どうやら俺は春申君の弟らしい   作:乾燥海藻類

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第14話 蚩尤の里編(二)

「講義が終わると、慌ただしく帰ってしまわれましたな、弟君は」

「くくっ、俺に勧誘されることを嫌ったのだろうな」

 

朱英のつぶやきに、春申君は苦笑するように言った。

 

「……そこが疑問なのですが、どうして彼は廷臣になることを避けているのでしょうか。望めばあなたの後継にすら手が届くというのに」

「興味がないのだろう」

「国を動かす、ということにですか?」

「宮廷の仕事は、すべて宮廷の中に終始する。現地でなにが起こっているか、伝聞でしかわからぬ」

「……それが面白くない、と?」

 

どうやら朱英にはわからないようだった。

 

「現地でしか見えぬものもあるのだろう。現に江南の発展は、俺の想定よりも遥かに早い。宮廷に縛り付けておくよりも役に立つ」

「では、彼に誘いをかけているのは……」

「江南に置いていた方が富国のためにはなる。だが宮廷で仕事をさせるのも面白そうだ。まあ振られ続けているがな」

 

春申君はおどけたように言い、小さく笑った。

 

「しかし、危険な思想を持っているのではありませんか? 法の講義で、王を引き合いに出すなど」

「ああ、あれは……おまえが仕向けたのだろう、韓非」

 

春申君に視線を向けられると、韓非はスッと頭を下げた。

 

(まさか、そのまま教材にされるとは思わなかったが。それにあの短い時で、すべての内容に目を通すとはね。しかも私の思想に驚いた様子もなかった。最初は法に対する考え方が、私に近いのかもしれないと思ったが、彼は少し……"人"に期待し過ぎているところがあるな)

 

韓非は内心でそう思った。根底に人間不信のある韓非と違い、奏は締め付けるばかりが法ではないと考えているようで、方向性としては真逆ともいえた。

 

「底の見えない男ですな」

 

そう言ったのは李斯だった。彼もまた法家としては一流と言える人物であったが、奏の資質を測りかねていた。

 

「だからこそ、朱英殿の懸念もわかります。江南が力を持ちすぎることを警戒しているのでしょう。都市が大きすぎる力を持つのは、時に危険な事態を招きますからな」

 

李斯の言葉に、韓非がかすかに反応した。祖国のことが頭をよぎったのだ。

韓は中原で発展した国で、首都のほかにも宜陽(ぎよう)陽翟(ようてき)などの大都市があった。そしてそれらの大都市は、経済や軍事においてある程度の独立性を有していたのである。

それは時に、王命にすら背くこともあった。

 

前263年のことだ。秦の侵攻により韓の領土が南北に断ち切られ、上党郡が孤立してしまった。そこで桓恵王(かんけいおう)(当時の韓王)は仕方なく、上党の太守に秦に降伏するように命じたのだ。

しかし太守は王命に従わず、秦に統治されるくらいなら趙に併呑された方がマシだという民衆の意向に従って趙に降ってしまった。

この問題で秦と趙の関係がこじれ、起こったのが長平の戦いである。

 

(都市の独立性と、中央集権体制か……)

 

韓非は黙して考え始めた。都市の独立性は経済発展には有効だが、国が一つとしてまとまるといった場合には、弊害となることがある。

また、江南に人が集まり過ぎていることに、警戒している者たちもいる。江南の開発に人が必要なことはわかるが、実情の見えていない者たちには、奏が過剰に人を集めて良からぬことを考えているのでは、と邪推してしまうのだ。

 

「俺が生きているうちは大丈夫だろう。あとのことは、おまえらがなんとかしろ」

 

春申君ももう五十を超えていた。次代について考えることも増えてきた。目下の問題は後継問題で、大王に子ができるのが一番良いが、その兆候は見えない。

王弟は特殊な性癖を持ってはいるが、政治に興味がないことは僥倖だった。王の権限で政治に口を出されるよりも、臣下に一切合切を任せる王というものは、それほど悪いわけではない。

実際、今の趙はそれで上手く回っているようだった。

 

