勇者の孫は勇者になりたかった   作:犬吠崎独歩

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第六話 今宵の月のように

『契約は成立だ────君を、勝たせてあげよう』

 

「カカッ……そりゃあ、ありがとうよ」

 

 正直、幻聴の言うことなんて信じちゃいなかった。

 現に今だって腹に穴は空いてるし、血だって止まらない。ここからどうやって俺を勝たせようっていうんだ。

 

『ああ、怪我のことならば心配無用だ。──もう治っているからね』

 

「……は?」

 

 何を言ってる? そんなパッと傷が治ったら苦労しねェよ。

 ────それこそ魔法でもなけりゃあ……

 

「ん?」

 

 と、そこで痛みと血の出る感覚が無くなっていることに気づいた。

 

 慌てて穴の空いていたであろう腹部を確認する。

 

 ……傷が、無い。

 

『だから言ったじゃないか』

 

「こりゃあ……どういうことだ」

 

『私の与えた魔法、その一端だ。……端的に言うと、君は不死身になったのだよ』

 

 不死身。それは死なないということ。

 全くの夢物語だ……と一笑に付すには、今まさに自分に起こった現象を否定しなければならなかった。

 

 ────そんなことはどうでもいい。兎に角、祈りは届いて奇跡は成った。

 

 生きる為ならなんだってするしなんだって使う、それが俺なのだから。

 

『悦びたまえよ、君。世に似非の不死身なぞいくらでもいるが、真の不死身たるは君と私の主ぐらいだろうからね』

 

「そりゃどうも」

 

 俺の中の誰かの声を聴き流しながら、今一度剣を握り直す。──よし、力は入る。

 

 それどころか何時もより力が高まっているように感じる。

 

 さぁ、行くぜ。奴が、フルシュタッドが合理性の塊だってんなら────

 

 俺という、()()()()()()で打ち砕いてやるよ。

 

『さぁ行け、只行け不死の君。世界の理から解き放たれた君は、世の誰よりも何よりも自由なのだから────なりたい者になるがいいさ』

 

「言われなくてもッ!」

 

 俺は駆け出した。

 

己が夢を、渇望をこの手に掴み取る為に。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ────欠けた月のフルシュタッド、本名フルシュタッド・フォルモントは決して裕福でない家庭で育った。

 

 母親はいない。酒と賭博に溺れた父親だけが彼の家族だったのである。

 

 父親は、賭博の負けが込んで帰ってくるとき、よく腹いせに彼を殴った。

 幼い彼は実の父親に殴られる度にこう思っていた。

 

 「賭博なんて不合理なもの、やらなければいいのに」、と。

 

 彼に転機が訪れたのは十四歳の時だった。

 度重なる賭博の負債を、父親はその命を持って支払うことになったのだ。

 

 街の裏路地で冷たくなっている父親を見た彼の心は、その死体よりも冷え込んでいた。

 

 父親は死ぬべくして死んだのだ。不合理に身を任せたのだから、当然の帰結だと。

 

 彼はその死体の現場検証に来た騎士団に拾われることになり、その訓練において初めて槍というものに触れた。

 

 フルシュタッドは、すぐにそれを気にいった。

 

 槍は合理性の塊だ──と彼は思ったからだ。どの武器よりも広い間合い、突くだけでなく、払っても、叩き付けても敵は死ぬ。彼の思う合理に槍という武器は合致していたのだ。

 

  それから、槍の合理をスポンジのように吸収していったフルシュタッドは、めきめきと騎士団で頭角を現してゆき、遂には自分の部隊まで持てるようになった。

 

 最早貧しい孤児という身の上は忘れ去られ、ただ一人の戦士としての彼が完成したのである。

 

 一口に言えば、彼の人生は理によって支えられていた。

 

 合理だと思ったから槍を握った。

 

 合理だと思ったから、肉体を鍛え上げた。

 

 不合理だと思ったから、彼は騎士団の不正や汚職は是正しようと思った。

 

 不合理だと思ったから、合理以外の全てを切り捨てた。

 

 彼の部隊の象徴である魔術殺しの鎧も、実際に数百発の魔法を打ち消したのを見たから、合理的に装備するべきだろうと思った。

 

 ────故に「欠けた月」と揶揄されるに至るのだが。

 

 この世に利するは、理のみである。

 

 高きは低きに流れる。雪は溶けて水となる。季節は巡る。生きとし生けるものは全て消えゆく。

 

 そういった森羅万象を形作る理のみが、彼の信奉するものであった。

 

 彼は征く。己が信じる理に従ってこれからも。

 

 万が一、いや億が一彼がもし(たお)されるとするならば、それは───

 

 

「……?」

 

 レオンを殺し、馬車を追おうとするフルシュタッドの脇腹に、鋭い痛みが走る。

 

「カカッ……! 刺すのは慣れてても刺されるのは初めてかよ、大将ォ!」

 

 理から外れた、不条理なる不合理だろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ぐッ──!? 貴様何故ッ、こんな、不合理なッ!?」

 

「悪いなァ!! どうやら俺はその”理”ってヤツから外れちまったらしい!!」

 

 俺は鎧の隙間から突き刺した剣を更に奥へ奥へと押し込んでいく。さながらまるで、処女膜を突き破る肉の棒のように。

 

「そんな、不合理がッ……! あってたまるかァ!!」

 

 フルシュタッドの剛拳が、突き刺した剣ごと俺を吹っ飛ばした。

 

「ぐおァッ!!」

 

 幾つかの骨が折れ、そしてそのそばから治っていく奇妙な感覚に若干の気持ち悪さを覚えるが、これで確信した。────俺は、不死身だ!!

