どうやら俺は春申君の弟らしい   作:乾燥海藻類

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第16話 蚩尤の里編(四)

約半年ほど経って、幽連が帰ってきた。五十八人の少女を連れて。

うん。まあこれくらいは予想できた。

ただほとんどが十代ってのは予想できなかったな。

 

なんで正確な人数や年齢がわかるのかって? そりゃまあ名簿を渡されたからね。意外と気が利くんだよ、幽連って。

正直、五十八人程度増えたからって問題にもならない。江南ではどこも常に人手不足だからだ。なんならこの屋敷で侍女として雇ってもいいし、読み書き計算ができるならやれることはもっとある。

問題はそんなことじゃなくて、幽連本人である。

 

「しばらく見ない間に、ずいぶんと丸くなったな」

「ああ、さすがに気づくか」

 

いや、気づくだろ。これで気づかないのは鈍感すぎる。

雰囲気が落ち着いたとか、表情が柔らかくなったとか、そういう意味ではなく、物理的に丸くなっているのだ。主におなかが。

 

「出立前にやったのが当たったようだな」

 

となると、妊娠六か月か七か月あたりか。

 

「そんな状態で旅してきたのか。向こうで出産して、落ち着いてから帰ってきても良かったんだぞ」

「そういう状態ではなくてな」

 

まあ普通の里ではないだろうし、五十八人も引き連れてきたのは、それなりにごたごたがあったのだとは推測できるが。

 

「あまり無理はするなよ」

「心配するな。(こう)だって出産の寸前まで動いていた」

 

一応、妊娠中でも軽い運動は良いらしい。ただ旅って軽い運動の範疇に収まるのかな?

これは後から知ったのだが、紅も初産で不安の中、幽連の世話をしたり、色々と忙しかったらしい。まあ無事に産まれてくれたから、笑い話ですんでるけど。

 

「まあ私のことはいい。赤子なんぞ放っておいても勝手に産まれてくる」

 

勝手に産まれてくるって……出産ってそんな甘いモンじゃないだろ。特にこの時代はわりかし命懸けなんだ。産褥熱(さんじょくねつ)で亡くなったってのも、そこまで珍しい話じゃないし。

器具を煮沸消毒するとか、手を度数の高い酒(アルコール)で消毒するとか、そういうことを徹底させてからは、徐々に減ってはきているが。

 

「そんなことよりも、あいつらのことを頼みたい。今まで剣の扱いと人の殺し方しか教わってこなかったようなやつらだ」

「……ふむ。ぱっと思いつく限りでも色々あるが、ひとつは(こう)の下に付けることだな」

 

広は警邏隊(けいらたい)の隊長をやっている。現代でいうところの警察署長のようなものだ。軍人ではないってところがミソだな。

ちなみに 幽連以外の四人も警邏隊に所属している。基本的に屋敷で仕事をしている俺に五人も護衛を付けるのは非効率的だからな。

基本的には幽連一人で、彼女が休みの日には二人が俺の警護役になる。

 

「問題はない。そこらの破落戸(ごろつき)に後れを取るやつはいないからな」

「もうひとつは、巫女かな」

 

楚には巫鬼(ふき)という独特の文化がある。自然界の万物はすべてにおいて(つな)がりがあり、どれも神通力を備えていると信じられていた。

そして神との交信や神降ろしの舞があり、それを巫舞と呼んだ。

蚩尤も始まりは似たようなものだったと、幽連は言っていた。巫舞という言葉が残っているのは、その名残なのだろう。

 

「……たしかに舞うのは本業とも言えるが、私たちの舞は、少し違うからな。まあ慣れればいけるか」

「そうそう。何事も慣れだよ」

 

むしろあれだけ舞えるなら、本来の巫舞なんて遅すぎるくらいだろう。フリを覚えればすぐにでもできるんじゃないかな。

 

「江南に……いや楚に縛られるのが嫌なら、商隊の護衛なんかもいいかもな」

 

商人の移動も活発になり、ちゃんとした手順を踏めば国家間の往来の規制も緩くなっている。間者も入り込みやすくなってしまうのは難点だが、ああいうのはどれだけ厳しくしても入り込むものだからな。

