アストラ・ヤオ。
新エリー都でその名前を知らぬ者はほとんど居ないだろう。
『百年に一人の逸材』と呼ばれている大人気の歌手であり、女優でもあるアストラ。
彼女の人気は凄まじいもので、芸能界関係の話題に酷く疎いタクミでさえもその名を知っている。
兄のアキラと姉のリンが彼女の大ファンである、というのも名前を知ってる理由の一つとしてある。
社用車に乗る際、リンがよくアストラの曲を流していたのを覚えている。
さて、そんな彼女は現在────
「はいタクミ、あーん♪」
「…………」
ポート・エルピスにて、タクミとフライドポテトの分け合いっこをしていた。
……なぜこうなったのか。時は一週間前に遡る。
ブリンガーとの戦いを経て、新たな力『ファイズブラスター』を手に入れたタクミ。
これからはブリンガーよりも強力な敵が出てくるであろうと考えたタクミは、今以上に強くなる必要があると考えた。
ファイズブラスターを使いこなすため、そして零号ホロウで兄と姉の力になるため。
そこでタクミはファイズに変身し、家から少し遠めの場所にあるホロウで毎日特訓をする事にした。
[Exceed Charge]
「ハァァァァアアアアッ!!」
ファイズエッジを使い、現れるエーテリアス達をなぎ倒していく。
そうしていつもの様に特訓を終えたタクミ。
この時、特訓の疲れによる気の緩みからか……彼は『周りを確認せずに』変身を解除してしまった。
「…………!」
「…………え?」
そして物陰からこちらを見ている女性──アストラと目が合った。合ってしまった。
ファイズの変身を解除する様子をバッチリ見られたタクミは、『なぜここに彼女がいるのか』などと考える余裕はなかった。
ファイズが自分であるということ……それが広まってはならない。タクミの頭にはそれしか無かった。
タクミは彼女の元へ駆け寄り、どうかここで起こったことは内緒にして欲しいと頼み込んだ。
それに対しアストラは────
「──なら、私とお友達になってくれる?」
と、こう言った。
何故彼女はタクミと友達になりたかったのかは今でも分かっていない。彼がファイズだからか、それともただ単に友達が欲しかったからなのか。
どれにしても、とにかく正体がバレたくなかったタクミは一つ返事で了承。
アストラ自身もお忍びでこのホロウに来ていたらしく、ここでの事はお互い秘密にしましょうという事で丸く収まった。
そんなこんなで、タクミは定期的にアストラとの遊び……もとい脱走計画に付き合うようになったのだった。
そして現在に至る。
「あら? もしかしてフライドポテトは苦手だったかしら?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
「そう? なら良かったわ! ここのポテト、すっごく美味しいって評判なんだから! はい、あーん♪」
「………………あーん」
彼女の厚意を邪険にするのも気が引けるので、タクミは差し出されたフライドポテト(ミートソースチーズ)を口に入れる。美味しい。
タクミはフライドポテトを飲み込んだ後につぶやく。
「それにしても、変な感じだな……アストラさん程の有名人がこの場にいるのに、誰も見向きもしねぇんだもんな」
そう、ポート・エルピスには全く人がいないという訳では無い。ルミナスクエアほどでは無いがそこそこの人数がここへと訪れている。
「ふふん、まあ当然と言えば当然ね! 私の変装は完璧なんだもん、 誰も私がアストラだなんて分かりっこないわ!」
そう言って彼女は『変装グッズ』であるサングラスの位置をクイッと直す。
アストラの言う『変装』とは、このサングラスの事である。彼女はいつもの衣装+サングラスの組み合わせを『変装』と言っている。
「……かん、ぺき?」
「ええそうよ! なのにイヴったら、私の変装は変装じゃないって言い張るんだもの」
ここは突っ込むべきだろうか。面倒臭いのでタクミは何も言わない事にする。
それよりも。
「……なあ、アストラさん」
「うん? どうしたの?」
