機動戦士ガンダム・アンダーフォーミュラ 作:アイアイホイホイおさるさん
3.
ヌーベルエグム。その組織を語る前に、まずはその前身となった組織エグムについて語らなければならない。
まず、連邦軍エリート部隊ティターンズによるスペースノイドへの圧制に対抗すべく反連邦組織エゥーゴが設立された。そしてティターンズが壊滅し、ネオ・ジオンと連邦の戦いが始まってから、エゥーゴは連邦軍に吸収され自然消滅した………とされているが、全てのエゥーゴが連邦に下ったわけではない。スペースノイドの自由と正義を掲げる一部の過激派はそれを良しとせず、かといってジオンの掲げる思想も気に入らず、自分達こそが真のスペースノイドの救世主だとして反連邦運動を続けた。それがエゥーゴ残党組織・エグムである。しかしバーナムの森や風の会といった後援組織が衰退・消滅してゆく中、エグムもジオン残党のように歴史の中に消えていった………はずだった。
コスモ・バビロニア建国戦争に加え、木星戦役、明るみに出た神の雷事件と立て続けに起きた戦争により地球連邦軍の弱体化と地球連邦政府の宇宙への無関心さが人々の知る所となった。これに怒りとチャンスを覚え各コロニーの独立運動が散発的に起きる中、エグムもまた再び歴史の表舞台に蘇ろうと再結成した。それが新たなるエグム・ヌーベルエグムなのだ。
「MS隊、帰還します」
「うむ」
トライシンクコロニー付近のデブリに隠れるように潜伏しているのは、ヌーベルエグムの旗艦であり現状の移動拠点であるアイリッシュ級戦艦「ラーディッシュII」。グリプス戦役時に活躍した最早旧式といっていい艦だが、彼等の残党故の懐事情とエゥーゴとしての思想がこの艦を使わせている。当時のエゥーゴで使われた同型艦名であるラーディッシュを名乗っているのもその為だ。
「制圧は失敗したのか?」
「はい。民間人がMSを隠し持っていたらしく………ジーパンのラフザックがやられました」
そしてヌーベルエグムにはコロニーや要塞といった安定した拠点がない。その為、連邦軍が撤退して丸腰となったこのトライシンクを制圧しようと考えたのだが、結果は現在の通りである。
「………認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」
ヌーベルエグム総統「クワトロ・バジーナ3世」の呟きに、ラーディッシュIIのクルーは沸いた。その言葉に意味はなく、彼らがエゥーゴの正統後継者であり、なおかつクワトロ・バジーナ………つまりはシャア・アズナブルの意思を継いでいるという自己暗示のための一種の祭事に過ぎないのだ。
***
トライシンクの歴史史上初の、コロニー内でのMSを使った実戦が行われてから二日。
ヌーベルエグムの襲撃を退けたトライシンクの人々ではあったが、それは結果論に過ぎない。街の被害は甚大だったし、次の問題はすぐに露呈した。予想されるヌーベルエグムの再襲撃、それをどうするかという問題が。
「本当に市長のやつ居なくなったのか!?」
「ああ、市役所も自宅ももぬけの殻だとよ。市議も、あの平和団体も一緒に消えた!」
「クソが!いやクソ通り越してもはや外道がッ!」
こんな状況において元凶かつ人々を助けなければならないハズの市長ジョット・ライアードは逃亡。コロニーの指揮系統は混乱していた。なら連邦政府に助けを求めるべきと思うが、そう上手くはいかない。
「連邦はどう言ってる?」
「要約すると「私、あなたを助けようとは思えない!」だとよ」
「だよなァ………!」
御託を並べて駐留していた連邦軍を追い出したのは他でもないトライシンクだ。たとえそれが市長個人の意思だったとしても、代表が彼である時点でそれはトライシンクの総意。それで襲われたから助けてと言われて助けるほど、地球連邦は甘い組織ではない。助けは来ず、力もない。トライシンクの人々には再び来るヌーベルエグムに対抗する手段はない。無いも無いもナイナイ尽くしだ。
「逃げよう!」
「そうだ、もう逃げるしかねえよ!」
「このままじゃ殺される、だったら………!」
街の人々の議論の果てに、トライシンクを捨てて逃げ出そうという結論がまとまりかけたその時、それに待ったをかける者が現れた。
