どうやら俺は春申君の弟らしい   作:乾燥海藻類

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第03話 趙国にて

趙の首都、邯鄲(かんたん)に入った。王宮に土産を届けて、高官の郭開(かくかい)に李牧への紹介状を書いてもらう。

なんで李牧? みたいな反応をされたが、まあ仕方ない。今の李牧ってほぼ無名だからな。それにまあ、普通に最前線だし。やんわりと止められたりもした。

 

李牧は趙の北方に駐屯する国境軍の長官で、国境防衛のために独自の地方軍政を許され、匈奴に対して備える任についていた。

その戦い方は守りに重きを置いたもので、匈奴だけでなく、趙兵にさえも臆病者であると思われてしまい、それが理由で一度長官の任を解かれている。

 

李牧の後任者は勇敢にも匈奴の侵攻に対して討って出たが、かえって被害が増大し、国境は侵された。李牧のやり方が証明されたことで、李牧は将軍に起用され、再び国境防衛の任に復帰することになった。

ちなみに、史記の著者である司馬遷は、李牧を「守戦の名将」と位置づけている。

 

そんな名将が、いま目の前にいる。なんかワクワクしてきたな。会いに来てよかった。

できるなら白起にも会ってみたかったが、あの時の俺の立場じゃあ、どうにもならなかった。というか、秦に入国とか普通に命がけだし。

 

李牧は郭開からの竹簡を読んでいる。その両隣には、ふたりの男女がいた。

一人は若い女性で、カイネといった。女性というか、女の子だ。気は張っているようだが、幼さが隠しきれていない。もう一人は、筋骨隆々の男で、馬南慈(ばなんじ)といった。

 

「……事情はわかりました。しかしあなたも、酔狂な人ですね」

 

竹簡を閉じながら、李牧は俺の目を見つめてきた。

 

「守戦の名将と名高い李牧殿の下で学びたいと思いまして、この地までやってまいりました」

「ふんっ、なかなかわかってるではないか」

 

馬南慈が鼻を鳴らして答えた。李牧は照れくさそうに笑みを浮かべている。基本的に中原の人間は、匈奴(というか異民族)を蛮族として扱い、低く見ている。武霊王が胡服騎射(こふくきしゃ)を取り入れようとした時も、結構な反発があったらしいし。

だからまあ、中央の李牧の評価はさして高いとも言えない。後任者が匈奴にやられたことで李牧の策が認められたが、やはり防衛というのは評価されにくいのだ。

 

「馬南慈殿の勇名も聞きおよんでおります。なんでも、「雁門の鬼人」の異名を持つ猛将のようで」

「ふふっ、まあそう呼ばれるだけの働きはしているつもりだ」

「……おい、私にはなにかないのか」

 

突っかかってきたのはカイネだった。この場にいるからには、李牧の信任は厚いのだろう。まさか情婦というわけでもないだろうし。というか、女性の権利なんてほとんどないこの時代に、これはかなり珍しいことだ。

 

「もちろん、聞きおよんでおります。李牧殿の補佐を務めるのは、文武不岐(ぶんぶふき)の才媛であると。雁門の美姫とも、聞いております。なるほど、美しい方で、その噂も納得しました」

「なっ、なな……」

「くくくっ、よかったではないか、カイネ」

 

カイネは顔を真っ赤にし、馬南慈は揶揄(からか)うようにくつくつと笑った。まあ、嘘だ。いや、美人というのは嘘ではないが、カイネの噂なんて聞いたこともない。

李牧も笑みを浮かべていたが、すぐにコホンとひとつ咳払いをした。ふたりが姿勢を正す。

 

「食糧は、ありがたく受け取っておきましょう。いくらあっても良いものですからね」

「はい。戦場に黄金や宝玉というのも、どうかと思ったもので。まあそれだけでは味気ないので、こちらもお納め下さい」

 

俺が視線を送ると、李玄がテーブルの上に箱を置いた。

 

「これは、人魚の涙ですね。なんと見事な……」

 

人魚の涙、まあ真珠のことだ。意外と高級品なんだよな、真珠って。そのうち養殖に手を出してみようと思っている。

昔、自由研究で調べたことがあって、おおよその手順は把握している。とはいえ、最初から上手くいくとは思っていない。トライアンドエラーで試していくしかないだろうな。

紙作りも最初から上手くいったわけではなかった。まともな紙(現代人基準だととてもまともとは言えないが)になるまでは結構かかった。

 

「装飾も立派なものですな。これを貰って喜ばぬ女性(にょしょう)などおりますまい。さて、李牧様はどなたに贈られるおつもりかな」

 