 

 空中で体勢を立て直し、剣を突き立て着地する。

 

「がァッ……! ふ、不合理ィ……こんな、不合理がァァァ!」

 

 フルシュタッドが叫ぶ。その姿にはまだ闘志と、激しい怒りが見て取れた。

 しかし脇腹の傷は堪えている。そして何よりも、奴の精神に堪えているッ!!

 奴の合理に支えられた鋼の精神は、俺という不合理によって瓦解した。

 

 ならば勝機は────────あるッ!!!

 

 俺は再び奴に向けて駆け出した。作戦なんてものは要らない、俺の剣が奴に通るまで、百回でも千回でも────挑み続ければいいのだから!

 

 間合いに入ると、未だ衰えを知らぬ槍の一振りが迫りくる。俺はそれを片腕で受けて立った。

 

『私の魔法──いやさ、君の魔法は不死身以外にも特性があってね』

 

 俺の中の声が独り言つ。

 

『力を込めた君の身体は硬化する……この世の何よりもね』

 

 俺の腕と奴の槍が勢い良く、そして大きな音を立てて衝突した。

 

 砕けたのは────

 

「ばッ……! 馬鹿なァッ!!?」

 

 フルシュタッドの槍だった。

 

「……ッ!!」

 

 奴の槍……否、合理は砕けた。

 

 あとはこの剣をッ……コイツに!!!!

 

「うおおおおおおおおおおァァァッ!!」

 

 ブチ込んでやるだけだッ! 奴の鎧の隙間──兜と鎧の、その間にッ!!

 

 

 ──────ざくりと、音がした。同時に、鮮血が勢いよく吹き出す。

 

「ぐ、がッ……! カハッッッ……!」

 

 フルシュタッドの身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「か……勝った……! 勝てた……ッ!!」

 

 勝利の余韻が身体を震わす。生涯出始めてのジャイアントキリング、その感慨から俺は叫び出しそうだった──────が、その前にフルシュタッドが急に笑い出した。

 

「……フッ、フフッ。ハハハハハ……」

 

「……な、何だよ急に笑い出して……?」

 

「ハ……いや、はや……このような不合理が……あろうとは……な」

 

 兜の奥に見えるその瞳は、もはや怒りの炎は消え失せ、むしろ穏やかな光を湛えていた。

 

「なあ……名を、聴かせてくれないか」

 

「あん……?」

 

「私が、生涯唯一覆せなかった不合理だ……それが何というのか……冥土の土産に……頼む」

 

 死にゆく者の最後の頼み。それを無下にするほど俺は落ちぶれちゃいなかった。

 

「……レオンハルト。──レオンハルト・ノットガイルだ。」

 

「そ……うか……、レオンハルト。……いい、名だな。……覚えて……おく」

 

「おうよ。おじいちゃんがつけてくれた、サイッコーに勇ましい名だぜ!」

 

「そう、だな……大切に……しろ。そ、れが……合……り…………」

 

 そう言って、フルシュタッドは息絶えた。兜で顔はわからなかったが──不思議と穏やかな顔をしているような気がした。

 

 ──────いつの間にか、空には月が登っていた。

 奇しくもその月は……欠けた所の無い満月だった。

 

「あばよ……フルシュタッド。アンタのコトは忘れないぜ……俺の名を覚えてる限りはな」

 

 少しばかり勝利の余韻を感じて目を瞑った後、先に行ったヴィオラを追うために踵を返すと、視線の先に馬車が見えた。

 

 ──────ヴィオラの馬車だ!

 

「おおーーーーーーーい!!」

 

 俺は大きく手を振って、自分の生存を知らせる。

 

 馬車は、目の前でドリフトで急停車した。そこから、ヴィオラが飛び出してきた。

 

「レオン!! あんた勝ったのねッ!!」

 

「おうよ! ……でもちょっとばかし来るのが遅かったんじゃねェの?」

 

 ちょっとこそばゆいので、嫌味を言ってみる。

 

「馬鹿ね、頃合いだと思ったから来たのよ。……だって」

 

 すると少し照れくさそうに、ヴィオラは言った。

 

「信じてたから。あんたのコト」

 

 かーーーーーーーーーッ……なんだよオイ、ちょっと可愛く見えてきたよコイツが! 俺ってチョロいんだなぁ……。

 

「お、おう……あ、ありがと……よ」

 

「な~に照れてんのよ! 気ン持ち悪いわねぇ……さ、早く乗んなさい行くわよ、魔王国へ!」

 

 そう言うと、ヴィオラは先に馬車へ乗っていった。

 

 ──────馬車に乗る前に、俺は俺の中の人に話しかけてみた。

 

「なァ……気になる事があんだけど」

 

『どうしたのかな』

 

「俺が使えるようになった魔法って……名前はあんの?」

 

『ああ、あるとも。名前は重要だからねえ。……私から君に受け継がれた魔法、その名は──』

 

 ごくり。かっちょいい名前がいいなぁ。

 

『勃起魔法だ』

 

 え? すごい聞き覚えのある単語が聞こえたんだけど、気のせいかしらん。

 

「なんて???」

 

『勃起魔法だよ』




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