「貴様ら、自分達の立場がわかっとるのか?」
「あんたはジャンク屋の………」
市民を集めた広場に現れたのは、他でもないビグウィグ教授。彼はここから逃げるという一見すると一番有効な手段が全く意味を成さない事を知っていた。
「思い出せ!ワシらは不景気に追われてこのコロニーにやってきた、言わば社会の負け犬達じゃ。そんなワシらがここを出て何処へ行ける?どこに住める?」
そも、トライシンクコロニーが生まれた理由は同じ構造であるスウィートウォーターと同じ、戦争と不景気により社会からあぶれた市民を住まわせる為だ。ここにいる人々の多くが、ショウのように就活に失敗するか元の働き先が倒産するなりしてこのコロニーにたどり着いた、いわば弱者市民なのだ。
だからだろうか、このコロニーが
「それに大口叩いて連邦軍を追い出したくせにいざ攻め込まれたらそそくさと逃げ出してテロリストに拠点を提供するような臆病者など誰が、どこのコロニーが受け入れてくれる?指導者が悪いなんて理屈が通じんなんて事ぐらい、これまでの歴史を見ればわかるじゃろう」
個人ではなく人種や国単位で判断され偏見が向けられる事など人類史では珍しくない。現に一年戦争にもジオン残党にも関与していないサイド3出身やその血縁者に対して「ジオン星人」だなんてヘイトスピーチを向ける事がネットでまかり通っているのを、彼等は知っている。自分達も大方「トライシンクヒトモドキ」だなんて後ろ指をさされる事ぐらい想像はついた。彼等に非はないが、助けに加えて逃げ場も無くなってしまっていたのだ。
「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ!?このまま奴等に蹂躙されろってのか!?」
「誰もそうとは言うとらんじゃろう!答えを急ぐなっ!!」
狼狽える市民の一人に対してビグウィグ教授の一喝が飛ぶ。彼はこう言いたいのだ、まだ選べる選択肢があると。
「コロニーを守るためにワシらが戦うんじゃ!安心せえ!今回は初回特別サービスでワシがジャンクから集めた武器を提供しちゃるぞい!!」
無茶な?!という声もあった。しかし、助けは来ず、逃げられずという状況で彼らに取れる選択肢がそれしかないのもまた事実である。何より一度ヌーベルエグムを退けたモビルスーツ・スプリガンを作り上げたビグウィグ教授が言っているのだから、扇動力も説得力もダンチである。
………一説にはこの時この場にいた人々の一部が後に地球に向かい、この経験を活かしてリガ・ミリティアの結成に一役買ったとか、買ってないとか。
***
自らの初陣となった路地に立つ上半身だけのラフザック。それが街の人々によって撤去されてゆく様を、ショウ・アーネストはコロニー内にある見晴らしのいい展望台から見つめていた。現地に赴きたかったが、安全のために封鎖されていたからこうしている。
「お兄さん、こんな所にいた」
「………ミミィちゃん。学校は?」
「緊急で休校になって………」
「そうか………あんな事が起きたもんなあ、うん」
展望台だからよく見えたが、ヌーベルエグム襲撃の傷跡はトライシンクの街に深く残っていた。田舎コロニーだから復興が遅れているのもあるが、破壊されて瓦礫のままになっている街の様子は、コロニーで戦いが起きるというのはどういう事かをひしひしと感じさせる。
「お兄さん、どうしてここに?」
「あのザク………ラフザックだっけ?あれを見に来たんだ。ほら、あれ」
ラフザックの下半身を指差すショウ。ミミィにはその目が、何かに怯えてるように見えた。
「………ミミィちゃん。当たり前だけどさ、俺は人を殺したんだよ」
「えっ………」
「たしかに相手はテロリストだからとか、そうしなきゃ俺やみんなが死んでたとか、理由はなんとでも言える。けれども俺はあの時、あのMSに乗っていたパイロットを殺したんだ。それは変わらない」
少しずつ声を震えさせながら、懺悔するように吐いたショウ言葉で、ミミィは彼がここに来た………否、来なければならなかった理由を理解した。
「一番怖かったのは、頭じゃ理解しても自覚がなかった事だよ。どこか、ゲームで敵をやっつけたとか、そんな感覚で居た。だから、あれを見なくちゃいけないって………そう思ったんだ」