 

「いや、外の世界を見て回りたいというやつは、もう出て行ったからな。私に付いてきたやつらは、ここで生活するつもりだ。まあ、飽きて出ていくやつが現れる可能性はあるがな」

「それはしょうがないさ。合う合わないは、どうしてもあるからな」

 

どこにも仕えたくないってやつはいつの時代もいるもんだ。今の時代だと、魯仲連(ろちゅうれん)なんかが有名かな。彼は優秀な説客だったが、官職に就くことを極端に嫌っていた。

三国時代の司馬徽(しばき)もそうだな。まあどれだけ栄華を極めても、ちょっとした失敗で首が飛ぶ(物理)なのが中華の日常だから、気持ちはわかるが。

 

呉起や李斯のような、功名心の塊のような男もいる。

李斯はてっきり呂不韋と一緒に趙へ行ったもんだと思っていたんだがな。

あの韓非も本物だった。韓滅亡の際に、楚へと亡命してきたようだ。

『韓非子』が完成したら読ませてもらおう。翻訳版は読んだことあるけど、やっぱりオリジナルも読んでみたい。

 

まあ江南では韓非子の内容を先取りしている部分もあるんだけどな。例えば、形名参同(けいめいさんどう)とか。

意味としては、口に出して言うことと実際に起こす行動を一致させること、だ。

要するに、事業計画書ってことだな。これこれこういう手順で、この日までに完成させます、と説明させて、実際に行わせるのだ。

 

現代だと見積もり出して、実際に仕事して、終わったら見積もりと相違点がないかチェックするというのは普通にやっていることだが、この時代だとほとんどない。

まずマニュアルがないことが普通だ。これは識字率の低さを考えれば当然といえるかもしれないが、口頭で伝えることが多い。

でまあ、後から言った言ってないとなる。重要な事柄は書面に残すのだが、それを毎回やるのは面倒となるわけだ。

これは紙が普及したことで改善されつつはあるんだがな。木簡・竹簡はとにかくかさばるから。

 

そして、識字率が低いということは、計算ができるやつも少ないということだ。あと数字がな。地味に面倒なんだ。

1、2、3……ではなく、一、二、三……と、当然ながら漢数字なわけだ。この時代の人々にとっては当たり前なんだろうが、俺はいまだに慣れないでいる。

 

百姓の子だから百姓。職人の子だから職人。将軍の子だから将軍になり、官僚の子だから官僚になる。

そうやって未来が決まっているのは、ある意味で楽かもしれない。統治だってその方が楽だ。

だが俺は、子どもたちに選択肢を与えたい。道を切り拓く切っ掛けを与えたい。それが結局は国を発展させるための近道になる。

 

だが全員がこの考えに賛同しているわけではない。たしかに下層民を作ることに意味はある。誰だって自分より下がいれば安心するし、優越感を持つ。

だとしても、国の発展を考えるならば、やはり学校は建てる必要はある。貧富に関係なく通えるような。しかし俺が建てると、私兵を育てているとか噂されるかもしれないので、国立学校が望ましい。

その場合、最初の学校は(えい)に建つことになるだろう。江南は第二校か、分校かな。校長や教師なども兄上に選んでもらった方が無難だろう。

 

「……また仕事の顔になっているぞ」

「む、そうか」

 

幽連にほほをつままれてハッとなる。発明は必要の母と言うが、なにか切っ掛けがないと、アイデアって意外に出てこないんだよな。

なんとなく、幽連のおなかに手を伸ばす。

 

「やはり、男の方がいいのか?」

「いや、男でも女でも、元気に産まれてくれればいいさ」

 

幽連の手が、再び俺のほほに伸びてきた。今度は指先ではなく、手のひらの温かさが伝わってくる。

 

「私は、おまえに会うために産まれてきたのかもしれない」

 

ゆっくりと、幽連の唇が近づいてきた。

 

 

 





というわけで完結です。(三か月ぶり二回目)
お付き合いありがとうございました。
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