(昌平君には次の令尹を任せれば良い)

 

これが春申君の考える次代の宮廷の形だった。

春申君にも子は何人かいたが、いずれも令尹を任せられるほどの才覚ではなかった。それでも春申君なら、強権で次の令尹に就けることもできたが、そんなことをしても国のためにはならないし、なにより最悪の場合、昌平君と項燕が敵に回ってしまう可能性もあった。

それほど項燕は昌平君に惚れ込んでいたのだ。

 

「話は変わりますが、弟君が(めかけ)を取ったようですね」

「よく知っているな、朱英。三人目でようやく跡継ぎが産まれたからな。肩の荷が下りて、遊びたくなったのだろう」

「ですが、不具の女というのは……」

「風聞が悪い、か? たかが妾だ。口うるさく言う必要もあるまい」

 

そう言って、春申君は呵々と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楚の首都、(えい)から北西に三日ほど行った城郭(まち)の、さらに西にある森に、幽連はいた。

 

「待っていたぞ、幽連」

 

木陰から現れたのは、かつて幽連の右腕を斬り飛ばした復讐者、羌瘣(きょうかい)だった。その目はあの頃と同じく鋭いままだ。

 

「……おまえ、その腕はどうした? まさか、繋げたのか?」

 

幽連の姿を見て、羌瘣は目を見開いた。斬り落としたはずの右腕が、そのままあったのだ。

蚩尤には様々な秘術があり、その中には生命(いのち)を戻すというような禁術もあった。もしかしたら幽族には、切断された四肢を繋げる秘術があるのでは、と思ったのだ。

だがその予想はまったくの外れだった。

 

「ふっ、いくら楚の医療技術が高くとも、切断された腕を繋げることなどできんさ」

「……義手か」

「そういうことだ。隻腕は目立つからな。ところで、なぜ待ち合わせ場所が森の中なんだ? 城郭の旅籠(はたご)でもよかっただろう」

「……いくぞ。時がもったいない」

 

そう言って、羌瘣はスタスタと歩き出した。仕方なく幽連もその後を追う。しばらく、無言の時が流れた。

 

「おまえ、金がなかったのか?」

 

むし返すように幽連は言ったが、羌瘣は取り合おうとしなかった。

羌瘣は秦軍に入り、そこで路銀を稼いで、その後再び復讐の旅へと戻った。魏王が蚩尤を抱えているという噂を聞きつけて魏へと入ったが、すでに蚩尤は放逐されたとのことだった。

そこでまた情報を集め直し、春申君が蚩尤を抱えている(・・・・・・・・・・・・)との噂を聞きつけ、楚へと向かった。

 

たしかに春申君の屋敷には、三人の蚩尤がいた。しかし彼女たちは、羌瘣の探している人物ではなかった。厳密に言うと、その三人は蚩尤ではなかったのだ。

それから春申君について、調べ始めた。そして知ったのだ。春申君には、かわいがっている弟がいる、と。

そしてそれは、当たりだった。

 

ついに幽連へと辿り着いた羌瘣は、高ぶる気を抑えて一騎打ちに臨んだ。

幽連は強かった。しかし、敵わないほどの強さではなかった。数合打ち合い、ついにとどめの一撃が幽連の胸を突いた。突くはずだった。

剣先が胸に触れる瞬間、緑穂(りょくすい)が止めたのだ。

 

羌瘣は戸惑った。自分の半身とも言える緑穂が、なぜ抗うのか。まるで意思を持ったように軌道を変えた緑穂は、幽連の生命ではなく、右腕だけを奪うに留まった。

緑穂に遅れること数瞬、羌瘣も気づいた。幽連は、死にたがっていると。

 

「前にも言ったが、おまえの卑劣な行為を許したわけじゃない。せいぜい私の役に立ってもらう」

「……わかっているさ。だがおまえ、里のババア共を説得する手段は持っているんだろうな」

「もちろんだ。蚩尤を、元の正しい姿に戻す」

 

蚩尤は最初から暗殺一族だったわけではない。元は神霊と交信する巫女の一族で、剣は天を祀る神器のひとつであり、巫舞というのも、神霊と交信するための儀式に過ぎなかった。