「お兄さん………」
ショウ・アーネストは普通の青年だ。訓練された軍人でもなければ見本のようなニュータイプ少年でもない。だからどんな理由があろうと殺人を肯定はできないが、一方でそれを深く自覚して感じる事もできない。それが本人にとって一番もどかしく、そして恐ろしかった。
「それだけ考えられるなら合格ね」
殺人の事実に震えるショウと心配するミミィだったが、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように一人の美女が現れる。まるでドラマやアニメに出てくるような色香を漂わせた大人の女といった感じの、佇まいからして少なくともショウよりは年上である事がわかる女性だ。しかしショウからすれば面識はなく、いくら美人でもいきなり馴れ馴れしくされれば警戒しかしない。
「探したわよ?自宅にも職場にもいないんですから」
「………あんた誰です?」
「ハマッチ航空キャネリー隊隊長、飛行機乗りのノート・ブラストよ。ほら、あの時あなたに助けてもらったイールカトラスの」
言われてショウは「ああ、あの時の」と思い出す。あのラフザック3機に無謀にも立ち向かった戦闘機イールカトラス。あれに乗っていたのがこの「ノーノ・ブラスト」というお姉様らしい。
それにハマッチ航空のキャネリー隊と言えば、このトライシンクコロニーに滑走路を置く小さな航空会社・ハマッチ航空トライシンク支社が、町おこしならぬコロニーおこしの為に結成した女性ばかりの航空ショー部隊であるが、結局鳴かず飛ばずの似非アイドル部隊として知られている。
「あの時は助かったわ、ガンダムのパイロットくん」
「あ、はい。こちらこそ………あとガンダムじゃないです」
ショウも冷笑を向けていたが、あんな度胸を持ったパイロットだと知ればその感情は尊敬へと変わる。その上結構な美女な上に胸も結構大きいのだから。
………隣でショウが若干鼻の下を伸ばしているのに気付いたミミィがムッとしているが、それはさておき逆に聞きたい事がショウにはある。
「それで、そのキャネリー隊のブラスト隊長さんが俺に何の用なんです?」
ショウが問う。わざわざお礼を言うためだけに探したんじゃないでしょう?と付け加え。少々言い方が攻撃的なのはハニートラップを警戒する童貞の本能的な防御行動でもあったが、そんな物はノーノからすれば微笑ましいものでしかなかった。
「知ってるとは思うけれど、このトライシンクコロニーは現在ある武装勢力に目をつけられている。その勢力の名はヌーベルエグム。かつてのエゥーゴの流れを組む反連邦組織」
「エゥーゴ?ジオンじゃなくてですか?」
「どうやら連邦は嫌いだけどジオンも嫌っていうワガママな人達みたいなの」
あんまりな言い方ではある。だがネームバリューは若干オワコンでありつつも反連邦の大義名分としては最大手であるジオンを名乗らず、それでも反連邦運動をやりたいとすれば確かにワガママと言えばワガママであろう。
「で、私達は連邦軍を頼れない」
「まあ追い出しましたからね」
「かといって他コロニーにも逃げられない」
「まあ底辺ですからね」
「そこで、私達は義勇軍を結成して奴等と戦う事になったの」
「出来の悪い漫画かよ………」
物語の展開としてはあまりにも夢見がちかつ無謀な流れであり、無論現実的ではない「圧制者に対して底辺たちが義勇軍を結成し立ち上がる」であるが、過去の例を遡ればそれこそかの一年戦争時のホワイトベース隊は一時期民間人だけで回していたし、コスモ・バビロニア戦争におけるスペース・アークもそうだ。
それに勝つ負けるとか、無謀がどうとかの問題ではない。やるしかないのだ。それはショウにも理解できた。
………だが、問題はここからである。
「あなたにはその義勇軍の中核戦力として参加してもらうわ」
「………はい?」
「あとあなたのガンダム、もう義勇軍の象徴みたいになってるからね。逃げちゃだめよ?」
「はい?????」