馬南慈がにやにやしながら李牧を見つめている。カイネは心なしかそわそわしているようだ。そんな空気を感じ取ったのか、李牧はその髪飾りをカイネに差し出した。

 

「よ、よろしいのですか!?」

「あなたには、いつも助けられていますからね。受け取ってもらえますか?」

「も、もちろんです!」

 

ぐぇー、砂糖吐きそうですよ。くそっ、美男美女どもめ。

 

「こんな場所ですので大したもてなしもできませんが、好きなだけ滞在していって下さい」

「お言葉に甘えて、しばらく学ばせていただきます」

 

俺は拱手して頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

李牧は戦国四大名将にも数えられる名将である。特に守戦においては司馬遷も高く評価している。

俺も史記の全てを暗記しているわけではないが、記憶のかぎりでは李牧は無敗だった。とはいえ、李牧は列伝を立てられているわけではなく、廉頗藺相如列伝に登場するだけで、記録自体がほとんど残っていない、結構謎な将軍なのだ。

最後の相手は、秦の王翦(おうせん)将軍だったが、奸臣の讒言により指揮官を解任された上に自死したとされている。

 

李牧とは色々と語り合った。軍略について、政治について、各国の情勢について、本当に色々だ。

李玄と馬南慈は、歳が近いこともあってか、馬が合ったようだ。武技を競い合ったり、酒を飲み交わしたりしている。

馬南慈は楚の酒が気に入ったようで、「こんな澄んだ酒は初めて飲んだ。どうやって作るのだ」と聞かれたので、灰をぶち込むんですよ、と答えたら大笑いしていた。

どうやら冗談だと思われたらしい。実際にやってみたら、目を丸くしていた。

 

李牧の戦い方は、徹底的な守備固めだった。匈奴の執拗な攻撃に対しては徹底的な防衛・籠城の戦法をとることで、大きな損害を受けずに安定的に国境を守備していた。

練兵にも手抜かりはなく、兵の動かし方も巧みだった。兵たちもまた、李牧に心酔しているように思えた。

気づけば一年の月日が流れていた。

 

「ずいぶんと長居してしまったようですね」

「いえ、あなたといると退屈しませんでしたよ。あの澄み酒のおかげで、士気も上がりましたし」

 

兵全員に酒が振舞えるわけではないが、匈奴を追い払った時や、活躍した部隊などに振舞っているようだ。その味に魅せられた兵たちは、一層戦うようになった。

 

「あなたの軍才はなかなかのものですよ。兵棋(へいぎ)演習でもハッとするような手がいくつかありましたし」

「それでも李牧殿には、華麗に返されましたが」

「ふふっ、まだまだ負けるわけにはいきませんからね」

 

そう言って、李牧は晴れやかな笑貌(しょうぼう)を見せた。

 

「最後にひとつ、予言をしましょう。あなたはいずれ匈奴の単于を討ち果たし、中央に召還されるでしょう」

「……それは、予言としては弱いですね。その程度なら、馬南慈でも予想できます。そして私は、必ずそれを成し遂げるつもりですよ」

 

と、自信満々に李牧は言った。守ってばかりではない。いずれは匈奴に大打撃を与えるつもりだったのだ。

 

「有能に過ぎる(しん)は、嫌われるものです。国政改革を進めた呉起は反発する貴族たちによって殺され、燕の新王に嫌われた楽毅は国を追われました」

「……何が言いたいのですか」

「いま、あなたを勧誘しても、楚には来て下されますまい。ですが、どうしても行き場がなくなったら、私を頼ってください」

 

俺がそう言うと、李牧は一瞬目を丸くした。そして、笑った。

 

「では、その時が来れば、頼らせていただきますよ」

「ええ、こんな時代ですからね。逃げ込める穴は多い方が良い」

狡兎三窟(こうとさんくつ)ですか」

 

李牧はくつくつと笑った。その夜は、遅くまで飲み交わした。

そして翌日、俺たちは楚に向けて出立した。行きは斉を経由して趙に入ったが、帰りは魏を縦断して帰ることになった。

遊学中、兄上とも書簡のやり取りをしており、先ごろ魏の通行証を送ってきたのだ。つまり、そろそろ帰ってこい、という意味だ。

学ぶべきことは多かった。有意義な一年だったな。

 

 

 




キングダムだとなんかデバフがかかっている感じのする李牧さん。
そろそろ気づいているかもしれませんが、主人公はキングダム知識のない史記厨です。
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