だが時が移ろい、天よりも人の力が恐ろしくなった。呪術よりも武力。剣は神器から武器へと変わった。

そして天を祀るための巫舞は、おぞましいほどに異形の変化を遂げた。

 

「理屈は通っているが、頭の固いババア共が受け入れるとは思えないな」

「……説得してみせるさ」

 

気を許したわけでもなく、慣れ合うわけでもない。

不愛想な二人の旅はしばらく続いた。

そして蚩尤の里へと近づいてきた頃、軍の姿が目に入った。

 

「趙の旗か。趙国に入ったみたいだ」

「軍事演習、という雰囲気でもなさそうだな。里の方へ向かっているように見えるが……」

 

幽連は怪訝そうに眼を細めた。

 

「もうすぐ陽が落ちるな。そしたら進軍も止まるだろう。大将を締めあげて目的を吐かせてやるか」

「待て幽連。知っている顔を見つけた。そいつに訊いてくる」

「それはいいが、陽が落ちるまでは待て。もし本当に蚩尤討伐が目的なら、その姿は目立つぞ」

 

羌瘣はいつもと同じく、蚩尤の民族衣装に身を包んでいた。対して幽連は、ごく普通の旅装である。

 

「……わかった」

 

一応、理はあると思ったのか、羌瘣は素直に従った。

時刻は夜となり、羌瘣は星明りを頼りに目的の人物へと近づいて行った。

 

「……尾平(びへい)。起きろ、尾平」

「んん、誰だよ……。明日は戦なんだから、ちゃんと寝とけ……うぉ、おまっむぐぐっ」

 

意外な再会に思わず叫びそうになったが、羌瘣に口を抑えられて、尾平は押し黙った。

 

「みんなが起きるから、あまり騒ぐな。それより戦と言ったな。どこと戦うんだ」

「……ぷはっ、どこって、野盗の住処を叩くんだよ。ほら、あそこの山の」

 

尾平が指さしたのは、蚩尤の住まう山だった。羌瘣の額に冷たい汗が流れる。

 

「というか、なんでおまえがここにいるんだ。信と一緒に楚の開拓団に行ったんじゃ……」

「おまえこそ、なんで趙軍にいる?」

「え? そりゃ、徴発だよ。俺の村は趙の領土になっちまったから。あっ、ほかにも飛信隊だったやつはいるぞ。おまえが顔見せたら喜ぶ……」

「尾平、この軍を率いているのは誰だ?」

 

ずいっと羌瘣が顔を近づけてくる。こんなにも真剣な顔をする羌瘣は久しぶりだった。

 

(こいつ、ホントに整った顔してんなぁ。いやいや、俺には東美(とうび)ちゃんが……)

 

ぶるぶると首を振り、尾平は羌瘣に向き直った。

 

「たしか、龍羽って将軍だったかな。元は秦の将軍だったらしいけど、俺は聞いたことねぇな」

 

羌瘣もその名に心当たりはなかった。尤も、秦の将軍の名をすべてを知っているわけではないが。

 

「歳は? 体格は? どんな顔をしている?」

「歳は……四十くらいかな。細目で、体格は大柄だったな」

「……そうか。わかった」

 

問答は終わり、羌瘣は走り出した。背後で尾平が何か言っていたが、振り返りはしなかった。

幽連のところに戻り、尾平から聞いたことを伝える。

 

「私が将軍を()る。それで行軍は一時止まるはずだ。おまえはその間に族長たちを説得……」

「馬鹿を言うな、逆だ。殺るのは私、ババア共を説得するのはおまえだ」

「だが、おまえは腕が……」

「なんだ、心配してくれているのか?」

「――ッ!? そんなわけがあるか!!」

 

羌瘣は憤慨して怒鳴りつけた。

 

「ならばさっさと里へ向かえ。ぐずぐずしていると夜が明けるぞ」

「……くっ、しくじるなよ」

「おまえもな」

 

一瞥した後、二人は別れて行動した。

羌瘣はまず羌族の里へと向かった。

 