よくよく考えれば最初に敵軍を撃破したのが自分とスプリガンなわけだから、そうなるのも理解はできた。しかし実際にそうだと突きつけられては、ショウも「いやガンダムじゃないんで」と突っ込む余裕は無かった。
***
トライシンク義勇軍の暫定的な拠点となっていたハマッチ航空トライシンク支社において、今後攻めてくるであろうヌーベルエグム軍に対抗する手段は着々と進んでいた。
「うわ………うーわ、ホントに書いてあるよ………」
連れてこられたショウは社屋の壁に描かれたトライシンク義勇軍のシンボルマークを見て愕然とした。ノーノから言われた通り、そこにはトライシンクを象徴する正三角形にスプリガンのツインアイが刻まれたようなマークが描かれていた。冗談抜きで、自身とスプリガンはこの勢力の象徴になってしまったらしい。
「おお来たか!遅いじゃあないかヒーロー!」
「教授!?何なんですかあれ!?あれじゃ俺嫌でも戦わなきゃいけないじゃないですか!?」
「そりゃそうじゃよ、だって今現在まともに戦えるMSはお前のスプリガンだけじゃからの!」
やはり居たビグウィグ教授に食ってかかるショウ。自分を拾ってくれて仕事を与えてくれたビグウィグ教授に今まで感謝した事は山程あれど、彼もまた自分を組織の象徴にしようとしている事に対しては初めて恨みの感情を覚えた。
「俺のって、大体こんなマークまで作って!」
「まあ待て、確かにデザインしたのはワシじゃが提案したのはワシじゃないぞい」
「はあっ?こんなの考えるなんて教授ぐらいしか………」
ロマン主義のあなた以外に誰がやるんだ?と言いかけたショウの前に、このマークを考えた真犯人は早くも現れた。
「このマークを提案したのは私よ」
「えっ?」
ビグウィグ教授を責め立てるショウに待ったをかけたのは、ノーノとは別系譜の美女だった。たおやかで優しそうな、あらあらうふふという台詞が似合いそうなマダム。乳房は大きさに対して若干垂れているも、それが逆に柔らかな母性愛を表現しているように見える。そしてどことなく既視感があるというか、見知った顔に似ている気がした。
「あっ、ママ!」
既視感の答えは一緒に来ていたミミィがしてくれた。それもそのハズ、彼女とミミィは血が繋がっており、彼女はショウとも顔見知りなのだから。
「久しぶりねショウ君。私よ、マリア・ファンシフル………」
「あなたでしたか、マリアさん………」
ミミィをそのまま大人にして更に胸を大きくしたような彼女は名を「マリア・ファンシフル」と言った。姓から解る通り彼女はミミィの母親で、彼女を女手一つで育てているシングルマザーだ。
「でもどうしてあなたが?」
「私も技術者なので、今回の事であなた方の助けになりたくって………それに、娘も守らなければなりませんしね」
そして何より彼女はかのF91をはじめとする………大きな声では言えないがクロスボーンガンダムも………名機を開発した企業サナリィの技術者で、MS開発にも関わっている。今回の戦いにおいては必要不可欠な人材である事は明らかだ。それに何よりトライシンクには実の娘であるミミィがいる。手を貸さない理由はどこにもない。
「でもこのマークは………」
彼女が数日かかるという仕事を切り上げて帰ってきた理由は説明がついたが、ショウが聞きたいのは何故義勇軍のシンボルにスプリガンを使ったのかという事。サナリィのような真っ当な企業の技術者なら、ハンドメイド機を象徴にするような事は避けると思うものだが。
「………ショウ君。今のあなたは希望なの」
「希望?」
「あなたの意思はどうあれ、あなたとスプリガンが理不尽な暴力からコロニーを守った事には変わりないし、何よりスプリガンの外見も違うって言ったって大体ガンダムだし、そういう目で見る人も少なくないわ」
もし、ここでショウがこれまでガンダムに乗ってしまった少年達のように子供だったならまだ言い訳はつくだろう。「子供を戦争の道具にして!」と。が、ショウは既に成人を迎えており、一般人ではあるが大人の男の責任がのしかかってくる。
「それに今のコロニーには象徴が必要なの、巨大な敵に立ち向かう強力なアイコンが」
「………泣けるぜ」
ようやくショウは腹をくくった。いや、諦めたと言うべきか。ショウ・アーネストはこの戦争から逃げることはできない、と。