「前から聞きたかったんだけどよ……なんで俺と友達になりたいって思ったんだ? あん時は会って一分も経ってなかっただろ?」
「……うーん、なんでか……ねぇ」
アストラはフライドポテト(ハニーマスタード)を口に入れながらうーんと唸る。
「……私にも、よく分からないかも。ただ貴方の顔を見た時、どうしてか『仲良くなれるかも』って思ったの。誰かに……似てる気がしたから」
誰かに似てる……芸能人か誰かだろうか。
タクミが知っている限り、自分に似てるという芸能人はひとりも思い浮かばない。
ただ似てる、という括りだけなら二人ほど心当たりはあるが。
「あ、ポテトがなくなっちゃった。もう一つ頼んでくるわね」
「まだ食うのか?」
「だって美味しいんだもん、仕方ないでしょ? それに、今度はお持ち帰りでイヴの分も頼むつもりだから」
「イヴ?」
「イヴは私のボディガード兼マネージャーよ。私がこっそり逃げ出した時とか迷惑かけちゃってるから……そのお詫びにね!」
「まずこっそり逃げ出すのをやめて欲しいんだが」
「ウワァーーーーーッ!!」
港にタクミの悲鳴が響き渡る。タクミの後ろにはいつの間にか金髪の女性が立っていた。
「あらイヴ、ちょうど良いとこに! 紹介するわタクミ、このおねーさんがイヴよ!」
「……イヴリン・シェヴァリエだ。君の事はお嬢様から聞いている」
「あ、はい」
悪気がないのは分かっているが背後に立つのはやめて欲しい。
平静を装いながらタクミは返事をする。
「あ……そうだイヴ、さっき話してたんだけど、タクミの顔って誰かに似てると思わない? どうしても思い出せなくって」
「似てる……それは店長にか?」
「てんちょう……」
アストラはイヴリンの言葉を反芻し──突然ハッとしたような表情を浮かべる。
「ね……ねぇタクミ、聞くのをすっかり忘れてたんだけど……貴方ってどこに住んでるのかしら?」
「? ヤヌス区の、六分街……」
「……!! 貴方の家って、もしかしてビデオ屋?」
「え、よく分かったな。来た事あるのか?」
「!!」
タクミの言葉を聞いたアストラはこれ以上無い程に驚愕の表情をあらわにする。
「ま、まさか貴方って……アキラとリンの弟!?」
「ああ」
「う、うそ……!! どうしましょうイヴ! 今年一の衝撃なんだけど!!」
「お嬢様……前に店長が彼のことを話していただろう。忘れたのか?」
「だ、だってアキラもリンも『ウチの弟』って言ってただけでタクミの名前は出してなかったんだもの……!」
「アストラさん……もしかして二人と知り合いなのか?」
「知り合いも何も、二人も私の友人よ! チャーハンネッ友なの!」
「チャーハンネッ友???」
アストラ曰く、アキラとリンとは以前に『デタラメチャーハン』名義アカウントを通じて知り合っていた仲なのだそうだ。
それからなんやかんやあって、アストラとアキラとリン、そしてイアスにニューイヤーコンサートのVIPチケットを送る程には親密な仲となっていった。
ではタクミにはチケットを送らなかったのか……と言われれば、別にそうではない。
アストラはしっかり、四枚分のVIPチケットを送った。
しかしタクミはその日、ライカンとの『とある用事』があったためコンサートには行けないと伝えた。
それを聞いたリンの有り得ないものを見るような表情が印象に残っている。
「むー……リンに弟がいるって聞いたから、あの時貴方の分のチケットも送ったのに……」
「わ……悪かったよ」
「彼にも用事があったんだ、仕方ないだろう。次の機会に来てもらえば良いだろう?」
「……うん、そうね。じゃあタクミ、次のコンサートは貴方も来てね! 約束よ!」
「ああ、分かった」
「……時にタクミ」
「? なんですか」
「少し聞きたい事があるんだが……君は執事の仕事もやっているのか?」
「……え? な、なんで」
「実は前にリンが君の写真を送ってきたんだ。執事服姿の君の写真を」
「げっ」
なんとか説明して誤解は解いたが、この後アストラにショッピングに連れていかれ様々な衣装を着せられたという。