「バァ、いるか!」

 

族長の家に着いたのは、明け方近くになってからだった。しかしそこにいたのは、ふたりの少女だった。

 

「んん……? この声は……おお、瘣姉(かいねぇ)か。久しぶりじゃの」

「あ、ホントだ。久しぶり、瘣姉」

 

羌瘣の妹分である羌礼と羌識が、寝ぼけ(まなこ)をこすりながら、羌瘣に視線を向けた。

 

「礼、バァはどこにいる!?」

「瘣姉、寝起きにそんな揺すらんでくれ」

 

羌瘣に肩を掴まれ、ガクガクと揺らされても、礼はのんびりとしたままだった。

 

「バァは族長の集会に行ってるよ。趙軍が攻めてくるみたいだから」

 

識が欠伸を噛み殺しながら答えた。こちらも、礼に劣らずのんびりとしたままだ。

 

「おまえたち、なんでそんなに落ち着いてるんだ?」

「たかが五千くらいじゃろ? ここらは私たちの庭みたいなモンじゃし、各氏族の連中も集まっとる。余裕じゃ余裕」

「まあ、そういうこと」

 

二人はあっけらかんとして答えた。その図太さに、さすがの羌瘣も面食らった。

 

(そうか、二人とも外の世界を知らないから……)

 

幼少の頃より剣を学び、自分たちより強いものなどそうはいない。羌瘣も里を飛び出す前はそう思っていた。たしかに外の世界にも、自分より強い者は少なかった。しかし、絶無というわけではなかったのだ。

今回の趙将が、そうではないという保証はない。

 

(幽連がしくじるとも思えないが、それでも片腕だからな)

 

幽連以上の実力者となると、相手取るのは厄介だろう。それでなくとも、数の暴力というものはある。蚩尤は十九の氏族に別れているが、結集したとしても精々が百五十人程度だろう。

 

(止めなくては……)

 

羌瘣は走り出した。集会所の場所はわかっている。疲労を無視して、羌瘣は山野を駆けた。

人の気配が強くなってきた。羌瘣は各氏族が集まっているのだと察した。

木々が割け、開けた場所に出た。そこには十九人の老婆がいた。

 

「……はぁ……はぁ……バァ」

「瘣か、戻ってきたのじゃな」

 

優しい目が向けられる。だが残りの三十六の瞳は、冷ややかなものだった。

 

「あの時のふぬけか。まだ生きておったとはの」

 

鋭く吐き捨てる老婆の瞳は殺意に満ちていた。その腕の、手首から先はない。あの時……(さい)が終わり、自害を命じられた時、羌瘣が激情に任せて斬り落としたのだ。

 

「趙軍と、戦うつもりなのか?」

「うむ。そのために、すべての氏族が集まっている」

 

羌瘣が感じた気配は、そう多いものではなかった。百人程度のものだ。この老婆たちは、百人で五千の軍に挑むつもりなのだ。

 

(蚩尤に戦術や軍略というものはない。個人の武だけで勝てると思っているのか……)

 

一人が五十人を倒せば、理論上は勝てる。だが戦とは、そんな簡単なものではない。

 

「無謀だ。いくら一人ひとりが強かろうと、軍が相手では……」

「逃げ出した小娘は黙っておれ! これは蚩尤の命運をかけた戦いなのじゃ!」

「蚩尤の命運だと……? おまえたちが蚩尤を背負っているつもりか! 実際に戦うのは若い娘たちだろうが!」

「なんじゃと、歴史の重みも知らぬ小娘が! 利いた風な口を叩くな!」

 

大声に反応したのか、周囲の娘たちが集まってくる。

 

「歴史の重みだと? それを歪めたのは誰だ! 太古の昔、巫女体質の者が剣を触媒に荒ぶる神を降ろし、舞い祀ることでそれを静めた。それが蚩尤の始まり」

「小娘が我らに歴史を語るか!」

「それがいつからか、蚩尤はそれを殺人の技へと変化させた。それが歪められた歴史だ!」

 

