所から持ってきたのか、土地そのものが終わってる。前任がどうにかやりくりしてたみたいだが、それでも多すぎる位にな」

「だが、俺はこの手の心霊現象に会った事が無いぞ?」

「そりゃあ、入学三日目だし。新入生が動き回る範囲は掃除したからな。その他は見れてないが、少なくとも変な所に自分から入らなきゃ大丈夫じゃないか?」

 

 因みに、動線を確保したのは初日。教師陣に除霊を見せた後に行っていた。

 

「で、だ。堀北の件だが……」

「…………」

「偶然で、必然だった」

「…………水鏡君?」

「待て。別に揶揄ってない。お前が襲われたのは、条件発動型の悪霊だったんだ」

「その条件が、堀北に該当した、と?」

「ああ。綾小路、堀北の髪を見てどう思う?」

「髪?」

 

 水鏡に言われて、綾小路は隣に立つ少女の頭部へと視線を向けた。

 烏の濡れ羽色。よく手入れされた美しい黒髪が揺れている。

 

「綺麗なもんだろ?今回の条件がそれだ」

「……髪が、か?」

「霊の条件付けなんて、そんなもんだ。生者には分からないこだわりを持ってる奴は珍しくない。今回の場合、堀北の長くて綺麗な黒髪が、条件に該当した。つまり、長い綺麗な黒髪をしてる奴が狙われるのは条件上、必然で。堀北が狙われたのは偶然って事になる」

「つまり、俺も条件に該当すれば狙われる訳だ」

「そうだな。茶髪のダウナー系、とか。根暗そうなイケメン、とか」

「……おい」

 

 ジト目を向けられたが、水鏡は肩を竦めるだけ。霊の行動原理など、初見で見破れと言う方が難しい。生前の行動に引っ張られるという面はあれども、よほどの殺人鬼などでもなければ当てにはならない。

 

「…………随分と、軽薄な口なのね」

 

 そして、堀北は微妙に耳が赤くなっていた。

 髪は女の命。孤高と孤独を履き違えた彼女であろうとも、その維持には並々ならぬ手間暇がかかっている。

 ソレを無条件に手放しに褒められれば、照れもする。況してや、対人能力の低い彼女は裏も無く褒められ続けた経験など無い。

 一応、ジッと水鏡に見られて、咳ばらいを挟んで何食わぬ表情になった、が赤みは抜けきっていない。

 

「んんっ!……それで?貴方は、どうするつもりなの?」

「とりあえず、今夜地獄に叩き落す事にする」

「今夜?今からではないの?」

「水泳部が部活動中だろ。幸い、水泳部所属の人間に長い黒髪の奴は居なかった。何より、今のターゲットはお前だ堀北」

「……また、襲われるの?」

「プール、というか水場には近付かないでくれ。昼休みにデータとして上下水道の施工図を貰ったが、独立した場所は無かった。恐らく、緊急時の貯水タンク替わりがプールだからだ。周りの海から海水をくみ上げて、ろ過装置を通せば生活用水に出来るだろうしな」

 

 通常の学校でもプールがある場所は防火水槽として夏以外にも水を溜めたままにしている。

 ただ、水場が使えないのは純粋に困る事だ。

 

「何とかならないの?」

「そう言われてもな……今からプールに乗り込んで水泳部の部活動を中断させる訳には行かないし、かといって悪霊が居る!って叫んだり、悪霊その物を処理しようにも部員が邪魔になる」

「…………それなら、貴方の側はどうかしら?」

「あ?」

「日常生活で水場に近づかないなんて不可能よ。私は自炊もしているし、シャワーやお手洗いもあるもの。もしも、自室で私が襲われたら貴方は気付けないんじゃないかしら?」

「………まあ、な」

 

 魔法律家は、時に強硬手段に出る事も少なくないが警察などと違って捜査権などがある訳ではない。公的機関に繋がりのある一般組織、というのが立ち位置としては正しい。

 そんな彼らが強硬手段にでなければならない場合は、既に取り返しのつかない事態が起きてしまっている事が多かった。

 

「四六時中引っ付くのは無理だぞ?さっきも言ったように、夜はプールに行くしな」

「門限はどうするんだ?」

「仕事だからな。俺は、特例で夜間外出も認められてる。もっとも、良からぬ事をすればその時点でペナルティはあるけどな」

「貴方には聞きたい事が増える一方ね………でも、今は止しましょう。それに、私もただで護衛してもらおうとは思っていないわ」

「ポイントは要らないぞ?」

「なら、食事はどうかしら?その……命を救われた対価にするには、安いものだとは思うのだけど…………」

「食事……」

 

 堀北に言われ、水鏡はこの三日の自身の食生活を振り返る。

 朝と昼は良い。食堂で食べる事が出来ている。問題は、夜だ。

 放課後は、準備を終えたらそのまま学校の彼方此方を動き回っている。霊の痕跡を探し、予め罠などを仕掛けておいて夜の更けた時間帯に狩るのだ。

 結果として、エネルギーバーなどの粗末な夕飯が続いている。一応、水鏡は料理が出来る人間だが時間が無ければどうにもならない。

 

「それじゃあ、夕飯が欲しい。この二日、夜だけろくに食べれてないからな」

「…………食べてないのか?」

「食べる暇が無くてな」

 

 肩を竦めた水鏡の態度に、改めてこの学校のヤバさが際立つ。

 自分たちの知識を逸脱した悪霊の存在と、それを容易く捻ったクラスメイト。そしてそんなクラスメイトがヤバいと口にする学校の現状。

 頭痛を堪えるように眉間を揉んだ堀北。

 

「はぁ……とりあえず、貴方の部屋にお邪魔しても?」

「俺の?」

「対処できるのが現状貴方しかいないのなら、貴方の側にいるのが一番安全でしょう?」

「まあ、そうだな」

「直ぐに出来るものを用意しましょう」

「…………?堀北が作るのか?」

「自炊すると言ったでしょう?材料費はこちらが持つから心配しなくても大丈夫よ」

「………まあ、良いか」

 

 部屋で見られても困るものは特に無い。魔具の類は、そもそも一般人が持っていたところで物にもよるが、少なくとも水鏡の所有する品には意味がない。

 考えるのが面倒になったのか、水鏡は頷いて納得を示す。

 

「それから、今夜貴方について行くから」

「…………は?」

 

 じゃじゃ馬娘は、止まらない。

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