羌瘣の舌鋒も鋭くなる。周囲の娘たちはどうしてよいかわからず戸惑っていた。そんな彼女たちに羌瘣は視線を向けた。

 

「おまえたちはどうなんだ!? なぜ蚩尤になりたい! 暗殺者の頂点、人殺しの技を極めるためか! 違うだろう! 外の世界を見たいから……里の外に出たいからではないのか!」

 

ざわめきが広がった。蚩尤になることが、外の世界に出る唯一の方法なのだ。蚩尤になれなかった者は、祭で(むくろ)となるか、里の中で死んでいくしかない。

例外は蚩尤の従者としてついていくことだが、これも蚩尤となった者の氏族にしか許されない特権だった。

あるいは、羌瘣のような逃れ者や掟を破った者を追う討伐部隊となることだが、これも自由というわけではない。

 

「扇動するつもりか、小娘!」

「だまれ! くだらぬ掟で縛り、殺しを強要しておいてよく言う! みんな聞け! 蚩尤などというくだらぬ一族は、今日で終わりだ! みんな自由だ!」

 

ざわめきがさらに大きくなる。

 

「自由……? 自由って、どういうこと?」

「それって、外の世界に出られる……ってこと?」

「……まて。それでは、私たちが今までやってきたことはなんだったのだ? "(にえ)"となった者たちの命が、無意味なものになってしまう。私たちは……私は、蚩尤にならなければならないんだ!」

「よくぞ言った! (がい)!」

 

老婆のひとりがカッと目を見開く。

 

「羌瘣、といったな。私は蛾族(がぞく)の凱。おまえは危険人物だ。私たちに混乱をもたらし、私たちの秩序を乱す」

 

前に出た蛾凱が剣を抜く。その気迫に、羌瘣も緑穂の柄に手をかけた。

一触即発の空気が流れる。

と、その時――

 

「盛り上がっているようだな」

 

悠然とした声が静かに響いた。

 

「連か。なんじゃ、その首は?」

「趙軍の大将だよ」

 

幽連は無造作に首を放り投げた。それを見て、老婆は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ほっほっ、さすがは現蚩尤。おぬしこそ、幽族の誇りよ。して、何ゆえ趙が攻めてきたのかはわかったのかえ?」

「手柄だよ。こいつは秦からの移り者らしくてな。今はどことも戦争ができないから、野盗を狩って手柄とするつもりだったんだと」

「野盗じゃと!? 我らを野盗と見まがうとは、とんだ節穴じゃな」

 

憤慨したように老婆が叫んだ。

 

「山に得体のしれないやつらが住み着いてるんだ。民から見れば同じようなものだ。どうせ、今でも外との交流なんてないんだろ」

「……どうした、連。苛立っておるのか? まさかおぬし、この小娘に賛同しておるのか?」

「まあ、そういうことだ、バァ様。蚩尤は私の代で終わりだ」

「キシャアアァッッ!!」

 

蛾族の老婆が、声にならない声を上げた。

 

「殺れぃ、凱! こやつを殺して、貴様が次の蚩尤となるのじゃ!」

 

蛾凱の剣先が幽連へと向きを変えた。

 

「悪いな、そういうことだ。蚩尤の名は、私がもらう」

「……ふん」

 

幽連は背負った二本の剣のうち、一本を抜いた。その剣を見て、蛾凱は眉根を寄せた。

 

「……なんだその剣は。私をなめているのか?」

 

奇妙な剣だった。剣先が丸く、刃もない。突くことも、斬ることもできないような剣だ。

 

赤鶴(せきかく)(つか)うまでもない。来いよ小娘、格の違いを教えてやる」

 

幽連は不敵に笑った。

 

 

 





羌瘣は緑穂が幽連を助けたと思っていますが、無意識下で幽連が死にたがっていると気づいて手が滑った感じです。
原作だと蚩尤の剣は、度々意思があるかのように描かれていますが、本当に意思があるのかというと、たぶんそこまでファンタジーではないと思うんですよね。
女の子がぬいぐるみと会話するのと同じようなものではないかと思います。蚩尤にとっては剣がぬいぐるみのようなものなのでしょう。
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